第七話「河熊の悪夢 後編」
長めです!お付き合いください!
暁の旅団は昼前に、パーム村へ到着した。パーム村は総勢百名ほどの集落で、腐臭が立ち込めていた。死体が放置されていることもあり、ゾンビや屍鬼が発生している。屍鬼とは、死体があるところにどこからともなく現れるモンスターだ。彼等は、人姿に似た姿で徘徊する。グールを突き動かす欲求は、腐肉を漁ると言う欲求だけだ。
野伏であるナミが偵察から帰ってくる。
「やっぱり、アンデッドが湧いているわね。湧いてるアンデッドは、ゾンビと屍鬼よ。」
「死体が放り出されてから、時間が経っているからのう。」
「僕は、アンデットは苦手なんです。あぁ、神よ。彼等の罪を許し、貴方の御許まで導き給え。」
クリスは、そう言って円を切る。彼は信心深く、額から右肩、お腹、左肩、額と順番で円を描く行為は、マクニス教信者の証である。
「ナミ、散らせるか?」
「当たり前でしょ。ゾンビはあんた達が担当よ。いくわ、配置について・・“ホーリーアロー”!!」
彼女は矢を番え、空に向かって対アンデッドスキルを放つ。矢がちょうど放物線を描こうとした空中で、眩い聖なる光を放った。すると、死肉を漁っていた屍鬼が光に怯え散っていく。残されたゾンビを、ロイ爺が引きつけ、クリスの付与魔術で強化されたガッシュが次々と仕留めていく。洗練された連携が見て取れた。
「あらかた片付いたな。あそこが、アリシアの言っていた河熊の寝ぐらか。」
暁の旅団は、パーム村村長宅に近づいて行く。近くなるにつれて、中から何かが砕ける音がしてくる。
“バリバリ、パキッ、ボキンッ!ボキボキ”明らかに、何かを砕いている。それが一体なんなのか・・口に出すのも憚れる。
「もしかして、まだ中で・・食べてるの・・」
「聞き間違いではないぞ。この老骨の耳にも聞こえているわい。」
「化け物ですね。」
「クソ、化け物退治だ。ナミは、煙で奴を引き摺り出せ。」
「分かったわ。」
「爺さんは、飛び出してくるやつをしっかり引き止めろ」
「合点よ」
「クリスは俺と爺さんに稼働限界の、付与魔術をかけろ。」
「分かりました!老公には、防御力上昇と精神耐性向上。ガッシュには、筋力向上と俊敏性の向上を付与します。」
「よし、タイミングはナミに任せるぞ!ヘマだけはすんじゃねぇぞ、お前ら!」
「「「誰が!」」」
ロイ爺が大楯を持って先頭を行き、ガッシュは河熊にバレないよう風下で待機、クリスは少し後方で自慢の杖型の魔道具を発動させていた。村長宅がよく見え、味方と射線が被らない高所をナミが確保すると、全員に合図を送り矢先に火をつけて、番える。仕掛け矢は一直線に村長宅へと吸い込まれていき、しばらくすると煙がもくもくと村長宅を満たした。すると中から、怒った獣の咆哮が聞こえてきた。
村長宅の玄関から、煙を切り裂き河熊が飛び出してくる。河熊は、全身の毛が藍色で、身長は立ち上がった時に三メートルを超える。
河熊は、真っ先に大楯を構えているロイ爺に襲いかかる。ものすごい衝撃が、ロイ爺を襲った。
「ふぐぉおおお、何のこれしき屁でもないわぁああ!!!」
河熊は、見事にその場に押し留められ動きが止まった。そこにまずは、ナミが毒矢を撃ち込む。見事河熊の右目にヒットした。河熊は、突然のことに怒り狂い一層、目の前のロイ爺を襲う。
「ぬぉおおおおお、ドワーフを舐めるなよ!!」
押されてはいるものの、さすが怪力ドワーフである。守るだけなら、河熊の攻撃をもうしばらくは持ち堪えれそうである。
ひとしきり暴れると、毒が効いてきたのか動きが鈍くなった。そこをガッシュは見逃さない。自慢の戦斧を振りかぶりながら、飛びかかる。2メートル近いガッシュの全体重がノった一撃は、そのまま河熊を切り裂くかと思われた。
しかし、追い込まれた猛獣ほど怖いものはない。ガッシュは逆に不意をつかれ、弾き飛ばされてしまう。
「・・この野郎、俺が隠れるてるのを知ってやがったな。」
ガッシュは、強く壁に叩きつけられた影響で体制を崩していた。野生の掟は、弱っているものから襲うこと。河熊は、ロイ爺を無視してガッシュに襲いかかる。
「しもうた!!ガッシュ!!」
「けっ、俺も甘く見られたな熊公!!」
ガッシュは、殴りかかってくる河熊の攻撃を斧の柄で受け止める。
「重心が乗り切る前なら、受け止めれんぞ!馬鹿野郎!!」
浮足だった河熊を、ガッシュは押しのける。河熊は、のけぞり体制を崩す。そこを、ロイ爺が畳み掛ける。
「“大楯の突進”じゃぁあああ!!」
この一撃で、完全に体制を崩され河熊は倒れ込んでしまう。そこにガッシュ、ナミが、畳み掛ける。
「これで、止めよ!!」
「これで終いだ、熊公!!!」
もう片方の目にも毒矢が刺さり、一瞬河熊の動きがひるむ、その瞬間にガッシュの戦斧が河熊の首を胴体から切断した。河熊は、断末魔をあげることも許されず息絶えた。
「どっひやぁぁああ〜〜久方ぶりに腰に来たワイ!!」
「はぁ、はぁ・・しぶてぇ野郎だった。久しぶりに歯応えあったぜ、全くよぉ。」
「みんなお疲れ様。」
河熊を倒した事で、皆の気が緩んだ。しかし、すぐに異変に気づく。
「おい、クリスの野郎はどこだ??」
「むっ・・」
「クリスなら、あんたたちの後ろにいたじゃない・・あれ、クリス?」
さっきまで弛緩していた空気が一気に、不穏なものへと変わっていく。三人があたりを必死に探す中、ガッシュは見たくないものを見てしまう。
彼等から、離れた所にある村の中心に位置した一本の高い木。その根本に、赤い血が滴っているのだ。ゆっくり木の方を見上げれば、木の幹に黄色い瞳をした猛獣がクリスを咥えている。
「クリスゥぅぅうううううう!!!」
ガッシュの叫び声に、驚き二人ともクリスを見つける。
「なんて言う事じゃ。」
「そんなっ・・」
猛獣は、獲物を木の幹に引っ掛け地面へと降りてくる。
光沢を帯びた黄色い毛並みに、漆黒の縞模様を靡かせて、しっぽがゆらゆらと揺れている。極め付けは、体全体に電気を帯びていることだ。
「・・黄虎の魔獣だ。」
「ムゥ・・クリスが不覚を取るのも頷けるわい。」
「なんでこんな場所に、黄虎がいるのよ!!あいつは、森の奥深くを縄張りにしているはずよっ!!?」
喚くナミに構わず、黄虎は姿勢を低くして早足になって近づいてくる。
「喚かせてくれる暇も与えない気だぞ。奴さんは、クリスを早くたべたくて仕方ないみたいだからな!!」
「もう一仕事じゃ。“大楯の誘引”!!」
「絶対許さないんだからっ!!」
ロイ爺が先頭に盾を構えて躍り出る。スキル“大楯の誘引”を使用し、黄虎を自分に釘付ける。ナミは、射線を確保するために一時離脱。ガッシュは、ロイ爺の後ろに張り付いていた。
黄虎は、弓というものを理解しているのか、ジグザグに動きながらロイ爺の大楯に一撃を入れる。雷光を纏った爪による斬撃は、ロイ爺の盾を半分に切り裂き吹き飛ばした。
「なんとっ!!紛れもない魔獣じゃ!」
ガッシュはスイッチして、ロイ爺の後ろから戦斧で一閃するが軽く交わされてしまう。
今のやり取りで、黄虎は相手を格下と判断し余裕を見せ始める。これからどうやっていたぶり殺そうかと、考えているようだ。ちなみに、魔獣化した黄虎は、天災級の上位に位置する。赤狼級とはいえ、分が悪いのは明らかである。そして厄介なのは、体毛から静電気を放電することである。しかし、魔獣は彼らをなめている。勝機があるとすれば、そこである。
「くそっ、今日はついてねぇな。魔獣が二匹も出やがった。」
「全くじゃ、見てみぃ。わしが鍛えた最高傑作もこのザマじゃ!レリック鉱石を買うために酒を我慢したというに。」
「まだボヤけるってことは、まだやれそうだなジジィ。」
「ぬかせ。わしはこんな所でくたばれんのよ。」
「同感だ、ならくたばる前に、あれをやんぞジジィ。」
「もうやるのか?!」
「あぁ・・あれ以外でこいつに、一発お見舞いできる気がしねぇんだよ。それにあいつは俺達を格下だと決め付けてる。奴の雷光は、正直笑えない威力だ。奴に雷光を使われる前にケリをつける。」
「ムゥ、仕方ない。お主にこの命預けるぞ。」
「はっ、一番預けちゃいけない相手だと思うが、心配すんな。どうせ老い先短いんだ!安心して逝きな!!」
ガッシュが、地面に平行に斧を低く構えた。それをナミは確認し、全てを察した。暁の旅団が、捨て身の相手に対してやってきた作戦だからだ。
「あのバカッ、もうあれやるわけ?!もぅ、いつも勝手なんだから!絶対へますんじゃないわよ!!!」
素早く限界まで弦を引き絞り、仕掛け矢を番える。弓は強くしなり、弦は悲鳴をあげて、手と腕の血管は浮き出る。
ガッシュが構えた斧の上に、盾を構えたロイ爺が乗ると遠心力を使ってぐるぐる回りだし、空高くロイ爺が飛ばされた。ガッシュは間髪入れずに、黄虎へ突っ込んだ。その姿を追うようにナミは、狙いを定めている。
ガッシュが、斧を振り抜くと同時に矢は放たれた。
ガッシュの上段からの一閃を、黄虎は正面から迎撃した。ガッシュの斧は、雷光と斬撃によって粉々になり、顔と胸に深い裂傷を負ってしまう。
「ガハッ・・」
黄虎は、勝利を確信した。が、黄虎は鈍い痛みを自分の肩に感じた。
その正体は、斧の下に隠れるようにナミが放った仕掛け矢である。仕掛け矢は、黄虎の右肩で爆発した。大きな音と黒煙をあげて、黄虎の視覚と聴覚を奪った。突然の危機に、黄虎は貯めていた静電気をあたり一面に放電した。家屋は燃え、地面は焦げた。
混乱している黄虎に向かって空から、欠けた盾を構えているロイ爺が降ってくる。放電が、容赦なく襲いかかるがクリスの付与魔法とレリック製の盾のおかげで電撃を凌ぎ切った。
「ぬぉぉぉおおおおおお!!!」
“ドガーン”と音を立てて、黄虎に着弾する。本来なら、身動きが取れなくなった獲物に対して、ガッシュがドメ刺しをするはずだが。
「ぬはははは、してやったわい!!・・むっガッシュ!はよせんか!ガッシュ?!」
黄虎を押さえつけながら、後ろを振り返ると先程深傷を負ったガッシュが倒れていた。
ガッシュは、黄虎の斬撃によって顔から胸に及ぶまで4本の裂傷で切り裂かれていた。血は地面に水溜りをなし、意識は朦朧としていて、ロイ爺の叫び声が、かろうじて遠くに聞こえていた。
“畜生、世界がグラついてやがる。ロイ爺・・分かってんよ。今そいつに、止め、を。あぁ、俺の・・斧粉々だったわ。悪いな爺さん、ヘマしちまったよ。・・・煙草、死ぬ前に、煙草、どこだっけ”
ガッシュは、力のない利き手で煙草を探す。
そして、その手が掴んだのはタバコの入った木箱ではなく、身に覚えの無い短剣の柄だった。
“なんだこれ・・・こんな短剣持ってたか?・・あぁ、あの生意気な目をしたガキの剣か。剣ってことは・・俺はまだ、戦えるってことだな”
ロイ爺は、怒り狂った黄虎にマウントを取られていた。覆い被さってきた黄虎は、ロイ爺の胸を押さつけ首元をズタズタにしようとしていた。
「ぎゃぁあああ、ガッシュ起きんかー!!わしが食われてしまうううう!!!」
ぐらついていた世界が、一つになった。
「まだ、戦えるってことじゃねぇか。なぁ、虎公!!」
戦意を取り戻したガッシュは、立ち上がる。あたり一面に、血を吹き散らしながら短剣を鞘から抜いて、懐にがっちり固定して走ってくる。
それに気付いた黄虎が、一瞬横に振り向く。その瞬間をナミは見逃さない。
射線に入った黄虎の眼球に、毒矢を穿つ。動きが一瞬怯んだところへ、短剣を構えたガッシュが雄叫びを上げながら死角へと突っ込んだ。
“ブォォォォォオオオオオオ!!!”
短剣は深々と黄虎の心臓に突き刺さり、黄虎が最後の悪あがきを試みる。しかし、もう片方の目に毒矢が突き刺さる。ガッシュは、更に短剣を心臓に捩じ込む。
黄虎は、絶命し・・倒れた。ガッシュは、膝を突き、肩で息をして・・空を見上げる。
「はぁ、はぁ、はぁ。」
ロイ爺は貴虎の下敷きになっていた。
「この木偶の坊!早う、手を貸さんか!!」
「ったく、こっちも重傷なんだぞ!」
「知らんわ、こっちはお主のせいで喰われかけたわ!!」
ガッシュはロイ爺の手を取り、黄虎の死体から引き摺り出す。そして思い出したかのように—
「クリスは?!!」
クリスの側に、重い体を引きずり駆け寄るとそこにはナミがいた。
「おいナミ!クリスは!?・・・嘘だろ。」
そこには、クリスが安らかに目を瞑っていた。ガッシュと、ロイ爺は誰もが確信したクリスの死を。しかし・・
「あんまり叫ばないでもらえますか?あなたの馬鹿でかい声は、傷に響くんですよ。」
「クリスッ、無事だったか。」
「えぇ、まぁ。直ぐに治癒の魔道具を発動させましたのでなんとか。ただ、魔獣の牙が背骨を貫通していました。」
「どういう・・」
「鈍いですね。神経をやられたんです、腰から下が動かないんですよ。もう一生歩けないでしょうね。・・僕の冒険はここまでのようです。」
「ごめんなさい!!・・私が、この依頼を選んだばっかりに。」
「それは違うわい、ナミ嬢。わしらは全員同意の上、この場におるんじゃ。それはお主もわかっておろう。」
「わかってるわよ!!・・わかってるけど、考えずにはいられないのよ。」
クリスは優しく、ナミの手を取る。
「老公の言う通り、私に悔いはない。こうして、手も動かせますし、これからはどこかの街で冒険者向けの魔道具作りに専念したいとおもいます。冒険者やっていたのも、隠居して研究に没頭するためでしたし。」
「クリス・・」
「なんでぇ、死んだかと思って心配してみりゃぁ。老後の心配かよ。あぁーあ、心配して損したぁ。お前より俺の方が見た目は重症だってのによ。」
「ガッシュ、知っていますか?」
「んだよ・・」
「バカは死んでも治らないんです」
「なんだと!!・・・ぶっ!わははははは」
「ガハハハハ違いないわい!!」
「アハハハハほんとその通りね!」
こうして暁の旅団は、重傷者二名、軽症者一名を出しながらも無事に生還した。トルク村で待っていたアリシア達は、河熊の首を見て大いに安堵した。河熊の素材は全てパーム村の復興支援のために寄付した。
「そんな河熊は皆さんが、犠牲を払って倒した獲物です。それをもらうなんて、恥知らずなことは出来ません!!」
「気にしないで、私達にはもっと高値で売れる黄虎の魔獣が手に入ったの。それで十分だから。」
アリシア達は、心の底から感謝していた。これでこの冬を越せるかもしれないと言って感謝していた。暁の旅団は、少しの間トルク村に滞在し傷を癒した。その後、クエスト達成書とともにブルクハルト領へと帰って行った。