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少女は魔族となった  作者: 不定期便
序章
1/119

小さな始まり

『人間らしく』。それは私が人生で一番聞いた言葉であり、私自身尊重すべきと思う考え方である。人が獣とは異なる点、それは知恵を持つかどうかである。人間ならば理性的に考え、物事を野蛮に解決するなどもってのほかである。…なんて考え方ももう、古いのかもしれないけど。


今、この世には人間以外にも知性を持つ生物達で溢れている。生物、植物、鉱物、気体、様々なもの達が独自の思考能力を得ており、人は考えるから人なんだという世論は最早過去のものとなった。とはいえ齢九歳である私にとって、生まれた時からそんなものは当たり前ではあるのだが。


それと同時に、この年代に生まれた子供達にとっての共通認識はもう一つある。それは人類以外の知恵を持つもの達を総称して、『魔族』と呼ばれる危険な生命体であるという事を。魔獣、魔物、魔体など様々な分類こそあれど、どれも人にとって害となる忌むべき存在なのは間違いない。


だからこそ、私のような小さな村に住む者達は特に気を付けなければならない。いつ来るかも分からない、魔族の襲撃を。常に死に晒されている最愛の者達の安否を。


…かと言って、子供の役割は遊ぶ事。朝の家の手伝いを終えた私は近所の子供達とかけっこで遊んでいた。勝ち負けも無い、ルールも存在しない。ただのふざけ合いだ。そんなふざけ合いの最中、一人の少年が私の肩に触れた。


「はい〜!タッチしたからキャロが鬼な!」


そう言って生意気に歯を見せるのはお隣さんのテトだ。太陽のように明るく活発な青髪の彼を前に、私はきょとんとしながら首を傾げる。


「これって鬼とかの概念あったの?てっきり秩序も何も無い無法地帯かと…」


「俺が法だ。お前鬼な!」


「え〜。…がおー、人間食うぞー」


「待たれい!」


声を張り上げるのは私でもテトでも無い、金髪の少年であった。キリッとした顔立ちの彼はずんずん堂々と歩きながらこちらへ向かってくる。彼の名はニオン。この村唯一の行商人の家の子だ。


「私は王直騎士団団長であるぞ!そこを退け少年!この私が鬼を切り伏せよう!」


「鬼ごっこに鬼より強い存在来たら駄目じゃない?」


「待たれ待たれ〜!」


すると今度は小さく可愛らしい声がする。紫陽花のように淡く可憐な紫の髪をした私より一歳年下の女の子、ロコがとてとてと不器用に走りながら混ざってきた。


「がおー。ロコ、貴様は何者だー」


「おーっほっほ!私はお姫様でしてよ〜!…きゃー!鬼よー!怖いわー!」


「何しに来たの…!?戦力外もいいとこだよ!」


「助けて騎士様〜!」


「任せて下さい姫!必ずやお守り致します!」


「うむ。守ってくれたらこの任せて下さい姫が直々に褒美を差し上げますわ!」


「それ名前じゃないよ」


私達三人がわちゃわちゃとしている間、こうなった元凶であるテトは一人で唸っていた。


「俺だけ役無しは何か悲しいな…何か無いかな…」


「テトは野草とかでいいんじゃない?」


「はぁ!?そんなに言うならキャロ、お前も野草やれよ!」


「野草多めの場所で騎士と姫が落ち着くだけの遊びになるよ…!?」


「それで良いんだ!」


「何も良くないよ!面白味が無いよ!」


「姫君、この麗しき野草達が咲く草原にて愛のロマンスを送りませんか?」


「はい、喜んで…♡」


「そこ二人!本当にやらなくてもいいから!」


自由な三人に振り回されながらも笑みが零れる。それはいつも通りの日常であり、この世における最大の幸せなんだなと私は痛感していた。この場において、何らかの事情で肉親を失っていない子供は居ない。命が一瞬にして消える事を理解しているからこその、笑いであったと思う。


そんな私達を働く村民達が微笑ましい顔で見る中、一人の男が私達の元へと歩み寄ってきた。見慣れぬ風貌のその男は白色のローブをその身に纏い、同じく純白のシルクハットを深く被った異質な格好の男である。泥だらけの村民が暮らすこの村にはおよそ似合わない綺麗な人物だ。


「君達、悪いが尋ねたい事が」


「キャロ、ニオン、ロコ。こいつはな、不審者ってやつだ!俺この前本で読んだから知ってるぜ!」


「不審者じゃないよ。お菓子要る?」


「やっぱり不審者じゃねぇか」


「違うってば。…申し遅れたね。僕の名前はホワイト。王直の騎士さ」


「騎士…!?」


言われてみれば、確かにホワイトさんの腰には紋章の入った鞘がぶら下げられていた。よく見れば紳士的な立ち振る舞いも彼が訓練された騎士であるという裏付けとなっている。


そんな彼を前に、人見知りの私は恐る恐る聞いてみた。


「それで、尋ねたい事って何ですか…?何か聞きたいなら私達よりも大人に聞いた方が…」


「それがね…僕は大の人見知りで普通の人とは話せないんだ!だから比較的話しやすい子供としか会話が出来ないのさ」


前言撤回、やはり私は人見知りではない。目の前の不審者一歩手前の彼の方が余っ程重症である。子供達から白けた目で見られている事にも気付かず、ホワイトさんは話を続けた。


「さて、聞きたい事っていうのはね…宿屋の場所さ。この村って店も民家も皆んな似たような木造の建物だろ?宿屋だと思って入ったら女性の家で…そこでラッキーな展開になってしまったら…!いやそれはそれで良いのかもしれない…」


「ロコ、一緒に大人の人呼ぼうか」


「うん。行こ行こ」


「あぁ待ってくれ!そんな生ゴミを見るような目でこっちを見ないでくれガールズ!」


「自分を過大評価するの得意ですね」


「え…生ゴミ未満って事?」


落胆する変態に、首を傾げながらニオンが声をかける。


「ところでどうしてわざわざこんな何も無い所に騎士様が?王都から離れた辺境の地なのに…」


「良くぞ聞いてくれた!僕達王直の騎士は民間人から依頼を受ける事が度々ある。そこで僕はとある目撃情報を受け、ここまでやって来たんだよ」


「目撃情報?」


「…不審な魔鋼の軍勢さ」


魔鋼。それは一定以上の強度を誇る魔族の総称だ。彼らの肉体は貴重な高級素材として使われる事が多い反面、上位の魔族であればある程その身体の強度は増していく。どんな手段を用いても倒せない、絶対的な盾として立ちはだかるのだ。そんな魔鋼の軍勢が迫っているという事実に、一同は固唾を飲み込んだ。


「そんな心配そうな顔するな。だからこそ、僕達が来たんだよ。文字通り魔の手から守る為にね」


「僕達…って貴方一人じゃないんですか?」


「こう見えても実は僕、自分の部隊を持った隊長なんだよ。人見知りの僕に気を使って部下達は村の周りを警戒している」


「えっ!」


驚いた声を漏らしたのはニオンだった。彼は周りをぐるぐると見渡してから再び口を開いた。


「おかしい…こんな小さな村を囲んでいるにしては誰も居ないような…」


「君達、あまり『魔法』には触れてこなかったようだね?」


「魔法…!」


魔法という単語に、男の子二人は目を輝かせていた。武器や魔法。彼らが言うにはかっこいいから好きらしい。どうやら魔法というものは誰にでも使えるが、相当な努力が必要だというのだ。各個人に得意不得意こそあれど、そう簡単に魔法は扱えない。だが逆に言えば努力次第で何でも出来るようになるのだ。おっとりしたロコも魔法でお花畑を作りたいなどと昔語っていた。


そんな魔法を独学で会得する者こそいれど、基本は王都にて学ぶのが当たり前だ。当然田舎暮らしの村人達には魔法を扱える知恵も力も無い訳で、私達子供は初めて見る本物の魔法使いに興味津々である。それを察していたのか、ホワイトさんは微笑みながら手を空へ向けた。


「ではとくとご覧あれ!この僕が生み出した、潜伏魔法を!」


そう言い放った瞬間、彼の姿は消えた。何の前触れも無く、本当に消えたのだ。何処へ行ったのだと慌てて周りを見渡すと、ホワイトさんは私達の背後に立っていた。


「やっほー」


「っうわぁ!?びっくりした…!」


「さて、それじゃあネタばらしをする前に…そこの青髪の君。何かに気付いた顔をしているね?」


「………」


その言葉に驚き、私はテトに声をかける。


「本当!?何で消えたのか分かったの…!?」


「…あぁ。あの人が消える寸前、なんつーかこう…足が変だったんだよ。まるで水に溶けた絵の具みたいな…」


「そう。初見で見破るとは、素晴らしい着眼点だ」


こほんと小さく咳をすると、ホワイトさんは地面を指さした。


「僕の考案したこの魔法、『ナイトステップ』は影の中を移動する魔法さ。そこの君が言う通り自分の身体の原形を無くし、日光の無い場所を自由に動き回る事が出来る」


「やっぱり、本物の魔法だ…!すっげぇ…!」


「一年前に考案し、部下達全員に伝授するのに半年かかったよ。今彼らはこのナイトステップを使って村の近くや村中に潜んでいるのさ」


半年。それはとても長い期間のように思えるが、実際は別だ。全員が全員ナイトステップの適性がある訳でも無い中、たったそれだけの期間で会得したのは彼らが魔法のプロだからこその芸当である。一般人が魔法を習得する為にはより長い時を鍛錬に費やす必要がある。


「凄いなぁ…」


そう思わず呟いてしまった。しかしそれが失敗であった事を、私は直ぐに思い知る。その小さな声を聞いたホワイトさんは胸を張りながら後頭部を搔く。


「いやぁ!それ程でも?確かに僕は?隊長を務める?超絶エリートの実力者だけど?そーこまで褒められたら照れちゃうな〜!」


「そこまで褒めてないよ」


「まぁとにかく…僕達が居る以上、君達は余計な心配をしなくてもいい。けど魔鋼の襲撃がある事は念の為お父さんやお母さんに伝えてくるんだ。良いね?」


彼の力強い言葉に私達は頷く。その様子に満足したのかホワイトさんは歯を見せて笑みを浮かべ、テトとニオンの頭を撫でた。


「君達はまだ子供だけど、男の子だ。世界はどう変わるか分からない。もしかすると近い将来、騎士団に頼れなくなってしまうかもしれない。…だからこそ、自分達で村を守れるぐらい強くなるんだ。希望ある新芽達よ、今は弱くたっていい。いつの日か僕達を超えるぐらい、強くなってくれ」


「………」


テトとニオンは何も答えない。だが彼らの光を放つその瞳は、肯定を意味していた。今の彼らが何を考えているのかは分からない。しかし目の前の男の力強い大きな手に触れ、決意がみなぎっているのは確かだ。


ホワイトさんはゆっくりと頭から手を離すと、私達に背を向ける。


「それじゃ、僕は行くよ。いいかい、不安は心を歪ませる。どっしりと構えていつも通り楽しく遊ぶんだよ。じゃあね」


そう言い残し、ホワイトさんは歩き始める。私達子供はただ、彼の立派な背中をただただ黙って見送っていた。変人ではあるが、彼は戦士としての偉大な風格を纏っていたのだ。呆気に取られたまま、彼の自信に溢れた言葉を噛み締めていた。


「…あっ」


そんな静寂を破ったのはロコだった。何かに気付いたようなその声に反応し、私達三人は彼女の方を見る。そしてテトがそれに対して疑問を口にした。


「どうしたんだよ?」


「あの人に…結局宿屋の場所教えてない」


「…ホワイトさん、女の人の家だったらそれはそれでラッキーとか言ってたよな」


やっぱり、ホワイトさんに対する評価は戦士ではなくただの変態であった。

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