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ミコ・サルウェ  作者: 皆月夕祈
冬花の奇跡、群狼の旅人(上)
98/123

インペル

 ソール・オムナス宮・青藍の間。

 特に用途も決まっていない為、此処で働く者達の休憩室、そんな扱いで活用されている一室である。

 青藍が男性用、梅重が女性用だ。


 普段はそこから外を見渡せば、絢爛な城外階段が見下ろせる窓。

 しかし、今、この時だけは、厳重に戸締りされて、日の光もカーテンで完全に塞がれていた。


 

「……ハア。」

 部屋の中、吸血種の青年インペルは、足を投げ出してソファにだらしなく腰で座り込んでいた。

 彼は疲れた様子を隠す様子もなく、ため息を吐いた。

 

 インペルといえば、いつも、口元に手を当てて、意味深に何か思索している様な仕草が目立つ男である。

 彼が、こういう姿を取るのは珍しかった。


 無論、理由なき事では無い。

 先程、隣国オリエテムとの外司会談が行われており、今は、その使節団の帰還を見送った後であった。


 青藍の間の濃藍色の扉が、廊下側から開いて、鳥頭人身の男、天白師団長であるゼラスが入って来た。

 彼は、中にいるインペルを見つけると、人であれば苦笑いの様い見える笑みを浮かべた。


「おお。話には聞いていたが、随分と、お疲れの様だな。」


 ゼラスは、ソファには腰かけず、インペルの正面に腕組みして立った。


 背中に羽が在るせいか、畳めば普通に座れるのだが、彼等の習性として、あまり背凭れのある椅子には座りたがらなかった。


「ああ、今し方、一つ条約を結んだ所で御帰り願った。……まったく、この程度一つ結ぶのに、毎回これでは先が思いやられるよ。」


 インペルは、天を仰ぎ、事情の分からぬゼラスを肩を竦めた。

 

「……。とりあえず、開戦に際しては、7日前を下限として、最低それまでに、相手側へ事前通告を行わねばならない。そんな約定だ。条文書が見たければ、陛下の所にあるよ。」

 

 ゼラスは首を上げた。

「大事な事だ。大きな成果じゃないか。」


 インペルもうなずく。

 二人の脳裏にあるのは、スカリオンとの戦争。

 そして、こちらも宣戦の通達をせずに開戦したベンデルとの戦争。

 その被害と、電撃的な攻撃力についてであった。 


 インペルが、ゼラスの瞳に目を合わせた。

 

「まあ、いくら約束などしても、破る奴は破る。……まあ、もし破ったら、君らは信用に値しない存在なのだから、休戦も停戦も、降伏すら我々は認めない。ただの一人も見逃さず、皆殺しにせねばならなくなるからね。覚悟したまえ。……と、伝えてあるから、気休めにはなるといいね。」


 ゼラスは、何かを考える様にインペルを見返した。

 いつも、思わせぶりで、意味深な態度を取って、相手にどういう意味か考えろよと、深読みを誘うインペルが態々、丁寧に説明しているのだ。


 これが好意からとは思えないし、まさかオリエテムが、条約を結ぶ意味が解らぬほどアホであったという事もあるまい。

 考えたが解らず、ゼラスは首を振った、


「そうか……なんだか、一筋縄じゃあ行かなかったみたいだけど。此方からは何か譲歩はあったのかい?」


 ゼラスが問うと、インペルは忌々し気に、”何処か”を睨みつけた。

 そして、吐き捨てた。


「出来るわけがない! 奴ら、初め、魔物の国を認めてやる代わりに、ベンデル地方を寄越せと行ってきたんだぞ?」


 それを聞いたゼラスは、嘴を半開きにして、なるほど、これは大変だと。

 アホの方であったかも知れないと、インペルに同情した。


 土地には人が、そして、その地で息づいてきた文化がある。

 墓一つとっても、それは国の礎であった。

 そう易々と自らの土地を切り売りする国家は、国としての意義を損ねるし、そもそも、そのすべては統治者であるアニムに帰属する。

 流石のインペルでも、そんな権限は持ち合わせていなし、必要になる事すら、あってはならなかった。


「まったく、せっかく此方が友好的に対話を試みたというのに。」


 インペルは、何かを投げ出す様に、両手を上に放り、上に放ったがために、もう一度、その何かが自分に降ってくる事を想像をして、大きくその表情を歪めた。



 そんな姿を見たゼラスは、自らの嘴の下をするりと撫でる。

 人で言えば、顎であろうか。


「以前の戦いから数年。国力も回復……いや、むしろ以前よりも我らは盛況になっただろう? 人当てして、わきまえよ! と教えてやったらどうだ?」


 時に強大な軍事力を背景とした外交も必要である。

 立場や対話のイニシアティブを、勘違いさせる行いは、弱者の暴走を生みだし、かえって要らぬ争い起こす事に繋がるのだ。

 それは、どちらにとっても不幸であり、無論、そのような事は、インペルとて充分解っていた。

 解っているからこそ、こんなにも遣る瀬無く、疲れているのである。


「国力が回復するたびに、戦争などしていたら……。」

 そこまで言って、インペルは肩を竦め、やれやれと首を振った。


「ユリンや、プロセンが煩いのだよ。防衛戦争ならともかく、相応の見返りが無くてはね。戦えば必ず命も金も食料だって余分に消費されるのだよ。うんとは言わんさ。」


「侵攻するのだから、見返りはあろう?」


 ゼラスは首を傾げた。


「必要な物は大抵は揃っているし、時が悪いな。スカリオンの統治には、随分と手を焼いていると聞いているよ?」


 そういって、インペルはゼラスに顎を向けた。

 非常に態度が悪い仕草であるが、ゼラスは旧ベンデルの首都ゴルドの執政官であり、彼率いる天白師団の防衛担当はベンデル全域である。

 本来、彼がこの場に居るのも、何か相談事があっての事だろうと、インペルは見透かしているのだ。


「もっと言えば、、根本的な話。例えば、実力を示した所で、我々の多くは彼らが魔物と呼ぶ存在なのだよ? それだけで、ミコ・サルウェは、彼等からすれば嫌悪の対象だ。私は今回の会談で、よくよく学んだよ……解っていたつもりなんだがね。」



 インペルは再び、ゼラスと視線を合わせる。

 そして、2拍程見つめ合った後、気詰まりを感じたゼラスは、「……すまない。」と謝罪した。


 インペルは歯噛みして、目と額を手で覆った。

「いや、私こそ、八つ当たりだ。……すまない。」


 ゼラスは俯いたインペルを見つめた。


 吸血鬼とは、力の強い、弱いはあるが、基本的には不老で寿命という物は無い。

 有休とも思える時をただ、目的もなく生きているという者が殆どであり、彼等の享楽的な思考も、その退屈な”生”の裏返しであると言われていた。

 かつてのインペルも同様である。


 しかし、今のインペルには、その様な享楽性は無かったし、それどころか、現在は退屈等という言葉を思い出せぬほど忙しい日々を楽しんでいた。


 

 インペルは、かつて、EOEの世界でも腐敗した国家の貴族になり替わり、宮仕えの真似事をしていた事がある。

 今よりも、贅沢な暮らし、自由な時間、自由な権力、そういった全ての物に囲まれて生活していた時があったのだ。


 しかし、今、インペルが感じている物は、その時には感じていなかった充足感である。

 

 何故そのように感じるのかは、誰にもわかりはしないだろうが、インペルが自らの内に、その答えを問うと、それは”誇り”の有無であると、”彼”は答えた。

 誇りはやりがいに繋がる。


 インペルの生まれた国の名は、アメヌノーンといった。

 アメヌノーンに、誇りは無かった。

 

 権力者は、贅を貪る事に執念を燃やし、民は日々を生きる事に必死で、卑しかった。


 さして、美しい物も無ければ、胸を張って他国に示せる思想も無い国。

 

 インペルがこの地に生まれ、そのままアメヌノーンを根城としたのも、特別な理由があったわけではなく、周囲に煩わしく指図する者も無かった為であり、貴族に成り替わったのも、”食料”の調達が楽だったから、というだけである。


 他を知らなかったから、つまらぬ毎日を享受していた。

 もっとも世の中は荒れに荒れていた。

 アメヌノーンでなくても、似た様な毎日を過ごしていたかもしてないが、今となっては、どちらでも気にするような話では、無いのかもしれない。


 ただ、彼の最期は謎めいていた。

 彼は、住んで居たアメヌノーンを捨て、ハーストンという地に移動する。

 ハーストンは神の影響が強い宗教国家であり、何処へいっても吸血鬼であるインペルは、強力なハンター達に命を狙われ続ける事になる。

 

 ある意味では、退屈しない。

 ただ、インペルは敢えて戦いを望むような男では無かった。

 

 そんな彼が、どうしてハーストンに移り住んだのか、詳しくは物語に語られていないが、彼の生涯はこの地で終える事となる。

 ファンの間で行われる考察では、彼の最期の行動には、一人の女真祖が関わっていると言われていた。 

 実際の所、それを示す明確な答えは存在しないし、この女真祖の正体も、妹説であったり、恋人説があったりと、ハッキリとはしていなかった。


 ただ、もしかすれば、彼が誇りと充足感を結びつける要因という物は、この頃に感じ得た物なのかもしれなかった。



 ハーストンで、自らの物語を終えて、再び目を覚ました時。

 彼は、ミコ・サルウェに居た。


 首都であるソール・オムナスの西。

 フレーメンの地下墓地・ヒエメスにぼっと、佇んでいた。

 都合よく、召喚されたのは夜である。


 そして、すぐさま王城へと彼は呼び出された。


 どうせ夜ならば、初めから、王城に召喚すれば良い物を、しかし、インペルは、その事に対して、特に疑問も持たず、ソール・オムナス城に向かって、魔力の羽で飛び立ったのだ。

 

 湿り気を帯びた湿地帯を抜けて、ソール・オムナスの城下町の上空を飛ぶインペルは、ソール・オムナスという物に”世界”を見た。

 

 中央にある、そもそもの土台が頭一つ以上、飛びぬけて高く、姿も巨大なソール・オムナス城。

 そして、その周りには、その城を仰ぎ見る様に、整然と並び立つ白磁の建物たち。


 ------ここが世界の中心だ。

 

 インペルには、ソール・オムナス城を太陽とした小世界が、ここにはある様に思えた。

 安息も、災いも、喜びも、悲しみも、誕生も、滅びも、全ては、ここから生まれる。

 インペルは、何もない海に、新たなる大地が産れるのをその目で見た。


 彼は、その全ての創造主と面会し、後に三舌と誇称される文官三役の一席を拝命する事となった。


 自らを国の一部であると思える幸せ。

 インペルは、ミコ・サルウェの一部である。

 

 自らの采配で、成果を出せば、王が喜び、民が喜び、そして、それは自らの喜びとなる。

 

 ------素晴らしい。ああ、なんという充足感だ。




 しかし、それは飽く迄、インペルの価値観である。


 呆れるほど広大な、大都市一体型の城を見た上で、そこに驚愕を感じる者がいれば、魔王の城を思う者もおり、どのようにすれば、攻め落とせるか考えだす者もいるのだ。


 砦と大差ない城しか持たない分際で、何故ミコ・サルウェに大きく出ようと思ったのか。

 

 インペルは、国家を収める人間という物は、もっと合理的に物事を進めるはずだと、淡い期待を持っていた。

 それは、ある意味、合理性原理主義と言われたプロセンに、インペルが毒されていた事も、原因になるかもしれない。

 

 外交とは、多くの国民の利害に影響を与える、よりシビアな”人間関係”である。


「どうも、魔物です。人間もいますよ。仲良くしましょう。」で、仲良く話がつく事は、絶対にない。

 自分の都合だけでも、相手の都合だけでも話はまとまらないし、そこに感情の問題も割り込んでくる。 


 かつて、栄光ある孤立という態度をとった国があった。

 国同士が手を取り合って進むことは、お互いがお互いにとって、信用に足り、関係を結ぶ事が、利益であり続ける状態を維持する事である。


 それは、非常に難しい事だ。

 栄光ある孤立とは、ならばいっそ、全てを敵として進んだ方が、楽であるという理由で選択された方針であった。

 

 オリエテムは、ミコ・サルウェを知らない。

 そこに利益も信用も産まれるはずも無かった。


 実際、オリエテムからすれば、隣国に魔物の国が出来てしまったという脅威がまずあって、それが仇敵ベンデル他一国ほかいっこくを飲み込んだという事実が次に来る。

 

 普通、こんな国と仲良く出来るなどとは、思わないだろう。

 自らの存続のために、どの様に戦うか、それが大前提である。


 そして、そう思っている所に、国交交渉等という呼びかけがあり、どの様な恐喝、恫喝が待っているのかと思えば、本当に国交交渉等という甘い対応が帰って来たというのが、オリエテム側の視点である。

 

 ミコ・サルウェが強大な国家である事は、オリエテムも理解した。

 その上で、隙はある。

 そこに、どう付け入るのかを考えているという事が、インペルにも会談の感触から、ひしひしと伝わってきていた。


 オリエテムは、ミコ・サルウェの敵である。

 正直、それでも、オリエテムはマシな方であった。


 北の国サルファディアには、幾度か人を送るも、政情が安定するまで待てと、その度に追い返され、南西の獣王国に至っては、争いを避けるための会談であるのに、話を聞いて欲しければ、我らと戦えと言われる。

 お前たちの長年の敵を、一季節で倒したのは、誰だと思っているのかと、頭を抱えた。

 他の国も似たり寄ったり、梨の礫であった。


 本当は、インペルも解っていた事だ。

 だから、インペルとしては、各国への対応は、形だけでも示威的に行いたかった。


 ------平和には戦争が必要だ。しかし、それは凄惨な殺し合いばかりではない。

 そんな誰かの名言にありそうな言葉も理解している。


 ゆえに決して口には出せなかった言葉が沢山あった。


 オリエテムとの会談において、インペルが態々、威圧的な内容を説明したのは、「てめえ等!! 調子に乗んな、ぶっ殺すぞ!!」という、外務司ではない、人格インペルの魂の叫びであったのだ。


(……なんとも、情けない。三舌が聞いて呆れる。)


 

 インペルは薄暗い気持ちで、自らを見下ろした。


ノロノロと書きためて来ましたが、今回の投稿で30万文字を突破しました。

どっかで、30万字位は無いと読み応えが無いという様な言葉を聞きまして、それならばやっと読み応えのある量を提供出来る様になったのかなという意味では、喜ばしいのではないかと、僭越ながら小さな達成感を感じている所であります。


これを一つの節目として、今後も楽しんでいただける様、努力していきたいと思います。

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