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少女は魔族となった  作者: 不定期便
精霊は罪人となった
113/123

レレ

『う…』


『お、目が覚めたかぁ』


吾郎は目の前に這い蹲る白犬を見て、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべていた。光も差さないような窓の無い鋼鉄の部屋。かろうじて互いの姿が見えるような暗闇の中、ロディは自身の四肢が天井から伸びる鎖によって拘束されている事に気が付いた。


ソファーに座ってグイグイと酒瓶を飲む吾郎をロディは睨み付ける。


『お前…ロディに何をした…』


『出血多量で気を失ってたみたいだからよ、そのままコールドスリープさせて貰ったんだわ。まァ、簡単に言やぁお前は俺達の襲来から一ヶ月、眠り続けてたって事さ』


『一ヶ月…他の皆んなは無事なんだろうな!』


『良いぜ、よぉーく見せてやるよ』


彼が指をパチンと鳴らすと、この暗い部屋に突然光が出現した。そう、それは巨大なモニターであった。吾郎の背後に出現したそのモニターを見て、ロディは青ざめる。


『皆ん…な…』


そこには…ファーラの女性達が家畜のように狭い牢の中で飼われている光景があった。彼女らの表情は当然、明るいものではない。苦しみに歪んだ、死を望むような顔だ。その時点でロディにとっては言い表せないような怒りが湧いてきたが、彼はある事に気が付いた。


ファーラの女性達は皆…身篭っていたのだ。それを見て絶望するロディを前に、吾郎はケラケラと笑う。


『アフロディーテ。お前は命を繋げるが、命の繋がりを断つ事は出来ないよな?言語は違うが…俺には分かる。お前が眠っている間、女共はお前に助けを求めていた。けど、お前は無力だった』


『ま、待て…他の皆んなは?まだ他にもファーラの民は居る筈だ…!』


『あぁ、お前のお仲間である他の精霊達が一部の奴らを守ってやがる』


『良かった…』


『ただ…奴らが守れてんのはほんの一部だけだぜ?』


『え…』


『女は使い道があるが…必要のねぇ男は、死んだよ』


死。それはロディが最も恐れていた言葉だ。ついこの間までは皆が幸福に暮らしていた筈だった。妊娠祝いでささやかなパーティーだってした。だが彼らは皆…自分が眠っている間にこの世を去ってしまった。


悔しさと悲しみでロディは震え続ける。そんな彼に追い打ちをかけるように、吾郎は口を開く。


『アイツらは皆んな馬鹿だった。他を逃がす為に自分を犠牲にしたり、攫われた女を助ける為に死にに来たり。本当に頭の悪ぃ連中だったぜ全く…』


『………』


『俺様の見立てでは…ここに囚われているのが三割、死んだのが六割、精霊に守られているのが一割だ。分かるか?俺様達の凄さがよ』


『何の…何の為にこんな事を…』


『あ?そんなの、この星が気に入ったからだよ。何の魅力もねぇ星だったら見向きもしねぇさ。だが慎ましく平和に暮らしているお前らを見て、壊したくなった。それだけさ』


それだけ。そう言い放つ彼に、ロディの頭は真っ白になった。自分達が愛した楽園。地獄のような戦争を乗り越え、ようやく手に入れた幸せ。それが何の理由も無い、ただの快楽の為に踏み躙られるのだ。


ロディの目には、殺意が含まれていた。


『………』


『な…なんだ…?』


ロディは何も言わない。ただ、彼が何かをしたという事実は吾郎にも理解が出来た。それもその筈、ロディの身体は突然淡い赤色に発光し始めたのだ。その光はまるで、ゆらゆらと揺れる炎のようである。


ロディのその姿を見て…吾郎は座っていたソファーから立ち上がり、一歩ずつ彼の元へと近寄る。


『何だ…何なんだ…?無性に…アイツが欲しくてたまらなくなった。俺に一体何が起こっちまったんだ…?』


『………』


『いや待て、この匂い…これはフェロモンだ。アフロディーテの身体から人を誘惑するフェロモンが出ているんだ…!虫や動物だけじゃなく、人間にも効く程の…!』


吾郎は何が起こっているのかを理解した。だが、だからといって何かが出来る訳でもなかった。思考では理解していても、動き続ける身体はどうにも抑える事が出来ない。彼はただ、白犬に向かって歩き続けるしかなかったのだった。


そうして吾郎がロディのすぐ側まで近寄った時…紅く輝いてたロディの身体は蒼色に変わる。


『まっ…!』


『終わりだよ。このクズ野郎』


蒼の光と共に、ロディの体付きが変化した。そこに居るのは最早ちっぽけな白犬なんかではなく、蒼の光で構成された大男。あまりにも発達しすぎた大男の筋肉は最早人間のそれではなかった。


吾郎は目を白黒とさせながら慌てる。


『おいロディ!俺はお前の名付け親だぞ!そして俺様が居なけりゃお前は精霊にだってなれなかったんだ!分かるか!?』


『戦争に利用される為の力なんて…ロディは要らなかった』


次の瞬間、吾郎の腹をロディの腕が貫いた。まるで豆腐に穴を開けるかのように、いとも容易く。その圧倒的な筋力に恐怖を感じる間もなく、吾郎の身体は生命を停止する。


ロディは腕を抜き、吾郎の遺体を投げ捨てた。


『親玉は倒した。後は捕らえられてる皆んなを解放すれば…!』


彼がそう決意した瞬間であった。バタンと力強く扉が開かれる音と共に、部屋の中に複数の物体が入り込んでくる。それは全員一様に銃を構え、背中に二つのガトリングを背負う機械であった。


『マスターゴロウ、テイシ』


『カタキ、ハイジョ』


『ハイジョ、ハイジョ』


雨のように隙間無く、機械達の銃からはロディ目掛けて弾丸が飛んでくる。その一発一発があの時、ロディが受けた弾と同じだ。しかしそれでもロディは諦める事無く腹の底から叫んだ。


『全員…ロディが潰してやるよぉ!!!』


〜〜〜〜〜〜〜


『あれは…』


その日は太陽が雲に隠れた薄暗い日であった。精霊、シュトラールは今日もファーラの民を守る為に各地で侵略活動を繰り返す機械達を破壊する為に出歩いていた。だが、あの機械達はあまりにも強い。戦いにはなるものの、明らかな劣勢に消耗していくばかりである。


侵略者のロボットを五機程破壊し終えた、そんな時であった。竜は離れた所で誰かが倒れている事に気が付いた。


『…アフロディーテ』


シュトラールは倒れた人物の名を呼ぶが、彼は答えない。まるで死体のように大地に顔を埋めているだけだ。


『しっかりして!アフロディーテ!』


犬の小さな身体を揺さぶり、身体を持ち上げた彼女は驚いた。一ヶ月ぶりに見る仲間の白い体毛が、血の赤で染まっていたのだ。窶れたその顔にはもう、以前の余裕ある優しい表情は無かった。


『死ぬなんて許さないわ…アフロディーテ!アフロディーテ…!』


殆ど体温の感じ無い仲間の身体にシュトラールは必死になって叫ぶ。するとほんの少しだけ、ロディの紫色の瞳が開かれた。


『シュト…ラール…』


『アフロディーテ!良かった…生きていたのね!ごめんなさい…あの時、貴方の傍に居てやれなくて…みすみす連れ去られてしまって…』


『ロディの事は良い…ロディも…何も守れなかった…』


『何も守れなかったのは私達も同じよ…!だから自分を責めないで!今はとにかく、生きる事に集中して…!』


『ロディは…侵略者の親玉を倒した…けど……あまりにも戦力が桁違いすぎる……捕らえられた皆んなを…救えなかった…』


『大丈夫…必ず助ける!だから今は反撃の時を待つのよ…!』


『シュトラール…他の皆んなは…?』


ロディがそう問うと、シュトラールは言いにくそうに目を逸らした。


『ファーラの民は…以前のような明るさを失いつつある。初めて知る恐怖という感情に、皆の身体は衰弱してるの…』


『ブリックと…ミィは?』


『ブリックは休み無く、民を守る為に常に戦い続けているわ。ミィは…おかしくなってしまった』


『おかしく…?』


『空気と…一体化したの』


『どういう…』


『ミィは自分や他人の姿を変える事が出来る。…ミィは侵略により命を落とした人々や動物達の死体を、戦闘に特化した化け物へと変化させた。そして生き残った人々には魔法なる概念を与えたんだ。空気に含まれるミィを摂取した者はミィのように他者を変化させる力を得る事ができ、それにより空気内に存在するミィを炎や雷に変化させるという…』


『ミィは…とにかく地球人と戦う為の戦力を増やしてるんだね…』


『そういう事。アイツは私の静止も聞かず、直ぐに実行に移した。…分かる事と言えば、アイツの生み出した化け物共は無差別に機械や人間を襲っているという事ぐらい』


『そう…か…』


『けど状況は極めて不利だわ。正直に言って…この戦い、私達の負けよ』


『………』


『けど…負けたからと言って希望が絶たれた訳じゃない』


『希望…?』


シュトラールは頷く。


『アフロディーテ。貴方のその能力で…私と貴方の命を繋いで』


『何故…』


『確かに今は私達の負けよ。だからこそ、私は未来に託す。私達の子孫が必ず元の平和なファーラを取り戻してくれると…そう信じてみるの』


『………』


ロディは彼女の言葉に、いつも通りの優しい笑顔を浮かべた。


『良いよぉ〜。その賭け…乗ったぁ』


『アフロディーテ…!』


『ロディもミィも動けないとなると…いや、四人揃っていたとしても戦況は変わらないだろうねぇ。だったら…遠い未来の子供達に任せるのは合理的かもねぇ』


『ありがとう…アフロディーテ』


『それじゃあ…』


ロディはシュトラールの頬を優しく撫でると、にっこりと口角を上げた。


『死なないでね。シュトラール』


『…また、会いましょう。アフロディーテ』


最後の力を使い果たし、白犬は自身と竜の命を繋げた。その最後の役目を終えた彼は…再び長い眠りへとついたのであった。


…………………


『ここは…』


そして、白犬は目覚めた。周りを見渡せば見覚えの無い、石製の壁。苔の生えた簡素な部屋にて、ロディは伸びをする。


『どうやらあれから随分と時間が経ったみたい…皆んなはどうなったのかなぁ…』


ロディは部屋の隅にあった階段を使い、下の階へと降りる。するとそこには部屋と同じく石製の本棚が並ぶ、図書館のような広い空間があった。そのどれもが恋愛本なのを見るに、自身の趣味を知っているシュトラールが用意してくれたのであろうと理解する。


『読みたいなぁ〜。けど、今はそれどころじゃないよねぇ』


本棚を素通りし、犬は石の上を歩く。そして辿り着いた扉を前に、彼は緊張を解すように息を吐いた。


『よし…行こう』


彼は重い扉を開き、まだ見ぬ外の世界を覗いた。だが、そこで彼が見たのは想像もしていないような光景であった。


『『『ララ!ララ!ララ!ララ!』』』


そこに居たのは…精霊に祈りを捧げる、見覚えの無い人間達。だが何処か見知った者の面影を感じさせるその姿に、原初のファーラ人の子孫であるとロディは理解した。だがそれと同時に、気持ちの悪い感覚が溢れだした。


ロディにとって、人間は家族のようなものであった。そして向こうもそれは同じであり、ロディを自身の親のように扱っていたのだ。だが…今目の前に居るのは違う。精霊を神として崇め、己らを解放してくれるのを待っている、酷く淀んだ瞳をした者達であった。そんな彼らの元には、まるで貢ぎ物とでも言わんばかりに地球人のような肌の色をした人間の死体が置いてある。


それがあまりにも気持ち悪く、一歩を踏み出そうとしていたロディは…引き返した。


『想像つくよぉ。外には天井があった、つまりここは地下。多分…地球人達から隠れる為にここで暮らしてるんだろうけどぉ…生まれてからずっと地球人に対する憎悪しかないような閉鎖空間で暮らしてたらそりゃああんな風にもなるよぉ。けど…』


ロディは本棚に飾られていた、一冊の恋愛本を手に取る。その本は幸せそうに手を繋ぐ一組の男女が表紙を飾っていた。


『…ロディはもう、人間を愛せないかもしれない』


命を懸けて守ろうとした人間。その子孫があんな怨みで動くような存在に成り下がった事実に…ロディは酷く落胆したのだ。いくら願おうが、あの素晴らしかった時間は帰って来ない。時が経った今ではもう、あの時の皆んなと会う事も出来ない。ロディは心の底から自分は孤独であるという事を理解した。


だが…ロディはその者に出会った。彼が目覚めてから三日後、何やら入口付近で物音がした事に気が付いたロディは興味本位で扉の隙間から外を見たのだ。


するとそこには…ロディの住む神殿に寄りかかりながら昼寝をする一人の少年の姿があった。毎日全村人による精霊への祈りが行われるが、ロディは彼の姿を初めて見た。神聖な神殿に寄りかかるという他の村人ならばしないであろう罰当たりな行為に、彼が祈りにも参加していないであろうという事は想像にかたくない。


そんな彼の隣には、余程心を許しているのか共に居眠りをする鹿、鳥、カエルの姿もある。他の人間とは違うような彼の姿を見て…ロディの中に希望が生まれた。彼はまさに、ロディの愛した原初のファーラ人のようであった。


そしてロディは好奇心のままに扉を開くと、外へと一歩を踏み出した。彼は他の村人達が見てないのを確認すると、眠る少年に話しかける。


『ソラファラミ、ドド(御機嫌よう、少年)』


するとその声で目を覚ましたのか、少年は大きな欠伸をした。彼は眠そうに目を擦りながらロディの方を見る。


『ラミ(犬だ)』


『ドミララミ。レシドレ、ララ(犬じゃないよ。精霊だよ)』


『ミシラ、ララ…(あぁ、精霊…)』


少年はそう呟くと、再び目を閉じて眠りにつこうとする。そんな彼を見てロディは慌てる。


『ソ、レドファラド?レシドレ、ララ?(君、驚かないのかい?精霊様だよ?)』


『ドファラソラシ(別に)』


強がりでも何でもなく、本当に眠りの方が大切だと言わんばかりに少年は全身から力を抜いた。その様子が面白くて、ロディは笑う。


『ファ、ミレシラ?(隣に座っても?)』


『レレ(良いよ)』


少年からの許可を得た所で、ロディは彼の隣に腰を下ろした。すると少年はチラリと彼の方を見る。


『ララ。ソファレラ、ララド?(外に精霊が居るのが気付かれたら大変な事にならない?)』


『レシドレ、ラミ(どう見てもただの犬だから大丈夫だよ)』


『ラシ(それもそうか)』


『ミドレ、ファラ?レシドレ、ロディ(君の名前は?ロディはロディだよ)』


『ドミー…?ラミソドラ、ララ(ロディ…?難しいから精霊でいいや)』


『レレ。ミドレ、ファラ?(それでもいいよ。それで君の名前は?)』


『ミレファ(薬草)』


『ラファミ…ラドレソシ、ファラ。(成程…人を癒す、良い名だ)』


ロディはうんうんと頷くと、目を閉じてミレファと同じように昼寝の準備を始める。そしてそんな中、ぽつりと一言をこぼした。


『ソファミ?(友達にならない?)』


『レレ(良いよ)』

前回二話ほど続くと伝えましたが…予定変更して次回からは話が現代に戻ります。理由としてはまだ現時点で語る必要の無いものであるという事、そして作者自身が何よりキツいという事です。読者様からすれば別に大した話ではない可能性はありますが…作者は鬱展開等が人一倍苦手です。第二話で主人公の村を滅ぼしましたが、苦手なものは苦手なのです。

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