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供養集  作者: フルビルタス太郎
12/16

影森クロウの推理 プロローグ2から続く第一章

 翌朝、クロウは、汲霧(くみきり)行きのバスに乗る為、沙霧と共にJR清岡駅北口にあるバスターミナルへと向かっていた。

「ふわぁ、ねむ……」

 クロウは、駅前にあるホテルキヨオカの横の歩道を歩きながら大きな欠伸をした。普段より早く起きた所為か、少し寝不足気味だった。

 彼は半袖のポロシャツにベージュのチノパンという服装で、手には着替えが入った黒いバッグを持っていた。

「だらしないなぁ」

 クロウの隣を歩く沙霧は、呆れ気味にそう言った。

 彼は黒のタンクトップを着ていて、その上にゆったりとした半袖の白シャツを着ていた。汲霧(くみきり)下はぴったりとしたデニムのショートパンツで、褪せた生地に汚しが加えられたマットな質感のゴツい真鍮製の鋲とボタンが映えていた。靴は少し低いヒールの付いた白いサンダル状の靴で、背中には白いシンプルなデザインのリュックサックを背負っていた。

 彼は、側から見れば、クロウと同じくらいの年齢の少女に見えた。

「……仕方がないだろ?朝早く叩き起こされたんだからさ……ふわ、」

 クロウは、そう言いながらまた、大きな欠伸をした。「……ていうか、なんでお前まで来るんだよ」

「なんでって……。親父にお前のサポートをしろって言われたからね、」

 沙霧が不満げな口調でそう言うとクロウも「……頼んでねえっての」と不満げな口調でそう言った。

「あ?なんだよ、その態度は」

 沙霧がそう言うとクロウは、沙霧を睨みつけながら低い声で「やんのか?」と言い、互いに睨み合った。朝早くとはいえ、路上、しかも駅近くのホテルの前という一番人通りが多い場所での睨み合いは、当然ながら人目を引き、すれ違う通行人の多くがクロウ達に好奇心に満ちた眼差しを向けていた。しばらくして、それに気が付いたクロウは、ため息を吐きながら「あー、やめやめ。こんなとこで騒いでたんじゃ、目立っちまうっての、」と言った。

「あー、やっぱ、俺が綺麗だから?」

 沙霧は、少し戯けながらそう言うと軽くファッションモデルのようなポーズを取った。

「股間にでけぇモンがついてるから、じゃねえの?」

 クロウが、冗談混じりにそう言うと沙霧は、満面の笑みを浮かべながらクロウの尻に手を伸ばすと「は?なに、喧嘩売ってんのっ、かなッ⁉︎」と言いながらクロウの尻をギュウッ、とつねった。

「あいでででッ!じょ、冗談だよ。冗談。似合ってるよ。似合ってるってッ!」

 クロウは、痛みに顔を顰めながらそう言った。「似合ってるからつねるなってッ!」

「ったく……。一言、余計なんだよ」

 沙霧は、尻をつねっていた手を離すと腕時計を見ながら「あー、もう。こんな時間じゃん。早く行くぞ?」と言って早足で歩き出した。

「あ、お、おい。待てよ」

 クロウは、そう言いながら沙霧の後を追っていった。

 清岡駅北口に着いたクロウ達は、汲霧行きのバスに乗る為に奥伊香間線のバス乗り場に並んでいた。二人の前には、十人くらい並んでいた。何人かは観光客らしく、リュックを背負っていた。

「結構、並んでんな」

 山間部だから一般の利用客は少ないだろうと思っていただけにクロウは、意外に多いなと思いながらそう言った。

「行き先が汲霧だけじゃないからね」

 沙霧は、そう言いながら横にある案内板を指差した。どうやら、伊香間や汲霧の他にダムや温泉、ジオパーク行きのバスもあるようだった。

「なるほどな」

 クロウが、そう呟くと同時に横から意外な人物の声が聞こえてきた。

「あれ?クロウじゃない」

「えっ?」

 声のする方を向くと翡翠がこちらを見ながら手を振っていた。彼女は、ピンク色のキャリーバッグを引いていた。

「アンタも汲霧に行くの?」

 翡翠はそう言った。心なしか機嫌が良さそうに思えた。

「アンタも、ってことはお前も汲霧に行くのか?」

「そうだけど?」

 翡翠がそう言うとクロウは、思わず「げっ、マジかよ」と言った。それを聞いた翡翠は、眉間に皺を寄せ、クロウを睨みつけながら「何よ?まるで、私が汲霧に行っちゃいけないみたいじゃない」と言った。

「あー、いや、別にそう言うわけじゃねえんだけどさ……」

 クロウが、歯切れ悪くそう言うと翡翠は、冷ややかな目でクロウを見ながら「ふーん、」と言った。

「二人共、仲が良いよね」

 沙霧はそう言った。ふと、バスが大通りからロータリーに入ってこちらに走って来るのが見えた。

「な、何言ってんだよッ⁉︎沙霧ッ」

 沙霧の言葉に対してクロウがそう言うとバスが止まって、電子音と共にドアが開いた。

「さ、バスが来たよ。乗った、乗った」

 沙霧に促されながらクロウは、ポケットから専用のICカードを取り出して入り口近くの手摺に取り付けられた端末にかざした。ピッと電子音が鳴り、赤いデジタル数字で残高が表示される。

 三人は、窓際の席に座った。クロウと沙霧が並んで座り、その向かいに翡翠が座った。彼らが座ると同時に『じゃ、出発します』と、運転手の男性がアナウンスをした。歳を重ねた渋みのある掠れ声だった。そのアナウンスの後にバスは、ゆっくりと動き出し、ロータリーをぐるっと回って大通りを進んでいった。

 道の両側には銀行や証券会社の支店やコンビニ、レンタカーショップなどが入った現代的なビルが建ち並んでいた。歩道にはスーツ姿の男女や学生が何人か歩いていて、その間を縫うように荷物が積まれた銀色の台車が走っていた。

「へえ、翡翠ちゃんは仏像を見に行くんだ」

 バスの中で翡翠から汲霧に行く理由を聞いた沙霧は、そう言った。

「はい。滅多に見られない秘仏なんです」

 翡翠は、嬉しそうにそう言った。

「仏像、好きなんだ」

「はい。私、昔から仏像が好きでよく見に行ったりしているんです」

「……まっ、仏像が好きだなんて、変わってるけどな」

「何よ。いい?仏像はね、意外と若い子に人気なのよ?」

 翡翠がそう言うとクロウは「そりゃ、刀とかのことじゃねえの?前にジ……父さんが見てたテレビでそんな感じで言ってたけど?」と言った。

「刀もそうだけど、仏像も以外と人気なんだよ。興福寺の阿修羅とか、円空仏とかさ、」

 沙霧がそう言うとクロウは、翡翠に「そうなのか?」と聞き、翡翠は「そうよ」と答えた。

「まっ、私からすれば阿修羅みたいな京都や奈良、それに博物館にある有名な仏像や円空仏は入門編みたいなものだけどね」

「ほおー……」

 翡翠の得意げな言い方にクロウは、冷ややかな目線を向けながらそう言った。バスのアナウンスが流れたのは、それとほぼ同時だった。

『次は県庁・市役所前、県庁・市役所前…』

 バスが止まり、ドアが開く音がして何人かが乗ってきた。

「じゃあ、翡翠ちゃんの今のマイブームは、どんな仏像なの?」

 沙霧がそう聞くと、翡翠は「はい。やっぱり、面白いな、と思ってるのは地方仏ですね」と嬉しそうに答えた。

「地方仏ってことは……、地方の古刹とかに祀られている?」

「はい。秘仏になっていたり、非公開だったりするんですが、中には、えっ?これがここに⁉︎っていうのもあるんですよ。あと、造形的に面白かったりもしますし、最近は、小さなお寺やお堂が昔は大寺院だった、っていうのが面白いなって」

「ああ、建穂寺(たきょうじ)とか、鉄舟寺(てっしゅうじ)とか?」

 沙霧が、市内にある古刹の名前を二つ挙げると翡翠は嬉しそうに「はいッ!」と返事をした。


――この二つの寺は、昔はかなりの規模であったらしい。

 建穂寺の創建は白鳳(はくほう)年間と伝わり、かつては、駿河の高野山とと呼ばれる程の大寺院であったという。しかし、江戸後期辺りから徐々に衰退していき、明治の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)、さらに残された伽藍(がらん)の焼失という憂き目にあい、今では小さな観音堂が残されるのみである。残された仏像には素晴らしい出来栄えのものが多く、特に仁王像は、巨像ながら破綻のない力強い造形の秀作で、いかにこの寺の力が強かったかを今に示している。

 鉄舟寺は、元は久能寺(くのうじ)といい、その名が示す通り、元々は久能山に建っていた寺である。久能山という名前の由来にもなった寺で、その創建は古く、推古天皇(すいこてんのう)の時代と伝わる。一時は、建穂寺と勢力を二分するほどの駿河屈指の大寺院で、鎌倉時代の文献にその繁栄ぶりが記されている他、国宝に指定されている装飾経(そうしょくきょう)、通称・久能寺経からもその繁栄ぶりと力の強さが見てとれる。その後、久能寺は武田信玄の久能城築城に伴い現在の地に移され、江戸時代には多くの僧坊を有していたが、江戸後期から徐々に衰退していき、明治には無住となっていたという。その後、山岡鉄舟により再興され、名も鉄舟寺と改められた。

 両寺院とも規模が小さくなってしまい、残された仏像や遺品などから往時を思い起こすのみとなっている。


「あと、面白いのは岩室寺(いわむろじ)とかで……」

「あー、知ってる。たしか、磐田にあったお寺だったけ?たしか、獅子ヶ鼻公園(ししがはなこうえん)に……」

 沙霧がそう言うと翡翠は「えっ⁉︎知ってるんですか?……え、本当に?」と、目の色を変え、少し興奮気味にそう言った。しかし、興味がないクロウにとっては、何にそんなに興奮するのかと、疑問でしかなかった。


――ちなみに岩室寺とは、磐田市にある獅子ヶ鼻公園内にある観音堂、及び礎石(そせき)等のことであり、正式には岩室廃寺跡という。かつては密教系の大寺院であり、それは、礎石や観音堂安置の土中より掘り出された仏頭の造形からも窺い知ることが出来る。


「まっ、知り合いの受け売りだけどね。子供の頃にあそこら辺にある観音堂におじいちゃんと行ったらしいよ」

 沙霧がそう言うと翡翠が「へぇ、奇遇ですね。私の知り合いの、苅部さんって人もそうなんですよ。子供の頃におじいちゃんと一緒にピクニックにいったって言ってました。プラ容器にお茶を入れて、ウィンナーとかおにぎりとかを持っていったって、」と言った。

「そうそう。私の知り合いもそんな感じだった」

 話が弾む二人をつまらなそうに横目で見ながらクロウは、窓の外を見た。バスは、いつの間にか中心市街地を通り過ぎ、郊外を走っていた。

「なあ、汲霧にはどれくらいで着くんだ?」

「ん、ああ、そうね。あと、二時間くらいじゃないかしら?」

「は?そんなに掛かるのかよッ⁉︎」

「色々な所に停まるからな」

「暇ならゲームでもしてたら?」

「酔うからヤダよ」

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