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家に帰ると、エアコンの電源は切ってあり、窓は開いていて、網戸が敷かれている。グレゴリの姿も見当たらなかった。ぬいぐるみといえどもグレゴリの場合は喋れるし動けるので、勝手に外出する、というのはよくあることだ。それにエアコンの電源をちゃんと切ってから外に出るなんて、気が利くなあ、なんて、思っていた。しかし、こんな暑い中、外へ出ようなどと思うのは、暑さを感じないぬいぐるみくらいのものだろう。こんな真夏に、用もないのにわざわざ外へ出るなんて、考えられないことだ。
エアコンとテレビをつけ、俺はベッドの上に横たわりながらグレゴリを待った。今日起こった出来事を、唯一の友達に伝えたくて仕方がないのだ。
やがて日も暮れ、空が薄暗くなり始める頃、また、ようやくエアコンの冷気が部屋中に行き届き始める頃、窓の外に細長い影が見えた。
グレゴリーペックだ。エアコンをつけるために窓を閉めていたので、中には入れず、外に佇んでいた。おっ、と思い、俺は急いでグレゴリを家と迎え入れる。グレゴリは、家に入るなり、何故かとても上機嫌な様子だった。
「おおぉぉ!!匠、帰ってきてたのか、おかえり!って、俺の方が後に帰ってきたからただいまか、ただいまー!!!」
「お、おう」
なんだかやたらとテンションが高い。俺はグレゴリのテンションに圧倒されながらも、そのテンションの理由が気になったので、自分の話をする前にまず、訳を聞いてみようと思った。
「どうしたの、今日はやけにテンション高いな。昨日はあんなにどんよりしてたのに」
冗談っぽく皮肉を交えながら、ストレートに質問をぶつける。
「え、俺テンション高い?!」
「いや、たけえよ」
「実はな、昨日の猫、いたろ?ほら、あそこに座ってた野良猫」
「うんうん」
グレゴリは窓の外を尻尾で指す。
「俺な、匠の言う通り、声かけて、名前聞いたんよ、タマって言うんだって」
「まじ?!やったな!」
驚いた。すごいやつだ。自分の非現実的な容姿が受け入れられるかどうか、かなり不安はあったろうに、勇敢なやつだ。リスペクトする。
驚いている俺を気に留める様子もなく、グレゴリは話をどんどん進める。
「それでな、俺、ぬいぐるみでヘビで、なのに動くって、珍しいじゃん?だからね、タマ、珍しがって、俺に興味持ってくれたわけ。それでちょっと仲良くなって、ちょっと話してた」
「グレゴリ。お前すごいな。やっぱり一歩踏み出す勇気って、大事だよな。よかったじゃん」
ありがとう!、なんて、グレゴリは興奮気味に話している。どうやら、グレゴリは、大切なことに、俺よりも早く気づいたようだ。よかった。よかった。これなら、俺の今日の出来事をわざわざ話さなくてもいいや。
俺も気分が良かったし、グレゴリも気分が良さそうだ。2日ぶりに、穏やかな夜を迎えられそうだ。