表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミコ・サルウェ  作者: 皆月夕祈
冬花の奇跡、群狼の旅人(上)
93/123

コペレティオ2

 シンクはオルガ達と食を囲う。

 中央に置かれた鍋には、スノーロアと呼ばれる、雪の中を泳ぐ小さなサメを、山羊の親戚の様な動物から揺れる乳で煮込んだものだ。

 

 見た目はサメなのだが、蛇に近い生き物なのだろう。

 スノーロアの肉には麻痺毒があり、そのまま食べると、数時間は四肢が力まず、随分と苦労する事になる。

 しかし、その毒性は乳で煮込む事で、無害水準に緩和する事ができた。

 そして、その毒はピリピリと辛く、香辛料いらずの貴重なタンパク源として、言うなれば、精のつく、ちょっとしたご馳走の様な物として親しまれていた。


 辛みの苦手なシンクも、乳で煮込まれているため、辛みが飛ぶことはないが、少しまろやかに食べれるため、好きな部類に入る料理であった。




「おう! オルガ。」

 一人の男が現れた。

 40後半ごろの年配で、黄色と黒の布を縞々に織り込んだ独特な布で全身を包んでおり、雪の中でも大変よく目立った。

 彼は何か目印のつもりなのだろうか、冠の様に、頭にも黄色と黒の布塊を乗せていた。


「キヤか。全員着いたか。」

 キヤと呼ばれた男は、人好きのする顔をくしゃりと笑顔の形に歪めた。


「ああ、今回はツイてるぞ。まだ、誰もやられてないし、アーリヨンまで現れた!きっと今回は上手く行く!」

 実際は、まだまだ、山越えはこれからと言う所。

 

 上手く行くかは分からない。

 しかし、この男はそう敢えて口に出すことで、皆に言霊ことだまをかけて回っているのだ。



 オルガとキヤが話している間、シンクはターナにキヤの事を聞いていた。

「知り合いなの?」

 良い関係なのだろう、ターナはにこやかに答える。

「ええ、彼は連絡隊の常連で、……確か、今回で十……何回目になるのかしら。」


「そんなに?」

 シンクは眉を上げて、キヤの事を見つめる。

「私たちも、前回、初めての時は、色々と教えてもらったわ。」

 

 シンクは、口の端に笑みを湛えて談笑しているオルガの姿を見た。

 何時もむっつりとした彼には珍しい事だ。 


「勝手な想像だけど、商人同士って、競争でもっとギスギスしているものだと思っていたわ。」


 ターナは少し、困ったような笑みを浮かべる。

 

「勿論、そうなってしまう相手もいるけれど……そればっかりではないわ。特に、このコペレティオはね。」

 そこで一度、言葉を切り、ターナもキヤの方を見る。


「それにね。キヤさんは、私たちみたいな、街に溶石を持ち帰る商人じゃないのよ。」

 シンクは首を傾げる。

「コペレティオで生き延びるのは、けして楽ではないわ。でも、例えば、私たちが帰れなかったとしたら、オリムとその周辺の村落は溶石が無くなって困るでしょ?」

 

 シンクは口をへの字に曲げて、難しい顔をする。

「それは……そうね。」


「だから、そういう事に備えて、タルカス将軍が個人的に、何人か商人をお抱えになっていて、予備の石を買い付けているのよ。キヤさんは、その中でも一番大きな組を率いているわ。」

 

 シンクは予想外にタルカスの名前を聞いて、顔を強張らせる。

 タルカス・アラベッラはシンクを王宮から放逐した男だ。

 

(……タルカス。)

 シンクの中で黒い何かがざわざわと蠢いた。


「……? どうしたの? 何か、恐い顔をしているわよ?」


 ターナに言われてはっとする。

 そして、取り繕うように笑った。


「あ~……ハハハ。なんでもないわ……ごめんなさい。」

 ターナは訝し気な表情をシンクに向けた。

 

「随分前……先生の所に住み込む前にちょっと……あってね。」

 ターナは眉を上げた。


「え?……それは、タルカス将軍と?」

「ええ。」

 シンクは苦い笑みを浮かべている。


「……そう。……まあ、貴方は王都から来たんですものね? そういう事もあるのね……。」

 オルガとのやり取りで、良いとこの出である、とは聞いている。

 それであれば、彼女と将軍が何かの機会に会う事もあるのかもしれない。

 そして、ターナにとって良い人が、常に、だれに対しても、良い人であるとは限らない事は彼女も骨身に染みて、十分理解していた。

 

 気まずい空気が流れる。

 

「嫌な事を思い出させて、ごめんなさいね。」

 少し遠慮がちにターナが謝罪する。


「いいのよ。こちらこそ、ごめんなさい。もう、昔の話だと思っていたんだけど、まだ……ダメ見たい。」


 そう言って儚げに笑って見せた。

 

 

 その時だった。

「ん……オルガ?……お前。」

 

 ターナにも挨拶をするつもりだったのだろう。

 キヤが此方に歩いてきて、シンクを見つけるとオルガの方へと振りかえった。 

  

「お前! この山脈に娘を連れて来たのか!?」


 キヤの声には怒りが滲んでいた。

 身長のせいで、年齢よりも随分幼く見えるシンク。

 キヤは、オルガが自分の娘を、危険な山脈につれて来たのかと、勘違いしたのだ。 


「まて! 違う! 留学生をターナが留め措いてるだけだ!」

 オルガがいつもの仏頂面を顰めて、そう返す。

 

「留学生?」


 キヤはゆっくりと、見定める様にシンクを見る。

 

 タルカスの配下であると聞いている上に、それが無くても気の強いシンクである。

 そのようにじろじろと、不躾な真似をされれば、どうするか。

 先程を知るターナは、嫌な予感を感じた。


 シンクは、すっと立ち上がると、眉を吊り上げた。


「ちょっと貴方! 私はもう18よ! 文句があるなら行って御覧なさいな!」

 

 他のサルファディア人同様、大柄なキヤに対して、一歩もひるまず、それどころか腰に手を当てて睨みつけると、片方の手指を突き付けて、威圧して見せた。


「な!?……。」

 子供だと思っていたキヤは、あまりの反応に、思わず絶句してしまった。

 キヤはターナに視線だけ移した。

 

「……本当なのか?」

 なんとか、それだけを絞り出した。

 

 ただ、貴族でも無ければ、戸籍も無いこの国で、身分を証明するものなどほとんど無い。

「だから、文句があるなら言いなさいと言っているでしょう?背が低かったら、貴方はいつまでも子供扱いするつもり!?」

 シンクは畳みかける様に、噛みつくと、焦ったターナが前から抱きしめる様に、シンクを抑える。


「ちょっと、ちょっと、その辺りで、ね? キヤさんも悪意があっての事ではないと思うわ。」

「んー……。」

 

 それでも、シンクはキヤを睨みつけている。

「……。」

「……。」

 睨みつけるシンクと、呆気にとられるキヤ。

 

 しばらく、沈黙するが、急にキヤが笑いだした。


「はっはつは!! 嬢ちゃん! 俺が悪かった! 確かに、その性格のこわさはターナの娘では無さそうだ!! はっはっは!!」

 

 シンクはむっと、どういう意味か問いただしてやろうか、とも考えた。

 しかし、これ以上はターナに悪いと、一瞬むすっとした表情を作るのみで、鉾を収めた。

 

 その後、短絡的ではあるが、タルカスの配下という事もあって、あまり、積極的に交流したいとも思えず、また、関わると余計な事を言いそうだと考えた。

 シンクはキヤがいる間、”私に話しかけるな”と言うように、不機嫌そうにむすっとした表情を作っていた。


 5分ほど、ターナとも話をして、キヤは去っていった。

 

 そして、その後。


「おい。お前。」


 怒気を孕んだ声で、オルガがシンクに呼びかけた。

 

「なによ?」

 シンクが反応する。

 しかし、オルガはきつい眼差しで、睨みつける。

 シンクは不満そうに口を尖らせた。


「先に礼儀を欠いたのはあちらよ?」

「まあまあ。」

 ターナが取りなそうとする。


 しかし、オルガは許さなかった。

「ここの連中は、ただの商売敵じゃない! 自然と魔物、まわりを敵に囲まれて、時にキヤの死体を、逆にキヤが俺の死体を乗り越えて、故郷にたどり着かねばならないんだ。俺たちは全員でコペレティオという一つの部隊だ! それが解らんようなら、お前と共に山脈は越えられん。失せろ!」


 はっきりとした強い言葉が、シンクの胸に打ち付けられた。


 誰かが帰れなければ、その分、国に持ち帰れる溶石の総数は減る。

 逆になるべく多ければ、溶石の値段も下がり、国の全員が助かるのだ。

 

 オルガはコペレティオは、商隊ではなく部隊であると言う。

 彼らは商売という形で、国の生命線を守る兵士なのだ。

 

 驚きや、怒り、悲しみ、様々な感情がシンクの中を、流れ、現れ、現れ、流れ、去っていった。

 そして、最後はしゅんと俯いて

「ごめんなさい……もう、しないわ。」

 謝罪した。

 

 オルガはその様子を見届ける。

「ふん。……もうすぐ、暗くなる。風よけを張って、もう休むぞ。お前とカルスは、何処か前登者達が打った杭が残っているはずだ。緩みが無いか確認しろ。ターナとアギミはここらの片づけを頼む。」

 皆に指示を出していく。


「わかったわ。」

「ええ。」


 そうして、皆、三々五々、己の役割をこなしていく。


 山の初日はそうやって過ぎて行くのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ