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ミコ・サルウェ  作者: 皆月夕祈
薄暮の悪魔、産声の愛娘
39/123

神聖スカリオン2


(ん?)

 

 ふと、研究者の男が気づく。

 教皇の後ろに、見知らぬ女と少年がいた。

 先程までは、確かに居なかった様に思われた。

 まして、この場はミーミルの地下にある秘密の部屋。

 教皇と他数名しか知らない場所だ。


 明らかな不審者。

 一体いつから居たのだろうか。


「……?猊下?……その者たちは?」

 しかし、2人が余りに堂々としてい為、つい、そう聞いてしまった。

 

「……?」

 ハイエンは訝し気な顔をした後、男が見ている視線をたどり振り返った。

 

 そこには、ハイエンにとっても見覚えのない二人がいた。

「!?……誰だ!?いつ入ってきた!?」

 ハイエンは焦り、一瞬、聖堂に常駐している聖堂守護兵を呼ぼうと考えた。

 

 しかし、何も知らない兵達に、この場所を見られるのは都合が悪い。

 そもそも、この場所は、知る者が特殊な工程を行う事によって、扉へたどり着けるのだ。

 聖堂守護兵はこの場所を知らないし、無論、扉さえ見つければ入れる、というそんな作りにもなってはいない。


(どうやってここへ入った!?)



 ハイエンとしては、ここへは一人で来たし、誰にも見られないように、細心の注意を払った。

 

 しかし、今、ハイエンの目の前には、白雪を被ったような、真っ白な服を着た二人が立っていた。

 

 美人ではあるが、切れ長で鋭くつり上がったまなじり、少し鬱で辛気臭い空気を纏った女。

 そして、可愛らしくこちらを見てニコニコと笑っている少年。

 

 正確な歳など、ハイエンには分かろうはずもない。

 ただ、恐らく女は30手前、少年は10代前半くらいに見えた。

  


 ハイネンは武器を求めて、自らの懐に手を延ばそうとした。

 しかし、その時、少年の方が「あっ!」と何やら思いついたような仕草をした。

 ハイネンの動きが止まってしまう。

 

 研究者の男も、ハナから状況が理解しきれていないし、そもそも、男は戦いや、陰謀を行う者ではなく、荒事ではハナから役には立たなかった。

 

 少年は、そんなハイネン達を尻目に、自らの頬に可愛らしく片手を添え、ハイエン達をチラチラと流し見ながら、女の方へ耳打ちする様に、何事か囁いた。

 

「……」

「?」

 

 何を言ったのか。

 ハイネン達には聞こえなかった。

 しかし、次には女が呆れたようにため息を吐くと、少年の鼻を摘まんで、上へと引き上げた。

 

「ん~~~!?」

 

 女の姿は、悪さを働く息子に仕置きする母の様にも見えた。

 少年は焦り、子供らしく暴れ、女の細く、長い指を振り払った。

 

 

 そして、不満げに頬を膨らませて女を睨むと、女の腰のあたりを、軽くパシパシと叩きはじめた。

 女は相変わらず、辛気臭い顔に、若干の笑みを浮かべて「はいはい」と適当にあしらっていた。

 

 この光景は、場所が違えばそれなりに微笑ましいことだろう。

 しかし、ここは地下深くの秘密の部屋、椅子に括りつけられた男の死体に失神した女。

 この場所でその様に、自然体でいる事の不自然さ。

 ハイネンの目には、彼女達がひどく不気味に映った。

  

 

 取り合わない女に嫌気がさしたか、今度はハイエン達に少年は話しかけた。

 

「ねえ、おじさん達さ~。天使になりたいの?」

 無邪気そうな少年の声。

「そうだ……。」

 

 答えてから、ハイエンは自身を疑った。

 何を真面目に答えているのか、そんな事よりも、この少年たちに対しては、聞かねばならない事があるはずだ。

 

 しかし、ハイエンは少年の言葉を待った。

 何故だろうか、自分自身でも不思議に思いながら。


 しかし、ハイエンはこれでも、教皇。

 信仰の探究者。

 聖職者として、探究者として、余計な事は聞くな。

 これを逃してはいけないと自分の中の何かが訴えてくるのだ。

 

「我々、カテドラル派は、生きながら天使に至る方法を模索している。」

 

 そう、ハイエンが答えると少年は、に~っと笑顔を浮かべた。

「そっか~。じゃあね~。」


 少年はハイネンの後へと、何かを掴む様に手を伸ばした。

 

「ふへ~ぇ?」

 何やら間抜けな声と共に、ドサリと何かが崩れ落ちる音がハイネンの耳を叩いた。

 ハイエンが振り向くと、研究者の男が倒れていた。

 ハイネンは反射的に、近づいて観察した。


 

(……死んでいる。)

 ハイエンの背筋に今更、戦慄が走った。

 やはり、このような場所で、ニコニコとしていられる時点で、真っ当な子供なわけはないのだ。

(悪魔か?)


 天使を信奉するアルカンジュ教。

 ユダヤや、キリスト教、そのどれでもないが、天使と対を成すのはここでも悪魔であった。

 

 今、ハイエンは、軽々とこの男の命を奪った子供に、背を向けていた。

 向こうの事は解らないし、向こうもハイネンの正面は見えない筈だ。

(どうするべきだ……?)

 冷汗が、額から頬にかけて流れていくのを感じた。

 

 一度は取ることを止めた懐の武器へと、後ろの悪魔に気取られぬ様に、またゆっくり手を伸ばした。

 

「ねえ、おじさん」

「!? な、なんだ!?」

 先ほどよりも、近く、すぐ後ろで声が聞こえた。

 それに驚き、慌てて振り向くと、すぐ目の前に、かわらずニコニコと、無邪気に笑う少年がいた。

 

 そして少年は、ハイエンに自らの掌を見せた。

 彼の掌には、白く輝く結晶が載せられていた。

 ハイエンは、このような美しい結晶は見たことがない。

「はい。」

 その結晶を、突き出した。

「?」

 手に取れというのだろうか。

「これを使えば一人だけだけど、天使になれるよ。」


 ハイエンはあまりの事に再び言葉を失った。

 ハイエンは自らが食い入るように結晶を見つめる事を、止められなかった。

 

「ほら、あげる。」

 ハイエンが動けず無言でいると、少年は早く取れと促してきた。

 慌ててハイエンは結晶を手に取ると、思っていたよりも軽く、一瞬、取り落としそうになった。

 

 

「ふふ。気を付けてね。割れたら天使になっちゃうから……。あ、でもおじさん天使になりたいんだっけ? じゃあいいのか。」

 そう言って、何が楽しいのか、ケタケタ少年は笑いだした。

 

 未だ、ハイエンは結晶を、魅入られた様に見つめている。

 もはや、先ほどまで殺そうとしていた事も、男が一人殺されたことも頭にはなかった。

(今か? ここでか? 人前で使わねば証明はできないか? 私が使うのか?)

 

 疑う事もなく、頭にあるのは、この結晶の事だけ。

 それだけの神秘性を、ハイエンはこの結晶から感じていた。

 そこへまた、子供が言葉をかけた。

 

「この結晶は使ったらお終いの一個限り。……ふふふ、でもね? この国の東に……。」

 

 その言葉を聞いたとき、いままで黙っていた女の眉がピクリと反応し、こちらへ近づいてくた。

 

「ここの東にある国に攻め込めば、もっと天使が手に入ると思うよ? 勿論、戦争だから人は死んじゃうけど……イタイ!何するんだよ!?『衰微するもの』!」

 

 女は少年の後ろへ立つと、思い切り頭をはたいた。

 そして、存外に長い指で、少年の首根っこを握りしめる。

 

「いい加減にしろ」

 女は女性の中では、低めのアルトボイスで少年を叱責した。

 

「何をそんなに怒っているのさ!?」

 首を掴まれ、猫の様にぶら下がる少年に対して、女は冷たい視線を向けた。

「『消えゆく灯火』。 悪戯にしても流石に目に余る。……『時を巡るもの』と共に説教だ。」

「うえ~。僕、あいつ苦手なんだよ……。」

「いいから来い。」

 

 女の突然の行動に困惑するハイエンを放置し、彼女たちの姿は明滅し、そのまま消えてしまった。

 後に残されたハイエンは、暫く茫然としていたが、再び自らの手の中にある、白く輝く結晶を見つめた。

 

「東へ……東……。」

 そして、ハイエンはまるで熱に浮かされた様に呟きつづけ、ふらふらと部屋を出て行った。


 

 

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