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ミコ・サルウェ  作者: 皆月夕祈
冬花の奇跡、群狼の旅人(上)
95/123

越境

 三日目の昼前。

 山脈の山と山の間、頂上の一段低い、山のへこんだ場所にシンク達は居た。

 別に山脈越えと言っても、山頂を経由する必要はない。

 ここからベルデルディアの反対側、ベンデル王国に入るのだ。


 今回は、例年に比べて、なかなかに良い進度で、普通は、この位置に着くころは4日目の昼になるそうだ。


 自然の犠牲者は少ない、とは言え、残念ながら途中3人ほどは出てしまった。


 一人は山の突き出しから崩れた氷が、落石の様に転がってくる落氷にあたり命を落とした。

 

 その姿は、シンクも見ている。


 シンクから少し離れた所を歩く男だった。

 彼は、他の商人の使人である。

 

 ころころと、大きな雪玉になってくれるならば、まだ良い。

 しかし、天候によって、ベルデルディアの特殊な雪は、サラサラとして、そうはならない。

 多少、周りを削られながら、氷のまま転がってくるのだ。

 凄まじい速度で転がった氷は、白い雪に紛れて見えにくく、突然現れた氷の塊を、彼はよけきれず、左肩に受けた。

 彼はそのまま、上半身の骨をバラバラにへし折られ、血反吐を吐いて息絶える。


 場所が場所だけに、誰も遺体を持ち帰ってやれない事が辛かった。

 

 

 しかし、最悪の想定では、雪崩が起きて数十人以上が巻き込まれる難事も過去には起きている。

 2日目にも現れたキヤは、この所、晴れの日が続いて、風も強まっている。

 可能性はあるから充分に、注意だけはしてくれと、警戒を促していた。

 

 

 なお、シンクは内心の部分では、未だに一物ある。

 しかし、この時、好む好まざると、必要な事であると、キヤに対して、謝罪を済ませていた。

 



 今はひとまず、前半の道程を終えたという事で、一旦休み、明日の朝、出発して昼過ぎには、魔物が現れる領域へと侵入する事になった。

 

 さながらは、最後の晩餐の様に、少し上等な物を食べて、早めに休む一行。

 明日からは、火を焚く事も出来ない。

 

 シンクは雪の中では使わなかった武器防具を取り出して、試しで、服の上から体に当てていった。


 オルガがその様子を見ている。


「お前、使えるのか?」

 話しかけて来た。

 

 シンクは難しい顔を作った。

「結構前の事だけどね……魔物を切ったことは無いし、気休めよ。それでも、無いよりは良いって……。昔、先生のお父様が、盗賊から拝借した物らしいわ。」

 

 そう答えると、オルガは防具の方をじっと見つめる。

「その先生には、随分と大切にされていたんだな。」


 シンクは嬉しそうな顔で、少し誇らしげである。

「ええ。そうね。感謝しているわ。」


「そして、お前の事を世間知らずと言っていたそうだが……。」

 そういって、オルガは言葉を切る。


「……ええ、そうよ。 ……よく覚えていたわね。」

 

 揶揄われているのか、意図が解らず、シンクは訝し気な表情をした。


「お前の師は正しい。……鎧にも大きさ、型がある。女の中でも、相当に小柄なお前に合うような鎧を着た盗賊が、いたとは思えん。……あくまで確率論の話だがな。」


 感謝は当然にある。

 しかし、ここまでくると、どうにも怪訝な気持ちが抑えられない。

 手紙にわざわざ嘘を書いた理由も解らなかった。


 シンクは新たな事実を突きつけられて、どう自分の中で処理したら良い物か、固まったまま、暫くの間、鎧を見つめていた。


(……どうして? )


 

 


 翌朝、出発するという時間になって、山頂部から付近から、下に向かって雪崩が起きた。


 幸い、シンク達がいるキャンプからは、微妙にそれて、犠牲者は出なかった。

 しかし、ベルデルディア北面、最後の贈り物をまじかに見たシンクは、心臓が凍り付くような思いでそれを見ていた。

 アルサントゥスの村から、遠目に眺めていたのとは違う。


 突如山に、包丁で叩いた様な切り込みが入って、そこから立ち上がって一気に下を目掛けて、流れ走っていく巨大な怪物。

 もし、出発が一日遅れていれば、間違いなく怪物は、コペレティオに襲い掛かり多くの命を奪ったであろう事は、容易に想像する事が出来た。


 コペレティオは、被害がない事を確認すると、足早にその場所を離れた。


 ベルデルディア山脈の南側は、予め聞いていた通り、越境して、暫くは北側と変わらず、冠雪残る雪山の様相である。

 そして、二時間程、山を下ると、急激に気温が上がり、シンク達、初めての越境者は、”サルファディア以外で共有される夏”と言う物と、人生最初の邂逅を果たした。

 

 しかし、それに感動する事は出来ない。

 それは同時に、危険な魔物達の領域に、足を踏み入れた事の合図でもあるのだから。


 北側を登るときも、腑抜けていた訳ではない。

 ただ、その時よりも緊迫感で空気は張り詰め、私兵は目を血走らせ、誰一人、口を開かず、周囲を警戒している。

 その様な様子を見せられ、シンクはここは本当に、世界が違うという事を理解した。


 雪道も整備されているとは言わないまでも、長い鉄杭が打たれ、雪に埋もれながら、一応、登山道らしきものが存在していた。

 

 しかし、こちらは誰もが、叶うのならば、足早に抜けてしまいたいと願う場所だ。

 ”残されたもの”は無いし、ここ四年ほど、踏み固める者のいない山道は、草木深い密林と化していた。

 

 

(それでも、真ん中よりも後ろにいる私たちは、先頭で道を開く人よりも、随分とマシなのよね……。)


 ここからは、先頭の商組には、各所から幾分私兵を貸して、草木を手早く刈り取り、その後を後続が通るのだ。

 

 魔物との遭遇率が高く、また、危険で疲労が強まる仕事の為、午前と午後で、商組ごと入れ替わって休む様にするらしい。

 

 精神は無理でも、せめて身体には休息が欲しいものである。

 途中、休憩を挟み、その間に先頭の入れ替わりが行われたようで、オルガが貸し出していた私兵が帰ってきた。

 

 

 休憩中、魔物に注目されるような事は行わない。

 水を口に含み、目を瞑って、木樹ぼくじゅの様に動かず、身体を休めるのだ。

 

 休憩が終わり、再び進み始めて間もなく。

 何やら騒めきが、前から聞こえて来た。

 魔物の襲撃があったのか、シンクの位置からは、解らない。

 

 足を止めて、皆が皆、五感の全てで周囲の情報を得ようとする。

 それが、自らの生存率を少しでも上げると信じて。

 シンクも解らないなりに、不安と戦い、何かを得ようとした。


 10分ほどした後、また前方が動き始める。

 

 何があったかなど、わざわざの報告は無かった。

 そして、数十メートル進んだ先、倒木に豹のような魔物と、首に食いちぎられた様な跡がある、一人の男の遺体が横たえられていた。

 

 豹の身体はズタズタに切り裂かれ、右目に枝木が数本、束になって突き刺されていた。

 それにどういう意味があるかは、シンクには解らない。

 

 ただ、横たえられた男の胸の上に添えられた、サルファディアには無い、黄色く美しい花、その置かれた意図は、シンクにも正しく理解する事が出来た。




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