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少女は魔族となった  作者: 不定期便
精霊は罪人となった
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想定外

「これは…」


見覚えのある部屋に足を踏み入れた私は思わず顔を顰めてしまう。以前来た時、ここは無数の硝子で出来た牢が並ぶ美しくも残酷であるという印象の部屋であった。だが、無数に並ぶ硝子は全て破壊されており、床には硝子の破片や壊れた機材が散乱している。裸足で歩けば間違いなく怪我をしてしまうだろう。


そんな部屋の中でたった一つだけ、壊れていない牢があった。靴で硝子を踏みしめながら私はその牢へ、いや労の中で座り込むピンク色のシルエットの彼へと近寄った。


「パニさん」


「…無事だったっパナ、お前」


「うん。パニさんも変わり無くて良かった。ねぇ、他の人達はどうしちゃったの…?何で凶暴化してるの?」


私の疑問に、彼は溜め息をついた。その目はどうでもいいとでも言いたげに下を見ている。


「あいつらは取引に応じたんだっパナ」


「取引?」


「突然得体の知れない声がして、キッズを殺す事を条件に力を与えてやるとほざいたんだパナ。そしてまるで魔族になった時のように目の前に魔石が現れ、それを取り込んだ奴らは皆んな自我を失ったんだパナ」


「待って、それってもしかして…」


「…どうしたんだパナ?」


これはあくまでも仮定であり、可能性でしかない。ただもしそれが本当だとするならば、事態は私が想像していたよりも深刻だ。いや、その事を予測していなかった私が甘かったのだろう。考えてみれば当然なのだから。


不審がるような顔でこちらを見るパニさんの目を私は見つめ返す。


「その魔石を与えた謎の声…それが、キッズさんだよ」


「何を言ってるんだパナ?」


「話せば長くなるけど…今、キッズさんは空気になってるんだよ!」


「…それは影が薄いという意味パナ?」


「違くて!えっと…その、キッズさんは触れた対象と身体を入れ替える魔法が使えるのは知ってる?」


「初耳パナ」


「それでね、実は空気って生き物なんだよ」


「そこが意味分からんパナ。メルヘンなおとぎ話でもそんな設定無いパナ」


「とにかく…!キッズさんは入れ替わりの魔法で空気と入れ替わっちゃってるの!で、魔族になる為の魔石は空気から生まれてるから、キッズさんはそれを皆んなにばらまいたんだよ」


「仮にそうだとして、何が目的パナ?元自分の肉体を殺させたとして、何のメリットがあるパナ?」


「それは分からないけど…でも、少なくともあの人に自分の肉体に対する執着はもう無い筈」


「その心は?」


「あの人の目的は入れ替わりの魔法で、自分の作った究極の肉体を手に入れる事なんだよ。だからどの道自分の身体は捨てるつもりだったし、魔族の皆んなに殺されても別に困らない筈」


その話を聞いて、パニさんはふぅと息を吐きながら手を後頭部に当てて寝転んだ。そんな彼の瞳は、思案するような色を含んでいる。


「可能性があるとするならば、『まだキッズの身体は必要だった』とかパナね」


「必要?でも…どの道もう使わないのに?」


「逆に考えるんだパナ。さっき言ってた究極の肉体を得るのが目的なら、どうしてまだなってないパナ?パナがお前達と別れてから長い時間が経ったのに」


「確かに…もうとっくに目的を果たせる筈なのに」


「さっき触れた対象と身体を入れ替える魔法と言ったパナ?パナの予想では、『触れている』という認識が無いんだっパナ。人間体の場合は手で触れるという分かりやすいトリガーがあるパナが、空気になった以上触れるの基準が曖昧なんだっパナ。だから今、入れ替わりの魔法が使えないんだパナよ」


「確かにそうかも。でも、なら尚更どうして元のキッズさんの身体を殺させようとしてるの?」


「賭けパナ」


「賭け?」


「身体が入れ替わるという事は、記憶や感覚も当人のものと入れ替わるんだっパナ。それはつまり、元の持ち主が使えた魔法も使えるようになるという事。キッズは自分の身体を使っている空気サンがもう一度入れ替わりの魔法を使うのを待っているんだパナ」


「でも…使うかな?」


「使うパナ。…肉体が朽ち果てようとするその時にね」


思わずハッとして、私は言う。


「そうか…!ミィさんを瀕死まで追い込めば、ミィさんは助かる為に必ずキッズさんと入れ替わる!皆んなをけしかける事で入れ替わりを強要しようとしているんだ!」


「あくまでも予想パナが、そういう事パナ」


「でも…どちらにせよ致命傷の身体と入れ替わったとして、キッズさんはどうするつもりなんだろう。究極の肉体と入れ替わる前に息絶える気が…」


「分からん。けどあのキッズの事パナ、絶対にそこの対策もしている筈だパナ」


こくりと、同意するように私は頷いた。強靭なクリさんの肉体を捨ててまで私達を襲った執念深さを私は知っている。故に、彼が何をしでかすかは警戒しておくに越した事はないのだ。


よって、私のすべき事は決まった。


「じゃあ誰かに襲われる前に、ミィさんを助けよう。向こうはこっちと敵対してるけど…少なくとも護衛として助太刀するなら拒む必要は無い筈」


「勝手にするパナ。パナはここに居るパナ」


「…パニさん、これからどうする気なの?」


「何も。飢え死ぬまでここで過ごすパナ」


「どうして?」


その疑問に懐疑の色が含んでいるのを感じ取ったのだろう。パニさんはフンと鼻を鳴らすと顔を背けた。


「生きる希望を失ったんだパナ。何をしたとしても、事態は上手くはいかない」


「そんな事…」


「両親は豚肉に加工されて人間に食われた。弟はキッズという愚かしい人間の手によって意味も無く処分された。ここの被検体の中で唯一希望を捨てなかったじゃらもんも、どうなったかは大体予想が付くパナ」


「………」


「パナはもう何も信じたくないんだパナ。…パナはほんの少しだけ、希望を抱いていたんだパナ。あの気狂いの餓鬼が何とかしてくれるかもしれないと…」


「…ごめん。私が浅ましかったばっかりに、じゃらもんちゃんは…」


「分かったらさっさと行くパナ」


「でも」


私はパニさんにくるりと背を向けると、静かに言った。


「じゃらもんちゃんに生かされたからには、あの子のしようとしていた事を私が完遂する。パニさんの希望は失われたかもしれないけど、私はまだ諦めちゃいないよ」


「…勝手にしろ」


「うん。ありがとね、ばいばい」


パニさんに協力する意思が無いのを確認し、私は歩き始める。今こうしている間にも魔族の皆んなはミィさんを探しているのだ。あまりもたもたしてられない。


その事だけを私は考えていた。だが…悪い状況というのは連鎖するものだ。とことん運が悪い日だってあるだろう。


地震と共に、建物が倒壊するような音が何処かから響いた。


〜〜〜〜〜〜〜


時は遡る事数分前。


キャロがパニと出会ったぐらいの頃であった。地上の寂しげな風が吹く哀愁漂う荒地にて、二つの影が歩く。その影はどちらも人型ではあるのだが、誰が見たとしてもそれを人間だとは認識しないだろう。


片方は全身が白く発光する、直接的な表現で表すとするならば光人間としか言い様のない容姿の者であった。しかし光に阻まれて素顔が見えずとも、その上品かつ優雅な仕草は教養のある女性らしさを感じさせる。


そしてもう片方は手足が長く、高身長な者であった。しかしその姿は明らかに異型であり、出来の悪いゼリーのようにネチョネチョとした黄色の頭部からは管が二本伸び、その管の先には気怠げな半目の瞳が付いていた。そして首から下には茶色の服…いや、一切の露出もなく殻が覆っている。彼が人型に見えるのはその殻のお陰であろう。言うなれば…カタツムリの怪物だ。


カタツムリははぁと息を吐きながら同行者に言う。


「何で俺がこんな面倒臭い事を…」


「我儘言わないで頂戴。私のキャロを手に入れる為には必要な事よ」


「たくよぉ…ビレッジぃ、そもそも何で俺なんだよ?あの新顔のプラントとかいう奴を使えばいいじゃんかよ」


「我らが王、ドラゴ様の申し付けよ。キャロを誑かしたあの骸骨には別の使命を与えると。だから暇そうな貴方を連れて来たわ」


「『光の速度で動ける』お前におんぶして貰ったから一瞬で来れたけどさぁ、何ですぐに追わなかったんだよ?そのギョロとかいう餓鬼が欲しいんだろ?」


「キャロよ。あの子には私に反発する意思があった。だからこそ、窮地に陥ったあの子を助けて私しか頼れない事を思い知って欲しかったの」


「で、動き始めたって事は窮地に陥ってる訳かい?」


「えぇ。けど…想像以上に状況が悪いわ」


「んん?お前が魔法で常にギョロを監視してるのは知ってるが…そんなにやべぇのか?」


「危険ではあるけど、想像の範囲内よ。それよりかはあの子が『獣人』である事を受け入れ始めたのが問題」


「ふぅん。まぁどうでもいいけどよ」


「とにかく、突入するわよ」


簡単にそう言い放つと、彼女は自身の掌を地面へと向ける。ずっとキャロの行動を監視していたビレッジはそのうち研究所へと引き込んでくれるゾンビ達が来る事を知っている。現にゾンビ達は今地中から這い出でようとしている最中だ。だが…


「『ジャッジメント』」


彼女がそう呟いた瞬間、辺り一帯が光に包まれた。まともに目を開いていれば間違いなく失明するような光度。そして天変地異かとまごうような地震。それらが止んだ時…彼らの目の前の地面には巨大生物でも難なく出入り出来るような大穴が出来ていた。


「ヒュー…ビレッジの魔法はいつ見てもおっかねぇなぁ」


「当然よ。全てを消し去る光だもの」


「でもよ、わざわざ張り切る事ァなかったんじゃないのか?お前の話によるとお出迎えしてくれンだろ?」


「汚らわしいゾンビなんかに触られたくないもの。それに、待つのも面倒だわ」


「へっ、ゾンビに同情するね」


「あら、貴方も同類よ?貴方のようなネチョネチョした生物に触れられたくないもの」


「あぁん?」


「兎に角先を急ぎましょう。早くキャロを確保するのよ」


「ふん、まぁいいだろう」


微塵も緊張していない様子で二人は穴の中に飛び込んだ。ほんの少しの誤差も無く綺麗で正確に開いた真ん丸の穴の先は当然、例の研究所へと続いている。常人であれば間違いなく死ぬ高度ではあるものの魔族である二人は何事もなく研究所内を侵食している緑色の草の上に着地した。


「うっしょ。さぁて、お仕事お仕事っと…」


「警告」


「ん?どうしたビレッジ」


「…この研究所に、キャロの知らない存在が居る」


「するってぇと…アイツはお前の情報に無かったんだな」


二人の視線が向く先は、蛍光灯が壊れて暗くなった廊下。先に何があるのかは見えないが…それでも、暗闇の中を何かが動いているのは理解出来た。ズル…ズル……と、重い物を引き摺るような音がするのだ。


「気味が悪ぃなぁ…俺の叔父さんと同じぐらい気味が悪ぃ」


「気味の悪さで言うと貴方も大概よ」


「んだよ、ナメクジよりかは良いだろうが」


闇の中からその存在が姿を現すまで二人は軽口を言い合った。ゾワッと冷たい空気の中、緊張が解れるように。闇から漂う不吉な存在感から目を逸らすように。


そして…とうとう、その者は闇の中から姿を現した。


「げぇ!何だあれ…キモイな」


「あれは…」


「ん?まさかあんな奴に見覚えが?」


「えぇ…あるわ」


ぴちゃんと、水滴の音がする。恐らくはビレッジの流した冷や汗が落ちる音であろう。


「まさかこんなのが徘徊してるなんてね…キャロが見たら驚くかも」


「え?まさか見せる為に連れてくのか?」


「結構。『ジャッジメント』」


地面を消し飛ばした、兵器以上の破壊力を持った魔法の光線。それを彼女はたった一人のその人物に向けて放った。それはここで始末しておきたいという焦りの心情からくる行動であった。


だが…魔法を使い終えたビレッジは苦笑いをした。


「死なない、か」


「おいおい…まじでバケモンじゃねぇか」


「カタツムリの化け物が今更何を」


「とりあえず、どうする?俺も加勢するか?」


「いや…無駄ね。アレを倒す事は不可能みたいだし」


「てなると…」


カタツムリの魔族は真剣な面持ちで提案する。


「利用するか?この研究所にはアセツ・ラピスラズリも居るし、ミサンガを使えば使役出来るかもな」


「あら、知り合いなの?」


「まぁ…顔見知り程度にはな」


「どうして?」


カタツムリは深い溜息を付いた。


「あの女は…俺達の王に人生を奪われたからだ」

どうやら研究所内を徘徊するキモイ奴が居るらしいです。ですがカタツムリさんもキモく、クリさんもキモく、話し方がキモイゾンビも居り、人によってはキモく感じるかもしれないカップリング厨のロディさんも居るのでキモイ奴だらけです。

ちなみにキモイは場合によっては褒め言葉です。

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