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ミコ・サルウェ  作者: 皆月夕祈
冬花の奇跡、群狼の旅人(上)
97/123

オウジェンの谷

 オウジェンの谷は、シンクが聴いていた通り険しく切り立った崖路であった。

 シンク達が歩いている道は、木々の生えない岩山道になっており、荷車を考えると、辛うじて商隊が通れる程度の道幅である。

 

 

 しかし、谷、というだけあって、谷底を挟んで向こう側にも山が存在してた。


 そちらも聞いていた通り、岩山道とは対照的に急な斜面に土が被り、そこから鬱蒼とした木々が生えているのが見て取れた。

 山脈を下って来たが、まだまだ海抜に比べれば、随分と標高は高いようで、谷底は吸い込まれてしまいそうな程、深かった。

 

 シンク達が谷に入ってから一時間程。

 数度、小さな落石があり、その都度、一瞬「いざ、来たか!?」という緊迫した空気がびりびりと流れた。

 今の所、魔物からの襲撃は無かった。

 しかし、それは今の所というだけである。

 皆、この谷に入ってから、やはり早く抜けてしまいたいという事だろう。

 昨日に比べて、明らかに列全体の進行ペースは速くあり、歩幅の狭いシンクには、なかな辛かった。

 

 それでも、シンクは額に汗をかきながら、必死で付いて行く。

 時折、ターナが心配げにシンクの方を見やるが、その度に、シンクは大丈夫という意味を込めて頷いて見せた。

 

(……大丈夫。あと、二時間も歩けば、谷は越えられるのよね)

 

 谷に入る前、オルガから運が悪くなければ、3時間程歩けば抜けられると聞いていた。

 

 確かに、難所というだけあって、魔物の巣となっている森から此方は丸見え、戦うにしても、足場は狭い。

 セレニエンの話も聞いている為、多少無理をしてでも、早く抜けてしまいたいのシンクも同じであった。


 だが、運が悪い。



「アングーだ!」


 私兵の一人が叫んだ。

 魔物に狙われている今、静かに過ごす意味は無かった。 

 

 シンクが久方振りに聞いた大きな声。

 当然、それは喜ばしい事では無い。

 

 アングーとは、熊の頭に、タカの身体をした魔物で、彼等は力が強く、群れで獲物を襲ってくる。

 

 

 すぐに戦いは始まった。

 アングーはこの辺りに出る魔物の中では、弱い方である。

 しかし、例えそうであっても、シンクの胸の鼓動が、破裂しそうな程に高鳴る。

 何とか、気持ちを静めようとするが、上手くは行かなかった。


 生存本能が高まり、皆、目が血走っていく。

 生死の境が、今、目の前にあると、身体の全てが訴えてくるのだ。 


(これだけ長い行列なのに、どうして私たちの所にくるのよ!?)

 シンクは内心で悪態をついた。

 

 他の商組もアングーの姿を見ている。

 しかし、商組から距離を取った魔物相手に弓で牽制を入れる程度で、助太刀に駆けつけるという事は無い。

 そうして、自らの守りを弱めれば、魔物達はそこに襲い掛かるのだ。

 

 奴らには、そのくらいの知恵がある。

 

 シンクとターナ、非戦闘員の使人が荷車の近くで固まって、その周りを私兵、そして、本人も戦えるのか、オルガが固める形で戦っていた。

 

 シンクは未だ、武器を抜いていない。

 間近で行われる戦いを固唾を飲んで見つめ、胸に抱きしめた剣が、鞘の中でカタカタと音を鳴らした

 

 やはり、無傷の戦いとはいかなかった。

 こちらの私兵が一人首に噛みつかれ落命する間に、他の者達が三匹のアングーを仕留めた。

 

 しかし、一人やられたことが、一瞬の動揺を産む。

 その一瞬の隙を付いて、アングーの一匹が、オルガに向かって突撃し、あっという間、馬乗りに押し倒してしまった。

 押し倒されたオルガは、噛みつこうとするアングーの口に、自ら剣を押し当て、何とか耐えている。

 

 使人や私兵たちが、すぐさま救い出そうとした。

 しかし、他のアングー達の猛攻にあい、すぐには動けなかった。

 オルガとアングーがギリギリと鍔迫り合いの様に押し合うが、人と魔物、アングーの牙がジリジリとオルガの方へと近づいていく。

 

-----カシャン

 

 戦いに突入してから、始めてシンクは鞘から剣を抜き放った。


 気の強い彼女にしても、魔物は怖い。

 しかし、この時、不思議とシンクの中で肝が据わっていくのを感じた。

 逆上しているわけではない。

 いっそ、此処にいる全てを私が守ってやる、そのくらいの気持ちが彼女の中に湧き出していった。

 

「だめよ! 貴女がいっても殺されてしまうわ!」

 自らの夫が襲われて、力があれば自らが飛び出していきたいであろうに。

 それでも、ターナは戦う気でいるシンクを止めに入った。

 

 しかし、シンクはターナが掴んだ腕を振り払うと、剣を腰だめに構える。

「私が死んで困る人間なんかより、オルガの方がよっぽど多いわ! サルファディアには溶石が必要なんだから! オルガを守るわよ!」 

  

 例え、オルガが死んでも、ターナと彼女を固める使人が残って居れば、商いは成立するのかもしれない。

 だが、シンクの頭の中に、そのような考えはないし、例えあったとしても、今の彼女は納得しないだろう。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 シンクは声を勇ましい叫び声を上げると、走り出し、勢いをつけて、身体ごとアングーの頭に剣を突き立てようとする。

 

 体躯の小さいシンク。

 下から、かち上げる様な剣突は、勢いそのままにアングーの脳天を貫いて、一瞬にして魔物を絶命させ、オルガは危機を逃れた。

 

 しかし、誤算が産れる。


 ここは非常に狭い崖路。

 シンクは、全力の一撃、その勢いのあまり、アングーの死体と共に、そのまま崖に向かって転落して行ってしまった。



 あっと言う間の出来事であった。


 その様子を見つめていたターナは、悲鳴と共に思わず顔を覆う。

 

 オルガは、突撃してきたシンクの額に、何か淡く不思議な光を見た気がした。





すいません。

今回、短めです。

逆に明日、明後日の投稿分は非常に長い物となっています。

区切りの都合でこうなってしまいました、ご理解いただければ幸いです。

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