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さっきまで、俺はよしみのことを心の中で、面倒くさいやつだとつっぱねていた、が、今では多少彼女に対する見方も変わり、真剣に、話に耳を傾けている。
どうやらよしみも俺と同じように、本音ではあまり一緒にいたくはないが、かといって1人になるのは怖いため、波風立てずに大学生活を送っているらしい。
「俺も、同じ。自分の思っていることをぶつけてしまったら、大切な、今まで自分が築きあげてきた大切な何かが失われてしまう気がして怖い。」
俺はこの時初めて、本音の一部分をグレゴリーペック以外の人間に話した。なんだか、すっきりももやっともしない、なんとも言えない複雑な気持ちだ。よしみはと言うと、俺の話をうん、うん、と、頷きながら聞いてくれた。
「やっぱり、匠もそう思ってたかー!」
「え、バレてた?」
「当たり前よ、あんた1人だけいつもテンションが違うもん」
ははは、そうかー、なんて、その後も、俺たちは楽しく談笑した。例えば、芳樹の話や、この間の面倒くさい洋服の話。テレビや小説の他愛もない話など、普段話すことのない相手との本音トークはとても楽しく、気づけば時計の針は午後4時を指していた。
「あっ、やば。私、これからバイト。今日は楽しかったよ。ありがとう。匠と話せて良かった。また明日ね!」
よしみは俺に有無を言わさず、また明日などと言い、ファミレスを出ると、駅まで駆けていった。俺はその後ろ姿を目で追う。夕方の西日が射していたので、よしみの走る姿ははっきりと見えないが、眩しい光の中に段々と吸い込まれていくように、視界から消えていった。
俺はそれを確認してから、ゆっくりと駅に歩き始めた。
こんな経験は今までの人生において無かったことである。人間とは、本音を突き合わせれば分かり合えるものなのか。グレゴリ以外の人間と、あんなに楽しい会話が出来たのは初めてだ。帰ったらグレゴリにも教えてやろう。
大切なのは、勇気を出すことだと。
駅まで辿り着く頃には、汗でTシャツもべたついていたが、俺の気持ちは清々しく、爽やかなものだった。
(匠と話せて良かった)(匠と話せて良かった)
(匠と話せて良かった)(匠と話せて良かった)
(匠と話せて良かった)(匠と話せて良かった)
(匠と話せて良かった)(匠と話せて良かった)
(匠と話せて良かった)(匠と話せて良かった)
電車に揺られている時も、最寄りの駅から家までの道のりを歩いている間も、何度もよしみの言葉が頭の中で反芻した。それだけに印象に残る言葉だった。
それは、俺の方も、よしみに対して全く同じ感情を抱いていたからだ。