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ミコ・サルウェ  作者: 皆月夕祈
冬花の奇跡、群狼の旅人(上)
91/123

前夜

 夜。

 夕食の準備を手伝ったシンクは、そのまま夕餉にも招かれた。

 

 余程求められるレベルが高く無くて、基礎さえ押さえていれば、料理とは案外何とかなるものである。

 

 恐らく、彼等の住むオリムの料理なのだろうか。

 シンクの見たことの無い物もあるが、アヴィアの御蔭か無事にこなす事が出来た。

 

 一つ、大きく驚いたことは、夕食の準備はターナだけでなく、使人やオルガまで一緒に手伝っていた事である。

 

 そういう習慣は土地の物か、家由来のものか、シンクには解らない。

 しかし、後になって考えてみれば、それなりの人数で作っていたのだ。

 シンク一人が、それに追加された所で、どれだけの助けになったか。

 知れた事である。

 恐らく、ターナが気を使い、シンクを夕食に招くため、わざわざ作った口実であろうと推測出来た。

 


 食事をしていると、オルガが話しかけて来た。 

「……お前、何処から来た?」

「パルティアよ。」


 オルガは眉を顰める。

「そうか……。歩きなら一週間はかかるな。」

「途中で休んだから……もう少しかかったわね。」

 

 何もなければ、確かに7日程。

 しかし、雪が降れば、足は止まる。

 

 此処の所の天候を逆算すれば、10日程。

 ただ、別に正確なところを言う必要はないと気付き、ぼかした言い方をした。


「何故、留学を?」

「私はとっても優秀だったのよ? でも、私の先生が、貴女は世間知らずだから、色んなものを見て学んで来なさいって。」

 

 シンクは世間知らずと言われた辺りで、不満さと、嬉しさが入り混じったような表情をした。


「首都の良い所の出か?」

 これでも、シンクは元王族。

 オルガには彼女の仕草などから、シンクが普通の出自とは思えなかった。

 なお、優秀の下りには、興味が無いのか、信じていないのか。

 なんの反応も無かった。

 

 シンクは汁に口をつけ、舌と喉を湿らせる。

「もともとはね。先生の所に住み込みだったから、実家にはもう、何年も帰ってないわ。」


 シンクは内心、ぬるぬると出てくる自分の嘘に呆れてしまった。

 ただ、それもそう続くものではないと理解している。


「ねえ、山脈越え。オルガたちは初めてじゃないんでしょ? 私も話には聞くけど、実際、どんな感じなの?」

 早々に自分の話は切り上げさせた。

 

 オルガは一度、むっと考え込んだ後、話し出す。

「基本的に、サルファディア側はそれほど、危険ではない。」


 シンクは眉を上げる。

「そうなの?」


 オルガは、この辺りでは珍しい、マッカと言われる魚の干し身を飲み下し、頷いた。

 

「サルファディア側の危険と言えば……山脈の上の方は冬と変わらぬほど寒い。コペレティオが夏に組まれる理由だな。そして、山の天気は変わりやすいからな。突然、猛吹雪に襲われたり、突風に攫われて、転落したり落氷……まあ、精々そう言った感じだな。」

 

 オルガに冗談をいう気配はない。

 

「私には充分、危険に思えるけど……?」

 シンクは眉を顰め、肩を竦める。

 それから、深意を問うように、オルガの瞳を真っすぐ見つめた。


「それでも、サルファディア側で死ぬ奴は、毎年5人に満たない。……自然は明確に、こちらの命を狙っているわけでは無いからな。」

 

 シンクは唇をへの字に曲げ、何やら考える様に、数度頷いた。

「やっぱり、聞いておいて良かったわ。随分、私の認識とは違うのね。」


 オルガは「ふん」と鼻を鳴らすと頷いた。


「問題は、山を越えてからだ。超えたばかりは、まだ、標高もあって寒さが残っている。そして、その後、急激に気温が上がり始める。……サルファディアに生まれた者ならば、感じたことの無い程にな。」

 ベンデルは比較的暑い国である。

 しかも、季節は夏であれば、サルファディアとの寒暖差は40度近くになる事もあった。

 

 そういうと、一度、言葉を切って、白湯を一口、口に含んだ。

「……。そうなったら、もうそこは、魔物の領域だ。奴らは明確にこちらの命を狙ってくる。例え違くとも、獣を見つけたら、全て魔獣か、そういう姿の魔物だと思え。奴らは狡猾で、残忍だ。ただで殺してもらえる等と思うな。奴らが奴らの”おもちゃ”に夢中な隙に、自らの活路を見いだせ。……あの地において、それは恥ではない。」

 

 想像以上のろくでも無さに、シンクは顔を青ざめさせた。

「……ありがとう。でも、そんな所にどうして、また、行こうと思うの?」

 

 

「……ふん。」

 癖なのか、オルガは再び鼻を鳴らす。

「俺たちの故郷、オリムは銀鉱の町だ。お陰様で皆、懐ばかりは暖かいがな。銀の精錬の為に、他の普通の街よりも多くの溶石が必要だ。……だが、俺みたいな変わり者じゃないと、行きたいという奴はいない。」

 

 そう、詰まらなそうにオルガは語ると、まだ残っていた汁椀の中身を、一気に飲み干した。

 

「あら? でも、昼間の男は自分が行きたがっていた様だけど?」

 オルガに絡んでいた若い男の話だ。

 シンクには、彼が山越えを変わる様に迫っている様に思えた。

 

 オルガは眉を寄せ、険しい表情する。

「お前、質問が多いぞ!」

 

 シンクは負けじと、眉を吊り上げる。

「何よ? 教えてくれても良いじゃない? それとも、後ろめたい事でもあるのかしら?」


 太々しくオルガをねめつけた。


 しばらく二人が睨み合っていると、ターナが呆れた様子で口を挟む。」


「テラフ君は、オリムの商工会長の一人息子なのよ。」

「ターナ!」

 

 オルガは妻を睨む。

 しかし、ターナは気にせず続ける。

 

「責任感の強い子でね。自分が率先して行くんだって……。ただ、商工会長にはお世話になっているし、何より彼は若いわ……。」


 50も過ぎれば長老と言われるような世界で、30なか程のターナやオルガ、老け込むほどではないにしろ、確かに若いとは言えない。

 

 シンクの中で、テラフと呼ばれていた男の評価を大きく修正した。

 

 そして、ふと気づく。

「あら、じゃあ、オルガ。貴方は、そんな人を嵌めようとしたの?」

 

 シンクは眉を上げて見つめた。


「ふん。……人生経験だ。少なくとも死ぬことは無い。」

 

 そういう、オルガの表情は変わらない。


「呆れた……貴方、相当、ひねくれてるのね。」

「……。」


 オルガは何も答えず、ターナは苦笑いを浮かべている。

「でも、追い払うようにしちゃったけど。明日出発でしょ? 明日、何かしてきたりしないかしら?」


 シンクに対して、オルガは首を振る。

「あいつは青いが、ボンクラではない。……流石に周りの私兵共が諫めれば、止まるはずだ。」


 シンクは口を尖らせ、何か納得いかない様な顔をする。

「ふーん……そう。」

 

 しかし、自分が考えても仕方のない事。

 気の無い風な返事をして、残りの食事を進め始めた。



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