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バレンタインのチョコレイト

あの頃私の心をぐっと掴んだ雑誌の懸賞の水時計に捧ぐ……

「我が発明同好会わぁぁあああ! 決して猿真似であってはならなぁあああい!」


 よくわからないパイプやらメーターやらで散らかった部屋の中、着られている白衣を羽織った男が熱弁している。手には誰かの作成したどこかで見たような発明が握られている。


「こんなありきたりな発明は……こうだぁあ!」


 彼、部長はそれを思い切りゴミ箱に投げ入れた。最悪にもナイスなコントロールに、発明はすっぽりとバウンドもせずに入ってしまった。周りにはこんもりと山のようになる程度には人がいるが、生憎それぞれの名前なんて覚えちゃいない。実際、こんなひどい様に反抗もしない様を見ると、こいつらは同じ生物か、疑いたくもなる。俺は、そんなその他大勢の中に紛れて、脳面のような面して耳を傾けていた。


 俺がこの発明同好会に入ったのは、なんてことはない。ただちょっと興味があっただけだ。それも、何かを作れるのは面白いかもしれない、そんな浅い考えで部室のドアを叩いたのだった。


 しかし、現実はこうだ。部長は偏屈、いや偏屈ではないかもしれない。むしろまっすぐすぎるからだ。まっすぐすぎて、発明の意味をそのままにとっていて、既存の発明を嫌い、完全にオリジナルの発明を求めて日夜開発を続けている。そして、それを部員にも押しつけているのだ。それが、あんな暴挙を起こした理由だろう。


 けど、それでもここに来ている奴らは例外なく、ひとつ爪痕だけでも残すためにと、開発に賭けている奴らだ。それだけあって、部長たちの技術力だけは本物だ。俺はここに初めて来た時ゼンマイだけで動く掃除機を見た時は、驚きに息を呑んだものだ。


 だからこそ、皆自分の発明がこけにされようと、ならばもっと工夫しなくてはと、下向きな向上心を持って日々ネジと頭を捻って、他の全てを犠牲にしてでも生きている。かくいう俺も、そんな発明に魅了されてしまった男の一人だ。



 しかし、そうそう簡単にアイデアなんて思い浮かぶものではない。俺は下校中も常に頭は複雑な回路を動かしているかのようだった。


 しかし、なんらとっかかりを見せやしない。頭の中は回路が組まれているように見えて、その実同じところをグルグルと空回りしているだけのようだった。


 何一つ思いつかないで大通りを抜け、小さな路地に出た。その路地に向かう前には小川の上を小さな橋が跨いでいるところを通る必要がある。


 しかし、こんな気の張る日は、心に落ち着きがありやしない。だからこそ、少しでも周りの風景を見て心に平穏をもたらそうと努力する。


 街路樹を眺め、そのふもとの川を眺める。すると、川の流れが不思議と心に染み入って来た。川の流れる微かな音は、俺に時間を忘れさせてくれる……。いや待てよ川……時間……これだ!


「水で動く時計! こんなものはどこにも売ってないだろ!」



 となると、どうやって作るかが問題だ。俺はそれなりに勉強はできると自負しているが、所詮それなりだ。教科書の内容をすべて理解しているかと言われると、自信が持てないくらいだ。


 だからこそ、教科書を改めて開く。化学の教科書には載っていてもおかしくない話だからな。


 なるほど、これは使えそうだ。炭と金属で動く電池か。テレビにも出ているあの高名な先生が発明したもので、おおまかに言えば、アルミニウムから電解質である水に溶け出したイオンが、酸素を含んだ触媒である活性炭の中で反応し、電流を作り出す仕組みだそうだ。理屈は難しいが、仕組みは簡単だ。


 なればと、早速材料の調達に入った。とはいえ、これらは専門的な所に行かずとも、ホームセンターでも揃う材料、あっさり揃えることができた。


 次は本当にこの仕組みで動くかどうか、実験をしなくてはいけない。試しに炭の先端にアルミホイルを巻いて、水に入れてみる。


 ……本当に電流が流れているのかわからない。急遽、電子オルゴールを購入した。すると、確かに微かながらも音が聞こえて来た。よし、これなら大丈夫だ。



 しかし、いかんともしがたいのは時計そのものの作成だ。これを作る方法なんてのはそうそう思い浮かぶものじゃない。どのような素材なら作れるか……。


「二宮! 今は授業中だぞ!」


 くそう、悔しい。起こされたという恥を起こした事実が悔しい。そう思うと余計に学びは頭に入らなくなる。ゆっくりと落ち着きを取り戻し、純粋に残ったのはやはり発明のことだけだった。


 やはり水が入る時計、透明な方が映えるに違いない。しかし、透明なものの加工、そんなものが素人にできるのか……。



 思い立った俺は随分と足軽々だった。後日、町の工場、それもプラスチックの加工を得意としている所に頼み込みに行った。もちろん、設計図も念入りに書いてきた。


 自分で作ることも考えた。けど、それにはまだ技量が足りない。やはり、餅は餅屋だろう。


「ほう、ただの容器のように見えますね。しかし、こだわりは随所に感じられる。これは何に使うんですか?」


 工場の見習いからはそう尋ねられたが、俺は口をつぐんだ。何せ、こんなもの、まだ世にはない。部室内にも設備はあったが、使いたくないのはこれが理由。同じ部のやつにバレないためにも、こっそりと計画を進めたかったからだ。


「まあいいでしょう、今は立て込んでいないので、これくらいであればほんの1日で終わりましょうよ」

「……ありがとうございます」


 見習いはその意図を汲み取ってくれた。俺にとっても1日と早くこの完成品を見れることは楽しみなことだ。ああ、明日が待ち遠しい。


「その前に」


 去ろうとする俺は肩に手を添えられた。


「お代。ざっとおおまけして材料費込み三千円」



「ちっくしょーあいつ絶対ぼってやがる……」


 また明くる日、そう言いながらも依頼した容器の受け取りが終わった。もし、今回失敗したら、またお世話になるだろう。その際もこんなにお金がかかるのは、どうにも受け入れ難い。やはり、自分で作れるものを原料にしてしまおうか……。


 そんなことを呟きながら家に帰り、自室に入る。母さんはあまり俺のやりたいと思ったことに口は出さない方だ。これも、日頃の行いがいいからだろうか。


 昨日の夜からずっと電子回路の組み上げに忙しかった。とりあえずは既存のものを組み合わせて作る。ゆくゆくは独自の時計を作り、特許なんかもとりたいものだな。そんなこと考えると、心のうちから込み上げるものがあった。興奮は冷めず、夜もふける……。



 すべては順調だった。時計の電池に炭と金属の電池を使うとき、電力量が全然足りず、あわてて消費の少ないモデルの時計の回路を買い直したくらいだ。


 容器もあの時のものから新たに二つほど作った。細かなサイズ感の調整のためだ。


 けど、最後に考えたのは既存の時計のデザインだ。素晴らしく洗練されたそれらの芸術品と比べてこれは良きに値するものか……そう思って確認することにしたのだ。


 特にお洒落な置時計は百貨店にある。3階までの階段を駆け上がり、時計のあるコーナーを一通り見渡した。


 なんだ、こんなものか。正直拍子抜けだった。確かにデザインは素晴らしい。けど、改めて感じとった。俺の作った時計は、唯一無二だ。透明で、水を入れる時計なんて、そうそうあるもんじゃない。勝ち誇ったような心持ちで角から角までを見渡す。


 ふと、透明な容器が目に入った。おや、俺の時計と同じ、いや、そんな訳がない。日頃同じ時計ばかり見すぎて幻覚でも見えているんだ。


 しかし、商品棚の端で寂しそうにしているその時計を手に取る。それは現実にあった。正しくそこには俺の考えた理想が現となって顕現していた。しかも、それは俺の考えじゃない。すでに存在していて、誰からも必要とされず、朽ちていく。花の根に浸透することもなく乾いていく水のような過程そのものがそこにはあった。それは、まるで日頃の役に立つ発明もせず、日常から断絶されたあの部のように……。


「ははっ」


 急に笑えて来て。その時計を棚に寸分狂いなく真っ直ぐに置き直す。そして、指をさして笑ってやった。


「はーはっは! 見たまえよこの時計の存在を! とんだお笑い種じゃあないか! 喜ぶんだ君、君の存在価値はあった! 俺という、ただ一人の存在を嘲るためにさ……! ははっ」


 もう、息をするのも苦しかった。見つめなおしてみれば、自分は夢を見ていただけだった。自分が世界で一番素晴らしい、夢を。



「水電池時計! 再ブーム到来! 枯れていたその技術は、面白い、エコと今話題です!」


 社内の休憩室のテレビから聞こえるその声に同僚は愚痴をこぼす。


「エゴだよなあ。ほんと」


 それに肯定するでも否定するでもなく、俺はコーヒーを飲んで笑った。すると、近くを通りかかった後輩の女性社員が話に首を突っ込んだ。


「でもなんか、二宮さん、こういうの好きそうじゃないですか。おもしろおかしな機械がーみたいな!」

「なんだよ、モテてんじゃん二宮ー!」


 茶化す同僚をよそに、ふと、昔の所属していた部のことを思い浮かべた。けど、それは水に消える泡のように、頭からすぐになくなってしまった。残ったのはこの答えだけ。


「……すべて遠い昔の話だよ」

「ねねー! そろそろ弁当に行こー!」


 遠くから後輩の女性の友達と思える人が呼び出した。同期ってわけでは無さそうではあるが。


「うん、それでは失礼しました!」


 彼女は礼をして去ると、何やら二人で歩きながら談話を始めた。


「実は最近イラストを描いてて〜」

「へーすごいじゃん! 見せてよ」

「まあ、そのうちね」


 俺はその話を聞くと、なにやらこそばゆい思いに駆られ、襟元を掻いた。



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