コペレティオ
アルサンテゥスの夏。
村に続々と人が集まって来ていた。
春先にアルドーから聞いてきた、コペレティオが結成されると言う事は、本当であったようだ。
場所柄か、本来はコペレティオの逗留期に備えて、彼らが泊まるための宿も少数は用意されている。
ただし、この所はコペレティオの派遣自体が行われておらず、村としても半信半疑。
整備も充分にはなされていなかった。
ゆえに、今回に関しては、簡易的にアーツと呼ばれる、布で編まれた保温性の高い大型のテントで全てを賄うとなっていた。
集まってくる者のほとんどは、ベンデルに溶石を買い付けに行く商売人であった。
そして、それだけ多くの商人が集まれば、手隙の時は何か商売をしてやろうと、テントの周りは簡易の蚤の市の様な物が開かれて、一種の祭りのような様相を作っていた。
近隣の村などから足を延ばして、皆、大して金を持っているわけでもないのに、何か掘り出し物はないか、まあ、見るだけならタダだろうと、そんな冷やかし客もいる。
かと言えば遠方から来た商人から、何か目当ての者を買う為にやってくる者もいた。
ここ数日、待機場所は大盛況である。
そんな日々が暫く続き、明日には出発するという日の日中。
夜にこっそりと抜け出して……そう考えていたシンクに、アヴィアが声を掛けた。
「ねえ、あんた。アタシは見慣れたもんだけど、そう滅多にあるわけでもないんだ。アンタ初めてだろう? コペレティオを見に行ってきたら? ただでさえ、世間知らずなんだから、少しは世の中の事に興味を持ったらどうなのさ?」
アヴィアの呆れた様な小言が、耳を叩き、シンクは苦々しい表情をつくった。
(一言多いわよ!)
本音を言えば、興味しかなかった。
しかし、それを悟られるのは、この後を考えると面白くない。
故に、シンクは意識的にコペレティオと関わる事を避けていたのだ。
アヴィアには、それが、逆に不自然と映ったらしい。
「面白いの?」
なるべく、気の無い風を装って話を合わせる。
「いいから、行ってきな。」
しかし、アヴィアはそんなシンクの反応などお構いなしで、代わりに何か、少し縦長の荷物をシンクに差し出した。
「?……重いわ。」
荷物を受け取ったシンクは、不満と不思議を混じらせた表情で、アヴィアを見つめた。
何重にも布で包れた荷物。
中身の形が不揃いなのか、カチャガチャと中からカン高い音がする。
「ほら、そこに掛け紐があるだろ?」
アヴィアに言われて、よく見ると、背負いの為の紐が結ばれていた。
どうやら、背負いこんで持てという事らしい、
「”必要”になったら開けな。」
「何それ?」
アヴィアの言っている意味が解らず、シンクは眉を顰める。
しかし、「ほら、行った行った」と臀部を叩かれて、シンクは部屋から追い出されてしまった。
「なによあれ?……もう。」
シンクは仕方なしに、外行用の巻き布を身体に巻くと連絡隊の元へ行く事にした。
考え方次第では、日中であっても、アヴィアたちから隠れきる事が出来る場所が見つかれば、このまま姿を眩ませても良いのだ。
ただ、その場合は、後ろに背負った荷物も一緒に……という事になるのが、少し気になる所である。
(……何が入っているのかしら?……必要になったらって何?)
シンクがコペレティオを見るのは、これが初めての事である。
何か要求されたりするのだろうかと、色々考えを巡らせた。
そして、その末にため息を吐いた。
(そもそも、中身が解らないのに、必要も何も解らないじゃない。……私が開けて良いみたいだし、後で何処かで開けてみましょう。)
テント街に到着した。
シンクが聴いていたより、その場の空気は張り詰めて、ピリピリとした気配を放っていた。
その気配にやられたのか、お客の姿もほとんど見ない。
ベルデルディア山脈に入ると、そこからベンデルに抜けるまで、1週間強はかかる。
短いと思われるかもしれない。
しかし、その間は険しい山道を、昼も夜もなく、魔獣や魔物に狙われながら過ごさねばならない。
過去のコペレティオの生存率は、往復で6割と言ったところ。
100人で入って40人は何らかの犠牲になる。
5人に二人が死ぬと考えれば、入山する彼らの心境は、半ば決死隊の様な物であった。
故に、出発が翌日ともなれば、この緊迫感は致し方ない物であった。
危険は承知。
それでも必要な事である。
サルファディアにとって、ベンデルで大量にとれる溶石は必要な物であり、逆にベンデルにとっても、近隣で金や銀などの貴金属の取れる鉱脈は無く、サルファディアで豊富にとれる銀は、貨幣としても、貴金属としても大切な物であった。
テント街をシンクは歩いていく。
商人のテントはすぐに分かった。
外に車が止まっているし、それを警備している私兵もいる。
走り回る使人達も見かけられた。
そして、シンクはお目当ての、そのどれもが居ないテントを見つけた。
(私に商人の真似は無理だし、その私兵なんてもっと無理。……留学生として、潜り込むのが一番だと思うんだけど……どうにか成らないかしら。)
少し離れた所から、シンクはそのテントを眺める。
勿論、不審に思われないように、商人たちのテントに近寄って、何か良い物は無いか?
そんな素振りをしながら。
外から覗くと、商人のテントと違って、留学生のテントは余裕なく人が押し込められていた。
いつもこうなのか、それとも、コペレティオの停まっていた期間が長かったせいで、今回は特別人数が多いのか、シンクには解らなかった。
ただ、少し意外で、シンクにとって追い風なのは、女性の姿もチラホラ居た事である。
シンク程若い女ではないが、留学生の全てを見たわけではない。
もしかすれば、中には居るのかも知れなかった。
------!……!!……!!!
「……?」
その時、何やら大きな声が、シンクの耳を叩いた。
妙に甲高く、耳にキンキン響く声だ。
シンクは眉を寄せ、声の発生源を睨みつけた。
そこには、何やら恰幅の良い男がいた。
まだ、20代半ばくらいであろうか。
そこまで食べ物が豊かではないサルファディアで、ただ恰幅が良いというのは、中々に珍しい。
恐らく商人だろう。
後ろにガタイの良い私兵を連れている。
そして、もう一人、別の男がいた。
こちらは、一応商人なのだろうが、随分と筋肉質に見える。
中年程の年齢で、鋭い目を更に細め、怒鳴り続けている恰幅男を、ひたすら黙って見つめていた。
断片的な言葉からシンクが察するに、二人は同じ町出身の商人。
二人の具体的な立場は解らないが、若い男の方が立場は上であるらく、中年男は、何も言わずに怒鳴られるに任せていた。
そこへ、シンクは近づいていった。
「ねえ、貴方。うるさいんだけど? もう少し、静かに出来ないのかしら?」
眉間に皴を寄せ、若い男を睨みつけた。
若い男は、シンクを見ると一瞬驚き、眉を上げた後、すぐに睨み返した。
今まで反応を示さなかった中年男まで、眉を顰めているのは何故なのか、シンクには解らなかった。
「なんだ、小娘! 私は今、この男と話をしているんだ! 子供は引っ込んでろ!」
サルファディア人は大柄な人間が多い。
身長も低く、小柄なシンクは、彼等からすると10歳そこそこでも通ってしまう。
「あら、お生憎様。私はもうすぐ18よ。子供じゃないわ。貴方の方が、中身は子供なんじゃないかしら?」
シンクは馬鹿にした様に、片方の掌を上に向け、肩を竦めた。
「なんだと!?」
「キーキー! キーキー! 喚き散らして。子供じゃないなら、頭が悪いのかしら?」
若い男は、頭に血が上り、一瞬自らの私兵に目を向ける。
シンクは、それに不穏な物を感じ、身体を固くする。
しかし、若い男は周りの目が、随分と自分たちに集まっている事にようやく気付いたらしい。
親の仇を見る様に、男とシンクを睨みつけた。
そして若い男は、何かを言おうと、口を開いたり、閉じたりを繰り返した後、結局何も言わずに、鼻息粗く歩き去っていった。