第四話「魔鋼」
鍛治の専門用語が、多くなってます。申し訳ありません。
フレイムが、侯爵領に戻ると真っ先に向かったのが、これから少しの間お世話になる自分の店舗である。北門側に位置しており、そこは武器屋、防具屋、鋳掛屋などが軒並み店を構えて居る区画だった。大通りから少し入った路地裏に、侯爵から用意された店舗と、鍛錬場があった。
周りの店舗は既に店じまいを始めている中、光曜石(らんたんの光源)の明かりが中から漏れ出していた。
店の中は、広さが10坪ほどで、木造でできており窓も板戸だ。
店中央にカウンターがあり、裏口から鍛錬場へと抜けられる。
鍛錬場は、8坪ほどで十分な広さだった。
鍛冶場で必要な鞴(火床に空気を送り込む装置)、火床(鍛錬する鉱物を熱する所)、金床(金属を置く台)、火箸(金属を掴むためのハサミ)、と言った諸々が見て取れる。
そして、魔鉱石を製鉄するための大きな炉が出来ていた。もちろんその側には、疲れて炉にもたれ掛かかって、居眠りをしているあどけない少女リルがいた。
「リル、悪いけど起きてくれるかな?最後の仕上げをしなくちゃいけないんだ。」
「ふにゃ、ふぁーふれいむか。おかえりなさい。っ・・ふわぁ〜」
寝起きの伸びとあくびが可愛いなと、フレイムは思った。
本当なら寝かせてあげたかったが、炉の前で寝ていたということは、フレイムを待っていたのだろうと判断したのだった。
「あ、フリードリッヒ様!お久しぶりです。」
黒猫リッヒを視認すると、立ち上がってペコリとお辞儀をした。
「うむ、お主はドワーフの割に礼儀正しい故、丸焼きにはしてやらんのだ。」
「えへへ、ありがとうございます。」
「フリードは、リルがお気に入りだもんね。」
「フン、儂はただ、飼ってやってもいいと思っているだけだ。」
「はいはい。さてと、リル。今回も素晴らしい炉だね。リルは頼りになるよ。」
「えへへ、もっと褒めてもいいんだよ。私の魔法は、大好きなお母さんから貰ったものだからね!」
リルの母は、エルフだ。
つまりリルは、ドワーフとエルフの混血児ということになる。
古来より、エルフとドワーフは仲が悪い。
もちろん、彼女の父と母も最初から仲が良かった訳ではなかった。
エルフは、生来から魔法能力が備わっていることが多いことで有名な種族だ。
その為自分たちを、上位種として見ておりプライドの高いものが多い。
そしてリルの耳は、やや“ツン”と尖っている。
そんな彼女が造った炉は、人の高さ程ある筒状で地面に近くなる程その直径は大きくなっていた。
地面との接着部分には、ブロック状の岩が5片噛ませてあり少し地面から浮いている。
下辺部分には、空気を通す二つの穴が左右についており、最下辺には製鉄の際にできるのろ(不純物:燃料や鉄以外のもの)が出てくる穴がある。
魔鉱石を精錬するためには、最低でも人骨を残さないほどの高火力が必要とされている。
その為には、太陽石と呼ばれる燃料、もしくは石炭が必要なのだが、希少な上に高価な為今回は使えない。
そこで使うのが、紅溶石だ。
この石の特徴は、外部から熱された温度を保つというものだ。
具体的に説明すると、例えば沸騰したお湯にこの石を入れれば、それと同じ温度のまま熱が保持されるのだ。
その後は、時間と共に溶けていってしまう。
難点は、外部から加える熱量は変更できないという点だ。
保持させる熱源の温度設定は、最初の接触一回勝負となる。
一般的には、氷の代わりに冷やして飲み物に入れたり、湯たんぽ、岩盤浴に使われている。
そして今日これからやる事は、完成させた炉の確認と、魔鉱石を粉砕して細かい砂にする事だ。これを明日、乾燥させた炉に入れ、純粋な魔鋼を抽出する。
「さて、ようやく僕の祝福が活躍する時が来たね。・・“僕が歌うは、鉄の調べ 清廉の槌”」
そう言うと、胸の前に差し出した右手に、光が収束しどこからともなく小槌が現れた。小槌の頭部分は、黒鋼のようで黒く、柄の部分は木材で握り込まれてきた質感がある。ぱっと見は、なんの変哲もない槌だ。
「いつ見ても幻想的なのに見た目は、しょぼいのよね、その手槌。」
「リルいいことを教えてあげようか、大きいか小さいかは問題じゃないんだ。要は、響くか響かないかだよ?」
「悪寒がしたよ。」
「儂もじゃ。」
「失礼ながら私もです。フレイム様。」
「うっ。結構いいこと、言ったつもりだったんだけどなぁ。」
フレイムは、気を取り直して腰を下ろし、魔鉱石を金床に据える。彼には、鍛治によって鍛えられる素材の音が聞こえる。一種の呼び声に近い。
その為、大自然を歩いていると、フレイムを呼ぶ素材の声が時たま聞こえてくる。
彼はその呼び声に、導かれるままフリードリッヒとも出会っていた。
そして、素材をどう加工したら良いかも音が教えてくれるのだという。
音とは、意思を持った念に近い。
一音で、ある程度の情報がフレイムに流れこむ。
例えるなら、名前に近い。
短い名前に、両親の願いや希望が、複数込められているようにだ。
この魔鉱石は、最高の質を持った魔力によって魔化されている為、なんの技能も持たないものが叩こうが、ビクともしない。
必ず、一方向に存在している物質の層と打点を見極めて、槌を振るわなければいけない。
そして、どこを叩けば石が割れるのかも、清廉の槌で素材を数度叩けば、鳴り響く音で教えてくれる。ちなみに、フレイムに加工されることを、嫌っている素材からはなんの音もしてこない。
そう言った素材を相手にした時は、フレイムは純粋な鍛治師の技能で鍛練しなければならない。
フレイムが、細かく”コンコンッ”とノックする様に金属を叩く、するとその音の違いをフレイムは聞き分ける。
「教えてくれてありがとう。ここだね、よっ!と。」
槌で、魔鉱石を打とうと振り上げると手槌の金属部分が変形し、接触部分が鋭く尖り口の面積が狭くなった。“カンッ!”と音が響くと、石は真二つに割れた。それを繰り返す事二度、四等分になった魔鉱石を次々とリルに渡していく、これより細かくすることはリルにもできる。
普通の鍛治師ならば無理だが、“雷鳴の槌”を授かった彼女ならできる。
鍛治師が多く授かる“祝福”は、「槌」と呼ばれ、戦術級に分類される。
階級は以下のようである。“聖槌、神槌、王槌、匠槌、槌”の五段階がほとんどである。
フレイムやリルの、称号付きの“祝福”はユニークギフトとされて、評価付は不可能となっている。
その力の深淵は、神の偉大な計画に必要と判断され、下賜されたものとされてきた。
つまり、使ってみないとわからないということである。使いこなせなければ、ゴミギフト宝の持ち腐れとなってしまう事も多々ある。
リルが、同じように左手を胸の前にかざす。
「打撃一鉄を轟かせなさい、“雷鳴の槌”」
そして、槌を握った左手を高く掲げて今にも、スーパーヒーローのように空を飛ぶ勢いである。
彼女の、控えめな胸は誇らしげだった。
その手に持った雷鳴の土は、ハンマー部分は緑色で柄の部分は、金色の金属でできている。
「いつ聞いても可愛いね。」
「やはりわしの、愛玩物にしてやっても良いぞ?」
「癒されますなぁ。」
「かぁっ////しょうがないでしょ!こうやって言わないと、来てくれないんだから!!もぅ〜。」
リルは、不貞腐れながら渡された魔鉱石を細かく砕いていく。
彼女が槌を振るうとき、“キィィィィイイインンン”と小さな雷鳴が轟いた。
そして振るうたびに、彼女の左腕は緑色の電撃を纏うのである。
振り上げてから振り下ろすまでの速さは、まるで光の速さに及んでいると錯覚してしまう。
彼女曰く、小さな力で大きな力になるそうで、非力な少女でも大人顔負けの鍛治仕事ができる秘訣になっている。彼女が槌を打つたびに、雷によって裂かれたように魔鉱石は細かく砕かれていった。
しばらくすると、全ての魔鉱石が砂状に粉砕された。
「これで下準備は、万全かな。他の素材はリルが用意してくれたみたいだし、今日はもう引き上げてご飯食べて寝よっか。」
「さんせーい!流石にあたしも疲れちゃった。きょーの、ご飯は、なーにかな〜♪」
スキップをしながら、宿屋に向かうリル。
「くわっ〜、やっと飯か。」
セバスは、猫らしく大きく体を伸ばしあくびをするフリードを見て、芸が細かいと思ったりした。
夕食の食卓には、事前に女将に頼んでおいた羊の丸焼きと、黒パンに、野菜スープ、エールだ。羊のほぼ全てを、化け猫に食べられたのは言うまでもない。
ー翌日
いよいよ製鉄である。鍛冶場に祀られた、鍛冶場の女神に祈りを捧げ作業に移っていく。
まずは、炉を温めていく。
急に熱すると、炉にヒビが入ってしまうからだ。
木炭を大量に入れて、燃やしていく。炉が十分に温まったら、紅溶石に灼熱の熱を加える。
もちろん熱源は、炎龍の頂点に君臨している炎龍王フリードリッヒこと、黒猫リッヒである。
彼は、炎を自由自在に操れるほか、その温度も調節可能である。
まさに、魔化した鉱石を扱う鍛治師にとって最高の相棒である。
「全く、面倒な。」
「弱火で頼むよフリード。君の炎は、気を抜くとあたり一面を灰にしちゃうからね!」
「羊、二匹で手を打とう。」
「一匹だ。そもそも、昨日だってほんの少ししか食べられなかったし。」
「分けてやっただけ寛大であろう?」
そう言うとフリードリッヒは、炉のてっぺんに猫座りをしてスタンバイする。フレイムが、燃料を入れるとそこに火炎放射し、フレイムが今度は魔鉱石を入れていく。
多少の戯れ合いをしつつ、順調に高温の紅溶石と砂状の魔鉱石(魔砂鉄)を入れていく。炉の中は今、紅溶石、魔砂鉄、紅溶石、魔砂鉄と言った具合で交互の層を成している。それを炉の上辺まで繰り返し、上辺が底に下がったらその都度足していく。
ある程度時間が経過したら、炉の底に溜まるのろ(不純物)を底に設けられた穴から、放出する。
ここで、気をつけなければいけないのが炉の中心温度である。
温度を測るものはないので、完全に鍛治師の勘だけで操作しなければならない。
こればっかりは、天才リルに頼らざるを得なかった。
リルは、授かった祝福だけではなく、感性までもが群を抜いていた。
武器の装飾に至っては、エルフの母の才能を受け継ぎ10歳になる頃には、ドワーフ王にその実力を買われ剣を献上したことまである。
そんな彼女は鍛冶場では、ドワーフ王国“十の傑槌”に選ばれている祖父の才能を受け継ぎ、遺憾無く発揮していた。
それぞれの素材で違った、最適な火力を彼女は理論と肌身の双方から感じることが出来る。
「フリードリッヒ様、次はもっと弱火でお願い!!このままじゃ、炉が持たないわ!」
「この時だけは、いつもより態度がでかいのよ。」
「何か言いましたか?!」
「わ、儂は何も言っておらんぞ。全く、毎度々羊一匹では割に合わないではないか。」
こうして、無事全ての魔鉱石を炉に焚べることができた。
最後の仕上げは、炉を壊し底に溜まった鉧(炉の中に残った粗鋼)の塊を取り出す。
これを、大槌で叩き割り中にある抽出された高濃度の魔鉄の塊“魔鋼”を取り出すのだ。
鉧が、冷めるまでの間各自休憩を取り、いざお宝拝見の時だ。
「せーのっ!!」
“バガッ”と大きな音を立てて鉧塊が、割れた。
すると中から、淡い虹色の断面がうかがえる塊を見つけることができた。
次々と、フレイムとリルが細かく砕き、手に取り品質を確かめ合う。
すると、二人は示し合わせたように間抜けな、にやけ顔になって、ハイタッチをした。
「「いぇーい!」」
「抜群の魔鋼ね!!これなら、いい剣が作れそうだわ!」
「そうだね、まずはどんな武器を作ろうか?」
「そうね、この前街を散策した時、冒険者ギルドに立ち寄ってみたのだけど、クエストの多くはどうやら、オークやゴブリン退治だったわね。それと、この街の売れ筋商品は周りの鍛冶屋を見るにロングソードとグレートソード、あとスピアなんかもよく売れてるみたい。」
「そっか、この時期はオークやゴブリンが繁殖期を迎えるから、冒険者も大忙しだもんね。オークやゴブリンは、打撃には強いけど斬撃には弱い。うん、とりあえず作るのは洞窟や狭い場所でも取り回しのいいショートソードがいいみたいだね。」
「良いんじゃない?魔鋼の節約にもなるし!それじゃぁ早速、心鉄用と皮鉄用に振り分けちゃいましょう。それが終わったら、ガンガン作っていきましょう!!腕がなるぞぉ〜♪」
リルが小さな体を、大きく使って肩を回し、やる気は十分と言ったところだ。
ゴブリンやオークが生息するのは主に、洞窟や深い森の中である。
取り回しが悪い長物では、洞窟の岩壁や、木々が邪魔になって少々戦いにくい相手なのだ。
そこでフレイムが目につけたのは、取り回しがいいショートソード。
この剣ならば、狭い空間や障害物があっても、気にせず振り回すことができる。
それにショートソードは、駆け出し冒険者でもお求めしやすい価格に設定できるし、上級冒険者なら必ず予備武器として携帯している物でもある。
その為、上級冒険者と知り合いになるためにも悪くない商品だ。
そして二人は魔鋼を、熱して薄く引き伸ばし小割りにして、剣の中心部分に使える柔軟性に特化した心鉄と、心鉄を覆う硬さに特化した皮鉄とに割り振った。
この二つを後に組み合わせることを、造り込みという。これをする事によって、曲がるが折れずよく切れる、剣が出来上がるのだ。
ちなみにこの製法は、ドワーフ王国の秘匿技術なのだが、フレイムに流出してしまった。ひいては帝国に技術が流れた事になる。そこは、リルの婚約者ということでいくつかの条件は付けられてしまったが、フレイムがゴリ押しして持ち去ってしまった。
いよいよ二人は、火床で熱された真っ赤な魔鋼を槌で鍛えていく。
フレイムが、熱された魔鋼を火鉢(大きな掴むためのハサミ)で取り押さえて、叩く箇所を探り指示を出す。合図は、小槌で叩く魔鋼の場所を二度“キンッ、キンッ”と叩くのだ。すると、大槌が一度“カンッ!”とだけ振り下ろされる。そうやって、魔鋼の塊を延棒状に伸ばしては折り曲げ重ね、鋼の層を倍々に増やして強度と粘土を付けていく。
フリードリッヒは珍しく居眠りをせず、彼らの作業を眺めていた。セバスは居眠りなどせず、そばに控えていた。何かあれば汗を拭き、飲み物を運ぶのが彼の役目だ。
「フーリドリッヒ様。」
「フリードで良い。あの小僧に苦しめられる、年長者同士のよしみでな。」
「はっ。フリード様は、お二人が鍛錬を始めるといつも起きてその様子を眺めていらっしゃいますが、何か理由があるのでしょうか?」
「ふむ、答えてやってもいいがあの二人には言うでないぞ。」
「はっ。」
「端的に言えば、退屈しのぎだ。」
「退屈しのぎ・・ですか?」
「左様、何千年も生きて居れば、新しい発見など皆無に等しい。しかし、な・・あやつらの槌が醸す音は不思議と心地良いのだ。幾万の楽士が奏でた音を知っているが、これほど魂に響く単音を儂は知らぬ。小僧の打鉄は、木琴を打っているように音が多彩だ。小娘の方はそれに合わせて、小気味良い雷鳴を轟かせておる。」
確かに、フレイムは祝福のおかげで、今扱っている素材たちは全て彼に鍛えられる事を望んでいる物たちだ。
それらを彼が槌で打つ度に、素材は歓喜に震えいい音を出している。
まるで、音の粒が、この空間をはしゃぐ様に飛び回っていた。
そしてそれを、引き締めるのがリルだ。大槌に変形した彼女の「雷鳴の槌」が、振り下ろされるたびに雷鳴が轟き、二人を緑色の閃光が劈き、稲妻が魔鋼に打ちつけられる。
「フリード様でも、聞かれたことのない、音・・ですか。」
「あぁ、いや・・。少し奴らの出していた音に似ているか・・。」
「それは、一体・・どなたなのでしょうか?」
「マクニスの小倅と小娘じゃ、あやつらと戦こうた時。まさにあのような音が、儂の鱗と奴らの槌がぶつかり合う度に、この身を打ちつけおった。・・そうか。この二人・・あやつらと、どことなく雰囲気が似ておる。」
「・・・マクニスとはもしや。あ、あの、唯一神のことでしょうか?」
「むっ?あぁ、貴様ら人間はあの阿呆を、神などと大袈裟に祀っておったな。フン!あやつが神だというならば、儂はとうに死んでおるわい。」
「・・・あぁ、はい・・。」
セバスは今後、悪戯な好奇心でフリードリッヒに質問をするのはやめようと決心した。
誰も知らない、神話級の真実が当の本人から聞けてしまったのだ。
彼は寿命が縮んだ思いをしたくは無いのだ。
これは彼に限ったことではない。
それにしても、フレイム様とリル殿・・お二人が神の息子「雷神トール」と「歌姫 セイレーン」に似ているなどと。・・いかん、いかん!お二人はお二人だ。この話は、もう忘れましょう。
そうこうしている内に、次々とショートソードが数刻のうちに、成形され出来上がっていく。
「はぁ、はぁ。・・とりあえず、今回製鉄した分は出来上がりましたかっ。」
「ふぅ、ふぅ〜!えぇ、そうね。あとは・・これを、砥ぐだけぇ〜〜セバス様、お水をくださいぃ」
背中をお互いが、付き合わせて寄り掛かり合いながら今回の成果をながめていた。
二人は、それぞれ青と黄緑の髪を汗だくにしていた。
しかし、貴族である立場を忘れるほどに、やり切ったと言う充足感で彼が満たされているのも事実だった。
二人は、小休憩のうちに宿に帰り食事を取り、水浴びもそこそこに泥のように眠った。明日からは、研ぎと販売の日々が待っている。そして運命の出会いも。