老人は魔族に触れた
「…んおっ」
座っていた石の上から転げ落ちそうになり、そこで自分は意識を取り戻す。道端で座って一休みしようと考えていたのだが、どうやらいつの間にか眠ってしまっていたようだ。やはり老体で無理をするべきではなかったなぁと思いながら痛む腰をゆっくりと上げる。
「あいたたた…遠くに来すぎてしまったが、ユウドに帰れるだろうか。少し張り切りすぎてしまったようだな…」
空を見上げてみると太陽はまだ高くに見える。今は昼時だろうか。まだ暗いうちに町から出発したがこの調子で帰ったとしてもかなり遅い時間となってしまうだろう。ただでさえ娘と義息子の猛反対を押し切って来ているのだ、また『心配させやがってこのボケ老人が!』とでも言われてしまう。
そうして帰路へ着こうと来た道を見た時であった。自分が向かおうとしている先には小山、いや、一匹の生き物が立ちはだかっていた。
「グァアアッ…!」
それはこの林道に生えている木々に匹敵するような、異常な身長を持つ熊であった。二足で立ち、肉で作ったような鎧が身を包むその姿は魔族であると一目で察する事が出来た。自分のような老人どころか、肉体自慢の大男でさえまともに相手出来ない相手である。
そんな熊の魔族を前にし、慌てず騒がずを意識しながらポケットをまさぐる。
「おぉ、あったあった」
手応えを感じたその指で一つの小さな物体を取り出す。それは二つの正方形の黒い箱が連結し、銃口のように一面だけ穴が空いているような物である。その箱を四本の指で支えると、目の前の熊に穴を向ける。
「『デリート』」
その言葉に反応するかのように、黒い箱同士が連結した部分から空気が吹き出す。ゴゴゴという音が鳴り、自分が掴んでいない方の箱が竜巻のように回転する。そしてその回転が最高速に達した時、穴からは光線が放たれた。
「グォオ…!?」
その光線は無情にも着ていた鎧ごと熊の肩を消滅させる。本来ならば心臓を狙いたかったのだが、不幸にも外してしまった。だがその光線に怯んだのか熊は一目散に逃げ出していく。
「ふぅ…最近の護身用アイテムは便利になったもんじゃな。まさか魔法を使えない者でも強力な魔法が使えるようになるとは」
黒い箱、正式名称『護光砲』をポケット仕舞いながら呟く。魔族が生きるこの世界には死が付き物。自分のような非力な老人が生きるにはあまりにも険しすぎる世の中なのだ。だからこそこういった強力な護身用の武器は誰であろうが重宝する。その並外れた技術によりまだユウド内でしか販売されていないが、いずれは世界中で売られるべき代物だ。
ユウド様々であると思いながら一歩一歩とゆっくり歩む。しかしそんな時、自分の老眼は眼鏡越しに違和感のある光景を発見した。木々の合間から見える巨体、熊の魔族の姿である。
「はて、先程の熊は遠くへ逃げたと思ったが…あんな所で何してるんじゃ?」
だが遠方に居るその魔族は木々に遮られて何をしているのかよく見えない。また襲われては面倒だと護光砲を構えながら近寄ろうとすると、近くの茂みから何かが飛び出してきた。
「ふぉお!?」
「んあ?」
あまりにも急な登場により腰を抜かしてしまう。茂みの中から飛び出してきたのは真っ赤に日焼けをした高身の若い女性であった。茶色のディアストーカーハットとインバネスコートはまるで探偵のような装いであり、そのブルーベリーのように紫がかった青い瞳は座り込む自分をギロリと睨んでいた。
「んだよ、何かと思ったら白髪のジジイじゃねぇか」
「君…こんな所で何をしているんだね?ここは町から離れていて危ないよ」
「てめぇみてぇなガリッガリのジジイに心配される筋合いはねぇな!…まぁ、なんだ。私様達はユウドって所に向かってる最中なんだけどよ、今は林ん中で休憩中だ」
「ほう、ユウドか…」
見慣れぬ旅人を前に少しの間考え、自分は口を開いた。
「ついでにワシも連れて行ってくれぬか?もしユウドへ送り届けてくれたなら我が家でもてなそう」
「知らない人について行ったら駄目なんだぜ?ジジイ」
「名は何と申す」
「アカマルだ。イカしてるだろ?」
「名前を知ったからにはもう知らない人ではないな」
「何だこいつ。そのうち誘拐されるぞ」
彼女の言葉を大人気なく聞き流し、ごほんと小さく咳をする。
「ワシの名はミチバだ。よろしく頼むぞアカマル」
「オーオー、これで私様が名も知らぬジジイに誘拐される心配は無くなったな」
「名を知れば大丈夫理論は冗談じゃ。護身用の武器もあるんだ、仮に誘拐されても構わんよ」
「武器ぃ?…さっきの光線ってもしかしてお前が出したのか?」
「見ていたのか?」
「あんな馬鹿デカイ光線嫌でも目に入るわ」
「あれはユウドで開発された護身兵器じゃ。誰にでも使えるのにも関わらず、下手な魔法以上の火力を出せる代物なんだよ」
「へぇ、すげぇんだなユウドの技術ってのは」
アカマルと名乗る女性は感心したように頷くと、何かを思い出した様子で言葉を口にした。
「確か白い目の神童が居たんだったな?」
「余所者なのによく知っているな。そう、ユウドの技術がここまで発達したのは領主のヴゥイム家の影響が大きい。あそこの次男坊は正に天才の一言に尽きたよ。順当に成長していれば今頃生活水準はグッと上がっていただろうなぁ」
「順当に成長…か。グロテスク…じゃなくてその次男坊はどうなったんだ?」
「『神隠し』に遭ったよ」
「神隠しぃ?」
まるで馬鹿げたものを見るような目をアカマルはこちらに向ける。確かに神隠しなど伝承の中でしか聞かないような出来事だ。だが事実として神隠しが起こったのは間違いない。
「ヴゥイム家の次男…イヴ・ヴゥイムは一年前に突然姿を消した。それを皮切りにユウドの町では原因不明の失踪事件が相次いだんだ。…ワシの孫も一週間前に消え、それからというものの毎日町の外まで探しに来ているんだがな」
「失踪か…そいつは穏やかじゃねぇな。まぁジジイが探し回ったって危ないだけだ!その領主様とやらに捜索依頼でもしとけよ」
「息子のイヴが失踪し、領主様は全力で捜索したよ。だが結果として発見される事はなかった」
「ふぅむ…」
難事件を相手しているかのように彼女は考え込む。しばしの間腕を組んで唸っていたが、何かを思い付いたように質問を続けた。
「じゃあよ、ユウド付近で不審な魔族の目撃情報とかは無いか?もっと詳しく言うと大型の泥人形とかよ」
「泥人形…」
ボケている頭で何とか思い返すが、無理と悟り首を横に振った。
「そんな話は聞かないなぁ」
「…住人に知られず泥人形共を出動させる術があるのか?なら本拠地はユウド内ではなくその付近か?」
「む?何だって?」
「あぁいや何でもねぇよ!ありがとなジジイ!」
「礼には及ばんよ。…っとそうだ、すっかり忘れていた。熊を退治せにゃあ…」
熊の方へ視線を戻し、再び護光砲を構える。するとアカマルは慌てたように手を伸ばして射線へと被さる。
「何じゃ?弱ってる隙に討伐した方が好都合じゃよ?またここを通った人間を襲わんとも限らん」
「あぁー…っとだな!あの熊は仲間が『対処』してるからよ。私達はゆっくりしてようぜ!な?」
「ふむぅ、なら良いか」
「そうそう!ま、その間停めてある馬車んとこ行こうぜ!案内するぜジジイ。担いでやろうか?」
「おぉ、それは助かるな。最近の女子は力もあるんじゃなぁ」
「なんてったってアカマル様だからな!」
そう言うと彼女は軽々と自分を背中に乗せる。傍目では分からなかったが、その筋肉質の背中と腕は安定感があり実に頼り甲斐があった。ここまでの筋肉があるとなると力仕事をしているのは確実、下手すれば騎士であろうか?先程魔族の目撃情報を聞いていたが、恐らく討伐指令でも出ていたのだろう。
「お主…大変だな。わざわざこんな辺境の地にまで来て」
「んなこたねぇよ。うちの馬車を引く馬は世界最速種のソックって種類だ。一度野宿したが、二日目でもうここまで来れたぜ」
「ソック!?やはり騎士ともなると良い暮らしをするなぁ…位の高い者にしか買えん馬じゃぞ」
「あ?騎士?」
「みなまで言うな。お主が相当の実力者である事ぐらい見抜いておる」
「そいつはどーも。まぁめんどいから騎士でいいや」
「え?剣と矢はからっきし?」
「ついに耳までイカれたか」
「…ん?」
そんな話をしていると、背後から物音が聞こえた。何だろうと思い振り返ると、大きな黒い影がかなりの速度で道を横断しているのが見えた。あまりにも一瞬であったが、それが先程の熊であったというのは疑いようがない。
「あの熊…貫いた筈の肩が治療されていたような…」
「気の所為じゃないか〜。フッフーン」
「急に白々しくなりおって…お主の仲間が対処しているじゃなかったのか?」
「別個体じゃねぇか?まぁ、仮に私達が治療したとしても最悪良いだろ。あれだけ痛い目を見たんならしばらく人間に近付く気も失せるさ」
「うむぅ…それはそうじゃが…」
「それに…光線の恐ろしさはアイツが一番よく分かってるだろうしな」
「ん?」
「何でもねぇよ。おら、馬車に着いたぞ。仲間を呼んでくるから中で大人しく待っとけ」
そう言ってアカマルは乱暴に馬車の荷台へと座らせると、早足で来た道を戻って行った。何やら意味深な発言こそ多かったが、人柄を見るに悪人ではないだろう。そう思いつつも彼女に対して妙な不信感を感じざるを得なかった。
「…ワシが今まで見てきた、どんな『人間』とも違うんじゃよなぁ」
妙に熊の魔族を庇うような発言が多かったのは何故だろうか。彼奴は魔族をどう認識しているのだろうか。
そう考えると彼女の真っ赤な肌が、何だか悪魔由来のもののように思えてくる。
「考えすぎ、か」
アカマルが帰ってくるまでの間、ぼーっとして時間を潰す事にした。
最近出しゃばる事が多くなって参りました、作者でございます。ある程度様々なキャラクター達の名前が出た所で、私のネーミングが如何に適当なのかを読者の皆様に知ってもらおうの回を主催しようと思います。少々長丁場になりますがご了承ください。毎度の事ながら後書きは読まなくても支障はございません。
適当なネーミングと言われて先ず思い浮かぶのは恐らくアカマルでしょう。赤いキャラクターだからアカマル、何なら元はそのままオーガ。魔族繋がりで言えば部分的に体内が露出しているからグロテスク、なんて名前も気に入ってはいるものの相当酷いです。
そして今判明している人間組の名前もかなりの適当具合です。先ず今回登場した老人、ミチバは道端で眠っていたからミチバです。…この時点で相当私のセンスが終わっている事を理解して頂ければ幸いです。前話に出てきたヨハンはそれっぽい名前をチョイスしただけですが、問題は彼の父親です。ワシゼン。余(一人称)半、儂(一人称)全。安心して下さい、ワシゼンの名前を考えた時は素面です。
そして村の子供達。キャロ(キャロット)、テト(ポテト)、ニオン(オニオン)、ロコ(ブロッコリー)。死亡した子供達の方はともかく、何故主人公まで雑に野菜を名前に取り入れたのでしょうか。まさか某バトル漫画のようにあの村は戦闘民族の集まりだったとでも言いたいのでしょうか。村が破壊された理由は金髪が嫌だったからなのかもしれませんが、この世界において金髪は一般的なのであしからず。そして人間の子供で言えばリィハー。何処のとは言いませんが、とある国の言葉で肉を意味する言葉ですね。作者は子供達を食べ物として見ている異常性癖者の可能性が出てきました。
ホワイトはその名の通り全身白だから(使う魔法は影だったり黒い炎であったりと対照的ではありますが)、イヴは他にも理由はありますが、発明の母としての名付けでございます。詳しく書けば書くほど雑で泣けてきますね。
という事で、以後出てくるキャラクター達の名も『作者が適当に考えたんだろうなぁ…』と思いながら読んで下さると有難いです。…おや?誰か一人、紹介し損ねているような?