魔法具、壊しました。
初めまして、プニ子と申します。
「お師匠様、助けてください!!」
「おや、誰かと思えば小さい時から世話をさせられて、やっと成人したと思ったら仕事にも就かず、魔法使いの弟子見習い(仮)と呼びたくなる、むしろこっちの仕事の邪魔をすることが仕事なじゃないかと思うような日々を送った挙句人の完成間近の新開発魔法具を壊して出ていった、どう考えても接客業が天職のミサキさんじゃないですか。何か御用ですか?」
お帰りはあちら、とでも言うようにドアが自然に開くが、ミサキはもちろん無視だ無視。
どうせお師匠様には好かれていないのだし、今更である。
一週間前に出ていったのに、家は相変わらず綺麗だし(というか散らかすミサキがいないからますます綺麗かも)、お師匠様は優雅にブランチ中だった。しかもミサキが作るご飯よりもよほど食欲をそそる出来栄えだ。
この、独身貴族め!!そんなんだから嫁が来ないんだ!!
お師匠様は、ミサキの面倒を見たくも無かったし、成人したら出て行って欲しかったし、弟子など取りたくもなかった。そんなのミサキはわかっている。
わかっていて、押し切ったのだ。というか、無視し続けたのだ。
だって小さい時はお師匠様がいないと生きていけなかっただろうし、今だって本当は、1人で生きるのは怖い。
お師匠様はミサキを好きではないが、嫌ってもいなかった。
嫌われるほどの関心を持たれていないと言う方が正しいだろう。
無駄に口が回るお師匠様だけれど、お師匠様の方からにミサキに話しかけることはほとんどない。
ただ、ミサキはお喋りのタチなので、二人の会話が少ないというわけでもない。
同じ部屋に居れば何かと賑やかな二人ではある。
「このままじゃわたし、結婚させられちゃいます!!」
「それはおめでとう。ご祝儀は出さないけど幸せに。決して出戻ってくるんじゃありませんよ。」
「ひどい!!事情も聞かないで!」
「興味ありませんから。」
「知ってたけどひどい!」
予想していたけど、やっぱり切ない!
この間完成間近の新発明魔法具壊したから、取り付く島もない!!
だけどあれは、ミサキとしては受け入れられなかったのだ。
「お師匠様がいけないんですよ!お師匠様が急に変な親心出すから!だから、わたしなんかに結婚の話が来るんです!!」
「親心?なんです気色悪い。無いものは絞っても出てきませんよ。」
「うるさいな、わかってますよ、体のいい厄介払いだって!!」
言うだけならいいじゃないか。
お師匠様が、結構有名な魔法使いらしいお師匠様が、御領主様にわたしの嫁ぎ先を用意したら、例の新開発魔法具を特許付きであげるなんて約束するから!!!!
だから、わたしなんかに結婚相手候補が殺到するんだ!!!!
ご祝儀無しなんて言っておいて、大したご祝儀だ!
「ちなみに嫁ぎ先なんて要求していませんよ。そろそろ独り立ちする頃だと言ったんです。結婚するでも働くでも良し。ミサキさんの保証人になってくれる方が見つかったら、という意味です。それに、魔法具は誰かさんに壊されたのであげられません。よってご祝儀は無しで正解です。」
「心読まないでください!」
「読めるわけないでしょう。顔に全て書いてあります。あと、「わたしなんか」などと言う発言は控えるように。ダメ人間にでもなったらどうするんです。」
「読んでるじゃないですか絶対!!!」
お師匠様はわたしがわたしを卑下することをとても嫌がる。でも、わたしにはモラハラだ。
なんだこれ?ジャイアンか?(違)
「魔法具は壊れましたって言ったのに、全然聞いてくれないし!」
「壊れました?壊しましたの間違いでしょう。
しかし、と言うことは、魔法具目当てではないのでは?」
「そんなの、お師匠様がわたしを可愛がっていると勘違いして、わたしを娶っておけば後々得すると思っているんでしょうが!」
お師匠様は、自分の価値に疎い。
どれだけの人がお師匠様とお近づきになりたいと思っているか、きっと興味もない。
だから今回のことだって、魔法具をあげてそれきりってことだってわかってるのは、きっとわたしだけ。
特許だってくれちゃうんだって。
くれて、それきり。
つまり、全くこれから関わる気がないってことだ。
わたしだって、ずっとこのままじゃダメなことくらいわかってる。
わたしがいるせいで、お師匠様に迷惑かけていることだって、本当はわかってる。
もう、何度、「まだ出て行かないのか」と言われたかも覚えていない。と言うか、お師匠様が自分からわたしに話しかけるとしたらこの質問しかない。
・・・お師匠様が結婚しないのも、もしかしたらわたしのせいかもって・・本当は結構前から気づいてた。
いくら全く興味を持たれてないとは言え、一応わたしは性別女。
2年前には成人して、結婚もできる歳になってしまった。
でも、まだここにいる。
そりゃ、お師匠様との仲を誤解されている可能性もあるなって、実はちょっと思ってた。
だから本当は早く出て行かなきゃって思ってたけど、でも、出て行ったら最後、お師匠様は絶対わたしを忘れる。もう全く関係なくなっちゃう。
もしかしたら突然引っ越して、それっきりなんて可能性もたくさんたくさんある。
わたしはそれが怖くて、どうしても出て行けなかった。
清々したと思われることは耐えられても、もう二度と会う価値もないと突きつけられるのは辛い。
わたしが働きに出てしまったら、そしてやっていけると思ったら、お師匠様はこれ幸いとばかりにわたしを追い出す。そんなのわかりきってたから、ずるずるずるずる、ここまで来てしまった。
でも。
もともとお師匠様の厚意で置いてもらっていた居候だ。(居座ったともいう)
お師匠様が新開発魔法具の価値を捨ててでも(特許を含めればそれはそれは膨大な財産だろう)わたしに出ていって欲しいのならば、わたしにできることは一つしかない。
そんなことは、本当はわかっている。
お師匠様の家を飛び出してから一週間弱。
友達のエミリーの家に居候(わたし、居候しかしないのか?)しながら、住み込みの仕事をぼちぼち探していた。
お師匠様によく「君は魔法使いの弟子なんてやっていないで、接客業でもやりなさい。」と外で働け圧力を受けていたけれど、接客業はきっと好きだ。人が好きだし、まぁ、結構大雑把で不器用だから物作りとかは向かないし。
でも住み込みとなると、雇う側もだけれどこっちも条件が上がる。
ため息を付かない日はなかった。
その間毎日ちゃんとお師匠様が消えてないか確認しに内緒で家に帰ってた。
出て行ったのだって、魔法具を壊されたお師匠様が精神的に回復するまでしばらくはかかるから、その間は出ていかないと踏んでのことだったけど。
そしたらやってきた突然のモテ期。
ただの顔見知りの男性から、三人も立て続けに告白されたのだ。
「前から可愛いなと思ってて・・」
だのなんだの、知るか!!
「もう魔法具は壊れましたから、特許の話は無しですよ!」
残念でした、なんて言ってやるものか。
当てが外れたのか驚いた顔をした三人目の男性を置いて、ミサキはお師匠様の家に突撃するいい理由を見つけてしまったと密かにほくそ笑んだが、その笑みは御領主様のお使いからの呼び出しで消えた。
そして勧められたたのだ。
御領主様の御次男との結婚話を。
御領主様よ、お前もか!
というか、気持ちはわかる!
御次男は後を継ぐわけでもなく自分で生きていく必要があるからね!
そりゃ、財産欲しいよね!
もうちょっと本音隠して欲しいけどね!
御次男も顔を少し赤くして、前から君のこと〜風に装わなくていいから!
もういっそのことそこは潔く自らの欲望に正直に!
わたし、もうお師匠様から実情聞いてますから!
そう。お師匠様に限って、相手のことを思って何かを隠すなんてありえない。
例の魔法具が完成する間近にお師匠様が言ったのだ。珍しくご機嫌に。
「お師匠様、新しい魔法具の方はどうですか?」
「もうすぐ完成しますよ。自分で言うのもなんですが、100年に一度の出来ですね。君の結婚ももうすぐですね。」
結婚?
目をパチクリさせたわたしにお師匠様はのたまった。
「おや、言ってなかったですか?御領主のところの息子と君の結婚話。
これが完成したら、話が進むでしょう。」
もう何が何だかわからなくって、わたしはびっくりして問い詰めた。
「何言ってんですか?結婚なんてしませんよ。御領主様が、わたしみたいな出来損ないの孤児を受け入れるわけないじゃないですか。」
「君のその自分に対する暴力は何なんですか?大変不快です。二度と自分をそのように表現しないように。
大体御領主側に何の不満があると言うのですか。この魔法具の全ての権利を渡すんですよ、特許も含めて。」
「はあああ?わたしを売ったんですか?」
「何を言っているんですか?私が何を得るんですか。」
「自由を得るじゃないですかあああああああ!!!!!」
何言ってんだこいつ!!!
と思ったかは覚えていないが、とりあえずその魔法具を壊して、設計図もビリビリに破ってやった。
お師匠様は感覚型で、魔法具の発明もインスピレーションに寄るところが大きいので設計図を破ったら、もう一度同じ設計をするのは大変なのだ。
だから魔法具を設計したらすぐに特許を取り、きちんとした機関に保存する。
それがわたしの一番の・・というか、唯一かもしれない仕事だった。
その時ばかりはいつもわたしを基本放置のお師匠様も、魔法具についてきちんと説明して、収入の受け取り方も確認してきた。
だからわたしは、お師匠様が魔法具を作るのが好きだった。
設計図を破いた時のお師匠様の顔は忘れられない。
いつも飄々としているくせに、ポカーンとしていた。
その後は勢いに任せて家を飛び出して、エミリーを頼った。
迎えに来てくれるなんてもちろん思っていない。
ただ、毎日、お師匠様がいなくなっていたらどうしようと怖かった。
「御領主様、お師匠様が何を言ったのかは大体聞いています。
けれど、お約束しただろう魔法具と設計図は不慮の事故で壊れてしまったんです。
なので、わたしではお役に立てません。」
きちんと説明したつもりだったのに、御領主様も御次男もそんなことは気にせずまずは婚約からとグイグイくる。いや、だからもうすでにわたしを追い出すことに成功した(勝手に飛び出したんだけど)お師匠様が、わざわざ次の魔法具をわたしのために手放すはずがないんだけど。
とりあえずお師匠様と相談します、とお屋敷を辞し、お師匠様の家に帰ってきたのだ。
帰って・・で、いいんだよね?まだ・・・。
「君と結婚することで私との繋がりが?何で、君の結婚する相手と私に関係があるんですか。」
ぎゃふん。
わかってた。わかってました。わかってましたとも!!!!!
「なんっにも!ありません。わかってます。わかってますよ、わたしはね!
でも、世間はそう見ないんですよ!お師匠様は弟子であるわたしを可愛がっていると見るんです!」
「可愛がっていることと、君の相手と関係あることに、どんな繋がりがあるんですか?」
「何寝ぼけたこと言ってるんですか!可愛がってたら、これから先も便宜を図るとか、それこそ何か美味しいことがあると期待するじゃないですか!」
「何故?私が可愛がっているのはミサキさんであって、ミサキさんの相手ではないでしょう。」
いや、可愛がってないじゃないか!
てゆーか、誰かこの唐変木に説明してあげて!
心底わかりません、という顔で説明を求められても、常識が違いすぎてよくわからない!だから天才肌っていや!
「わたしを可愛がっているってことは、わたしの相手も大切にしてくれると思うじゃないですか!」
お師匠様が眉を顰める。
「何故?君を私から奪っていく相手なのに?」
息が止まるかと思った。
何を。
何を言っているのか。
「何故私がそんな男と付き合う必要が?私は君に、新開発の魔法具をあげると言いました。
それがあれば、きっと君は数十年は困らないでしょう。」
「え?魔法具は、わたしの相手にあげるんですよね?」
「だから何故、私が君の相手に何かをする必要があるんですか」
「だって、お師匠様はだって・・、わたしに出て行って欲しかったんですよね?だから、御領主様にわたしの嫁ぎ先を探すように頼んだんですよね?」
「ミサキさんの言うことは全くわかりませんね。私が君に出て行けと言ったことがありましたか?
御領主には何も頼んでいませんよ。なぜだか君の独立の話になった時に、御領主の息子が君と結婚したいと言うから、まあきっとそれよりいい縁もこの田舎にはないでしょうし、それならばと魔法具の開発を急いだんですよ。何もないに限りますが、やはり何があっても1人で生きていける金は必要です。」
君にしてあげられることは、きっともう無いだろうから。
「だって、だってだって、いつもいつもお師匠様はわたしを邪魔にしてたじゃないですか。
「君はまだここにいるつもりですか?」って何度も聞いてきたじゃないですか。」
わたしは、だから、本当は早く出なくちゃいけないのに、でも、何も気づかないふりして。
「まだいます。まだまだいます、まだまだまだ!」
とか言い返していた。
最近はあまりにも気まずいから徹底的に無視して答えなかった。
「ええ。いつ出ていくんだろうと思っていたもので。
急に出ていかれたら私もショックですからね。心の準備は必要です。
・・・何故泣くのですか?
最近は答えに窮するようでしたので、そろそろ出ていくのかと思っていました。
それが働くのであれ、結婚であれ、私が君にできることは経済的援助だけでしょう。
それなのに君は折角の魔法具を壊すは設計図も破くは。
怒っているんですよ私は。」
お師匠様が、涙を拭ってくれた。
「わたし、ここにいてもいいんですか・・?」
「ここを出たいのは君でしょう?御領主の息子との結婚の何が嫌なのですか?
後継ではないが、君を好いている。それに、君にはきちんと一つ魔法具を託しますから、心配しなくていいですよ。」
「お師匠様は、頭のいいバカだと思います。」
「相変わらず君は訳がわかりませんね。答えになっていませんよ」
「出戻るな、って言ったじゃないですか」
「逆に聞きますが、何故私が君の不幸を望むと思うんですか?」
・・お師匠様はズルい。
人の気持ちなんて知らないでいて、でもそうやってわたしの心のどこか大切なところを鷲掴みする。
多分お師匠様は、わたしを猫かなんかだと思っていて、いなくなったら寂しいと思ってる。
でも・・いなくなったら寂しいと思ってくれてるなんて、思わなかった。
涙が止まらない。
「わたしがここにいたら、お師匠様ますます結婚できませんよ。」
「だから何故、君がここにいることと私の結婚が関係あるんですか。」
ほらね。やっぱりわたしのポジションは猫かなんかだ。
「お師匠様が居てもいいと思ってくれてる限りは、出ていきたくありません。
わたしは、ここに居たいです。
でも、ここにいてもやることがあまりないですし、外で働きたいと思います。」
お師匠様は目を見開いてわたしを見た。
「ミサキさんは、ここに居たいんですか?」
「はい。」
「何故?」
「お師匠様、「何故」ばっかり。
・・ここの居心地がいいからです。」
猫だからね。家に付くの。なんてね。
後悔するかな。
だって、やっぱり結婚するなら早い方がいいって言うし、このままお師匠様のお家にいたら、いつか後悔する日も来るのかな。
早く諦めておけばよかった、って。
でも。
お師匠様は、居ていいって思ってくれてる。
夢にも見なかったことが起こってる。
もしかしたら、もしかすることもあるかもしれない。
その可能性に、ドキドキが止まらない。
「わたしが出ていく時は、新しい魔法具特許付きでもらっちゃいますからね。」
「完成間近の魔法具を壊されたばかりで傷心ですので、しばらく魔法具は作らない予定ですけどね。」
オマケ
「ちなみにですが、お師匠様はおいくつですか?」
「なんですか突然?君よりもだいぶ上ですよ。」
「20以上上ですか?」
「は?10も上じゃありませんけど?」
「えええええええ?お師匠様実は若いんですか?」
「・・ミサキさんが私のことを何だと思っているかよくわかりました。
どうりで親心なんて言葉が出てくるはずですね。」
お師匠様はしばらくお部屋に篭っていらっしゃいましたとさ。
勢いだけで書きました。
でも楽しかったです。容姿の描写はありません。
ミサキさんに告白してきた男性たちはきっと特許のことなど知らなかったのでは・・。