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供養集  作者: フルビルタス太郎
2/16

異世界最強の暗殺者が俺ん家に居候しているんだが……。のプロローグ2

 魔法学発祥の地であるアルストゥリア王国。

 その首都であり、魔法学の研究拠点である学術都市ツイ・ド・ルーザは、魔王軍の奇襲を受け、今、まさに陥落しようとしていた。

 燃え上がる街を見下ろす小高い丘の上に建つ白亜のメルヴィング宮殿。

 かつて、アルストゥリア大陸一美しいと称えられた宮殿の中庭では、燃え盛る炎の中、鎧を着た金髪碧眼の男が一人で宮殿を襲撃してきた魔族の大群と戦っていた。

「はぁッ!」

 男の威勢の良い掛け声と共に白銀に輝く剣が魔族の身体を袈裟がけに切り裂く。

「ぎぇ……」

 魔族は、短い断末魔を上げると鮮血を噴き出しながら地面に倒れた。 

「ふふ、さすがですね。ゼノン……」

 眼鏡を掛けた男が、亜麻色の長い髪を靡かせながらそう言った。「これだけの兵を一人で倒すとは……」

「ライトンッ!何故、魔王に味方したッ⁈」

 男は、肩で息をしながら鋭い目つきで眼鏡を掛けた男を睨みつけた。

 男の名は、ゼノン・アルフレート。 

 剣聖の称号を持つ騎士で、アルストゥリア国王コルネリウス五世の第一王女ミトゥルスレーヌの護衛兼武術指南役でもあった。

「……ふふ、単に人間やエルフィス人が嫌いになったからですよ。うわべだけの正義感を振りかざしながら自分の気に入らない者達を徹底的に叩く彼らが、ね……」

 ライトンと呼ばれた男は、そう言った。「彼らに比べれば、魔族の方がまだ優秀ですよ」

 眼鏡の男の名は、ライトン・ヨーデルヘルム。

 大魔導の称号を持つ天才魔術師で、数年前まで、主席宮廷魔術師としてアルストゥリア国王コルネリウス五世に仕えていた男で、魔王の配下としてツイ・ド・ルーザを襲撃した張本人でもあった。

「ああ、それと、私は、誰の味方でもありませんよ。強いて言えば、自分の味方、ですかね……」

 ライトンは、そう言うとにやりと笑った。

「俺は、お前を信じていたッ!」

 ライトンは、ミトゥルスレーヌの魔法学の師であり、ゼノンとは旧知の仲だった。

 共に国の未来を語り合い、時に協力してミトゥルスレーヌを守った男に対してゼノンは、どうすればいいのかわからないでいた。

「やれやれ……。アーシェルもそうでしたが、あなたもなかなかの馬鹿ですね」

「なんだと?」

「アーシェルは、最後まで私の事を説得しようとしていましたよ。私の罪を受け止めるなどと言っていましたよ。流石、聖女と呼ばれていただけの事はありましたね」

「……アーシェルもお前が殺したのか?」

 ゼノンの脳裏に恋人であり、仲間であったアーシェルの壮絶な最期が蘇る。

「はい。本当は、性奴隷にするつもりでしたが、あなたの名前ばかり叫ぶので死んでもらいました。中々、綺麗だったでしょ?花火、ククク……」

 ライトンは、そう言うと不気味な笑みを浮かべた。

「貴様……ッ」

 ライトンの言葉にゼノンは、覚悟を決めた。

「ゼノン。私の元に来なさい。何、悪いようにはしませんよ。魔王様には、私や貴方のような優秀な者が必要なのですから……」

「ふざけるなッ!」

 ゼノンは、そう叫ぶと剣の切先をライトンに向けた。「大魔導……いや、闇に堕ちし裏切り者よッ!剣聖の名に賭け、貴様を成敗するッ!覚悟しろッ」

「やれやれ……。前々から思ってましたが、貴方のそういうところが嫌いでした……」

 ライトンは、ため息混じりにそう言うと「やれ、」と呟きながら指をパチンと鳴らした。

 すると、それを合図とばかりに城のあちこちに隠れていた魔族達が一斉にゼノンに襲いかかった。

「舐めるなぁぁッ!」

 ゼノンは、そう言うと剣を強く握りしめ、襲いくる敵を迎え撃った。

 そこからは、まさに虐殺だった。

 ゼノンは、勇ましい掛け声と共に襲いくる魔族を次々と斬っていった。そこに慈悲は微塵も無く、命乞いをする者や逃げていく者さえ容赦なく斬り捨てていった。その攻撃は凄まじく、まさに鬼人と呼ぶにふさわしい戦い方だった。

「せいッ!」

 ゼノンは、掛け声と共に剣を一閃させ、最後に残った魔族の首を跳ね飛ばした。鮮血を噴き出しながら倒れる魔族を虚な眼差しで見つめながら、ゼノンは粗く呼吸をしていた。

「戦意を無くした者まで手にかけるとは……。剣聖の名が泣きますよ?」

 ライトンは、笑いながらそう言った。

「黙れ」

 ゼノンは、そう言うとライトンに剣を向けた。「覚悟しろ……。ライトン」

「覚悟するのは、あなたの方ですよ。ゼノン」

 ライトンは、そう言うと不敵に笑った。

「何?」

 不意にゼノンの背後に何者かの気配がした。振り向くと、隠れていた魔族がゼノン目掛けて剣を振り下ろそうとしていた。

「しまっ……」

「死になさいッ!」

 ゼノンは、死を覚悟した。

 しかし、魔族の剣が、ゼノンに振り下ろされる事はなかった。

「うぐ……」

 呻き声を上げながら倒れる魔族。その後ろには、赤く染め上げられた東方の山岳民族ヤジンニの伝統装束であるンタに身を包み、長い襟巻きを風になびかせる小柄な男が一人、立っていた。

「ったく、剣聖が聞いて呆れるよ……」

 男は、ガシガシと頭を掻きながらそう言った。手には血がこびり付いた小剣が握られていた。

「クロウッ!」

「俺が来なけりゃ、死んでたよ?」

 クロウと呼ばれた男は、そう言いながら口元を覆っていた襟巻きを下にずらした。女性的で、端正な顔が現れる。

 彼の名前は、クロウ・アキハール。

 アルストゥリア国王コルネリウス五世の第一王女ミトゥルスレーヌの警護を務めるヤジンニの暗殺者で、表向きは従者という事になっていた。

 ヤジンニとは、陰の者という意味で、彼らは古来より王侯貴族に仕えながら諜報や破壊工作、暗殺などといった裏の仕事を担っていた。

「……ありがとう、助かった」

 ゼノンは、乾いた笑みを浮かべながらそう言った。

「うわ、気持ち悪……」

 クロウは、そう言うと苦虫を噛み潰したように顔を顰めた。「いつもは、礼なんて言わないのにさ、」

「それで、姫は?」

「安心して。ミトなら他の皆んなと一緒に港まで送り届けたよ。今頃は、エラローリアの連中と共に出港したんじゃないかな?」

「……なぜ、戻ってきた?」

「ミトに言われたから」

 クロウは、そう言うと小剣を構えた。「アンタを助けに行けってさ、」

「ふん。人が増えたところで貴方達が不利な事に変わりはありませんよ……」

 ライトンは、そう言うと指をパチン、と鳴らした。「さぁ、出て来なさいッ!」

「くそッ!まだいるのかッ」

「ふふ、こうなる事も見越していましたからね」

「クロウッ、気をつけろッ!」

 しかし、魔族が出て来る気配はなかった。

「な、何をしているッ!早く、こいつらを……」

「無駄だよ」

 焦るライトンに向かってクロウは、冷たくそう言った。

「何ッ⁉︎」

「隠れてたアンタの手下は、俺が全て仕留めた。だから、いくら呼んでも誰も来ないよ」

「馬鹿な……。あの人数を、一人で……」

 ライトンは、一瞬、信じられないというような表情を浮かべたが、すぐに冷静さを取り戻した。「……ああ、忘れてましたよ。そう言えば、貴方は優秀な暗殺者でしたっけね……」

「勝負あったな、ライトン」

「さあ、どうでしょうかね?」

 ライトンは、勝ち誇ったようにそう言った。

「二対一で、アンタの味方は誰も居ない。明らかに不利だと思うけど?」

「そうでしょうか?」

 ライトンがそう言うと、彼の周囲に黒い魔法陣が現れた。

「黒い魔法陣ッ……禁呪かッ⁉︎」

 魔法陣は、回復系なら白、攻撃系なら赤というように効果によって色が分けられていた。

 中でも、黒い魔法陣は、禁呪と呼ばれる超高等魔法のものであった。

「味方が居なければ作ればいいだけの話ですよッ!」

「させるかッ!」

 クロウは、ライトンに向かって小剣を投げた。

「無駄ですッ!」

 しかし、小剣はライトンに届く事なく魔力壁に阻まれ、地面に落ちた。

「チッ、魔力壁か」

 クロウは、舌打ちをしながらそう言った。

「……いざ、死の淵より甦らんッ!スタカネーノッ!」

 ライトンがそう言うと、中庭に転がっていた魔族達や城の兵士達の遺骸に光が宿り、ゆっくりと動き出した。

「……さあ、行きなさい、我が兵達よッ!」

 ライトンがそう言うと、動く屍が、ゼノンとクロウに襲いかかってきた。

「来るぞッ!」

「わかってるよッ!」

 二人は瞬時に反応し、敵の攻撃を素早く避けた。

 クロウは、さらに半歩後ろに跳んで間合いを取ると、金属製の筒が付いたナイフを何処からともなく取り出した。

「まとめてくたばれッ!」

 クロウは、そう叫びながらナイフを敵に向かって投げつけた。

 ナイフは、敵の頭に次々と突き刺さった。そして、数秒置いて、彼らの頭が次々と爆発していった。

 しかし、彼らは首を失っても動き続け、クロウの方に向かってきた。

「嘘でしょッ⁉︎頭やられたら、動かなくなるもんじゃないのッ⁉︎」

 クロウは、そう言いながら次々とナイフを迫り来る敵に向かって投げていった。

「クロウッ!こいつらは、禁呪で操られた屍だ。おそらく、まともに戦っても勝ち目はない」

「じゃあ、どうするんだよッ⁉︎」

「術者であるライトンを叩くッ!」

 ゼノンは、敵を斬り伏せながらそう言った。

「でもさ、魔力壁が邪魔で近づけないじゃん」

「策はあるッ」

「策?」

「魔力壁は、同等の魔力をぶつければ消すことが出来る」

「知ってるよ。でもさ、その魔力が……」

「これを使う」

 ゼノンは、そう言うと懐からペンダントを取り出した。

「え、でもこれって……」

「ああ、さっきは弾き返されたが、それは俺が身に……」

「違うよ。これってアーシェルの形見なんだろ?」

「ああ、だが、今はそんな事を言っている場合じゃない」

 ゼノンは、そう言った。「時間がない。いいか?俺がこれを投げて魔力壁を無力化する。お前はその隙にライトンを仕留めろ。わかったな?」

 ゼノンがそう言うと、クロウは軽く頷いた。

「ふん、何を企んでいるのかわかりませんが、これで終わりですッ!」

 禍々しい気が渦を巻きながらライトンの周りに集まっていく。「二人仲良く燃え尽きなさい……」

「喰らえッ!」

 ゼノンは、ライトン目掛けてペンダントを投げつけた。

「ふん、無駄な事を……。魔力壁は、如何なる攻撃も受け付けない鉄壁の守り。そのようなペンダントなので……」

 ライトンが、余裕そうな笑みを浮かべながらそう言いかけた、その時だった。 


ーーバチッ!


 ゼノンの投げたペンダントが魔力壁にぶつかると同時に、雷のような音と共にライトンを守っていた魔力壁が消えた。

「なっ、ま、魔力壁が……」

 ライトンは、そう言った。その表情には、焦りの色が見えていた。

「今だッ!行けッ」

 ゼノンがそう叫ぶ。


ーーダンッ!


 クロウは、地面を力強く蹴って高く跳躍すると空中で身体を回転させ、ライトンに狙いを定めた。手にはナイフが握られていた。

「喰らえッ!」

 クロウは、腕を鞭のようにしならせながらナイフをライトン目掛けて勢いよく投げつけていった。

「チッ!こざかしい真似をッ!」

 ライトンは、そう言いながら魔導弾を打ち出して、雨のように自分目掛けて飛んでくるナイフを次々と撃ち落としていった。

 次々と爆発が起き、辺りが煙で包まれる。

「くそ、どこに……」

「……ここだよ」

 クロウの冷たい声と共にライトンの左胸から鈍い銀色の刃が飛び出した。

「……お、お、わ、私の身体が……」

 ライトンは、自らの左胸を貫く刃を見ながらそう言った。

「……そういや、エルフィス人は心臓が右側についてるんだったけな」

 クロウは冷たい声でそう言うと小剣を引き抜いた。その反動で、ライトンの口から大量の血が溢れ出した。

「悪りぃな。一発で仕留めてやれなくって」

 クロウは、そう言うと軽く笑った。「でも、安心しろよ。次はしっかり仕留めてやるからさ……」

 クロウは、血に濡れた小剣を構えながらそう言った。

「お、のれ……」

 ライトンが、よろめき、口から大量の血を流しながら絞り出すような弱々しい声でそう言うと、彼の背後の空間に人一人が通れるほどの大きさの穴が空いた。「ふ、ふふ……。今回は、いっ、たん……退却さ、せてもらい、ますよ……。傷が癒えてからまた、お相手をさせていただきますよ……」

 ライトンがそう言いながら穴の中に消えていこうとすると、クロウが「させるかッ!」と言ってライトンに掴みかかった。

「な、なに……ッ!」

「今度こそは、外さねぇッ!」

 クロウは、手にした小剣をライトンの首筋に突き立てようと狙いを定めた。

「く、は、はなせ……ッ」

 ライトンは、クロウを力任せに引き剥がそうとした。

「へへ、観念しな……ッ」

 クロウは、笑いながらそう言うと小剣をライトンの首筋に突き立てた。

「グォォォッ……!」

 獣の様な唸り声を上げながらライトンは口から血を噴き出し、力なく地面に倒れた。

「や、やった……」

 クロウは、倒れたライトンを見つめながらそう言うとトドメを刺す為、小剣の切先をライトンの右胸に突きつけた。

「クロウ、あぶないッ!」

 突然、ゼノンの叫び声が聞こえた。

「へっ?」

 振り向くとクロウの目の前にある穴が大きく広がり、渦を描きながら周囲のものを吸い込み始めていた。

「うわッ!お、おいッ。な、なんだよ、これッ!」

 瀕死のライトンと共にクロウの身体が宙に浮く。必死に手足をばたつかせてもがくが、無情にも身体は渦の方に吸い寄せられていった。

「魔力が暴走したのかッ⁉︎」

 ゼノンは、クロウを助けに行こうとしたが、動く屍達に阻まれてしまい、近づく事が出来なかった。

「邪魔だッ!退けッ!」

 ゼノンは、そう叫びながら動く屍達を斬り伏せながら進んでいった。

 しかし、あと、少しという所でクロウはライトンと共に穴の中へと吸い込まれていった。

「クロウーッ!」

 ゼノンがそう叫ぶと同時に、穴は消え、屍達も元の物言わぬ骸に戻った。 

 後に残ったのは、燃える王宮と地面に転がる無数の物言わぬ骸、そして、剣聖と謳われた騎士一人だけだった。


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