第五話「暁の旅団」
今回も長めです!
ホーネット侯爵領は、ヴァルデン帝国の北の守護を任されて来た大家である。最北端には、ボロキアと呼ばれる土地がありそこは魔の大森林と呼ばれ、人が決して踏み入ることのできない場所とされてきた。その更に奥には、霊峰エーナが雲を突き抜け水平線を遮っている。
世界中を周って来たと言う商人によれば、霊峰エーナの先にも、さまざまな国々が存在しているそうで、エーナを超える方法は存在せず、遠回りをして砂漠地帯を行くしか無いそうだ。
ボロキアは、10年前皇太子が決まった時の、祝いとして皇帝が息子に下賜した土地。実際は、侯爵の領地とされていたが、ボロキアから度々訪れるモンスターに苦しめられてきた為に、特に摩擦なく接収された。その為、ボロキアから出現したモンスター被害の賠償は全て、皇家が支払ってきた。
そんな土地に目をつけるのは、冒険者くらいのもので昔からホーネット侯爵領は、冒険者の街として賑わってきた。そんな彼らの朝は早く、朝一番で冒険者ギルドのクエストボードに並び、張り出される依頼を剥ぎ取っては受注していく。
その中で、上級冒険者と呼ばれるランクの高い者はその限りではない。難易度の高いクエストを受注できるものは少なく、競合相手も多く無いため昼あたりに目覚めるものがいた。
「んっ、あ〜。朝か。っ!!くそっ、また飲みすぎたか。」
「う〜ん。」
「や〜ん。」
侯爵領にある普通の宿屋の一室で、娼婦に左右を囲まれて目覚める男。大柄で、身体中に傷跡が刻まれている。男は、水の張った桶に入った布で体を拭き、仕事着に着替えていく。服を着ると、木箱に入った煙草を取り出し、指を擦り合わせて“パチン”と音を鳴らして火をつける。魔法を発動させたようだ。煙を深く吸い込み、鼻と口からゆっくり吐き出す。そしてまた、鎧を着ていく。フルプレートの板金鎧ではなく、胸当て、小手、膝当て、といった最小限のものだ。
最後に、大振りの戦斧を手に取り部屋を出る。いつものようにバルコニーへ降りると、朝食の黒パンと、干し肉のスープ、ミルクを出され。つまらなさそうに、かっ喰らいミルクを飲み干す。小銭を数枚、カウンターに置きギルドへ向かう。
街中を彼が歩くと、多くの冒険者は萎縮したように道の隅へ寄る。そして口々に、恐れを抱いてるような口ぶりで話している。
「あれ、赤狼級パーティー暁の旅団のガッシュさんだよな。」
「えっ!?赤狼級の?うひゃ〜迫力あるわぁ。めっちゃ顔怖いやん、あの傷跡モンスターかな?」
こそこそ話す奴らを、ガッシュは睨みつける。
「「ヒィイイ」」
「チッ」
根性なしが。
ギルドにたどり着くと、すでに昼過ぎということもあってか人は少ない。テーブルに、知り合いを見つけそちらに向かって歩いて行くと、近づいてくる男に向こうも気づいたようで。
「もぅ、おっそーーーい!!あんたいつまで寝てるわけ!!もう昼過ぎよ?昼・過・ぎ!!」
橙色の髪の毛が魅力的な女が、席を立ち上がり両手でテーブルを突いて怒っている。見たところ、テーブルに弓を立てかけている為野伏だ。
「あぁ?もうそんな時間か、悪いな。」
「あンンンた、絶対悪いと思ってないでしょ?」
「ん、微塵も。」
「なっ・・・ピク、ピク」
「まぁ、良いではないか。どうせ急いたところで、此奴の寝坊助が治る訳でもなし、それにな、グビッ、グビッ、ブッハァ〜儂らが受けるクエストは逃げはせん。」
焦茶色の毛むくじゃらなドワーフが、エールを飲み干しながら、酒に浸っている。背中には、大盾を背負っている。
「老公のいう通りです。バカは、死んでも治らないですからね。」
まる眼鏡を触りながら、人をバカにしている彼は、黒髪で真っ黒なコートを見に纏っている。
「おい眼鏡、誰が馬鹿だって?」
「おやおや、バカは自分がバカだということもわからない。底抜けの馬鹿野郎みたいですね!」
「テメェ!!」
「エンチャント:遅延発動」
襲いかかってくる男に対して、迎撃するかのようにコートを広げると、コートの内側に無数の杖が備えられていた。そのうちの一本を取ると、魔法が発動した。どうやら魔道具のようである。
「ま、ほう、は、ずりぃ、いぞ、ぉ」
彼の全ての体の動きが、遅くなった。
「あなたは、短気がすぎるのです。少しは自分の行いを改めたほうがいいですよ。」
「はい、はい。それじゃあ、全員揃ったし仕事の話に移るわよ。」
彼らは、冒険者パーティー「暁の旅団」である。等級は、赤狼級である。冒険者ギルドの等級は以下のようである。上から、白龍、赤狼、黄虎、河熊、紅鹿の五等級に区分されている。それぞれの階級は、モンスターの危険度を表すカースト区分の中で、最も危険なモンスターを冠している。モンスター階級は以下の通りである。上から、驚天動地級、天災級、災害級、害獣級、獲物級の五等級である。例えば驚天動地は、人が抗う術がない強さを持ったモンスター達を区分している。その中で、最も強いとされているのが語り継がれている古代龍、白龍である。その詳しい名前も、知られていないが、ほぼ全ての伝説に登場している白い龍だ。
この白龍等級に属する冒険者達は、人智を超えた実力の持ち主であることがほとんどだ。例外として、魔道具などによって文化貢献著しい研究系冒険者にも贈られる。
ホーネット侯爵領の領都ブルクハルト支部には白龍級が、一パーティー在籍している。赤狼級パーティーは三パーティー。以下の等級在籍パーティーは二百ほどである。冒険者ギルドとしては、最も大きな規模を誇る支部といっていいだろう。
その要因としては、クエストに事欠かないということだ。ここから北に行けば、魔物の巣窟に、最難関ダンジョン:デーモンズゲートも存在している。一攫千金を狙う彼らにとっては、最高の拠点なのだ。不満と言えば、ボロキアまで馬車で十日も掛かってしまうということだった。この領都から、北には小さな村しか存在せず、拠点にできるような場所はないのが最大の理由だ。その原因は、ボロキアから人里へ南下してくるモンスターが後を絶たないという事だ。
それはさておき、冒険者ギルドのクエストは等級で割り振られるため、赤狼級のクエストを受けれるのは全部で四パーティーしかおらず、高レベルのクエストはここでは溢れているため、この男は寝坊しても大した問題ではないのだ。
「あたしが選んだ、仕事はこれよ。」
クエストが書かれた紙を、テーブルの真ん中に叩きつける。
「「魔獣化した河熊の討伐依頼!??」」
「わしゃパスじゃ。」
「僕もです。断固却下します。」
「ちょっと!クリスはともかく、ロイ爺までビビってるわけ?ひとり頭金貨1枚よ!美味しいじゃない!それに魔獣の素材も手に入るのよ?!」
「儂の命は、金貨1枚のために手放すわけにはいかんのじゃ。」
「老公のいう通りです。たとえ罵られようと、命は金では買えません。凶暴化した河熊ならまだしも、魔獣化したとなるとこの中の誰かが、命を落としても不思議じゃありません。金貨一枚ではとても。」
「・・お、れに、い、いか、んがえ、がぁ、あ」
「クリス、いい加減魔法解いてあげたら?」
「すっかり忘れていました。解除。」
「っだぁ!!ブルルあ”ぁ!ナミ、俺に良い考えがある!」
「あら、ガッシュにしては珍しいじゃない。」
「ヒック」
「どうせまた碌でもない事ですよ。」
「ウルセェ、黙って聞け。実は昨日、帰り際にギルドに寄ったら面白い依頼があったからよ、取っておいたのよ。これと抱き合わせで受けようや。」
「・・何よ、これ。ショートソードの試し切りご協力で金貨8枚?!ちょっと、何よこれ!こんな美味い話あるわけ、嘘・・。ギルドが正式受理しているじゃない!偽物じゃないでしょうね?!」
「嘘だと思うなら、受付のねーちゃんに聞いてきな。まぁどっちにしろ、クエストを受けるときにバレるような下手な嘘はつかねぇよ。もちろん、このクエストを持ってきた俺が報酬の半分を、」
「ひとり頭金貨2枚ね!」
「おい、これは俺が」
「誰のせいで、うちらが金欠になっていると思ってるわけ?あんたが、依頼人ぶん殴ったせいで、慰謝料!みんなで払ったのを忘れたとは言わせないわよ?」
「うっ、わかったよ。チッ」
「よし!これで、ひとり頭金貨3枚の大仕事よ。どうなの二人とも?」
クリスとロイ爺は、顔を見合わせ観念したようだ。
「それならまぁ、割りに合うかの。」
「えぇ、まぁそうですね。やりましょうか。お金が欲しいのは事実ですし。」
「そうと決まれば、早速受注してこの鍛冶屋に向かいましょう!そのあとすぐ出発よ!!」
いつもやっているかのように、拳を天井に向かって突き合わせた。
「「「「おーう!」」」」
北門に位置する鍛冶屋「フレイム工房」では、今日も他の鍛冶屋で回しきれなかった修理品を直していた。
「お客さん来ないねぇ。」
「来ないですねぇ。」
「まっでも仕方ないか〜、ポッと出の鍛冶屋に高い金払ってまで、命預ける武器を買おうって人はいないよね。ここでは、私の名前なんてなんの意味もないし。どうしよっか。」
「そうはいってもこうやって、仕事を周りの親方衆が振ってくれてるんですから、良いじゃないですか。」
「仕事ねぇ、こんなのあのおっさん達が面倒な仕事を、押し付けてるだけじゃんかぁ〜〜!!」
フレイムとリルは、チェーンメイルや、革鎧などのほつれの補修に埋もれていた。ホーネット侯爵の口利きとはいえ、何処の馬の骨ともしれない貴族様が平民達と同じようにそばで商売を、それも鍛治仕事を始められてはたまったもんではない。
相手が貴族ということもあり、露骨な嫌がらせはされないものの、回される仕事は、格安で大量に押し付けられた地味仕事である。
「ふぅ、そうはいっても疲れるね。特に肩が凝るよね。」
「それでは私がほぐして差し上げましょう。」
「おっ、悪いですねセバス。」
「いえ、これしきの事。」
“ガコン”と店の扉が開く音がした。すると、明るい橙色の髪の毛の女性と、合わせて四名が来店した。
「すみませ〜ん。冒険者ギルドから来たものなんですけど。」
「「んっ!?お客さん!!」」
パタパタと、リルが出迎えに上がった。そして、ペコリとお辞儀をする。
「いらっしゃいませ!何をお求めでしょうか!当店では、どのような武器でも扱っていますよ!!」
「あ、いや。私たちは、この鍛冶屋にいるっていうフレイムさんの依頼で来たものなんですけど。」
奥から遅れて、フレイムがやってくる。
「あぁ、クエストの件ですか。よくいらっしゃいました。どうぞこちらへ。」
案内したのはカウンターだ。その間に、他の三人は、それぞれ店内を物色していた。商品として陳列されているのは、ナイフ、短剣、ショートソード、アイアンシールド、スピアとシンプルに数少なく綺麗に陳列されていた。特に5本だけの、ショートソードは目立つよう壁に掛けられていた。
「このナイフ、よく切れそうですね。」
カウンター側に並べられた、ナイフ類に彼女が食いついた。
「ありがとうございます。そのナイフは、その一本で果物からモンスターまで捌けるのをコンセプトに作りました。」
「こ、これ一本でモンスターまでですか?」
「はい。良い鋼を使っているので、並大抵のモンスターの骨や皮では、そうそう刃こぼれなんかしませんよ。」
「へ、へぇ///」
やだっ、すごいイケメンなんだけど!!今日化粧とかそんなにしてないし、どうしよう〜〜〜鍛冶屋の人がこんな、優男そうなイケメンだなんて思わないでしょ!!
「ふむ、中々良い仕事をしておるな。ヒューマンの子供にしては、歳不相応な程じゃ。」
「武器にあまり興味のない僕にもわかりますよ。洗練された物は、オーラを持っていますから・・そう!僕が作る魔道具のように!!」
そう言って、露出狂のようにコートを広げて悦に入った彼を誰も触れはしない。
「ふむ、試しに今度武器の修理に出してみるかの。」
「本当ですかぁ〜ちゃんと綺麗にして返します!お待ちしてますね!」
なんと、愛らしい子かの!今度お菓子を買ってきてあげよう。
「すみません、うちの従業員が。」
「いえいえ、こっちの方こそはしゃいじゃってすみません。それで依頼の方なんですけど♪」
「私が発注したクエストですね。ギルドカードはお待ちですか?」
「はい、こちらがギルドカードと受注書です。あと、私の泊まっている宿です。」
彼女の背後の方で、「盛ってんじゃねぇよ」と呟いたガッシュが、思いっきり足を踏まれた。
「・・えっとぉ、有難うございます。・・確かに、赤狼級パーティーですね。それでしたら、こちらのショートソードになります。依頼内容は、この剣を実際に使っていただいて感想をお聞かせ願いたいというものです。どなたがお使いになりますか?」
「それは、」
「俺だ。」
ナミを押し退けて、ガッシュが前にずぃっと出てくる。
「どうぞ、手に取ってみてください。」
ガッシュは、ショートソードを手に取り二度ほど振ってみた。
「握り加減に違和感はございませんか?」
「・・あぁ、ない。」
「左様ですか、それではショートソードの試し切りよろしくお願いいたします。気に入っていただければ、依頼完了後割引してお譲りします。もし依頼中に破損してしまった場合でも、賠償金などは請求致しませんので、ご安心ください。」
「大した自信だな。」
「誇りを持って、鍛えさせて頂きましたので。」
「ふっ、どれ程の誇りか知らんが、これを使って戦いはしないぞ?命を預けるわけにはいかないからな。」
「わかっております。何を試し切りなさるかは、ご随意に。」
「そうか、なら預かってくぜ。」
二人の視線の間に、火花が見えた。
ガッシュは、カウンターに置かれた鞘に、ショートソードを収納して我先にと店を出て行く。
「ほんとーにっ、すみません!うちのバカが、あとでちゃんと叱っておきますから。」
「いえ、お気になさらないでください。皆様のご武運をお祈りしております。」
「はい///」
こうして、赤狼級冒険者たちは店を出て行った。
「初めての、お客さんだったね!!」
リルはすごく嬉しそうに、目をキラキラとさせて両手を上げて喜んでいた。無理もない、開店してから一週間、この店に入ってきた者は皆無だったのだ。周りの通行人も、覗きはするものの、入っては来なかった。
「お客さん、ではないかな。僕が出したクエストだからお客はむしろこっちかも、ははは。」
「えぇ〜良いじゃん。お客さんてことで。」
「そうだね、そうしよっか。」
侯爵から、この街へ来て最初にいただいたのは、この店と金貨20枚だ。そのほとんどを、冒険者ギルドへのクエスト発注に割り当てた。フレイムの目的は、表向きには「駆け出し鍛治師の剣の宣伝」である。
真の目的は、人材確保だった。冒険者の多くは、腕っ節ひとつで生きていかなければいけない環境で生まれたものが多い。つまりは、たたき上げの根無草集団だ。彼らは、冒険者ギルドの保護のもとで、何でも屋をやっているようなものだ。
もちろん中には、誰もが憧れるような冒険譚を、繰り広げている者もいたが、それこそ一握りの上級冒険者だけである。フレイムは、彼らが命を預ける武器を人質に取ろうと考えた。どういうことかと言うと、フレイムが鍛えた魔剣は、冗談抜きでよく切れるのだ。そこらの一流と評判の店の剣では到底太刀打ちできない。
その違いがわかった者に、今後どちらの剣に命を預けたいかと問えば、答えは聞くまでもないだろう。
「ふぅ、あとは時間が解決してくれるよ。」
「そうだね、考えてても仕方ないし。お仕事終わらせちゃぉ〜っと、その前にセバス様紅茶が飲みたいです!」
そんな小さな後ろ姿に、フレイムは今日も保護欲を沸かせていた。
店を出るとガッシュは、苛立っていた。
なんだぁ?あのガキ、温室育ちのボンボンのくせに、いやに猛た目ぇしてやがった。一体何が、あいつの何がそうさせてやがんだ?俺と正面切って、メンチ切れるやつは久しぶりだな。
それにこの剣、他の武器とは雰囲気が違う。振り心地が鋭く、よく手に馴染みやがる。まるで手足の一部みたいに。少しだけ、実戦でも使ってみるか・・。
「やけにご機嫌だのう、ガッシュ。ヒック。」
「いつまで飲んでやがる。酒クセェからあっち行きやがれ。」
「ほっほっ、理由はその剣じゃなぁ。あの小童、どうやって手にいれたか知らんが、ヒック、ドワーフしか知らぬ技術を知っておる。それに腕も良い。その剣、実践で使っても心配いらんぞ。わしが保証してやる。ック」
「ウルセェ、使うかどうかは俺が決めんだよ!!」
「お〜いなに話してんの〜!もう馬車でるわよ!!」
彼らは、魔獣化した河熊退治へと出発して行った。この冒険が、「暁の旅団」史上最も過酷な冒険になるとは知らず。