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なんか変な女に叩かれて抱きしめられた

・・・・・・・え?

唐突に頬を叩かれた。

叩かれたのは生まれて初めてだ。・・・いや、本当にそうだろうか?まあそれはともかくとして。


目の前には古代ギリシャの人が来てそうな真っ白なキトンを着た、金髪の美女が立っていた。

歳は20代後半くらい。三十路と言ったら怒るだろうか。

ぼんやりと光っていて何やら神秘的だが、その顔に浮かぶ軽薄そうな笑みがすべてを台無しにしていた。


周りを見渡すと、青い炎で照らされた石造りの薄暗い部屋のようだ。

なにやら科学実験室にあるような器具や分厚い本が沢山あり、壁には大小様々な魔法陣のようなものが大量に描かれていた。


「あはは!なぁにその顔。ワイバーンがファイアーボールくらったような顔しちゃって。いくら呼んでも気づかないから仕方なくやったのよ。」


女はてくてくと無警戒にこちらへ歩いて目の前までくると、その白くほっそりした指で私のあごを撫でながら顔を近づけてくる。

え、えっ?何!?

突然撫でられたことに言いしれない恐怖と混乱を感じ、身動きがでず固まっている私の唇に、女は自身の唇を重ねた。


「んっ…ごちそうさま。あなたの唇、冷んやりして柔らかくてとっても気持ちいいわ。」


キスってこんなに気持ちよかったんだ。ってそうじゃないわ!!!

何してんのこの人!会っていきなり接吻とか痴女なの?

しかも私のファーストキスなんですけど!責任取れ!!

…はぁ、はぁ。脳内ツッコミだけですごく疲れる。


てかこの女、私何かとキスして顔とろけてるよ。なんかエロいよ。

私は女だが、男よりも女の方が魅力的に見える女なんだ。

だからあんまり隙を見せると襲うぞ?おぉん?


「ねぇ、この部屋の外が今どうなってるか知ってる?あなたが部屋にこもってから3000年とちょっと。なんやかんやあって惑星ごと吹っ飛んじゃったのよ。」


女は実に楽しそうに、歌うようにそんな事を言う。


ちょっとまって。本当に待ってほしい。

ツッコミどころ満載で衝撃的な展開をいくつも重ねないで。

未だに私の脳は最初に頬を叩かれた理由を考えるのに必死なんだよ。

一つずつに処理させろよ。順番待ちできないのか。

そんなんでネズミーランドで120分待ちの列に並べるのか。


とりあえず文句でも言ってこの女を黙らせよう。

おい女ぁ!

…あれ?声が出ない。

水中を漂うエサをパクパクと無心に食べる鯉のごとく、馬鹿みたいに口を開閉することしかできない。


「あはっ。びっくりしすぎて声も出ない?いや…あなた意外と冷静そうね。もしかして3000年以上喋ってなかったせいで声の出し方忘れちゃったとか?まさかね。」


声の出し方忘れるとかそんなことある?

落ち着け。一度深呼吸をして、私は自分の喉に手を添える。

あー、あー。

うん、声出ないわ。


「え?本当に?なんか表情も不気味なくらい変わらないし、表情の変え方も忘れちゃったみたいね。でもそんなあなたもかわいいわ。」


女はちょっと驚いた様子で、口をパクパクさせる私をまじまじと眺める。

ふん、どうだ驚いたか。私は声も表情もどこかに置き忘れたびっくり人間だ!

くだらないと思いつつも、さっきから自分勝手に事を進める女を見返せたような気がして、ちょっとすっきりした。


てか自分では気づかなかったけど、表情もかわってないのね。脳内ではこんな大騒ぎしてるのに。

まあ使い方を忘れたというか、正確には声帯や表情筋が退化してしまったのかもしれない。多分。


で、何の用?それと状況を説明して?

コミニュケーションの手段が限られるため、万感の思いを込めて首をかしげる私。

そんな私の目を、女は鼻がくっつきそうなくらい顔を近づけて見つめてくる。


「うーん。なるほど。私が何をしに来たのか、そもそも自分の置かれてる状況を聞きたいって顔ね。…ああ、しかもそれだけじゃなく、どうやらあなた、自分の記憶すら封印してるみたいね。かわいそうに…。」


何故か急にしおらしくなった女は、目を瞑って涙を流した。

そして私の頭を抱き、ナデナデと優しく撫でくり回しだした。

本当になんなんだこいつ。

せっかくさっきまで、全部聞いたあとに何発かぶん殴ってやろうと思ってたのに。

調子狂うからやめてほしい。

仕方ないから1発で勘弁してやるか。


「私、あなたのこと大好きだから、知りたいことは全部教えてあげる。これでもずっと、ずぅーーーっとあなたのこと見てきたのよ?」


ストーカーかなにかですか?よし、警察呼ぼうそうしよう。

スマホを取り出そうとズボンのポケットあたりを探ってみたが、何故かスカート履いてたしスマホもなかった。

しかも私はなんか魔女みたいな紫色のローブ着ていた。


「それでね、まずあなたの名前はエリス。そして年齢は今年で3030歳になるわ。」


は?私は"山城 あずさ"って名前で30歳なんですけど?


「ここはあなたの記憶にある日本とは違う異世界。そしてあなたがずっと生きてきた世界。あなたは3000年の記憶を封印して、意識だけ日本に転生してたのよ。30年間。そして今私に起こされたってわけ。」


わお、めっちゃファンタジーじゃん!

だけど記憶を封印?なんで?3000年の異世界の記憶とか、ファンタジー大好きな私からしたらヨダレが出るほど欲しい。


「あなた、色々あって心に大きな傷を負ってたの。すっごく辛そうだったわ。

そして長い年月をかけて心が壊れていって、色々なものに無関心になっていったの。でも一つだけ守りたい気持ちがあったみたい。

だから3000年近く魔法を研究し続けた魔女だったあなたは、その成果を総動員した。自分の記憶を封印し、傷をなかったことにしたのよ。

そしてこの世界に留まることで記憶が戻ることを恐れて、意識を異世界の別人に逃した。別の世界の記憶で、この世界の記憶に蓋をするように。」


女は私の頭をより深く抱いて、また頭ナデナデを再開する。

うーん、これは慰めてくれてるのかなぁ?なんか聞いた感じすごく辛いことがあったぽいし。


「それでね、あなたは日本で経験した30年で心の強さをある程度取り戻したと思うの。だから、ね。ちょっとだけ、思い出してみない?あなたにとって、一番大事だったことを、少しだけ。」


女は眉根を下げ、伺うような上目遣いで私の目を覗き込む。

3000年も生きてる人間にとって一番大事だったことかぁ…。

うん、めっちゃ気になる!


「大丈夫、何があっても私があなたを支えるわ。安心して。」


包み込むような柔らかい笑顔でそう言う彼女。


つらい記憶だと言うし、ちょっとというかだいぶ怖い。

けれどこの女が私のことをちゃんと見てくれて、考えてくれてるのはわかる。

そんな彼女が今思いだすのがいいって言ってくれてるんだ。

ここで断ったら、もしかしたらもう一生その記憶を取り戻す覚悟はできないかもしれない。


私は一つ深呼吸をして覚悟を決めると、女の目を真っ直ぐに見てコクリとうなずく。


「じゃあこれ。あなたの日記を一部だけ写したものよ。

もともとあなたの日記には魔力がこもっていて、読むだけですべての記憶が取り戻せる仕掛けになっているの。

でも記憶全部を取り戻すのは危険だと思うから、一部だけ、ね。」


そうして一冊の薄い本を手渡される。…薄い本という呼び方にはちょっと抵抗があるな。

まあそれはさておき、その本を読んで見る。


…ふむふむ。

そこには私の親友のことが書かれていた。

どうやら私にはヘーリエという親友がいたらしい。

彼女の出自、私と彼女が親しくなった経緯、2500年前に戦争によって死んでしまったことなどがつらつらと書き連ねてある。

私はたいそう悲しんで、そのときに自分以外の全てを拒絶し、心を閉ざしてしまったそうだ。


ただそれを読む私は心はほとんど動かず、なんだか歴史の教科書を読むような、他人事のような気分だった。

もっとこう、記憶が流れ込んできてウワー!ってなるのかと思ってた。

もう心が壊れてしまって手遅れってことだろうか?

ちょっと不安になったので一度読むのをやめて、目の前の女に顔を向ける。


「それはね、全部読まないと記憶が戻る効果が発動しないのよ。

記憶が戻ればその時の感情も蘇る。その感情の波にあなたは耐えなきゃいけない。

その感情は大きなものだわ。当時のあなたの心を壊すほどの、ね。

どんな記憶が戻ってくるか事前に把握しておけば、少しは心の準備ができるでしょ?」


なるほど。親友の存在はそれほどのものだったのか。

なら覚悟を決めなければ。

3.1415926535…

ヨシ!


円周率を唱えることで心を落ち着けた私は、薄い本をもう一度読み進める。

心を閉ざした私は、部屋に閉じこもって結界を張り誰も入れなくした上で、ヘーリエともう一度会う方法をひたすら探し求めて魔法の研究を続けていたらしい。


外部と交流を持った方が研究は進むと思うけどね。当時は完全に他人を拒絶していたみたいだし仕方ないか。

親友の死は確かに強烈な経験だが、そこから外部すべてを拒絶するのは少し突飛な気がする。

そこら辺は書かれていなかった。

そこはまだ思い出さなくていいってことなのかな。


私は最期まで読み終え、本を閉じと、本が塵になって消えていった。

それと同時に…


「…っ!!!」


私の頭の中を、強烈な記憶と感情の奔流が襲った。

思わず椅子から転げ落ちて頭を抱える。たぶん声が出るなら絶叫しただろう。

大きく開けた口からは掠れた呼吸だけが勢いよく吐き出されていた


「エリス!」


頭を抱え、声にならない叫びを上げながらうずくまる私を、女は抱き寄せ、背中をさする。

そんな彼女のことを自分以外の”他人”と認識してしまい、怖くなって力の限りに突き飛ばす。

馴れ馴れしく名前を呼ばれるのも嫌だった。

しかし彼女の腕は、私を優しく抱く印象とは裏腹に、異常なほどガッチリと私を抱きとめて離さない。


「ーーーーーーーーー!!!」

離せ、離せ離せ!!!

私に触れるな!!!


ヘーリエを奪った世界が憎い。

人間が憎い。大嫌いだ。

そしてそれ以上に、そんな醜い感情に支配される自分自身が大嫌いだ。

この星ごとふっとんで全員死んでしまえばいいとさえ思う。

でもそれを実行する度胸なんてない。

なによりそれをしたいと思う自分自身も許せない。


矛盾に矛盾を重ねた気持ちの中で身動きできない。

だからすべてを拒絶する。


もがいて、殴って、噛みつき、ひっかく。

それでも彼女の腕から逃れることができず、元々体力なんてほとんどない私は、次第に疲れて動けなくなってきた。


次第に諦めに似た感情が湧き上がってくる。

これも私が元々抱いていた気持ちのようだ。

死にたいとは思わない。

親友であるヘーリエへの想いは生きているのだ。それまで殺してしまうのは怖い。

でもその想い以外は全てがどうでもいいし、こんな世界で生きていたくもない。


そうか、私はここで殺されるんだな。自分勝手に生きてきた罰だろうか。などと投げやりに考える。


「大丈夫、大丈夫よ。私はあなたの味方。

何があってもあなたを傷つけない。何があってもあなたを裏切らないわ。

だから、大丈夫。」


この女は初対面のくせして白々しくこんな事を言う。

白々しい。でも、私がずっとずっと求めていた言葉だ。

ヘーリエが死んでから、周りを拒絶し続けてきた私にはもう2000年以上、そんなふうに言ってくれる人はいなかった。

だから迷った。


その迷いを足がかりにするように、彼女の言葉が少しずつ心に染み込んでくる。

彼女に抱かれるぬくもりを信じていいのか、頭の中で思考がとぐろを巻き始めたところで、眠くなり始めた。

先程暴れた反動だろう。答えの出ない思考にどうでも良くなって、私は意識を手放した。

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