ホワイト・ボグレー
『人間味を感じさせない所がそっくりだ』
先程プラントさんが言った言葉が脳内に響く。今まで、私は『人間らしく』を求めて生きてきた。おじいちゃんからそう教えられ、ずっとそうなるべく努力してきたつもりだ。だがプラントさんが私に言った言葉は真逆である。彼がどういう意図で言ったのかは分からないが、何だか心に引っ掛かりはした。
そんな考え事をしている私が気になったのだろう。同室に居るリィちゃんは心配そうに私を見つめる。
「キャロ…ごめん」
「え?何が?」
「もしかして朝ごはん食べた時…私の分のデザートも欲しかった?フルーツパフェは美味しいもんね」
「自分の分もあったんだし取らないよ!?物凄く美味しかったけど…」
「でしょ。グロテスクは天才なの。何でも出来る凄い人なんだ」
「…確かに家事全般押し付けられてるってアカマルが言ってたね」
「そうそう。私が今着てる服だってグロテスクが作ったものなんだよ」
「えっ!?」
そう言われ、改めてリィちゃんの着る服を見てみる。前まで着ていた豪華なドレスの代わりに着る黒いコットンのワンピースは手作り感など微塵も感じさせなかった。ユウドへと向かうならドレスは目立つだろうと着替えた訳だが、威厳を隠しつつもふわりとしたミステリアスな印象を与える。
「も、もしかして今私が着てるココア色のキャミソールワンピースも…?」
「そうだよ?」
「これからグロテスク様って呼んだ方がいいのかな…」
領主の生まれ、整った顔立ち、料理得意、手芸上手、広々とした城の手入れ、常識人、マッドパールの解析、薬品作成。現時点で判明しているだけのスペックだがそれでも超人じみている事だけは分かる。最早非の打ちようもない彼の存在は最早恐れ多くもあった。
そして、そう考えた時私は思い出した。『身体が白い者には何らかの才能がある』とプラントさんが言っていた事を。グロテスクさんの瞳は白い。まさか全ての分野において優秀な才能を持っているのでは…?
私のその考えを見透かしたのか、リィちゃんは口を開いた。
「白い人間の話は聞いた?グロテスクは確かに凄いけど、本当に才能があるのは発明の才能なの」
「…確かに発達した技術を持つユウドの町が出身なら発明家として腕を磨けるのかも」
「いや、周囲に影響されるまでもなくグロテスクは凄かった。近年のユウドの町を支える大部分のシステムは幼少期のグロテスクが作ったものなんだと。私はユウドの町に行ったことは無いけど、グロテスクはそこで『神童』と呼ばれていたみたい」
「へぇ、グロテスクさんが…」
確かに完璧超人に見える彼ならそれ程の天才であったとしても頷ける。ただどちらかと言うとあの美味しいデザートや優しい雰囲気はパティシエの方が合っているんじゃないかと思える。…いや、所々肉や骨が露出している時点でお化け役者の方が似合っているか。
そんな話をしていると、当の本人であるグロテスクさんが丁度扉を開けた。
「二人とも、馬車の準備が出来たよ」
そう言って歩み寄る彼は眼鏡をかけていた。恐らく顔の傷が目立たないようにする為であろう。凝視すれば見えるが、眼鏡が被さっている以上一目見ただけでは気が付きにくい。
「というかここって馬とか居たんだね」
「アカマルがこっちに来た時に連れて来た馬なんだよ。どうやら元々飼ってたみたいだからついでに招き入れようと思って。…何故かアカマルより僕に懐いてるけど」
「私も撫でようとしたら大体噛まれる。悲しい」
「リィちゃん…」
悲しそうな顔をするリィちゃんを前に苦笑いするしかなかった。微妙な空気感の中、グロテスクさんは改めて口を開く。
「それじゃ、行こうか?長旅になるだろうけど準備は良い?」
「「勿論!」」
声を揃えて元気に声を出す子供達に、グロテスクさんは満足気な顔をした。
「外の世界でアカマルが待ってる。待たせちゃ悪いしさっさと行っちゃおう」
「待って、プラントさんに行ってきますを…」
「プラントはそういうの好きじゃないから面倒くさがるんじゃないかな。一生の別れでもあるまいし、彼の事は放っておこう」
「そっか…分かった」
そんな会話をしながら私達は外へと向かう。こうして私達の旅は始まりを告げたのであった。
〜〜〜〜〜〜〜
「…行ったか」
自室の窓から餓鬼共とグロテスクが外の世界へ消えていくのを確認する。町の端にて専用の魔石を使用すると自由に出入り出来る仕組みなのだ。キャロの奴とここへ来た時と同様に煙が彼らを包み、世界間の移動を可能にする。あの魔石も王と二人で作ったんだったな、最早遠い記憶のように感じる。
「さて…」
窓から視線を外し、俺の目はダークウッドの机に向けられる。いや、厳密に言えば机に置かれた一つの便箋へと向けられていた。今朝届いたその便箋には黄金の鳥が描かれた紋章がある。見覚えのあるその紋章は差出人が誰なのかを鮮明に語っていた。
力技で便箋を破り、中に入っていた紙を取り出す。綺麗に折り畳まれたその紙を開くと、以下の文章が記されていた。
『我が最愛の者へ
こうして手紙を書くようになったのも、早三年となるな。今や仕事の合間に手紙を書くのがすっかり習慣となってしまった。雇っている魔法使いにも手紙を見せる度に苦笑されてしまう。だが当然だ、父として息子の安否を心配するのは当たり前の事である。だからこそこの手紙が届いているのは息子ではなく、赤の他人なのではないかという悪い予感すらもしている。もしこの手紙がヨハンに届いているならば、一言でも良い。手紙を寄越してくれ。お前を無理に引き戻そうとしている訳では無い、ただ無事かどうかを知りたいだけなんだ。お前が失踪したあの日、何が起こったのかは分からない。だから頼む。あの日から続く後悔を終わらせてくれ。もし何か力を借りたいならば父として何処へでも飛んで行く。私はずっと、お前の幸せだけを望んでいる。 ワシゼン・イリー・ガードハート』
目を通し終え、溜め息を付きながらその手紙をゴミ箱へと投げ捨てる。月に一度送られてくる彼の言葉には最早飽き飽きとしたのだ。だが、今日の彼はいつもより少しだけ考えが冴えていた。
「予想通り、あんたの手紙は息子に届いちゃいねぇよ。ワシゼン」
手紙に記されたヨハンという人物、それが自分では無い事を俺が一番よく知っている。ワシゼンが雇っている魔法使いは『任意の人物に何かを贈る』という魔法を扱う。そいつの力を借りてワシゼンは今まで手紙を送って来たのだが、残念な事にその手紙の受取人はヨハンではなく、この俺だ。
「悪く思うなよ。あんたに返事するのはあまりにもリスクが大きい。…たかが一魔族が『国王』宛に何かを送るってのはな」
国王、ワシゼン・イリー・ガードハートへ何かを送るならば先ず身分を洗われ、荷物の中身を厳重に確認される。身分を洗われた時点で俺は騎士共の剣の錆にされ、ヨハンに何があったのかを正直に記したものを王以外に見られる訳にもいかない。だからこそ現状、彼の言葉を無視するしか手はないのだ。
今日も無駄な時間を過ごしたと溜め息をつく。そしてそのまま椅子へと腰掛けた時、空である筈の封筒を見てとある事に気が付いた。
「…もう一枚、紙が入っているな。普段は手紙のみの筈だが」
この封筒は自分ではない、ヨハンに贈られたものだ。だがそれでも何だか無性に気になり、俺は封筒へと手を伸ばした。
「これは…」
同封されていたのは一枚の写真であった。純白の気取ったローブは何だか妙に鼻につき、深く被られた同じく白色のシルクハットによって素顔はよく見えない。だが唯一見える口元に浮かべられた笑みは彼が自信家であるような印象を受けた。
「この妙な男がなんだってんだ。…裏に何か書いてあるな」
以下、このような文章が綴られていた。
『ヨハン、お前が消えた時はまだカメラという技術は無かったな。これまで魔法でしか作る事の出来なかった写真を、今や機械の力で製造する事が可能となったのだ。まぁ、そんな話はいい。この写真の男に見覚えはあるだろう。王直騎士団における第二部隊の隊長を務め、お前の病気を和らげる唯一の腕を持った信頼の足る男だ。しかし昨日から一向に連絡が取れず、王都にも帰ってきてはいない。もしホワイト・ボグレーの居所に心当たりがあるなら彼にお前と行動を共にするよう命令してやってくれ』
裏面を読み終え、その紙を机に置く。ホワイト・ボグレー。あまり内情に詳しい訳ではないが、確か過去に俺が『王都に住んでいた』時はそんな名前の隊長など存在していなかった筈だ。恐らく近年に昇進した若手の騎士なのだろうが、妙に存在が気になる。
ヨハンの患っていた病。それは原因不明であり、医者や回復魔道師でさえも不治だと匙を投げた治らぬ病気だ。そんな病をたかが一騎士に和らげる程の手腕があるなど、明らかに歪だ。
そこまで考えた時、俺はある事を思い出した。
『これを持っていた奴については?』
『王直の騎士さんだって。自分の隊を持つ凄い人らしいけど…』
そう、キャロが言っていた白の魔石の持ち主も騎士団の隊長なのだ。そしてキャロが故郷を失ったのも昨日の朝。パールマッドと交戦し、力果てた事により連絡が途絶えたと考えるのが最有力だ。隊長を務める程の人物が敗北するかどうかは些か疑問だが、パールマッドの残骸に混じって騎士の死体も転がっていた事から信ぴょう性が増す。偶然にしては出来すぎだ。
国王の言うホワイト・ボグレーは死亡したという事でほぼ間違いないだろう。だが問題は今や故人となったホワイト・ボグレーは何者だったのかという事だ。人間としての性質を変化させる魔石を持ち歩き、誰にも治せない病を和らげる術を持つ。そんな存在についての心当たりがある訳ではないが、特殊な何かを抱える人物であるのは明白だ。
「…魔法使いは自身の生み出した魔法について記した魔法書を書く義務がある。ホワイト・ボグレーという著者の魔導書を少し読み漁るか」
興味本位から始まる、ホワイト・ボグレーについての探求を開始した。
初登場時からずっとタイトルにグロテスクさん要素が無い…!今回も前半はグロテスクさんに関係する話をしていたのに、後半に王様が手紙を送りやがったせいでタイトルがホワイトさんに取られてしまった…!故人にさえタイトルを奪われるグロテスクさん可哀想…




