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ミコ・サルウェ  作者: 皆月夕祈
冬花の奇跡、群狼の旅人(上)
90/123

想い

 シンクがテントの中に入ると、恐らく連銀鋼が収められているのだろう。

 少し大きめの木箱が積み上げられ、数人の私兵に、こちらもオルガと同じようにガッシリとした、体格の良い使人しきじんが何人か作業していた。

 

 案内するターナに、シンクは聞いた。

「ねえ、ターナ。貴女達は夫婦なんでしょう? 子供はいないの?」

 

 何の気ない事。

 シンクは思った事を口にしただけだ。

 

 しかし、ターナは儚げに微笑む。

「私たちはオリムに家があるから、子供はそっちに預けてあるわ。寂しいけれど、まだ、幼いあの子に山脈超えは無理だもの。」


 危険な山脈越え、それを往路で行わねばならない。

 それに失敗するという事は、死ぬという事。

 もう子供に会う事は出来ない。

 

 かと言って、オルガのみを行かせて、子供と待つ身も心安(こころやす)まらず、ターナの中にも切ない思いがあったのだ。

 

「そうなのね。」

 

 山脈越えの危うさを、まだしっかりと理解できていないシンクも、その雰囲気を感じ、少し神妙な気分になった。








「さあ、この辺りは開いているから、使って構わないわ。宿屋じゃないから、それ以外は何も無いけどね。ふふふ」

 そういって、ターナは明るく笑う。

 

「いいえ、貴女達がいてくれて、本当に助かったわ。むしろ、私に手伝える事があったら言ってね?」


 シンクはオルガに対して、脅迫を行った。

 しかし、流石のシンクも、自身に無理がある事は承知している。

 その上で。

 こうして場所を貸してくれた二人の善意に、シンクは本当に感謝していた。

 

「今日着いたばかりなんでしょ? なら、ちゃんと休まないと駄目よ。明日から南越が始まるわ。」


 今日着いたというのは、シンクが出るに任せて、ついた嘘だ。

 しかし、今更嘘であるとも言いずらい。

 シンクは心苦しく感じた。

「力は無いけど、体力には自信があるわ。大丈夫よ。」

 

 実際、もうすぐ3年前になるあの日。

 シンクは王都パルティアから、数十キロあるこの南端の村までの雪道を、意地のみで歩き切るという無茶をやってのけたのだ。

 どうして自らに、あれ程の力があったのかは、彼女自身にも解らない。

 しかし、彼女の言う通り、その気になったシンクは、余程の事では体力負けする事は無いだろう。


 ターナはシンクの事を、上から下へ見つめる。

「……そうね~……。じゃあ、後で夕食を手伝ってもらおうかしら?」

 首を傾げながら少し考えてから、ターナはそう告げた。

 

「任せて。それなりには、仕込まれてるわ。」


 シンクはニコリと笑った。

 

 

 

 ターナが去っていった後、シンクはほっと一息ついた。

 周りには、使人達がウロウロと仕事をしているが、敢えて話しかけて来る者は居なかった。

 

(勢いでやってしまったけれど、これで一先ず……かしらね。ここに居れば、アヴィアや、アルドーが探しに来ても、見つからずに済むかしら?)

 

 シンクは二人の顔を思い浮かべる。


(……ごめんなさい。)


 王宮では、あまり、親子の情を感じる事は少なかったシンク。


 まるで、母の様に接し、様々を学ばせてくれたアヴィアや、アルドーと離れるのに寂しい思いもあった。

 

 しかし、そもそも、シンクがあの家庭に混ざっている事が不自然であったのだ。

 何れは、出て行かねばならないと思っていたし、どうして、都合よくこんなにも、私はアヴィア達に甘えているのかと、自らを嫌悪した事もあった。


 その上で、さらに不義理を重ねる事を思うと、涙が零れそうになって、慌てて考えを打ち消した。


(今だけ!……今だけ、私は冷血な人で無しになるの!)


 このような所で急に泣き始めたら、使人達にどのように思われるか解らない。

 別の事を考えようとして、そういえばと、背中に背負った袋を思い出した。

 

------ガチャリ

 

 シンクは背負いを下ろすと、なかなかの重さであった為か、身体の重心を誤って、少し前のめりにつんのめった。


「……っとっと。……ふう。」

 

 一つ息を吐くと、そのままゆっくりと腰を下ろし、座り込む。

 そして、少し硬めに縛られた封を解いて布を剥いでいった。


 真っ先に出て来たのは、二尺ほどの長さの剣。

 柄の所にある、龍を模した飾りが特徴的であった。


 それから、他にもソレの半分ほどの長さもない懐刀、鉄でできた胸当て、獣皮の手甲、保存がきくように加工したテテ、そして、水袋に銀板。

 長剣に、少し使用感はあったが、よく手入れされていた。


「ちょっと……アヴィア、何これ?」

 まるで、これから戦争に行く兵士の様な荷物に、シンクは眉を顰め、困惑する。

 

 シンクが品を眺めていると、懐刀の柄に質の悪い紙が巻き付けてある事に気付いた。

 取り外してみると、そこには、何やら長々と文字が書かれていた。

 

 どうやら、シンクへ宛てた、アヴィアからの手紙のようであった。


 



------------------

 シンクへ


 アンタが何者なのかは知らないけれど。

 まあ、あんなに何もできなくて、世間知らず、挙句に前王女が行方不明って噂が流れていればねえ?

 

 なんにせよ、この村にわざわざ流れてくる人間の考えてる事なんて一つしかない。

 どうせ、アンタも行くんだろ?

 私だって馬鹿じゃない。それぐらい解るさ。

 

 留学生に化けるつもりなら、ヘリゼ(各地にある国定私学校)の師から推薦を受ける必要がある。

 ボロだして、バレるんじゃないよ。


 本当にアンタは心配な娘だよ。

 自分がどれだけなのか、それすらも解っていない程、世間知らずだ。

 嗚呼、嗚呼、アンタが不満そうに頬を膨らませている姿が目に浮かぶよ。


 私の名前は何だい?アヴィア・ラプカルだって言っただろう?

 普通、庶民はね。

 苗字は持っていないんだよ。普通気付くだろう。

 

 私とクソジジイは、ホウロの末裔さ。

 

 アンタがこれから挑む山脈は、武器も持たずに行くところじゃないよ。

 使えるかは、兎も角、何も持っていないんじゃ、不審がられる。

 

 手紙と一緒に入っている武具はクソジジイが、昔山賊からかっぱらってきた物だよ。

 無いよりはいい。 

 いざという時、抜ける様に心構えだけはしておきな。

 

 サルファディアは、あんたの国なのにね。

 何の因果だろうね。

 そんなこと、あってはいけないのに、今、この国にアンタの幸せは無い。


 本当は付いて行ってやりたいぐらいなんだけどねえ。

 クソジジイ一人で、置いていく訳にはいかないからさ。

 私がアンタにしてやれる事は、これが最後だ。

 


 ベンデルについたら、幸せになるんだよ。

                     アヴィアより


------------------

  

 ホウロとは過去、サルファディア王、直属の組織で、その意義は、土地に村人の振りをして潜み、貴族の悪行などを王家に訴える事を目的としていた。

 

 彼らは、王の御落胤であったりして、何らかの姓を密か与えられていたりしたのだ。


 もっとも、もう何代も前に廃れた組織である。

 血は薄まり、他方に散って、庶民としての土着化が進み過ぎて、王家も彼らの現在を一切把握していなかった。

 

 アヴィアの言うように、彼女たちがホウロの末裔であるのならば、遥か遠く、シンクとも血がつながっている可能性があった。


 

 

 先程堪えた涙は、いとも容易く決壊し、シンクの頬を濡らした。

「そんな世間知らずばかり、連呼しなくても良いじゃない……。貴方のおかげで、これでも随分マシになったのよ?」


 

 アーツの中を歩き回る使人たちは、さめざめと泣きながら手紙に語り掛けるシンクに、一瞬驚く。

 シンクは慌てて手紙を顔の高さまで持ち上げ、涙にぬれた顔を隠した。

 

 しかし、どこから来たのかはわからじとも、若い娘が一人で、この様な国の南端まで旅をしてきたのだ。

 故郷から持ってきた手紙に涙しているのだなと、シンクの予想に反して、シンクの掲げる手紙の向こうは、温かい眼差しを向ける者ばかりであった


------ノーン。


 座るシンクの足の上に、重さがかかる。

 シンクが手紙をどけて、それを見ると、足長の地竜が前足を乗せて、シンクの顔を覗き込んでいた。

 雪の様に白い毛をしたクワァム、オルガが言っていたクワァムはこの子かと、シンクは考える。


 随分と毛並みが良いように思えるのは、やはり売り物だから、きちんと手入れされているのだろうか。

 しかし、同時にこの様に放し飼いにされている事に違和感を覚えた。


------ノーン?


 クワァムはまるでシンクに話しかける様に鳴いた。

 

「……なあに?……あなた、名前はあるの?」


(売り物だし、無いのかしら?)


 シンクも涙を拭ってクワァムに話しかけた。

 

 すると、クワァムは前足だけでなく、全身でのしかかると、でろんと上向きに寝っ転がり、相変わらず、シンクの顔を見つめている。


「ふふふ。」

 

 その姿が可愛らしくて、同時に何かおかしくて、シンクは笑ってしまう。

 

 シンクはクワァムを撫でてやった。

 するとクワァムも甘える様に身体を擦り付けたり、シンクの指を捕まえて、甘噛みしたりする。

 

 とくにやる事もないシンクは、クワァムが満足するまで、撫でてやることにした。



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