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第三話「フリードリッヒという名の、古代龍」

 フレイム達が宿屋に帰ってくると、一階のバルコニーがちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。一つのテーブルに、人だかりが出来ていて他のテーブル客も、ヤジを飛ばしている。


「一体なんの騒ぎなんだ?」


「ほっほ、若人は元気があっていいですなぁ。」


二人の存在に気づいた宿屋の恰幅のいい女将が、カウンター越しに話しかけてきた。


「ちょっと、お客さん!あの小さなお嬢ちゃん!あなたのお連れでしょう?すごいねぇ、もう五十人抜きだよ。うちはおかげさまで、大儲けだよ〜」


「あははは、嫌な予感がしますね・・セバス。」


「同感です。フレイム様」


「悪いけど回収を頼むよ。僕は先に部屋に戻って、休ませてもらうよ。報告をよろしく。」


フレイムは貴族服特有のネクタイを緩めて、自室へとつながる階段を上り始めた。


「フレイム様には、もっとこの老体を気遣っていただきたいですな。」


「ははは〜、あとで肩でも揉んであげるから〜」


 セバスがオールバックの髪をかきあげると、観念したように、人だかりの間を割っていく。テーブルには大量のジョッキと、酔い潰れた男達がいた。そしてその相手こそが、小柄なメイドのリルだった。


「もっちょ、シャケをもってこーーい!!っひく、あたしに勝とうだなんて、ック、おもいあがりがしゅギルぞ、ヒック、アダッ!」


恐ろしい速さの手刀が、リルの首筋を襲った。


「皆様、大変お騒がせいたしました。これにて失礼いたします。」


 セバスはリルを担ぎ出し、部屋に運ぶと服を脱がせベッドに寝かせた。そして、フレイムの部屋をノックし報告を済ませると自室へと戻っていった。


 翌日。バルコニーで三人揃って、朝食をとっていた。

朝食には、黒パン、干し肉のスープ、目玉焼き2個、ミルクだ。

朝の様子はフレイムと、セバスの身だしなみは整っていたが、リルの方は机に突っ伏していた。

明るい黄緑色の髪も、寝癖がひどい有様だった。


「頭イタァい、吐き気がシュゴい、消えてなくなりタァい。ねぇ、部屋に戻って今日は寝てちゃダメ?」


 リルは机上のスライムと化していた。それを横目に、貴族整然としたマナーで朝食を取るフレイムとは月とスッポンである。


「あまり、ふざけない方がいいですよ。またセバスにお仕置きされたいのですか?」


セバスの眼光が一際強くなり、狼が兎を見るが如くリルを睨みつけた。


「私は構いませんよ。リル殿に、メイド道のなんたるかをお教えし直します。」


命の危険を感じ、少女漫画級の顔面の立て直しは見事で、即座に身だしなみを整え酔い覚ましとして、ミルクの入ったジョッキをあおった。


「さ、さあ!今日も元気いっぱいに働くぞ〜!ゴキュゴキュ、おばちゃ〜んミルクおかわりぃい!」


「フレイム様、本日のご予定の方はどうお考えでしょうか?」


「リルは侯爵から賜った土地に、鍛治道具と炉を用意しておいて欲しい。」


「それなら昨日のうちに、鍛治道具は揃えておいたわよ。今日運び込むつもり、だから私は十八番の土魔法で炉作りに専念するわね。」


「仕事が早くて助かるよ。それじゃセバス、馬車を出してもらえるかな。」


「どちらにお連れしましょう?」


「少し、郊外までお願いできるかな。目立ちたく無いんだ。」


「かしこまりました。」


 いってらしゃ〜いと気の抜けた声を背に、二人は宿屋を後にした。

 西門から街を出て、しばらくはオリーブ畑が広がっており、大麦も種まきの時期に差し掛かっていた。帝都では見られなかった光景に、心を和ませること2時間、あたり一面丘陵地が広がっている郊外にやってきた。

 

 フレイムは、馬車から降りると懐から小さな角笛を取り出した。その角笛は真っ黒で、表面には金細工が施されており、蛇が尻尾を咥えている文様が刻まれていた。フレイムが、その角笛を吹くと、金色の文様が淡く光った。


“プッフォォォォオオン”


 その角笛が鳴り響くと、彼は角笛を懐にしまった。少しの時を待つと、遠くの森から鳥達が一斉に飛び立ち、森のざわめきが風に乗って伝わってくる。そして、丘陵地の草原に激しい風が吹き始め、草に荒波が巻き起こる。

 不安と恐怖と言った不吉な気配が、黒く大きな影となって彼らを覆った。フレイムが上空を見上げると、真っ黒い大きなドラゴンが、羊を咥えて旋回していた。そんな圧倒的生命体に、フレイムはお茶にでも誘うほどの気軽さで声をかけたのだ。


「やぁ、久しぶりだね。フリードリッヒ。」


 彼の挨拶に応えるように、舞い降りてくるドラゴンの迫力は凄まじい物だった。龍が着地する大地は深くえぐれ地肌が見え、大地全体が揺れる。

 翼と一体の両腕、両足で、フレイムに近づくと、目の前で羊を丸呑みにして、噛み砕き飲み込んだ。

満足そうに、口から溢れ出た羊の血を啜る音は、普通の人間もしくは下位の生物が聞けば、失禁して恐怖で足がすくみ、その場を動けず命乞いすらしかねない異音。 

 

 食事が終わると、背の低い人間を覗き込むように、その人の大きさ程ある顔を近づけた。鼻息が、フレイムの青髪を靡かせる。


「貴様、儂の名を呼び捨てるなど、生意気にも程がある。様をつけぬか、様を。フリードリッヒ様、とな。」


「僕と君の中じゃないか。僕たちは友達だろ?」


「あまり、調子に乗るなよフレイム。どうやら最近、儂は優しすぎたみたいだな。儂の気が変われば、貴様など“あっ”と言う間に消し炭にしてやれる。」


 龍が唸ると、真っ黒な鋼鉄の龍鱗で覆われた腹回りと、喉の隙間から真っ赤な熱源が顔を覗かせた。

鱗の漆黒さも相待って龍は、赤黒く発光していた。

その熱さは漏れ出て、チリチリと空気を焦がした。


「ふふっ、そんなことを言う割には、君から貰った角笛を吹けば、必ず駆けつけてくれるじゃないか。」


「仕方あるまい。儂と貴様の間には血の契約が、あるのだから。儂ら龍は、決して血の契約は違えぬのよ。」


「そうだね、それじゃあもちろん、さっき食べていた羊も、野生の羊さん、だよね?」


「ん?」(ギクッ)


先程までの圧倒的な龍の存在感は鳴りを潜め、悪戯がバレた童のような態度を取り始めた。


「忘れたの?契約の一部には。人の家畜には手を出さないとあったはずなんだけど。」


「ん、あ!あぁ、もちろん覚えておるぞ!そ、その通り。あれは、や、野生の羊だ。間違いない!」


こいつ、また群れからはぐれた羊をつまみ食いしてきたな?


「そう〜なら良いんだよ?でも、もし後で羊がドラゴンに攫われた〜なんて話を街で聞いたら。お仕置きだから、ね?」


「う、うむ。分かっておるわい。」


先程までの、ドラゴンの威厳は失われ、借りてきた猫のように大人しくなった。

心なしか大量の冷や汗をかいているような気がする。


「それじゃあ行こうか。」


フレイムがそう言うと、ドラゴンは腰を低くし彼の方に体を傾けた。

それに従うように、フレイムは慣れた手つきで、岩肌の様な龍皮を頼りにドラゴンの背中をよじ登った。


「セバス、僕はちょっと用事があるから、ここでお茶でも飲んで待ってて、夕方までには戻るから〜」


「かしこまりました。お気をつけて、いってらっしゃいませ!」


見送りの挨拶もそこそこに、フリードリッヒは大きく翼を広げて、力強く空に昇っていく。

あっという間に、セバスの影は豆粒のようになり北に向かって大空を飛翔した。

丘陵地帯を抜けると、深い森が眼下に広がり更に進むと、雲を突き抜けるほどの高い山脈が姿を現した。その麓へ、彼らは吸い込まれていった。


「ここが、君の寝床かい?」


「貴様に言われた通りの場所であろう?」


「うん、そうだね。しっかり鉄鉱石が魔化しているよ。ありがとう、フリードリッヒ様。」


彼らは、麓の岩石がむき出しになっている洞穴の中に居た。

そこは陽の光も届かないのだが、周りにある鉄鉱石が青く発光していた。


「フン、都合のいい時だけ様をつけるでない。本来は、儂のような高貴な龍が生活する場では無いのだ。そこのところ、忘れるでないぞ?」


龍はここぞとばかりに、恩を売るようだ。


「わかっているよ、必ず食べきれないほど脂のノった羊を用意するから。」


「わかっているなら、良い。」


この世界上で体内魔力の保持量が龍に勝る、生物は存在しない。

彼らは、ありとあらゆる生物の食物連鎖の頂点に位置していた。

そんな彼らは、何千年の時を生きており、フリードリッヒに至っては七千年以上を生きており、本人も正確な自分の歳は把握していない。

これでも、若い方だとフレイムには語っていた。

 

 そんな龍が、長い刻をその場で過ごすと、周りの物質は龍の体から漏れ出る高密度の魔力に晒される。その結果、ほとんどの物質が魔化されてしまう。魔化とは、物質が魔力によって様々なバフ効果を受けることをいう。

負の魔力に晒された場合は、その限りではない。

 

 例えば、鉄鉱石が魔力に長年晒されれば魔鉱石の一種となり、精錬した際に、魔鉄を抽出することができる。これは、純粋な鋼より数倍の硬度を誇り、職人次第では粘度も上昇して魔剣を鍛えることが出来る。


フレイムが、ホーネット侯爵に見せた剣は魔化したこの鉄鉱石を使った、魔剣である。


「しかし、そのような石っころを何に使うのだ?」


「忘れたのかい?僕の“祝福”は清廉の槌だ。鍛治師がやることは一つでしょ?」


「鍛治師が何をするのか知らんが、まぁ何でもいい、儂は羊をたらふく食えればそれで良い。」


「はいはい。それじゃ僕は少し作業するから、寝てていいよ」


「クワァ〜、言われんでもそうするわい。昼寝の途中に呼び出されたから、儂は眠いんじゃ。」


なんだかんだ言って、お爺ちゃんだよな〜とフレイムはほっこりしていた。


 フレイムと、フリードリッヒの出会いは5年前のドワーフ王国だった。

“清廉の槌”を授かり、皇太子の庇護の元、ボロキアの代官を目指すことになったフレイムは、文官として必要な知識を学ぶため貴族院(年齢制限のない大学)に入院した。

元々学力の高い名家の出身であるフレイムは、中々の成績を収めて飛び級で卒業した。

この時、フレイムは9歳である。

 

あらかたのことを覚えた彼は、自分の才能を何かに使えないかとドーワフ王国へ、鍛治留学する。

そこで、弟子入りした親方の孫娘がメイドのリルだ。

リルは、メイドということになっているが、腕利きの鍛治師だ。

彼女はドワーフたちの間でも天才と言われるほどの鍛治師で、フレイムが連れていくと言ったときには、ドワーフ王までもが介入する駆け落ち騒動に発展した。

 

それはさておき、当時ドワーフ王国は、一頭の怒りし古代龍に悩まされていた。

ドワーフ王国の歴史は龍との戦いと言ってもいい。

なぜなら、龍は金に目がないのだ。

悠久の刻を生きる彼らにとって楽しみは、蹂躙と羊、そして金銀財宝である。そしてドワーフもまた、金銀財宝を愛していた。

彼らは必ず、巨大な鉱脈が存在する山々に根を下ろし、日中夜を問わずに坑道にて採石した。

それらは、彼らの剛腕と見た目によらぬ繊細さで、かも美しい財宝へと変貌を遂げてきた。

 

それらの品々は、世界中で高値で取引されてきたのである。

彼らにものづくりで右に出るものは、世界のどこを探してもいない(一点ものに限っては、エルフも負けずとも劣らない)。

そんな最高級の財宝を、最強の種族が見逃すはずもないのだ。

ドワーフは強大な対龍種兵器を何千年の時を掛けて造ってきた。

 

その為、若造の龍もしくは下位の竜(ワイバーン等)などは撃退できるのだが、古代種は別である。

彼らは、格が違うのだ。

古代種一頭を相手取るだけで、ドワーフ王国の存続を賭けた総力戦になってしまうほどである。

 

しかも、この怒り狂った龍は自我を失い交渉もできず、ただ暴れ回っていた。

そのせいで、兵器があるところまで誘導も出来ずに、途方に暮れてしまっていた。

ついには、開国以来他国を頼ってこなかったドワーフ王国が、他国への援軍要請まで考えるようになった時。

怒り狂った龍が、現れなくなったのだ。

驚きはそれだけにとどまらず、その龍を引き連れて一人の少年が現れた。


 それが、フレイムとフリードリッヒだったのだ。

この国の危機を救ったフレイムは、褒美としてリルを正式に婚約者として引き抜きに成功した。

婚約というのが条件だったのは、ドワーフ王の打算的な都合だった。


それ以来、フリードリッヒとフレイムはご存知のような関係を築いている。

フレイムがどうやって、フリードリッヒの怒りを鎮めたのかは謎のままではあった。


「よし、フリード起きて!僕とこれを運んでもらうよ。」


「グゥゥゥゥzzzZZZZ。」


「起きてよ!おーい!!・・もう、仕方ないか。・・あーーー!!こんな所に、まるまる太った羊の群れがいるゾォおお!!」


「な、何だと!!ど、どこじゃ儂の羊はどこにいるのじゃ!!!・・・むっ」


「おはよう。さぁ、また飛んでくれる?」


「き、貴様・・。謀ったな?」


 先ほどと同様に、セバスがいる所までフリードリッヒが飛んでいく。違いがあるとすれば、鉄製のカゴに魔鉱石が積まれているくらいである。


「貴様というやつは、高貴な私を運搬に使うとは契約さえなければ、消し炭にしてやる所だ。」


「はいはい、いつもどーもね。」


 セバスが、見えてきた。どうやら、草原にシートを引いてランチバスケットと、紅茶を楽しんでいたようだ。太陽はそろそろ山に沈もうとしている。


「おかえりなさいませ、フレイム様、フリードリッヒ様」


「ただいま、セバス。待たせて悪かったね。」


「いえ、久しぶりにゆっくり出来ました。」


「そっか、ならよかった。それじゃあ、帰ろっか。フリード、悪いけどいつもみたいに小さくなってくれる?」


「フゥ、仕方あるまい。」


フリードリッヒはみるみる小さくなり、何とも可愛らしい黒猫になってしまった。


「ふふっ、いつ見ても黒猫リッヒは可愛いね。でも、何で黒猫なの?」


「貴様、今更それを聞くのか?まぁ良い、昔の連れ合いが美しい黒猫だったのだ。」


「へぇ、未練たらたらだね。」


「馬鹿を言うな、先に死んだのだ。儂は看取ったのよ。」


「ありゃ、それはごめんなさい。僕の思慮が足りなかったや。」


「良い、人間が浅慮なのは、遥か昔から変わっておらんからな。」


「あはは、そうかい。よし、行こっかセバス。」


「はい、フレイム様」


 鉄鉱石を馬車に積み、侯爵領に戻っていった。


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