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ミコ・サルウェ  作者: 皆月夕祈
冬花の奇跡、群狼の旅人(上)
92/123

ベルデルディア山脈


------ズゥク、ズゥク、ズゥク

 

 風が吹かぬうちは、周囲の静寂性も相まって、雪を踏みしめる音がいくつも重奏し、コペレティオは思いのほか賑やかに山を登っていた。

 最終的に集まった連絡隊は、例年の倍近く、200人規模の数にまで膨れ上がっていた。


 もっとも、それで問題が起きるという訳でもない。

 彼等は、問題なく入山を果たした。


 商人たちは皆、商品を、馬の繋がれていない車に積み込んでいた。

 馬とは憶病な生き物で、魔物が出るベルデルディアの南では、驚く程に役立たずになってしまう。

 

 囮にはなっても、馬自体が安くも無いし、恐慌を起こした馬が、他の馬車を巻き込んで横転しよう物なら、さして広くもない道だ。

 魔物の領域で、多くの者が立ち往生する可能性もあった。

 

 故に、車は人による手引きが基本となっていた。

 

 

 シンクも無事、コペレティオと共に入山を果たしている。

 彼女は昨日よりも少し多い荷物を担いでいた。

 増えた分は、予め、今日の日の為に、シンクが雪下に隠していた食料などだ。


 アヴィアたちは、手紙の通り、いなくなるに任せるつもりなのか、シンクを探している様子は無い。

 うっかり、知り合いの村民に会う事もあったが、普段通りであり、それは、アヴィア達が昨日中にシンクが帰っていないと、周囲に触れていないという事である。

 

  

 シンクは一夜明けた今日も、オルガ達と共にいた。

  

 留学生の団体などは、アーツの中で、何となく馬のあった留学生通しで、組の様な物を作って入るのが普通。

 商人と留学生が、と言うのは珍しい。

 ただ、シンクの場合、随分とターナが気にかけており、彼女の方から、共に行こうと誘われていたのだ。

 

 すぐ近くに他の人もいるとは言え、避けられる物ならば、危険地帯に一人で入るのはシンクとしても避けたい所であった。

 シンクは、その申し出を有難く受けいれた。

 

 ただ、シンクも申し訳なく思い、なぜ、こんなにも良くしてくれるのか、ターナに尋ねた。

 

 それに対して、彼女は「長旅だから、同性の共連れが欲しかったのよ。ウチは皆、男ばっかりでしょ?」

 そう、答えるに留め、果たしてそれが、本心かはシンクには解らなかった。

 

 なお、昨日は騒いでいたテラフは入山口の辺りでオルガを待ち構えていた。

 しかし、騒ぐこともなく、オルガの姿を見つけると、近くに寄ってくる。

 そして、じっと真剣な表情で瞳を合わせると、頭を下げて、「よろしく頼む」と告げ、入山への道を開けた。

 テラフに対する評価は、オルガのする通りなのだろうと、シンクは納得した。

 

  

 山脈の裾野は針葉樹の森となっており、そこを登り切ると、雪を被った岩山となっている。

 視界を遮る物が何もない山肌。

 

 下の方から見ると、少し視線を上げれば、蛇行しながら多くの人と車が連なって、一本の紐の様に見えた。

 

 裾野を抜けて2時間程歩いた頃。

「アーリヨンだ!」

 

 前の方から、声がした。

 声には、それほど緊張感は無い。

 シンクは昨日、事実とは言え、大いに脅かされて一夜を過ごした。

 ピクリと肩を跳ね上げて、表情を強張らせると、きょろきょろと、忙しく辺りをうかがった。


「ふふふ。」

 その様子を見た、ターナが穏やかに笑った。

「!?」


「ごめんなさいね。大丈夫よ。ほら、あそこを見て。」

 ターナは遠く離れた山肌を指さした。

 シンクが、ターナの指先を視線でたどる。

 

 そこには3メートルを超える大きな白鳥たちの群れがあった。

 白鳥姿の魔物アーリヨンだ。

 

「アーリヨンは人を襲わないわ。アーリヨンが太陽側に居る時は、ああやって、羽についてる氷粒を落としているの。……どうして、アーリヨン達がそれを判るのかは、解ってはいないけれど、アーリヨンが出る日は、吹雪かないと言われているのよ。」


「じゃあ、大丈夫なのね?」

 シンクが念押しすると、ターナは「大丈夫よ。むしろ、良い事……ばかりでは無いけど、悪い事ではないわ。」と答えた。

 

 シンクは、アーリヨン達を見つめる。

「……大きくて、恐いわ。……でも、綺麗ね。」

 ターナとシンクは、昨日出会ったばかり、それでも、何方かと言えば強面のオルガと睨み合ったり、随分と気の強い娘であると思っていた。

 

 その彼女が、恐いと素直な心を他人に見せる事にターナは少し驚いた。

 そして、シンクと同じように、アーリオン達を見つめた。


「ええ、何もしてこないけど、一応、サルファディア側に出る数少ない魔物だから、恐いと思う事はおかしな事では無いわ。……でも、本当に綺麗ね。」


 アーリヨンの白羽に陽光が反射して、キラキラと輝く様は、鳥の姿をうつした水晶のようであった。

 

 それから、三時間程歩いた後、山肌を削ったのか、大きく開けた場所に着いた。

 

 道中、こことは別にも、こういった場所は存在した。

 その時は素通りしたが、どうやらここは越境者たちの休憩所となって居る様だ。

 

 シンク達が付くと、それよりも前に着いた者たちが、火を焚き、湯を沸かしている。

 サルファディアの庶民に昼食を取る習慣は無かった。

 故に、朝食は入山前であり、シンクはかなりの空腹を感じていた。

 

(夕食だけは、しっかり腰を落ち着けて食べるのかしら?……それにしては時間的に、早すぎるわよね?)


「ねえ、ターナ。皆、ここで休んでいるけど……。」

 シンクは訝し気に首を傾げ、ターナに聞いた。


「ええ、山の夜は早いわ。日が落ちると危ないから、余裕があるうちに、こういう休憩場で休むのよ。……さあ、貴女も一緒に夕食の準備をしましょう。」


 シンクは眉を上げる。

「え? 流石に悪いわ。ここは調達のきく下界じゃないもの。保存食は多めにあるから大丈夫よ。」


 流石に、寄りかかり過ぎている自覚はある。

 恐らく、なし崩し的に馳走になってしまう。

 そう考えたシンクは断るつもりであった。


 しかし、ここで、予想外にオルガが話しかけてくる。


「おい。」

「?……何?」


 この道中、別に意識したわけではない。

 しかし、今日は一言も話をしていなかった。


「お前が持っているのはテテばかりだろう。」

「ええ、どんな所か解らなかったし、あまり場所を取らなくて、日持ちする物の方がいいでしょ?」

 アルサンテゥス村で、それ以外の日持ちする食事を入手するのが、それほど楽ではないという事情もあった。

 

 それを聞いて、オルガは鼻を鳴らす。


「お前は、俺たちと同行しているんだ。日持ちする物は、日持ちさせろ。足の速い物から消費する。」

 

 オルガは、むっつり顔で一方的にそう告げると、さっさと歩いていってしまった。


「……。なんなのかしら、あれ?」

 シンクは呆けた顔でターナを見る。


「……。」

 ターナも少し、驚いた表情をしていた。



「「クスクス」」

 二人は見つめ合う。そしてどちらからともなく、笑ってしまった。

 

 しばらく笑い合った後。

「さあ。オルガもああ言ってる。手伝ってちょうだい? 今日は保存食はダメ何だそうだから」

 そう言うターナをシンクは見つめて、少し泣きそうな顔になって、ため息をついた。

 

「……もう……ごめんなさい。」

 シンクはターナを抱きしめる。  


 ターナはシンクの突然の行動に困惑した。

 しかし、シンクはすぐにターナから離れると、照れくさそうに笑う。


「なんでもないわ。」

 

(アヴィア達には返せなかったけど、この恩は必ず返すわ……。)


 そんな思いを胸にシンクは、夕食の準備に取り掛かった。





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