一話・小町藤《ハーデンベルギア》
私は生まれつき体が弱い。
今まで何度も大きな怪我をしたり、病気にかかったりしてきた。
そのため入院ばかりで、小中と友達もできないまま、病室や保健室、自宅のベッドの上で本ばかり読んで過ごしてきた。
しかし、高校に入学し、今度こそはと意気込んでいた。
意気込んではいた。けれど。
入学式、座りっぱなしだったり立ちっぱなしだったりと、ずっと動かずに一定の姿勢を保ち続けて少し気分が悪かった。
「大丈夫?」
「え?あ、うん。ちょっと気分が悪いだけ、気にしないで。」
「そう?けっこう辛そうに見えるけど、先生に言って隅で休ませてもらえば?」
「い、いえ。せっかくの入学式ですし、保護者の方々もいらっしゃいますし、目立つ行動はしたくないので。」
「あー、そうだよね。保護者居る時に立って先生の方行くのって勇気いるよね。しかも先生の名前も全く分かんないし。」
「ですね。まぁ、耐えられるので。」
と、入学式の時点で体調は既に悪く、名前も知らない隣に座ってた人に心配されてしまった。ここまではよかった。この後、無理をしていた為、教室に行く途中で倒れてしまった。
「うわっ!せ、せんせぇ!えっとえっと、名前分かんないけど女の子が倒れましたー!」
「えぇ、だ、大丈夫!」
「あ!さっき入学式で体調悪そうな顔してた子!」
「柚野さんっ!大丈夫ですか?どなたでもいいので何人か、保健室まで運ぶの手伝ってください。他の人達は副担任に教室まで案内してもらってください。」
そこで意識は途切れ、起きたら保健室のベッドの上、これから長い付き合いをすることになる保健室端の窓際にあるベッド。そこで書類等の配布物を渡され、担任から説明を聞き、クラスメイトと大して顔を合わせる事もなく帰宅となってしまった。自己紹介の前に倒れてしまい、名前やら出身校やら趣味やら、周りの人のことをよく知ることができなかった。
その後も、最初の頃は倒れたことを心配して近づいてくれた子もいたが、何かと直ぐに怪我をしてしまうため、その原因になって周りから責められるような状況を恐れてか、次第に近づかなくなっていった。べつに治療費の請求とかするつもりは無いんだけど。
そして、まだ五月に入ったばかりなのにもう孤立してしまっている。
結局、何も変わらなかった。
中学を卒業する前、昔からお世話になっている大型病院の医師さんに余命を宣告されてしまった。
あと二年...それが残された時間。
その時、二つの選択肢を与えられ、私は入院して少しの延命をする事よりも、今まで通りに学校に行く事を選んだ。残り時間が短いなら、今まで叶えられなかった事、できなかった事をやってみたかった。
なのに、結局意味なんて無かった。
何も変わらなかった。
今日も保健室のベッドの上で目を覚まし、倒れた時の事を思い出して、そんないつも通りの暗い考えを巡らせてしまっている。なんのために高校に通っているのだろうか。
いや、もう考えるのはやめよう。落ち込むばかりで意味がない。考えたところで健康になんてなりはしないのに。
暗い気持ちになるだけだと分かっているのについ考えてしまう。
とりあえず、目を覚ましたし、一応、今の体の状態は自分の中では元気な方なので、教室に戻ろうと思い先生の名前を呼ぶ。
しかし、今は居ないようだった。時計を見ると昼休みだったので、お昼ご飯でも食べに言ってるのかもしれない。まあ、保健室が留守になる時間は意外と多いので気にせず、次に来た時に礼を言おうと考えながら起き上がり、ベッドから降りる。
と、隣のベッドがカーテンで囲ってある事に気付いた。隣で誰かが寝ている。
そう気付いたので、起こしてはいけないと思い、ゆっくりと移動しようと思ったが、起きたばかりだったからか、足がふらついてしまい、ベッドから降りて一歩目で転んでしまった。
それも、隣で誰かが寝ているであろう方に転んでしまい、咄嗟にカーテンを掴んだが、上で留めてあるカーテンが大きめの音を立てて外れていき、床に落ちたカーテンの一部を掴みながら隣のベッドの上に上半身が乗る形になった。
そこでベッドの上に座っていた人と一瞬目が合う。
が、すぐに私の視線は別のところに向いた。
そこに座っていた人は丁度包帯を巻こうとしていたところらしかった。
目に入ってきたのは彼女の上半身。
怪我のしやすい私の体と比較しても傷痕が多かった。
じっと彼女の体の傷を見ていると、頬を少し赤くし、横に置いてあった制服を手に取って、自分の体をさっと隠した。
衝撃的な光景につい見入ってしまったが、普通に考えたら他人の体を、ましてや傷痕を凝視するのは失礼だと気付き、
「あう、えと、その...ご、ごめんなさ...い。」
少し焦りながらも謝罪をした。
「あ、いいよ別に。こんなの見せてごめんね。怖い...よね。あ、でもでも、喧嘩とか不良とか、全然そんなんじゃないからっ。」
その人はそう言って、少し悲しそうな顔をして俯いた。
その傷痕のことを気にしている。ほぼ確実に。
そう思い、咄嗟に自分の制服のボタンを外し始めた。
「え?ちょ、ま...待って、なにしてるの?別に脱がなくていいから。」
その人が焦ってそう言っている間にボタンを外し終え、制服の前を左右にめくった。
と、こっちを見て焦って慌てていたその人が私の体を見た瞬間に固まった。
「...え?」
言葉に詰まったかのようで、混乱しているのが分かったので、
「ほら、私にも傷は沢山あるので、そんなに気にしなくていいと思いますよ?」
と言い切った。
少し落ち着いたかと思ったが、その人はなんともいえない表情で、
「ねぇ、それ誰にやられたの?気にしなくていいわけ...。」
と、そう言った。言いながらだんだん声が小さくなっていったので、最後の方は聞き取れなかったけど、その瞬間、今度は私が混乱した。
「え、いや。その、私のは自分で怪我してるんです。体が弱くて倒れたりすることが多いので、それで地面で擦ったり、物にぶつかったりして。あ、あと手術の痕とか。ですけど、あの、誰にやられたって、え?あの、あなたは誰かにやられたってこと、なんですか?」
混乱して、正しい日本語を話せているかも分からないまま、思ったことを口に出した。
すると、その人も答えてくれた。
「う、うん。私、一年の時からずっと虐められてて、全部、その人達にやられたの。ごめんね、私、あなたのその傷も私と同じかと思っちゃって。」
そう言って申し訳なさそうな顔をする。
「あの、誰か味方になってくれる人はいないんですか?先生とか。」
「無理....ほら、学校側も変な面倒ごとには関わりたくないっぽいし。それに、私を虐めてる人、先生の前では真面目ぶってて、成績もいつも学年二位で、委員長もやってて、先生に信用されてるし、クラスでも中心にいるから。先生は信じてくれないし、他の生徒はみんな、自分がやられたくないから下手に関わらない人と、そもそも私が虐められてるのを知らない人だけなの。」
かなり面倒な状態らしい。まあ確かに、自分が次の標的にされるのは怖いだろうし、先生も周りに人気で成績の良い委員長を信じるだろう。
「てか、その人。なんで虐めなんかしてるんですか?先生に信用されてて周りにも人気なら、普通に虐めなんかしないと思うんですけど。そういう人ほどバレた時のリスク大きいでしょうし。」
虐めがバレたら、先生からも信用されなくなり、それで学校から処罰を受けたら、万が一、退学を免れたとしても孤立する。リスクしかない。
「虐められるようになったのは一年の二学期から。さっき言ったでしょ、その人いつも学年二位って。たまーにいない?なんでも自分が一番じゃないと気に入らないような自己中な人。一学期の中間と期末で私が一位を取ったのが気に入らなかったらしくてね。もともと私、教室でも本を読むか勉強するかで、クラスの人との食事会とかカラオケとか、そういった遊びの誘いも全部断ってたの。それで、クラスみんなでの親睦会とかそういうのにいつも不参加で感じ悪いって思われてたらしいの。で、一学期の中間試験の時、自信満々にかなり解けたとか、私が一位だなとか仲の良い人達に言ってたのに結果が二位で、しかも一位を取ったのが感じ悪いって思ってた私で、すごく腹が立ったらしくて、期末の時に中間の時以上に勉強してきたらしいんだけど、その時も二位で、私が一位で、それで完全に怒っちゃって、私を呼び出して、クラス行事にも参加しない陰キャの癖に調子に乗るなとか、次また勝手に一位取ったら承知しないからとか、意味不明な事をいろいろ言って帰ってったんだけど、私は成績落とすなんて嫌だし、二学期の期始めでのテストでも一位を取って、そしたら案の定突っかかってきて、またいろいろ言ってきたから、なんであなたのために成績落とさなきゃならないんですかとか、一位取りたいなら周りの人達と遊んでないで勉強すれば良いじゃないですかとか言い返したんだけど、また理不尽に逆ギレしてきて、次の日からその人とその周りの仲の良い人達から嫌がらせされるようになって、次の中間の前にこれ以上何かされたくなかったら悪い点数取れとか意味不明な事言われて、でも成績落としたくなかった私は普段通りにやったんだけど、それであいつら、また一位取ったって事は何かされても良いって事だよねとか言ってもっと酷い嫌がらせをしてくるようになって、だんだんエスカレートしてきて、服着てたら痕が見えないようなところを殴ったりとか。で、さっきも殴られたり蹴られたりして、保健室で包帯巻いてたらあなたが倒れてきたって感じ。」
なんというか、話を聞いていて呆れるような内容だった。理不尽っていうより、脳に障害でも持ってるんじゃなかと思うくらい馬鹿すぎる動機だ。それに、暴力とか、聞いててかなりイライラしてきた。そういうのは痛みを知らないから簡単に人にできる行為だ。
イラついたような表情で黙っていた私を見て、その人は直ぐに焦った口調で喋り出した。
「あ、ごめんね。こんな話、聞かされても困るよね。気分悪くしちゃったらごめんね。それに、もし見られてたらあなたも巻き込まれるかもしれないし。ほんとごめんね。」
「いや、何言ってんですか。先輩が謝ることなんて何もないじゃないですか。私っ、一人でも先輩の力になりますよっ!私も小学生の頃虐められてましたし、何より病弱で、怪我とかばっかで、痛みもよく知ってるんで、人に簡単に暴力を振るうようなゴミを見過ごせません。」
そこまで言ったところで、先輩が目に少しだけ涙を浮かべながら困惑した表情をしていた事に気付いた。
「いや、でも。あなたまで巻き込んじゃうし。」
先輩はまだ言い続けそうだったけど、そこまで言ったところで、
「構いませんっ!私、絶対に先輩を助けてみせますから、私に協力させてください!」
と、強めに言って遮った。
すると、先輩は目に浮かべていた涙を落としながら、
「ありがとう。」
と、とても小さな声で呟いた。
「私、柚野小鈴です。先輩は?」
微笑みながら、先輩に右手を差し出すと、
「私は、紫野桃葉。小鈴ちゃん、ほんとにありがとね。私なんかに優しくしてくれて。」
そう言って、涙を流しながら顔を綻ばせて、私の右手を両手で包み込んだ。
「いえ、私なんかなんて言わないでください。桃葉先輩、すごい人じゃないですか。私、入院とかばっかで、勉強は苦手な方なので、周りがそんな状態なのに一位取れるなんて、尊敬しちゃいますよ。」
「う、うん。分かった。ありがと。あ、じゃあ小鈴ちゃんも、先輩なんて付けなくていいし、敬語も使わなくていいよ。私は助けてもらう側なのに敬語使われるのはちょっと。」
「あ、はい。分かりまし...じゃなくて、分かった。えと、よろしくね、桃葉ちゃん。」
「うん、よろしく。」
「じゃあ、桃葉ちゃん。連絡先、電話番号でもメールアドレスでもなんでもいいから教えてもらってもいい?連絡先分からないのは流石に不便だし。」
「うん、分かった。」
と言うと桃葉ちゃんは少し微笑んで、
「なんか、嬉しいな。私、友達居ないから、初めて友達ができたって感じで。」
と、少し照れ臭そうに言った。
そこでやっと気付いた。私、友達ができた。病院にいながらずっと憧れてたことがやっと叶った。
「桃葉ちゃんっ、私のこと、友達って思ってくれるの?私と、友達になってくれるの?」
そう言うと、
「え?もちろんだよ。むしろ私からお願いしたいくらい。」
と、とても嬉しい返事をしてくれた。
「嬉しいです。私、ずっと入院とかばっかだったから、友達ができたことがなくて、ずっと一人だったので、ずっとずっと憧れてたんです。」
「そっか。私もずっと一人だったし、お互い、初めての友達だね。ねぇ、小鈴ちゃんじゃなくて鈴ちゃんって呼んでいい?友達っぽくあだ名で。」
「は、はいっ。じゃあ私も、桃ちゃんって呼んでいいですか?」
「もちろん。」
と、そこで予鈴が鳴った。五時間目の授業の始まる五分前だ。
「もうそんなに時間経ってたのか、急がないと。じゃあまたね、鈴ちゃん。放課後、連絡するから。」
と言って桃ちゃんが立ち上がった。
「うん、分かった。またね。」
そう言いながら、私も立ち上がる。
どうせ何も変わらない、今まで通り、ずっと一人で、高校に通う意味なんか無いと思ってた。なんのために高校にきたのか、ずっと悩んで苦しんでた。でも、やっと意味ができた。私は必ず桃ちゃんを、たった一人の友達を助ける。周りには、出会ったばかりの人のためにそこまでするかって思われるかもしれないけど、痛みも、悩む辛さも、一人の孤独も知ってるから、放っておくなんてできないし。私の事を、初めて友達って言ってくれた人だから。心から言ってくれた言葉だって思えるから。だから助ける。私の高校生活にもそれなりの意味があった。
桃ちゃんを虐めてる奴に復讐する
きっとそれが、私がこの高校に通う意味。
「絶対助けるから。」
そう呟いて教室に戻った。
柚子
花言葉 恋のため息
朝顔(紫)
花言葉 冷静
小町藤
花言葉 運命的な出逢い