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少女は魔族となった  作者: 不定期便
精霊は罪人となった
109/123

アフロディーテ

あれからどれくらい時が過ぎたのか、太陽の見えないこの地底では把握する事が出来ない。しかし二度の就寝を迎えた事で、恐らくは二日程経ったのだろうと何となくで理解する。


私は今日も変わらず、この隠れ家とも言えるような小さな部屋で大人しくしていた。外を出歩こうにも同居人が許してくれない。どうやら怪我が治るまでは私の事を自由にさせない方針らしい。


そんな同居人の彼…地底人の少年とは円滑なコミュニケーションこそ取れないものの、長きに渡るジェスチャーを含んだ対話にて彼の名を知る事が出来た。彼の名は、『ミレファ』。思えば最後、地底人の集落から逃げ出す直前、人々が彼にそう叫んでいたような記憶がある。


そういった努力によりミレファの名を知った私は、自分の名前も伝えたのだが…


「ファド?」


キャロという名前をどうやら彼は上手く発音出来ないらしい。地底人達の使う言葉は実に単純で、私達程多くの発音を必要としない。よって、普段使わない音を出すのが苦手なのだ。その結果彼の中で私はファドさんとなってしまった。


そうして、私とミレファは互いの知らない事を教え合う関係となった。きっかけは彼が二人でなら良いと、この秘密基地の外へと連れ出してくれた事だ。そこで地上では見れないような植物、そして生き物を目の当たりにし、まるで異世界に来たかのように全てが新鮮な日々だった。


そんな彼に私はお返しとして魔法を見せてあげた。ロブ、ヘルフレイム、ナイトステップ、オアシス、シークレット。使える限りの魔法を使用すると、彼は顎が外れるんじゃないかと思うぐらいに呆然と口を開き、子供らしく目をキラキラと輝かせていた。その様子が面白くて魔法を使い続けると、彼はより一層喜んだ。


正直、重苦しいこの気持ちを整理するのに最適な時間であった。そして気持ちを切り替えると同時に彼の献身的な治療によって身体の傷も塞がり、すっかり元通りとなった。


…たった一つだけ、元通りにはならなかったものはあるが。


「左腕の毛…肩にまで侵食してるなぁ…」


いつからかは分からない。だが、以前と比べて明らかに得体の知れない白い毛の数は増えていた。ミレファは汚れた服の代わりとして、そしてその体毛を隠す為に白い布で簡易的な服を作ってくれたのだが…体毛の成長速度は凄まじく、今や左腕の袖が破けてしまって毛むくじゃらの左腕が露出してしまっている。


このまま症状が進めばどうなるんだろう…そう思っていたとある日の事であった。テーブルでミレファの集めてきてくれた果実を食べていると、出入り用のロープをかけながらミレファは口を開いた。


「シレファラソ、ララ!」


「…いつものお散歩の時の言葉じゃないね。もしかして、退院?」


「ミレラレ!」


「とうとうこの時が来たか…!よっし…」


私は手元の果実を急いで頬張ると、ミレファと共にロープを登り始めた。登り終わったのを確認するとミレファは近くの岩で秘密基地を隠し、私の手を引いた。


「ラドレミラ!」


「この方向…地底人さん達の集落があった方?私が精霊に会おうとしてるってよく分かったね?」


「ファラド、ララ!」


もしかして彼は本当に私の心を読んだのだろうか。…いや、恐らくは違う。地底人達にとって精霊は崇める対象であり、神様のようなもの。当然ミレファだってその認識の筈だ。恐らく…人智を超えた精霊の力で私の腕を治そうとしているのであろう。心優しい彼が私の腕をずっと気にかけていた事は知っている。


そんな事を考えながら私達は二日ぶりの懐かしい道を進み、光の広がる空間へと辿り着いた。そう、地底人達の集落だ。しかし、何やら以前来た時よりも静かに感じる。


「人が…誰も居ない?」


思わず独り言を漏らすと、ミレファはシッと人差し指を口の前に付けた。


「ソラミラソ…ララレド…」


「小声ね?分かった」


「ミ…」


静かな村、そしてミレファの反応が気になるも彼の言った通り極力静かに行動をする。忍び足で民家から民家の陰へと移り、ゆっくり静かに進んで行く。しかしどうにも地底人達の姿は見えない。


だが、進み続けていると私達は地底人達の姿を目撃する事が出来た。そう…彼らが集まるその場所は、私が処刑されかけた例の遺跡の前だ。全地底人があの時と同じように列を作り、遺跡に向かって平伏している。


「ラファレミド…ララドラド…!」


「「「ラファ!ララド!」」」


「シドラミレ…ララシレソ!」


「「「ラファ!ララド!」」」


一目で分かる。彼は今、自分達の神様に祈りを捧げているのだ。精霊を信仰したという罪により、地底へと追いやられた人種。その精霊が眠るという遺跡と共に暮らしてきた彼らにとって、精霊はかけがえのないものなのであろう。その証拠に、この場において渋々祈りを捧げているような人は見当たらない。私とミレファに気が付かない程に集中しているのだ。


「ミレファもお祈りしたい?」


「シソ…」


「私は別に気にしないし、したかったらしてもいいんだよ。ミレファにとっても大切な事でしょ?」


私の意図が伝わったのか、彼は横に頭を振った。彼もこの村の育ちなのに、どうしてだろうと考えていると…何やら地底人達が騒がしくなった事に気が付いた。


様子が気になりそちらの方を見てみると、男の人達が列から外れ、そして遺跡の入り口へと向かった。そこにあるのは重々しい、石製の扉。その扉の僅かな隙間に男性が指を差し込むと、その男の腰を別の男性が掴む。そうして男性の地底人による長蛇の列が出来ると、彼らは声を張り上げた。


「「「ラド!ラド!ラド!」」」


力の限りそう叫ぶと、彼らは力み始める。全員の力を使って遺跡の扉をこじ開けようとしているのだ。しかし…いくら彼らが力を入れても、扉はビクともしない。数分の格闘の末、扉が開くより先に男達は息を切らしながら地面に倒れ込む事となった。


「ソラシ…ソ…」


「レド…ソラドレドラ!」


「「「ラ!!!」」」


何やら会話をし、彼らは汗を拭いながら遺跡から離れ始めた。その様子を見て、列を作っていた女子供も楽にする。どうやら彼らによるお祈りの行事は終わったようだ。各地底人がやり切ったような顔でゆっくりと村へと戻ってくる。


「このままだと見つかっちゃうよ…どうする?」


ミレファに顔を向けると、彼は人差し指を上げた。


「ラミドソレッド」


「…ナイトステップ?確かに地底人さん達の影があるから私は移動出来るけど、ミレファはどうするのさ?私の魔法で二人同時に移動は無理だよ?」


心配そうな眼差しを向けると、ミレファは「任せて!」とでも言わんばかりに胸を張る。そんな彼を信じ、私は念じた。


「『ナイトステップ』」


そう唱えると、私の身体は影の中に溶けた。そしてそのまま地底人の影へ、そして更に影が重なった別の地底人の影へと連鎖的に移動する。その結果、私は誰にも気付かれる事なく遺跡の柱の陰へと辿り着いた。


「さて…ミレファは大丈夫かな?」


ちらりと柱の陰から顔を覗かせる。そしてミレファの様子を確認しようとするが…私はそこで、ミレファの姿が見えない事に気が付いた。先程まで私達が居た場所の周辺、何処を見ても彼の姿は…


「…あ」


いや、居た。彼は…ほふく前進で移動していたのだ。普通なら見つかりそうなものだが、彼が通るのは草の生えた自然の中。持ち前の緑色をした髪により同化し、草に擬態した彼は誰の目にも触れる事なく移動したのだ。こうして見ると間抜けな光景だが、案外意識しないと気付かないものというのは多い。


「ミレファ…」


「ミ?」


珍獣を見るような目で見られている事にも気付かず、ミレファは首を傾げる。そんな彼はそのまま蛇のように這い、見つかることなく遺跡へと辿り着いたのであった。


「よし。でも正直、ここからが本番だよね。十人以上の屈強な男の人達が力一杯開けようとしても開かなかったんだから…」


「ファラミ」


「え」


一か八かで魔法を撃とうとした、その時であった。地底人達がいくら頑張っても開けなかった扉。その扉を、ミレファは顔色一つ変えずに開いたのだ。まるで力を込めているようには思えなかったが…どういう事なのだろうか。


ミレファは目配せをすると、あたかも当たり前かのように遺跡の中へと入った。私も混乱こそしているが、慌てて彼の後をついて行く。スタスタと歩いて行くミレファの後に続き遺跡へ足を踏み入れるが…遺跡の内部は私の想像とは大きくかけ離れていた。


一言で表すならば…図書館としか言い様がない。この遺跡と同じ材質、紫がかった石で作られた棚が等間隔で四列程並び、更に部屋全体を囲うように壁際にも棚が置かれていた。そんな棚全てに様々な色の表紙をした本が並んでおり、その部屋の奥には二階へと続く階段が見える。


「精霊の遺跡っていうからもっと神具みたいな神々しい物でもあるのかと思ったら…本しかない。人間の知識に興味を持ってるのかな…」


「ファド」


「何?どうしたの?」


「レファソ、ララ」


ミレファは私の名を呼ぶと、部屋の奥にある階段をじっと見つめた。一瞬理解が遅れたがそこで私は気が付く。階段のある方、厳密に言えば二階から何やら物音が聞こえるのだ。獣が爪を研ぐような、そんな音が。そしてその音は段々と大きくなって行く。


固唾を飲み込み、接近してくる何者かを私は待つ。するととうとう…階段から降りてくるその白い足が見えた。その足から生えた爪が石製の階段にぶつかる度、引っ掻くような音が鳴る。


「………」


その存在が階段を降り終えると…その者の全体像が分かった。その者は私達子供と同じような背丈の生物だ。全身を白い体毛が包み、黒い鼻はうっすらと濡れている。尖った耳はぴょこんと元気そうに立っているが、尻尾は垂れ下がって地面を引き摺られている。


何処からどう見ても犬だ。だが先程も供述通り、背丈は私達と変わらない。その理由は彼が私達と同じように二足歩行をしているからだ。本来二足歩行に適さない筈の足を巧みに使い、彼は階段を降りてきている。明らかに普通の犬ではない。


そんなわんちゃんに、ミレファは軽く手を振った。すると犬は小さく鼻を鳴らし、口を開いた。


「シレドラド、ミレファ」


「シレドラド、ララ」


そう、犬は地底人の言葉を喋ったのだ。だが…どうにも魔族には見えない。彼がどういった存在なのかと疑問視していると、犬は歩きながら私の方に顔を向けた。


「おやぁ〜?その肌の色、地上の人かなぁ〜?珍しいねぇ〜」


「こっちの言語も喋れるの…?」


「普段使わないから訛ってるかもしれないけど、使えるねぇ〜。ようこそ〜」


男性とも女性とも言えるような声で彼は話す。間の抜けた話し方のわんちゃんは、その話し方に似つかわしく常に柔らかに目を閉じていた。


そんな彼に、私は言う。


「初めまして、私はキャロ。あなたは何者なの?」


「初めましてぇ〜。精霊のアフロディーテだよぉ〜。略してロディって呼んでぇ〜」


「精霊…!?あなたが…?」


確かにわんちゃん、ロディさんからはただならぬ気配のようなものを感じる。だが…予想だにしていなかった回答に、驚かざるを得なかった。私はてっきり彼の事を精霊のペットか何かだと思っていたのだが…どうやら本人であったようだ。


ロディさんは至近距離まで近付くと、すっと肉球を差し出した。それが友好の証であると理解した私は彼の肉球を握って握手をした。すると彼は満足そうに頷き、肉球を引っ込める。


「それでぇ〜、何の用かなぁ〜?」


「実は…この私の左腕について、何か知らないかなって思って」


そう言うと、私は彼に自身の左腕を見せる。それを見つめるロディさんと、固唾を飲み込んで彼の発言を待つミレファ。緊張により空気が重々しくなる中、やがてロディさんは腕から視線を外した。


「何となく分かるよぉ〜」


「本当!?一体これはどういう…!」


「教えてもいいけどぉ、その前にするべき事があるんじゃないかなぁ〜」


「するべき事?」


「そう〜」


ロディさんはちらりとミレファを見ると、私に視線を戻す。そしてほのかに口元に笑みを浮かべた。


「男女が揃ったなら先ずキスじゃない?」


「しないよ!!??」


「え〜」


「え〜じゃないよ!そもそもミレファとは友達で…!」


「仕方ないなぁ〜、本番でもいいよぉ〜」


「本番…?」


「繁殖」


「『ヘルフレイム』」


自分でも驚くべき速さで放たれた火球に、ロディさんは巻き込まれる。その突然の行動に何も知らないミレファは驚くが、これは仕方のない事だ。あの精霊は滅ぼさなければならない。何せいきなり恐ろしい事を口走るような者なのだから。


そんなロディさんは真っ白な毛並みを炎で焦がしながら、後頭部を掻いて私達の元へと歩いて戻ってくる。


「何するのさ〜、危ないよぉ〜」


「そっちこそ急に何を言い出すの…!」


「男女が揃ったなら先ず恋愛でしょーが〜」


「そんな事ありません!」


「え〜、興味深いのにぃ」


「興味深いって何が…」


そこで私は気付いた。図書館のようだと評した、大量に置かれている本。その本の表紙がどれもが、何と言うべきか…恋愛に関する本であるのだ。決して私の思っていたような知識を得れるような本ではない。


世界を創った四匹の精霊のうちの一匹、アフロディーテことロディさん。研究所にて遭遇したミィさんはこの世界の空気そのものであるという、とんでもなく規模の大きい異質な存在だ。だが…同じ精霊であるというのにも関わらず、ミィさんとロディさんはあまりにも違う。少なくとも私の目にロディさんはただの恋愛大好きわんちゃんにしか映らない。


これが本当に精霊なのかと疑う私の横で、私達の会話の内容を何も知らないミレファはぽつんと佇んでいた。

何だかんだ登場人物の殆どが作者である私に似ているものなのですが…カプ厨という意味ではロディさんが私と一番似ているかもしれません。分かります、人のイチャイチャを見てニヤニヤしたいですよね。

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