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ミコ・サルウェ  作者: 皆月夕祈
薄暮の悪魔、産声の愛娘
45/123

アエテルヌム2

「おお、ソォール達が最初か。」

 

 わいわいと、話をしながら歩いていると、作業所に付いた。

 作業所には、すでに一人の老人がいた。

 

「ん……今日はゲイリーか。」

 

 活発な農民団:ゲイリーは、その道50年のベテラン農家として、まだまだ初心者である皆の、農業指導をしていた。

 

 稀、と言うほど珍しくもないが、EOEの世界で、生きていた頃の記憶を、持っていない者がいた。

 例えばソォール達や、妖精のミリー、そして、このゲイリーもそうである。

  

 悲しくも、彼は50年、どこで何を作っていたか覚えておらず、農業の腕は確かながら、ボケ老人扱いされ、ある意味では皆に親しまれていた。

 ただ、同時になめられ、あまり、尊敬はされていないようであった。

 

「うむ。このあいだは、デヴィンが、やらかしたらしいじゃないか?」 

 ゲイリーは厳めしい顔をしながら、ソォールに近づいてくる。

 

 農業指導をしているのは、一人ではない。

 デヴィンは先日のナス作りに失敗した際に、指導員として付いていた若い男だ。

 

「ああ、知っていたのか。何が悪かったのか、俺達じゃあ解らないけど。売り物にならなくてな。ここ暫くは渋ナスばかり食べてるよ。カハハハ。」

 ソォールは自嘲気味に笑い飛ばした。

 ぐい~っとゲイリーはそのまま、顔を近づけて……ガシっと、ソォールの右手に阻止された。

 

「なんだよ。気持ち悪いな。」


 ソォールはインプの顔を顰めて、ゲイリーの奇行に閉口する。

「ふん。食べ物を粗末にしてはならん。失敗を自分達で処理するのは、良い心がけだ……。しかし、奴もまだまだ青いな。」

 

 濃い眉毛を、意味ありげに片方持ち上げて、鼻を鳴らす。

 どうやら、指導員として、自分の方が優れていると言いたかったらしい。

 

 ソォールは内心で、ため息を吐いた。

「やはり人も野菜も熟れておらんとな。青い者はダメじゃ! ダメじゃ!」

 何とか尊敬を皆から得たいようだが、そのやり方では成果は得られない。

 

「あ~……うん。なんだ? まあ、その……デヴィンも悪気があったわけじゃないからな?」

 

 ソォールとしては、教えてもらっているという意識はある。

 自分も関わっている事でもあるし、一度の失敗で責めるのは、随分と居たたまれなかった。

 

「グクク。私が人喰いでも、爺は美味そうに思えないな。ググク。」

「後進に道を譲れよ。」

 

 ソォールが困っていると、ポックスとカーズが、早速揶揄い始めた。

 

「何を言うか! 貴様ら、若いもんには負けん。まだ歯もしっかり残っておるし、貴様らが言うほど、ボケてもおらんわ!」

 

 活発な農民(うるさいじじい)インプ(いたずらあくま)

 ”らしい”と言えば、”らしい”やり取りではある。

 確かに本人の言う通り、元気なのだろう。

 

 ゲイリーとポックス、カーズは、そのまま掴み合いの喧嘩を始めた。

 

「おいおい。これから仕事だぞ? それに一応は、俺たちの方が教わる立場なんだ。また失敗したくないだろう?」

 

 ソォールは声を上げ、止めようとした。

 しかし、誰も聞いていない。

 

 その挙句に、プレイブや内向的な性格のコマまで囃し立てている始末。

 イルも見守るのみで、誰も彼等を止めようとしなかった。

 

「……。はあ……。」

 ソォールは暫く終わりそうにないな……と大きなため息をついた。


 

 

 


 インプのソォール・ヒエメス。

 もともとは、フレーメンの地下墓地、ヒエメスに召喚されたインプだ。

 

 彼は、変わり者と言われていた。

 

 インプたち悪魔種も、お洒落や食事、性交など、自分の好きな事には、並々ならぬ執着を見せる事はある。


 それは悪魔のさがだ。


 だが、彼等は基本的には、大いに享楽的で気まぐれだ。

 無論、これも個人差と言うものはある。

 

 今の所、真面目さが原因で仲間の誰かと争うというような事はないし、ソォールにも何か性があるだろう。

 しかし、彼等の性格を考えると他の種族と比べても、ソォールの場合は真面目であると思われていた。

 

 

  

 畑にやって来たとは言え、ソォール達だけで仕事をするわけではない。

 他のモノたちが集まるまで、暫く時があるはずであった。


 ソォールは、仲間を諫める事を諦めて、横に並べてある、農具の手入れをすることにした。

 草刈りに必要な刃に欠けは無いか、泥汚れは無いか。

 残っていれば、もとより汚れるつもりの格好だ。

 構わずに裾で拭って磨いた。

 

 別段、ソォールとしては、几帳面なつもりは無い。

 しかし、道具がヘタレば仕事が滞る、刃が欠ければ、その欠けた刃は食物を作る畑の上に落ちるのだ。

 当たり前の事だと思っている。

 ようやく出て来た朝焼け、その淡い陽光に道具をかざした。

 光を反射してキラキラと輝いている。

 ソォールはそれを、満足そうに眺めた。

 


 その時、ソォールは気が付いた。

 ソォールの傍で、イルも同じように農具の手入れをしていた。

 

「……。」

「……。」


 お互いに、何を言うでもない。

 ただ、黙々と手入れを続ける二人。


 イルはコマの様に、内向的な性格と言う訳ではない。

 話をすれば、穏やかで社交的な性格をしている。

  

 しかし、イルは、いつも物事の外に居て、皆を静かに見守っていた。

 ただ、唯一、時折、ソォールのやっている事にのみ、彼と同じように、彼の隣で彼の真似をする。

 

「……。」

「……。」

 

 ソォールはこの時間が、不思議と好きだった。

 

 しかし、二人で手入れを行えば、それだけ早く終わってしまう。

 少し名残惜しく感じたが、丁度良く、他のモノたちも集まって来ていた。

 

 

 今日、仕事を共にするのはミシアンの癒し手:メイソンや熟慮断行の僧侶:オンメイ、ファオルトナ教の果敢な弟子:ケニスなどの聖職者8名のグループだ。

 

 再三の話、聖職者と悪魔の組み合わせの特異性など、この国ではいい加減にしつこい話だ。

 ただ、彼等も聖職者と言うだけで、飯が食えるわけではない。

 

 特にEOEの世界は、中世のそれ。

 戦、はびこる世界では、嫌世感は強まり、同時に宗教の力も強くなる。

 故にEOE、転じてミコ・サルウェは、聖職者の数というのはかなり多かったし、ミコ・サルウェの聖職者は、それとは別に農業従事者である事は珍しくなかった。

 

 彼らは、そんなグループの一つだ。

 


「ああ、メイソン。今日はよろしく頼む。……おい! お前ら。皆、集まったぞ。」

 

 ソォールが彼らに挨拶した。

 呆れる話だ。

 ポックス達は信じられない事ではあるが、今の今までずっと喧嘩を続けていたらしい。

 

 ソォールはポックス達の事は好きだし、共に寝食を共にする家族である。

 しかし、こういう所はどうしても性分に合わず、うんざりした気持ちが心を占めた。


「あはは……。おはようソォール。君たちの所は相変わらず元気だね。」

 メイソンが挨拶を返してきた。

 

「さっき、ミルザにも同じことを言われたよ。」

 渋面のソォールは、諦めの心境であった。

 

 この後は仕事が始まり、良くある流れ。

 ゲイリーの教導の元、所定領域の草を刈り、石を取り除き、鍬で土を掘り起した。

 

 作付けも、という話ではあった。

 ただ、想定よりも畑の状態が悪く、今日はそこまでは行けそうになかった。

 

 

 インプの背丈でも、地面と向き合う時は腰を折り、中腰以下の姿勢を取らねばならない。

 太陽は南中を少し過ぎる頃。

 

 難しい体勢で長時間いたせいで、足や腰に軽い、しびれを感じた。

 

 そろそろ休むかという彼らに、耳に澄んだ綺麗な声を掛ける者がいた。

 

「みんな、こんにちは! ちょっと遅れちゃった。……お昼作ってきたんだけど。もう食べちゃった?」

 

 陽光を反射し、眩いまでの白銀の髪に、丸くクルリとした大きな瞳、少し薄い唇の少女。

 天使種のアモルであった。


 インプよりは大きい、140cmほどの身長、人型では小柄に分類される体躯だ。


 畑作業を手伝っている割には、焼けの無い真っ白な肌で、双子の姉妹がいると聞いていた。

 ただ、ソォール達は、未だにその姉に会った事は無かった。

 

 アモルは特にイルと仲が良く、こうして数日に一度ほどの割合で、食事を作っては差し入れてくれていた。

 

「いつもすまない。ありがとう。」

 ソォールがそう、声を掛けると、頬をほんのりと染めて、初々しく受け答えをする。

 

 可憐な容姿も相まって、アモルはアエテルヌムのアイドルだ。

 はじめ、ソォールとしては、イルにくっついている自分たちばかりが、差し入れてもらう事に居たたまれなさを感じていた。

 

 そうではないと、今は知っている。

 ソォールはアモルが苦手だった。

 

 今、他の者と話していても、チラチラとアモルはソォールの事を見ている。

 以前、それを不思議に思って、アモルと仲の良いイルに尋ねると「男っていうのは、本当にだめね。」

 

 どこか母を感じる微笑みを浮かべ、その様な答えが返ってきた。

 

 ソォールも馬鹿ではない。

 その様に匂わせられれば、大体の事を察する事は出来た。

 

 本当は、それに対して、しっかりと向き合わねばならないと思っている。

 しかし、それを考えると、何か考えてはいけない事を考えてしまったようで怖かった。

  

 考えるたびに、ソォールの中でズシンと何かが、己の鳩尾を貫いた。

 そして、そこから、じわっと液体の様に、恐怖がソォールの中に浸み込んでいくのを感じる。

  

 それが何かは、ソォール自身にも分らなかった。



 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今日見つけて一気読みしました。 とても面白いです。 それぞれキャラがたってて魅力的だと思います。 [気になる点] 頻度は少ないですが誤字脱字が気になりました。 あとは38話目で そして…
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