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少女は魔族となった  作者: 不定期便
精霊は罪人となった
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あんぽんたんのたこぽんたん

「はぁ…はぁ…!」


正直、私はお姉ちゃんという役職を舐めていた。元気の有り余るじゃらもんちゃんの面倒をそう簡単に見れる訳がなかったのだ。走り回る彼女の背中を見ながら私は息を整える。


彼女はあまりにも好奇心旺盛すぎる。何に使うのかも分からない機械に入ろうとしたり、異臭を放つ薬を飲み込もうとしたり、自動で開閉する扉に挟まろうとしたり、焼却炉の中に飛び込もうとしたり。少し目を離した隙に彼女はとんでもない行動ばかりを取る。


そして、今もそうだ。息を整えている間にも彼女は適当な扉を開け放ち、部屋の中へと駆け込んでいく。


「じゃらもんちゃん!危ないよ!」


慌ててじゃらもんちゃんの後を追う。そして部屋の中を見てみると彼女は部屋の中心にて立ち尽くしていた。そんな彼女の先にあるのは、丸い水槽のようなものの中で胎児のように丸くなる人間の姿であった。…いや、人間と呼べるかも怪しいか。彼は紫と黒に変色しており、異常に膨張した筋肉はとても人間のそれではなかった。


「じゃらもんちゃん、見ちゃ駄目っ…」


気持ちの悪いそれを前にし、私はじゃらもんちゃんの目を塞ごうとする。だがそれより先に、彼女は冷静に言った。


「わちゃらをつかまえたいみはなんじゃろね?」


「それは…」


「わちゃもこうなるっちゃ?かいぞーされちゃう?」


「…キッズさんの目的は分からない。けど、大丈夫。絶対に全員逃がすから…!」


「にげたらきっずはどうなるのん?」


「え…?」


「おなじことつづけるぽよ。わちゃのかわりにちゃうこがつかまるだけだべし」


「それは…そうだけど……でも先ずは今の皆んなが助からないと!」


「きゃろはそうおもうっぺか」


じゃらもんちゃんは水槽へと一歩づつ近付く。そして中の人間をじっと見つめ、呟いた。


「しゅまぬきゃろ。わちゃ、このひとみてこころぼそくなっちまっちゃ。へんなこといったぬ。ごめんなさい」


「大丈夫。…じゃらもんちゃんは、不安?」


「ふあんだびゃ。わちゃもこうなりゅきがしてぬ…」


「じゃらもんちゃん…」


元気な子だと思っていたが、その実彼女も危機的状況に立たされた精神的にも幼いただの女の子なのだ。顔に見せないだけでその心の中は恐怖が渦巻いているのであろう。


そんな彼女を、私は後ろから抱き締めた。


「きゃろ…?」


「私が付いてるよ。心配しないで、じゃらもんちゃんを傷付けさせはしないから」


「うん…ありがたょ、きゃろ」


「ブラボー」


ぱちぱちという拍手が部屋に響く。その音に私は扉の方を見た。するとそこには…触手を振り回して拍手の音を鳴らす大きな蛸の姿があった。その恐ろしい姿はまさしく、キッズさんであった。


「キッズさん…!」


「身体を合わせただけなのに、二次被検体六十六号の精神が安定した。どうしてかな?科学的に証明出来るものなのか?興味深いよ」


「きゃろ…このへんなひとだれじゃ?」


「変な人…?ぼくが…?」


「えっと、この人がキッズさんだよ」


「え、このひとがきっずなのん!?びっくりしちゃー」


じゃらもんちゃんは怒ったような顔を浮かべると、ずんずんとキッズさんに向かって大股で近寄った。


「こらきっず!みなのしゅうをだしゅんじゃい!」


「そいつは無理な相談だね。ぼくの目的の為には必要なのさ」


「もくてきってなんじゃろ!このたこすけべが!」


「じゃらもんちゃん!あまり興奮させない方が…」


「…やかましいな。ぼくは煩いのは嫌いだ」


キッズさんの声のトーンが低くなる。その事を察し、私は急いでじゃらもんちゃんを抱いて後方へと転がる。するとバキンっと鈍い音が鳴り、振り落とされたキッズさんの触手は先程までじゃらもんちゃんが居た床を破壊していた。反応が少しでも遅れていれば死ぬ所であった。


「大丈夫?じゃらもんちゃん」


「おんにきるぜよ…!ごめんなさい…」


「あの人はちょっと怒りやすい人なの。危ないから気を付けよう?」


「うん!わかっちゃった!」


「よしよし、良い子だね」


「へへへい」


「…何を二人で落ち着いているんだい?ぼくがここに居る限り、逃げ場なんてないのに」


そう言うと、キッズさんは出入り口に立ったまま触手をこちらに伸ばしてくる。まるでゴムのように伸びたその触手は次々に私達の方へと迫るが、私はじゃらもんちゃんを抱えたまま例の水槽の裏へと逃げた。


「考えたね。ぼくが科学者である以上、下手な破壊行為をしないと踏んだか」


「この水槽…壊したくないよね!?」


「こいつは困った。下手に近付けば隙が生まれてしまう。…だから君達が餓死するまで、ここで待たなければならない」


こちらの魂胆がバレている事にドキッとする。この施設の壁は硬い。つまりどうしても逃げるにはあの扉から逃げなければならないのだ。それを理解しているからこそ、キッズさんはあそこから離れないでいる。


何とか引き剥がせないか。そう考えた瞬間、私はある事を思い出した。


「じゃらもんちゃん、お願いがあるの」


「ん?なにゃ?」


「大声で悪口言ってくれない?」


「いいよ!」


じゃらもんちゃんは大きく息を吸い込むと、持てる限りの大声で叫んだ。


「このあんぽんたんのたこぽんたん!おみゃーはむのうのていのうだじぇ!わちゃのほうがあたまいいもん!」


「そんな見え透いた挑発に引っかかるとでも?そんな事言われたって近寄らな…」


「ばか!」


「殺す」


予想通り、彼は扉から離れてこちらへと駆け寄ってきた。普段から突然怒り出すような人なのだ、挑発に乗らないわけが無い。挑発が有効なのはアカマルとプルアさんの戦いから学んでいる。


そうして彼がじゃらもんちゃんを捕まえようと水槽の左側から回り込もうとした瞬間、噴き出した水によって彼は押し返されてしまう。


「ま、まさか水槽に穴を開けたのか!?まずい…!早く止めなければ、ぼくの研究成果が死んでしまう…!」


彼は余程慌てているのか、蛸であるというのにも関わらず上手く水の中を進めずに停滞している。少しずつ部屋が水に満たされているのを確認し、私はじゃらもんちゃんに言った。


「今のうちに行って!」


「え、でもきっずがおる…」


「自分の研究と無数に居るうちたった二人の脱走者なら研究の方が大事な筈!だから今のうちに急いで!」


「たしかに!ありがとな〜!」


そう言い残し、じゃらもんちゃんはスイスイと泳ぎながら部屋を出た。そして彼女とすれ違うようにキッズさんは近寄ってくる。


「は、早く穴を!水槽の穴を塞がね…ば…?」


「慌てすぎだよ。音も無く硝子なんて割れる訳ないでしょ?」


私の元へと辿り着いた彼はそこで真実を目にした。そう、この水は水槽の中から出てきたものではない。私の掌から生み出されているもの、つまりは魔法だ。彼は取り乱したばかりに簡単な事にも気付けなかったのだ。


じゃらもんちゃんを避難させるという目的を果たして笑みを浮かべる私とは対照的に、彼は怒りに身を震わせていた。


「この…!ちっぽけな餓鬼が…!よくも二度もぼくを騙したな…!」


「騙したのはそっちだって同じでしょ!美味しそうなステーキだと思ったら味なんてしなかったもん!こっちは二週間も歩き続けてお腹ぺこぺこだったのに!」


「もういい…君には興味があったが、ここで潰す」


「潰せないよ。『バブルトルナード』」


私が魔法を唱えると、部屋を満たしていた水はまるで磁力で引き寄せられているかのように私の手元へと戻る。そして集まった水を再び放つと、水の一滴一滴が空中で小さなシャボン玉と化した。そしてそのシャボン玉はキッズさんの身体に触れた瞬間、小規模な爆発を起こす。そんなシャボン玉が無数に飛ばされた事によりキッズさんは壁際まで吹き飛んだ。


だがそんな幾つもの爆発をその身に受けた割に、キッズさんは何事も無かったかのように体制を立て直した。やはり、彼の耐久力は常軌を逸している。


「小癪な…!こんなの足止めにもならないぞ!」


「本命は足止めじゃないよ」


「む…!?その目…」


そう。今の魔法で魔力を全て出し切った事により、私の目は紅くなる。重りが消えたかのように軽くなる身体に、微笑んだ。


そして次の瞬間、私は彼の背後へと回り込んだ。


「なっ…!?」


「力では敵わないけど…速さならどうかな!」


私はそのまま彼が振り向くより先に、彼が足替わりに利用している二本の触手を足払いで地面から離す。だがやはり蛸というべきか、倒れそうになった彼は別の触手を使って体重を支える。そしてそのまま私に向けて残った触手を伸ばしてきた。


「わっ!?」


「そっちが速さなら、こっちは数だ!」


休む隙を与えず六本の触手は私に攻撃を仕掛けてくる。向上した動体視力のお陰で何とか避けきれてはいるが、彼の射程距離から離れる為の余裕が無い。今少しでも避ける以外の余計な行動をすればお陀仏だ。


「チェックメイト!!!」


「わわっ!?」


そんな攻防をしていると、突然視界が真っ暗となった。相手が蛸である事、そして顔に感じるべっとりとしたものに私はそれが墨であると理解した。


「見えなければ避ける事も出来ないねぇ!トドメだ!」


「っ…!」


空を切る触手の音に、死を覚悟した。確かに先程まで私は動きを見てから避けていた。魔法も使えなくなった今、もう避ける事は出来ない。


…音?


「む…!?お前…」


「はぁっ…!危なかった…!」


「見えない状態で攻撃を全て避けた…!?し、しかも後ろに回り込まれた…!」


「音でどの方向から来るか分かったんだよ!」


「音を聞いてから反応するなんて不可能だ…!そんなの、少なくとも人間の身では…!」


そう叫ぶ彼の声には熱が入っていたが、やがて彼は落ち着いたようにゆっくりと手を叩く。


「実に興味深い。君は何なんだ?アセツが白がどうたら言っていたが、それが関係しているのか?それとも別の要因があるのか?気になるよ…本当に!」


「ごめんね、他を当たって!」


「おぶっ!?」


私は顔に付いた墨を手で拭うと、それをそのままキッズさんに向けて投げ付けた。すると墨は丁度キッズさんの目にかかる。


「ま、前が見えな…」


「じゃあね!私はじゃらもんちゃんを探してくるから!」


「待て!くっ…触手じゃ上手く拭えない…!」


またもや慌てふためく彼を横目に、私は部屋を出た。他ならぬ私自身が命令したのだ。やはり彼女は既に逃げており、廊下に彼女の姿はなかった。


一人だと危険だ。今すぐに彼女を探しに行こう。

とうとうやって来ました。記念すべき100話目です!長い事続けて来ましたが遂にここまで来たか…と勝手に感動しております。

作者のマイページから分かる通り、私は以前にも小説を投稿しておりました。しかし、そのどれもがここまで長引く事もなく、未完のまま終わってしまいました。自分じゃだめだ、自分なんかが…といった自己否定が続き、作品を投稿出来なくなっていったのです。ですがあの時の自分とは違い、ようやくここまで連載を続ける事が出来るようになりました。それも少数ではあるものの、読んで下さっている方々が居るからという思いが強いです。閲覧数や評価により本当に救われた部分が大きいのです。いつも読んで下さりありがとうございます。

自分語りが多くなってしまいましたね。まだまだ続く予定ですので、これからもよろしくお願いします。不束者ですが精進致します。

…記念すべき100話目が蛸さんと少女が喧嘩してるお話なのはどうなんでしょう?タイトルもあんぽんたんのたこぽんたんですよ?

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