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図書館を出、大学の校舎を後にした俺は、ふと横に立っているよしみの様子を伺う。様子を伺うといっても、彼女に目を向けただけだ。
よしみは何やらスマートフォンに夢中になっているようだ。俺よりも頭半分低い背丈に、それに、少しだけ派手な服装と茶髪のロングヘアーは、垢抜けた女子であることの何よりの証明だった。
俺は、しばらくスマートフォンの画面が映った彼女の大きな瞳を覗きこんでいたが、やがてその瞳に映るものが自分の姿であることに気づくと、今までぼーっとしていた意識が、呼び戻される。
「やっぱ近くのファミレスがいいね、いこっか」
俺は、うん、とだけ返事をして、ファミレスまでの短い道のり、よしみの横に並んで歩いた。
時間にすると5分もないが、特に俺たちは会話をするわけでもなく、ただスタスタと目的地に向かった。暑さで喋る気力もないし、これといって話す話題も無かったからだ。
「ここだよー」
足を止めた俺たち。ここで初めて、よしみが口を開いた。俺も友達付き合いで何度も訪れたこのファミレスは、昼時ではあるが、夏休みなので学生でごった返すようなことも無く、すんなりと席に着くことが出来た。店内ではエアコンの冷気がひんやりと漂っていて、図書館よりも涼しく、とても居心地が良かった。
俺が席に荷物を置いている間に、よしみがセルフで水を2人分、取ってきてくれた。流石は、
気難しい人間関係、それも女子の間で垢抜けたグループに所属する女は気が利くなあ、と、心の中で憎まれ口をきいていると、彼女は既にメニューを開いて眺めていた。
「やっぱりサイゼは安いねぇ、あ、1人で見ちゃっててごめんね、匠はなんにする?」
「いや、大丈夫大丈夫、俺、いっつも頼むもん決まってるから」
俺は明るく笑顔を見せると、よしみも少しだけ微笑む。結局俺たち2人は、入店して僅か2分ほどで、料理を注文したのだ。
こうやって2人で話すのって、意外と初めてじゃない?なんて、他愛も無い会話をしていると、じれったくなったのか、よしみは急に突拍子も無いことを言い出した。
「ねえ、ていうかさ、匠って、私らのグループ、特に、芳樹とかのこと、嫌いなの?」
「は?(笑)」
面倒くさい。ああ面倒くさい。やはりこいつもそういうくだらない話題が好きな一端の大学生か。近頃の若者は人間関係に不必要に敏感で、不必要に頭を突っ込む。こんな言い方をすると、あたかも自分が年配の人間であるかのようだけれど、この「近頃の若者は」という決まり文句は、どこかのテレビのどこかの年寄りコメンテーターが言っていたものだ。グレゴリと一緒で、ついついうつってしまう。しかし、年寄りがそう言うということは、昔はここまで面倒くさくなかったのだろうか。だとしたら、どうやら俺は生まれる時代を間違えたようだ。
「だって、いっつもみんなで一緒にいても、あんまり話聞いてないし、なんか自分の世界に入っちゃってる感じ。誘いにもあんまり乗らないでしょ。その証拠に、昨日も体調悪いって嘘ついて図書館いたし」
あり得ない、といった様子で苦笑いを浮かべる俺に遠慮することなく、よしみは答えようもないことを聞いてくる。しかし、こんな疑いをかけられることは甚だ心外である。答えようによっては、地雷を踏むことになると思い、仕方ないのである程度本心に近い理由を話してみようと思った。
「ううん、全然嫌いじゃないし、芳樹とかのことも全然好きだよ」
「じゃあどうして?」
俺の声に被さるかのように、よしみは食い気味に訳を聞いてくる。あまりのテンポに一瞬言葉に詰まったが、一旦呼吸を整える。
「夏にバーベキューをするのはキツイから」
俺の快心のネタに、よしみは一瞬目を丸くしたが、すぐに意味が理解出来たのか、あははっと、声をあげて笑った。
「でしょでしょ!私と同じだー、てか匠って、面白いんだね!知らなかったよ」
「いえいえ、でも行きたくないって言うのも悪いしさー」
うんうん、そうだよね、と、俺たちはある程度会話を弾ませることが出来た。そこでようやく、会話に一呼吸が置かれたのを確認するかのように、注文した料理が運ばれてきた。
俺はハンバーグ、よしみは謎のグラタンのようなものだ。それらを食べている間は特に会話は無かったが、食べ終わると、今度は俺が水を運んだ。ありがとう、と言い、よしみは再び口を開いた。
「私さ」
「ん?」
「疲れるんだよね、いつも」
「どゆこと?」
彼女は水をぐいっと一気に飲み干し、自分の胸の内を曝け出した。
「みんなといるとさ、本当の自分でいられないっていうかさ」
「うんうん」
相槌を打ちながら、俺は珍しく真面目に話を聞いてみようと思った。少し、興味をそそられる話題だったからだ。
「思ってること正直に言ったら、嫌われるじゃん?ほら、現に匠だって芳樹に嘘ついてるのもそういうことでしょ?だからみんなといると疲れる。かといって、1人になるのは嫌。本当、
どっちつかずだよね」
そう言ってよしみは、呆れたように笑う。
しかし、驚いた。俺と同じような考えを持っているやつが、あの仲良しグループにもう1人いたとは。そう思った途端、俺は心の奥底から、彼女に対するシンパシーの感情が湧き上がってくるのであった。