異世界最強の暗殺者が俺ん家に居候しているんだが……。のプロローグ6
ゲセブ教の総本山である宗教都市ゲセブリア。
その中心に建つゲセブ教最大の聖地であるゲセブリア大聖堂は、魔王四将軍の一人メルヌリスの襲撃を受け、燃え盛る炎に包まれていた。
「たあッ!」
教皇宮殿へと続く扉の前では、金糸で鳥の羽根の意匠が施された紺色のマントを靡かせながらメルヌリス配下の兵と戦う一人の男の姿があった。
彼の名前は、クロウ。
ゲセブ教教皇庁直属の魔族討伐部隊・法の猟犬の構成員の一人であった。
「はぁぁッ!」
威勢の良い掛け声と共に振り下ろされた剣が、兵士の身体を鎧ごと袈裟がけに切り裂く。
「ぎぇ……」
兵士は、緑色の液体を噴き出しながら倒れると、切り裂かれた鎧と手にしていた剣だけを残して跡形もなく消えた。
「うんうん、なかなかやるじゃん……。流石は、ゲセブ教お抱えの殺人集団って感じだね」
金の刺繍が施された黒衣を身に纏ったメルヌリスは、感心したようにそう言いながらせせら笑った。見た目はあどけなさを残した少年といった印象だった。
「殺人集団なんかじゃねえよ……」
クロウは、そう呟くと不快そうな顔でメルヌリスを睨みつけた。
「僕ら魔族からすれば、同胞を殺す君たちは、殺人集団以外の何者でもないよ……」
メルヌリスはそう言うと軽く笑った。「……にしても、君、強いね。その強さ、ここで散らすにはあまりにも惜しいな。どう?僕の下に来る気はない?」
「はっ、気でも触れたかよ」
「キャハハ、いやいや、これでも正気だよ。正気、」
メルヌリスは、そう言うと破顔の笑みを浮かべた。それは、見るものに生理的な嫌悪感を感じさせた。
「あー、でも、やっぱり、妹の仇の味方は出来ないかな?」
「……何?」
メルヌリスの言葉にクロウの顔が強張る。「……ま、まさか。アーシェルを殺したのは、お前、なのか?」
クロウの脳裏に妹であり、仲間であったアーシェルの壮絶な最期が蘇る。彼女は、クロウの目の前で爆死していた。
「うん。清純そうな割にはいい身体してたからさ、囲ってあげようと思ったんだけど……、お楽しみ中にお兄ちゃん、お兄ちゃんってひなるからさぁ……」
メルヌリスは、そう言うと口角を僅かに上げ、不気味な笑みを浮かべた。「殺しちゃったあ。えへ」
「なっ、」
「ま、少し勿体なかったって思うけどさ、綺麗な花火が楽しめたし、良かったかな、なーんて、思うんだよね?……綺麗だったでしょ?花火、」
メルヌリスは、そう言うと不気味な笑みを浮かべた。「人間がさ、こう……、ポンッ!って爆ぜたんだよ?風船みたいにさ。いや、面白いよね?……僕がここを支配したら毎週、やろうかなって思うんだ。楽しいよぉ……」
「テメェッ!」
そう言うと同時にクロウの姿が消えた。
「なっ、き、消え……」
メルヌリスは、キョロキョロと辺りを見回した。
「くそッ、何処だッ⁉︎」
「ここだッ‼︎ゲス野郎ッ」
上を見上げると、クロウが、急降下しながら、メルヌリス目掛けて勢いよく剣を振り下ろそうとしていた。
「はんっ、馬鹿めッ!」
メルヌリスは、右手をクロウに向けて翳すと魔導弾を数発、放った。
魔導弾は、クロウを直撃ーーするはずだった。
「な、何ッ⁉︎」
魔導弾が着弾すると同時にクロウの身体がさざ波のように揺めき、掻き消えた。「幻影、だと……」
「アキハール流奥義、ツイドルーザ……」
背後で声がした。
ーードンッ!
強く地面を踏みしめる音がして、メルヌリスの左腕が地面に落ちる。遅れて金切り声のようなメルヌリスの悲鳴が聞こえて来た。
「ぴぎぃぃッ!」
「避けられたか……」
クロウは、そう呟くと剣に付いた血を振り払った。
「ぼ、僕のう、腕がぁぁッ!」
うずくまり、流れ出る血をローブで押さえながらメルヌリスは、そう叫んでいた。痛みに歪む顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。
「安心しろ。すぐに楽にしてやる……」
「許さない……」
傷口に治癒魔法をかけながらメルヌリスがそう呟くとメルヌリスの周囲に魔法陣が現れ、風が巻き起こった。
「くっ、」
クロウは、素早い動きで後ろに飛び退いた。続けて氷の刃がクロウ目掛け飛んでくる。クロウは、タン、タン、タンっと跳ねるような身軽な動きでそれをひらりと躱していった。動くたびに長い襟巻きが宙をひらひらと舞った。
「お前だけは絶対に許さないッ!」
メルヌリスの周囲に禍々しい魔力に満ちた黒い魔法陣が展開される。「僕も本気でいかせてもらうよ……」
「禁呪か……」
「よく知ってるね」
メルヌリスは、そう言うと不敵な笑みを浮かべて右腕を天高く掲げた。黒い魔力が渦を描いて手のひらの中心にに集まっていく。
「……死ねっ!」そう叫びながら放たれた魔力の塊は、無数の矢となってクロウに襲いかかった。
「……ふん、」
クロウは、巧みな剣裁きで魔力の矢を尽く撃ち落としていった。
「なっ、」
矢を全て撃ち落とすとクロウは、地面を蹴って素早く間合いを詰め、メルヌリスの懐に切り込んでいった。
「させるかッ!」
クロウの剣がメルヌリスを切り裂く寸前で、魔力壁が発動してクロウの剣を受け止めた。
甲高い金属音が辺りに響き渡る。
「ふぅ、危ない、危ない……。展開が遅けりゃ死んでたよ」
メルヌリスは、ホッと胸を撫で下ろしながらそう言った。「へっへーん、これでお前は手が出せない。ベー、っだッ!」
メルヌリスは、そう言うと下を出しながら馬鹿にしたような態度を取った。
しかし、クロウは、意に返さず腕を鞭のようにしならせながら素早い斬撃を打ち込んでいった。場所は一回もズレる事はなく、全て同じ場所に当たっていた。
「ふん、無駄無駄……」
メルヌリスがそう言うとクロウは、不敵な笑みを浮かべた。「何がおかしいんだよ?」
メルヌリスが首を傾げながらそう言うとピシッと小さな音が聞こえてきた。見ると、魔力壁の一部に亀裂が生じていた。
「なっ、あ、ありえない……。魔力壁を壊すなんて」
信じられないといった表情を浮かべていたメルヌリスだったが、気を取り直して呪文を詠唱し始めた。メルヌリスの周囲に黒い魔法陣が展開される。「こうなったら、この呪文を使うしかないな。成功するかは賭けだけど……」
魔法陣が黒く光り、周囲の空間がぐらりと歪んでいく。メルヌリスの周囲には風のように魔力が渦巻き、クロウは、魔力壁を打ち砕くとメルヌリスの首筋目掛けて剣を振るった。
「「……死ねッ!」」
二人の声が重なる。
二人の攻撃は、ほぼ同時だった。しかし、クロウの方が僅かに早く、魔法を発動しようした瞬間、刃がメルヌリスの首筋に食い込み、魔法が完全に発動する前にメルヌリスの首を刎ね飛ばしていた。
鮮血を噴き上げるメルヌリスの身体と地面に転がる首を冷たい眼差しで見つめながらクロウは、剣に付いた血を振り払って鞘に納めた。
それと、同時に大地が激しく揺れた。直後、地面に巨大な穴がぽっかりと空き、クロウとメルヌリスの遺体を飲み込んだ。
「うわっ!」