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第二話「北方領主」

−−帝国暦310年2月1日

第一皇子宮門前では、赤髪の青年と青髪の青年が、白い吐息を交え談笑していた。その側には4頭引きの馬車が一台止まっている。


「あれからもう10年も経ったのだな、フレイム。」


「えぇ、そうですね。君に借りを返す時が来たみたいです。」


「ふふっ、期待しているぞ。お前には、またこの帝都に凱旋してきて俺を支えて貰わねばならない。」


「もちろんです、ジル。借りは返しますよ。必ずや、辺境を開拓して功績を挙げて帰ってきます。そして貴方のそばで、共に帝国を大きくしましょう。」


「・・本当に頼もしくなったものだな。あの時は、ピーピー泣いていたくせに。」


「な!!それは言わない約束でしょうッ///」


「ぷっ、ははははっ。悪い悪い、もうこの先こうやって軽口も、叩けなくなるかと思うと寂しくてな。」


「な、なんですか。人の門出に縁起が悪いですよ。まったくもう、これで失礼いたします殿下!」


「あぁ、達者でな。それとリル、フレイムを頼んだ。こいつは泣き虫だが、いい奴だ。見捨てないでやってくれ。」


そう言ったのは、フレイムの後ろに控える緑色の髪と瞳がチャーミングなメイド服を着た小さな少女だった。


「任せてよ!ドワーフは、死んでも仲間を見捨てたりしないんだからっ!!」


「あぁ、わかっている。それと、道中に護衛をつけてやれなくて本当に..」


「あぁ!それはいいんです、本当に馬車を頂けただけで十分ですから。」


「だがな、開拓資金だって碌に、」


フレイムは見かねて、アージハルトの下がった肩を両手で起こして顔を覗き込んだ。


「そのような顔で見送られては、私が笑えません。ですから、いつもの強気な顔と口調で見送ってはくれませんか?殿下は、できる限りのことをしてくださいました。今度は私の番です。必ずや私が、あなたの背中を守れるだけの貴族になりますから。」


「フレイム...」


先程までの砕けた、雰囲気を引き締めるようにフレイムは、跪き臣下の礼をとった。それに続いて、後ろの従者も習う。


「愚臣フレイム、これよりアージハルト殿下の代官としてボロキアの地へと赴任いたします。必ずや、ご期待に応えてみせます!!」


「・・っ!!ロックウェル卿にマクニスの加護が在らんことを。」


「殿下もどうか、お元気で。」


こうしてフレイムらは、帝国帝都を後にして、俺たちは帝国最北の地ボロキアへと向かった。馬車の中で、小さなドワーフ、リルはぼやいていた。体は小さいがこう見えて、14歳である。


「フレイムは、あぁ言ったけど実際、魔物がうじゃうじゃいる大森林を開拓しなきゃいけないのに、人員は私と爺さん一人だし、開拓資金これっぽっちじゃ路銀にしかなら無いじゃない!!」


「仕方がないじゃないですか、ジルはもう皇太子では無いのですから。やれることは限られているのです。」


馬車の御者である、紳士服を着た壮年のお爺さんも会話に参加してきた。


「そうですぞリル殿、もう船は出てしまったのです。ぼやいていても一文の得にもなりませんぞ。」


「そんなことはー!私だって、わかっているわよぉ〜でもねぇ〜、これがぼやかずに居られないのよぉ〜〜!」


「どうか、安心してください。金策については、策を用意しておりますので。」


「本当に!?さすが未来の宰相様ね。期待しておくわ♪」


「流石でございます、フレイム様。この爺はわかっておりましたぞ。これで大船に乗ったつもりで馬車を走らせれますぞ。今ならこの久しく上がらなくなった肩も上がる気が、うぎゃあ!!」


「あ、あのセバスも、もう歳なんだ。あまり、無理をしないでください。」


「ぷっ、あははははっ!」


「わっははははっ!」


「ふふっ、あなた達といると退屈しないですよね。本当に心強いよ。」


 一行は3ヶ月の刻をかけて、ボロキアの地の一歩手前にあるホーネット侯爵領へ立ち寄った。

侯爵領は、広大な丘陵地が広がっており、その中に石造の城壁で街を囲った城郭都市が存在する。

ここより更に北へ馬車で10日行った先に、ボロキアの森が広がっている。

 今は春の芽吹きが、あちらこちらで見られ農繁期になっている。そのため街には活気があふれており、都市の人口は、約2万人ほどで立派な都会といった感じだ。


「う〜ん、流石に疲れたわね。これでしばらく馬車ともお別れね。」


「な、なんで君はそんなに元気なんだい?僕はもう、しばらく馬車には乗りたくないよ。お、お尻がもう」


「フレイム様、情けないですぞ。勝負はこれからというときに、そのような弱音を吐くなどと。」


「じ、爺まで、ひどい。」


「さーて、貧弱士爵様は放っておいて私は、この街を散策してくるわ。最近のボロキアの森についても情報を集めてくるわ!それじゃあね!」


「気をつけるのですぞ〜〜!!さて、私達も行きますぞ。」


「う、うん。そうだね。まずは侯爵様にご挨拶しなきゃ。」


と、そこへ侯爵家の紋章が入った立派な馬車がやってきた。中から、身なりの整った壮年の男性が降りてきた。


「御迎えに上がりました、ロックウェル士爵。ホーネット閣下が、お会いになるそうです。どうぞ馬車へ。」


「馬車の方は、私が面倒を見ておきますので行ってらっしゃいませ。」


「あ、ははは、はは。そうなるよね。」



ホーネット侯爵邸は、これぞ貴族の中の貴族といった屋敷で、迷子になってしまいそうなほどの広さを誇っていた。そこの応接室に案内され、紅茶を淹れてもらった。長旅でこのようなひと時を得られなかったフレイムにとっては、骨身に染みるもてなしだった。

 

そこへ、ホーネット侯爵が入って来た。慌てて、立ち上がりフレイムは、胸に手を当てて貴族同士の挨拶をした。


「お初にお目にかかります、ホーネット侯爵閣下。早速このような、もてなしをしていただき、感謝の念に堪えません。」


ホーネット侯爵は、大柄な壮年の男性だ。

真っ黒な黒髪には、白髪がチラホラと混じっている。茶色を基調とした貴族衣を纏っていた。

見るからに、文人の人では無い。しかし、どこか親しみ深い穏やかさを漂わせていた。


「ほっほっほっほ、あのボードウェルの小倅もこれほど大きくなったか。」


「・・・。」


「む、覚えておらんか。貴様とは、二度程会っているのだが、まぁ覚えてないのも無理はない。その頃は、貴様がわしの腰ほどの背丈しかなかったからな。まぁ立ち話もなんだ、奥の部屋で飯の準備をさせてある。腹が減っておるだろう?」


「え、えぇ、実はもうぺこぺこでして。お言葉に甘えて、御相伴に預かります。」


侯爵の砕けた態度に、フレイムも牙を抜かれてしまったようだった。


 食卓には、丸々と太った鶏の丸焼きが置かれ、腹の中には野菜が刻まれたものがゴロゴロと入っていた。スープはとうもろこしペーストに、少し硬めのパン、赤ワインが並んだ。


「私と閣下が、お会いしていたとは驚きです。」


「うむ、一度目は貴様が生まれた時、貴様の親父が、嬉々としてわしを家に招いて自慢してきおった。」


「まさか、父が、そのようなことをしていたとは知りませんでした。」


「ふん、あの痴れ者。己の息子を、己が野望のため捨てるとはな。あやつとは、二度目貴様を見かけた10年前に縁を切った!魔導の者の中では、骨のあるやつだと思っていたが飛んだ軟弱者よ。安心せい、お主はわしが面倒を見る。この先はどのように考えておるのだ?」


侯爵は、魔導士に対する偏見が薄い方なのだな・・。


「皇帝陛下の勅命に従い、ボロキアの地を開拓いたします。さすれば、陛下も帝国の益々の繁栄ぶりにご安心くださると考えております。」


 ガンッ!という音が、響き渡った。侯爵が、食卓にフォークを突き刺したのだ。そして強烈な殺気を、フレイムに叩きつけた。後ろで侍るメイドたちが恐ろしさの余りに、抱えていたデキャンターを手放してしまった。デキャンタはー大きな音を立てて割れ、中身のワインが床に広がった。


「貴様、この儂を謀る気ではあるまいな?」


フレイムはほんの少し眉を顰める。


「まさか、閣下を謀るなど、私にはそのような度胸も力もございません。」


「ほ〜、なら貴様が度胸と力をつける日を楽しみに待つとしよう。最後にもう一度問おう。貴様は、この先どう生きていくつもりだ?」


「閣下の前で、建前は必要ないご様子ですね。わかりました、包み隠さず申しましょう。私は−−」




■■■


 会食を終えたフレイムが、侯爵邸を出るとセバスが表に馬車を回して待っていた。


「おかえりなさいませ、フレイム様。会談はつつがなく、済んだご様子ですね。」


「わかりますか?」


「はい、長年フレイム様の側で仕えて来ましたので。」


「そうか、さすがですね。ふぅ、出してください。これから忙しくなります。」


「はっ。」


 パシン!と手綱を引き、セバスは馬車を出した。その様子を、覗いている者がいた。ホーネット侯爵である。側には、フレイムを出迎えた執事が侍っていた。


「随分と、ご機嫌がいいようですね閣下。」


「ほっほっほっ貴様に、隠し事はできぬな。」


「私でなくともわかりますよ。そのように、ギラギラとした目をされては。」


「そうか、そのような目をしているか。いや、何。嬉しくてな。まだ帝国にあのような、気骨あふれる若者がいるとは思わなんだ。最近の帝国貴族ときたら、すっかり戦が遠のき中央の連中に媚を売る有様だ。帝国貴族とは、戦で勲を立てるものだ。」


「彼の若人は、見込みがあると?」


「まだわからん、ただ・・。面白いと思ってな。」


侯爵は先程の、フレイムを思い出していた。


「−−アージハルト第一皇子を皇帝にしたいのです。そのためには、私が必ず必要なのです。」


「それは思い上がりも、いいところではないか?一介の鍛治師に何ができる?」


「よく切れる剣は、何も自ら振るわずとも良いのですよ、閣下。」


「というと?」


「私は陛下のために、世界をねじ伏せるだけの剣を鍛えます。」


「世界をねじ伏せるだと?」


「はい、その一端をお見せしましょう。」


 フレイムは、腰に佩いている剣を持ちゆっくり引き抜いた。その際、透明感あふれる金属音が鳴り響いた。その際、侯爵の周りがざわめいたが、それを侯爵は手で制した。


「どうぞご覧ください。閣下であれば、この剣が普通では無いことがわかりましょう。」


フレイムから、剣を手渡されると掲げながら刀身を見つめ、一閃した。侯爵の聴き迫る素振りは、晩餐の間を揺らした。


「これはッ、我が剣をここに!」


 執事が、部屋を出て戻ってくると侯爵の剣を持ってきた。それを侯爵は、引き抜き水平に構えさせると、フレイムの剣で斬りつけた。キンッ!という音ともに見事に、侯爵の剣は真二つとなった。


「ほっほっほっ!これはすごいな、我が剣は皇帝より賜った逸品。鋼がふんだんに使われ帝国鍛治師の技術の結晶だというのに、まるで屑鉄を切るように切りよった。まさか、この剣は貴様が鍛えたのか?」


「ご明察通りでございます。閣下、仮に私がその剣を量産可能だと、と言ったらどうなさいますか?」


侯爵は厳しい面持ちで、フレイムを見定めるかのように睨めつけた。少しの逡巡を経て・・。


「ほっ!ほっ!ほっ!これは参った。貴様がそんな隠し玉を、持っていたとはな!いや、恐れ入ったわい!貴様の腹の中、しかと見せてもらった。次代の皇帝に幾千の剣が献上されるというのなら、我が侯爵家は、士爵家に対し歓迎の意を示そう。」


「恐れ入ります。閣下、それではお願いしたきことが一つ。」


「申してみよ。」


「半年ほど、この街で鍛治師として働かせていただきたい。」


「ほう、よかろう。すぐに、炉を用意させよう。」


「いえ、用意していただくのは店と金だけでかまいませぬ。」


「良いのか?炉を一から造るとなると、容易ではないぞ?」


「私には、腕利きの助手がおりますのでご心配要りません。」


「相分かった。帰りに、書類と金を用意させよう。」


「有り難き幸せ。」


 侯爵の手には、フレイムの剣があった。侯爵の剣をダメにしたお詫びという形で、フレイムが譲っていったものだ。彼の剣はこれより、この町で大きな評判を呼ぶことになる。


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