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少女は魔族となった  作者: 不定期便
精霊は罪人となった
105/123

ピヨ

「『ロブ』」


彼女のその一言が戦闘の合図となる。白髪の少女が放った光線はまるで神の裁きとでも言わんばかりの輝きを放ちながら、ぼくを焼きつくそうとすぐ目の前まで迫る。


以前の魔族の姿と違い、今のぼくは人間の身体を使っている。つまりは肉体の耐久性も、俊敏性も以前より遥かに下なのだ。まともに喰らえば待つのは死のみである。


迫り来る死を前に、全身を使ってぼくは左へと転がる。裾が焼けてしまう程にギリギリでの回避であった。ほんの少しでも遅れていればぼくは片足を失う事になっていた。


「そんなに憎いかい?このぼくが!」


「もう…これ以上キッズさんを自由にしちゃおけない」


「興味あるよ。本願が叶わず死んでいく君は、どんな苦痛の表情を浮かべるんだろう!きっと半身を猫に食われたドブネズミのように絶望した顔をするんだろうなぁ!楽しみだよ!」


「夢を壊され、絶望するのはそっちだよ」


少女の瞳が深紅に染まったのを認識した瞬間、彼女の姿は消えた。そして再び彼女を視認すると同時にぼくは腹部に打撃を喰らい、そのまま壁に叩き付けられる。その勢いに前方へと倒れ込もうとするぼくの横顔を彼女は蹴り、そのままぼくは床を転がる事となった。


本気だ。そう思わざるを得ない程に、彼女の動きには容赦が無かった。それはまるで狩りをする魔獣のよう…いや、あながち間違いでもないのだろう。彼女の左腕に生えた体毛は明らかに動物のそれだ。彼女が人間ではないのだとするなら、その不可解な身体能力も説明がつく。


「じゃらもんちゃんとクリさん…いや、沢山の命を弄んだ代償として、捕らえられた皆んなを解放してもらうッ!」


その声と同時に顎を蹴り上げられ、宙を舞う。そうして無防備になったぼくの腹部に彼女は掌底を食らわせるが、内蔵が潰れそうになりながらも何とか意識を保つ。今意識を失う訳にはいかないのだ。


確かに、ぼくは目の前の少女には敵わない。丸腰で大型肉食獣を狩れと言われているようなものだ。この人間の身体では有効打を与えるどころか、その動きすら捉えられない分、肉食獣よりも遥かに絶望的だが。


しかし…ぼくには魔法がある。タグの魔法、つまりは入れ替わりだ。彼女に触れる事さえ出来れば形勢が逆転するのだ。たった一度、その一度だけでも手が触れれば…


「キャロォ!全てはお前の甘さが招いた悲劇なんだぜ!!!」


「っ…」


「お前がぼくをキッチリ殺していれば!お前がぼくを偽物だと見抜いていれば!お前が逃げ出そうなんて思わなければ…!じゃらもんもクリも死ぬ事はなかった!無能は悪手ばかり打つから辛いよなァ!?」


先程ぼくが使われた手、挑発。昔から言いたい事を言うだけで、人々は一様に顔を顰めた。今回もぼくの本心を語っただけだ。何が間違っているのかも、どうして怒るのかも分からない。ただ…今までどうりなら、きっと効く筈だ。


そして…彼女が激昂した瞬間が、狙い目だ。


「お前と合流しなきゃじゃらもんは一人で研究所から逃げれたかもな!?お前がぼくの肉体を傷付けなければもう二度とクリと入れ替わらなくても良かったかもな!?どうだい、二人を自分の為の礎にした今の気分はよ!こっちは最っ高に気持ちいいぜ!!!」


「私は…」


その瞬間、彼女の瞳に殺意が宿る。ぼくはその瞬間を見逃さなかった。


「勝った!!!」


彼女に触れようと、咄嗟に左腕を伸ばす。彼女は今冷静ではない筈だ。人という生物は自身の心を言い当てられたり、悪い誤解をされると気分を害するものだ。彼女が怒りのままこちらに集中している間に、触れる。彼女はまたもや自身の甘さによって全てを失うのだ。


そう思っていた…いや、実際その通りである筈だ。ほんの数センチ手を伸ばせば良いだけの話であった。それなのに…何故、ぼくの左手はあらぬ方向へと曲がっているのであろうか。


「がぁ…!?」


「触れたら入れ替わるんだよね?だから、触られる前に殴った」


「化け物が…!どういう動体視力だよ…!」


「化け物…」


骨折の苦痛に悶えるぼくから視線を外し、彼女は自身の毛むくじゃらな腕を見る。


「私は何なんだろう。今までずっと普通の人間として、人間らしくを大事に生きてきたのに…それなのに、私は人間とは程遠かったみたい。多分これが、お母さんの言う異形児って事なんだろうな…」


「知らねぇよ…!よくも…よくもこのぼくを傷付けやがったな…!絶対に殺す…!」


「あなたに私は殺せないよ」


「ハァ…?」


「キッズさんより、私の方がずっと怒ってるから」


突然、風が吹いた。いや違う…風が起こったんじゃない、殴られたのだ。それを理解したと同時に肩、膝、首元に激痛が走る。


「カハァ…!」


「………」


「クソが…そんな憐れむような目で見るんじゃねぇ!ぼくはまだ…!」


「キッズ、あなたは負けたんだよ」


それは、聞き慣れた声であった。コツンコツンとヒールが鳴らす足音と共に、ある白衣の人物が近付いてくる。彼女は足まで伸びた藍色の髪を揺らし、冷たい瞳でこちらを見下す。


「アセツ…!」


「やぁ。敗北者」


「何だと…」


「今までありがとう。君は実に、有能な男だったよ」


アセツはぼくの前に立つと、倒れ込むぼくに向けて人差し指を向ける。彼女は…ぼくに向けて、魔法を使う気だ。その事実に心底怒りが溢れ出てくる。


「コイツを差し向けたのもお前だろ、アセツ…!このミサンガによる契約はお前の十八番だもんな!」


「ご名答。そろそろ邪魔になってきたからね、始末するべき頃合いだと思って」


「人間の世界から追い出されたお前に居場所を作ってやったのは誰だと思ってる…!ぼくが居なければ、お前はとっくの昔に騎士の剣の錆になっていただろ…!ぼくの助力がなければ、お前は…!」


「だから言った筈だよ?…今まで、ありがとうって」


彼女の指先に魔力が集まる。冗談でも何でもなく、彼女はぼくを殺す気だ。だが…ぼくの契約魔法により、彼女はぼくに逆らう事は出来ない筈だ。だからこそキャロを使って襲ったのだ。魔法を、使える筈が…


「アセツゥ…ころ…!」


「『アイス』」


〜〜〜〜〜〜〜


「何で…」


アセツさんの放った氷柱は、キッズさんの脳天に深く突き刺さった。血が顔を汚し、憎悪の籠った悍ましい瞳を閉ざし…彼は糸の切れたマリオネットのように、顔を地に伏せて動かなくなった。その事実に動揺を隠せない。


私は確かに、彼に対して殺意を抱いていた。だからこそ怒りに身を任せて彼に酷いことをした。だが…本当に命を奪うつもりはなかったのだ。もう二度と悪事を働けないように、徹底的に心を粉々にしてやろうと、そう思っていた。今アセツさんの事を止めなかったのも、彼女が以前キッズさんと契約を交わしていた事を知っているからこそ、魔法を使える訳がないと思っていたのだ。


だが…彼女は魔法を使い、キッズさんの命を奪った。そんな彼女は特に気にする様子もなく、笑みを浮かべながら私の方を見る。


「ご苦労様。…と言っても、二つ程ミサンガが切れてるね。新しく作らないと」


「アセツ…さん」


「ん?」


「どうして…そんなに簡単に、命を奪えるんですか…?」


彼女はキョトンとするが、すぐに再び薄ら笑いを浮かべた。


「邪魔だったから」


「そんな理由で…?」


「そりゃあ私だって酷い事をしてる自覚ぐらいあるよ?可能なら命は失われない方がいいもんね」


「だったら…!」


「でも…ほんの少しでも私の夢を妨げる可能性があるなら、その人は消さなきゃならない。私の夢は誰にも認められないものだから、叶える為には情なんて邪魔なものを抱いちゃいけない」


「………」


「とは言っても、流石に子供は逃がそうと思ったんだけどねぇ…」


彼女はじゃらもんちゃんの遺体をちらりと見ると、溜め息をついた。そして、再び私の方を見る。


「さて、それじゃ…もう一度捕らえさせてもらうよ」


彼女が構えると同時に私は一歩後退る。だが、後方からする何者かの気配に、逃げられない事を悟る。


「………」


そう、逃げようにもいつの間にか背後にはチャシさんの姿があったのだ。つまり、挟み撃ち。この場から立ち去るには…アセツさんとチャシさん、どちらかの隙を突いて通り抜けるしかないのだ。


策を考える暇もなく、チャシさんはこちらへと飛びかかる。彼の飛び蹴りを腕で受けるが、速度と重さの乗ったその蹴りに、私は反撃する事も出来ずに後ろへと滑る。受けた腕が痺れる程の強烈な一撃だ。


そんな私を前に彼は攻撃の手を緩めなかった。彼は足払いをして私を宙に浮かすと、肘打ちで上から脇腹に重い打撃を食らわせる。そのまま地面に叩き付けられた私であったが何とか受け身を取り、立つより先に足を伸ばして彼の頭部に蹴りをお見舞いしようとする。だがその蹴りも簡単に受け止められ、彼は私の足を掴んで壁に向かって投げ付けた。


「くっ…やっぱり強い…!」


「ヒャハァァァァァァ!」


彼は相も変わらず、隙を与えんと言わんばかりにこちらへと突撃してくる。このまま正面からぶつかり合えば消耗していくのは私だけだ。一度回避に専念して、隙を見つけねば…そう、思っていた。


チャシさんを避けようと足を動かそうとするが、上手く動かない。まるで神経が無くなったかのように足は命令を受け付けてくれないのだ。その結果迫り来るチャシさんを回避する事も出来ずに、彼のタックルは直撃する。


「敵がチャシだけだと思っちゃ駄目だよ?今この場には魔法使いだって居るんだから」


そう言ってアセツさんはニヤニヤする。恐らく、足が動かなくなったのは彼女の仕業であろう。肉体で勝るチャシさん、そして魔法で勝るアセツさん。一対一でも勝てるか怪しいような存在が…二人同時に襲いかかってきているのだ。あまりにも厳しい状況に、段々と焦燥感が募る。


チャシさんは私の首を掴み、宙へと放り投げた。


「『ファイヤーフラワー』」


アセツさんの魔法により、私を中心点とした爆発が三度も巻き起こった。身を守る手段の無い私は当然それらをモロに受け、意識が飛びそうになる。寸前で意識を保ってはいるのだが…間髪入れずにチャシさんによるかかと落としを喰らい、更に意識が朦朧とする。


もう…立てない。


「終わりだね、白髪ちゃん」


アセツさんとチャシさん、二人が倒れ込む私の前に立つ。ここまで無防備に接近するのはそう、もう既に勝敗が決したからだ。これ以上何かをする手立てもない。私はこのまま彼女らに捉えられるしかない、完全敗北だ。


そう思っていた。突然、『その人』が立ち上がるまでは。


「…どうして、生きているのかな?」


彼は血で赤く染まった頭を手で抑えながら、落ち着いた様子でゆっくりと立ち上がる。まるで長時間の眠りから起きた時のように、気だるげで油断しきっているのだ。彼の悪意を含んでいた筈の赤い瞳は静かに周りを見渡している。


その人物は正真正銘、キッズさんであった。だがどうにも彼らしさを感じさせない佇まいに私だけでなく、アセツさんも違和感を感じているようだ。


キッズさんは伸びをすると、眠そうに目をぱちぱちとさせる。


「この身体の持ち主は面白い魔法を使うニャー。触れた人物と魂を入れ替える魔法ワンか。やっぱり人間は面白いパオン」


彼はほのかに口角を上げると、楽しそうに手足を動かす。それはまるで新しい玩具を買ってもらったばかりの子供のように純粋で、素直に喜んでいるように見えた。


そんな彼を前に、アセツさんは眉を顰める。


「…妙だね、キッズの魔法は誰かに触れてないと発動しない筈。その口振りだと君、キッズじゃないよね?どうやって入れ替わった?」


「モー。彼はしっかり、触れていたよ」


キッズさんの身体を借りたその人物は、にっこりと笑った。


「『空気』。君らの最も近くに存在する、生物の名前だピヨ」

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