家出
三題噺もどきーにじゅう。
箱入り娘の話。
お題:箱入り・自転車・プラネタリウム
その日、私は家を抜け出した。
両親に可愛がられ、家の外に出ることが許されず、今時珍しい箱入り娘の私。
その日何を思い立ったか、外に出たくなったのだ。
今まで、そんなことは思っても実行に移すことは無かった。
外に出たって、何が出来るわけでもない。
だって外のことなんて何も知らない。
それでも、外に飛び出した。
しかし、いざ家を抜け出すと、どこに行こうと路頭に迷ってしまった。
右往左往してしまう。
「お嬢さん、どうかしましたか?」
突然、声をかけられ身がすくむ。
効果音が聞こえるぐらいに、体が跳ねる。
どうにか、緊張が走ったままの体をどうにか動かす。
「あの、えと」
なんと言えばいいのか分からず、口ごもる。
自然と顔は下を向いたまま、足元の履きなれていない靴が見える。
そも、他人と話すこと自体あまりなれていない。
いつも話す人は、両親とお世話をしてくれる人と、家庭教師の先生ぐらい。
社交界にも何度か行っていたけれど、話すわけでもなく、笑顔で挨拶するだけ。
「大丈夫ですか?」
そこでやっと、顔を上げることが出来た。
優しそうな男の人が、心配そうにこちらを見ていた。
その眼差しに、心惹かれる。
「お嬢さん?」
どうしたものかと、困っているのは彼かもしれない。
「え、あ、あの、道に迷ってしまって……」
ようやく出た言葉は、小さくたどたどしい。
「そうなんですね。どこへ行かれるのですか?」
けれど、目の前の彼は、丁寧な言葉遣いで、尋ねてくる。
(しまったわ、どこに行くかなんて……)
勢いのままに出てきたから、そんなこと考えてなんかいない。
「?」
(あ、そうだわ!)
「お嬢さん?」
もう一度、声をかけられる。
「あの、星を見に、行きたいのです!」
「星を?」
いつだったか、本で見た星を見てみたいと思ったのだ。
「えぇ、星を。」
「ふむ。そうでしたか……」
しかし、とっさに言ったものの、まだ今は星など見える時間帯などではない。
まだ日没は始まったばかりだし、星が瞬くには早い。
今更ながら、その事に気付き、どうしようか迷っていると
「あぁ、プラネタリウムを見に行きたいんですね。」
「ぷら、ねたりうむ ?」
「はい。最近ここの近くに出来たんですよ。あれ?違いましたか?」
「そこに行けば星が見れるのですか!?」
「はい。ご存知無かったですか?」
「はい。あぁいえ。そこに行こうと思っていたのです。」
何も知らない箱入り娘だと思われたくなくて、とっさにそうだと言ってしまった。
(もう、手遅れだと思いますけどね……)
「それなら、お連れしましょう。すぐそこなので。」
そう言うと彼は、自転車にまたがる。
「どうぞ。後ろに乗ってください。歩くよりそっちの方が早い。」
「え!?乗るのですか?」
「はい。歩いてもいいのですが、その足じゃ歩きづらいでしょう。」
そう言われて、再度足元を見下ろす。
履きなれていないせいで、赤く血がにじんでいる。
「っー/////」
顔が真っ赤になるのを感じた。
しかし、そんなことはお構いなしに。
「さぁ、早く。」
「ぅ、え、はい。」
ぎこちない動きで自転車にまたがる。
「お嬢さん、落ちるので掴まっててくださいね。」
「え、はい。」
答えたものの、恥ずかしい。
恐る恐る、ぎゅっと掴まる。
「それじゃ、行きますよ。」
それからは、光のように早かった。
自転車で進む道は、風が涼しくて、心地よかった。
風の切る音は、初めて聞く音だった。
それから、初めて見たプラネタリウムは、目が離せなかった。
こんなにも世界は広かったのかと、こんなにも素晴らしかったかと、目を見張った。
それから少しして。
「あの、ありがとうございました。」
「いえ、楽しかったですか?」
「えぇ、ものすごく!」
「ふふっ。楽しかったのならなによりです。」
帰り際、彼と今日のことをたくさん話した。
私が、箱入り娘であることも話した。
そして、家の近くで別れた、その最後に。
「お嬢さん、世界はもっとひろいんだ。あなたは、まだ諦めるにはまだ早い。」
そう言って、彼は自分の家路に着いた。
―ちなみに私の家と反対側だったらしく、今までたどってきた道を帰っていた。
それから私は、彼の言葉を思い出して、決心した。
家に帰ったら、両親に話そう。
今まで我慢してきたことを全部話そう。
そうしたら、もっと世界が広がるかもしれない。




