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日も暮れて、図書館の窓から差し込む日差しも陰りを帯びてきた頃、数時間ぶりによしみが口を開いた。




「あーおもしろかった。読み終わったから、私帰るね。それじゃ!」




「ばいばーい」




俺が気のない返事をすると、彼女は本をカバンにしまい、スタスタと出口の方へ歩いていった。あまりに短い挨拶だったが、むしろその方が俺にとって有難い。

しかし、彼女が読んでいた本は図書館の本ではなく、自分で持ってきたものだったのか。

自分もそうすれば良かったと思いながら、俺は分厚い法律の本をバタっと閉じる。意外に大きな音が出たので、近くにいた学生がちらっとこっちを見る。夕方の図書館は、来た時よりも空いていて、帰り時のようだ。法律の本を片付け、俺も急いで駅に向かった。今度は、太陽から逃れる為ではなく、帰宅のラッシュに巻き込まれない為だ。




家に着く頃には、時間のせいもあってか、腹が空いていた。時刻は大体18時。当たり前だが夕方は昼間よりも涼しく、俺の心に少しゆとりを持たせるものであったため、少し遠回りしてコンビニで夕食を買ってから、そそくさと家路についた。

家の前まで来た時、ズボンの右ポケットに微かなバイブレーションを感じる。家に入る前に、面倒なことは自分の脳内で処理してしまいたかったので、俺は玄関のドアを開ける前に、立ち止まり、スマートフォンを取り出す。

バイブレーションの正体は、芳樹からのグループLINEだった。

そういえば今日はみんなでバーベキューにいったのか。俺とよしみを含む仲良しグループLINE。





(楽しかったな!今度は匠とよしみも!)





芳樹のメッセージの後、続々と今日の写真が送られてくる。ピンポン、ピンポン、と、俺のスマートフォンは騒がしくなるばかりだ。俺はその写真にちらっとも目を通さず、適当なスタンプを送り、電源を閉じる。

芳樹は、俺とよしみが本当は行きたくなかっただけだということを知らないし、気づいていない。



つまらないことに時間をとられている間に、気づけば額に一筋の汗が伝っていくのが分かる。

俺は急いで玄関の鍵を開け、部屋に転がりこむ。狭い部屋の中にはエアコンの冷気がひんやりと行き渡り、床に寝転んでも気持ちが良い。一度部屋の入り口で寝転ぶと、気持ちが良すぎてなかなか起き上がることが出来ない。というより、起き上がる気にならない。

ずーっと玄関の先で仰向けになり、ぼーっと天井を見つめていると、ドスの効いた友達の声ではっと我にかえる。





「おーい、いつまでそこで寝っ転がってんだよー、はよこっちこい」





仕方ない。渋い唸り声をあげながら、俺はじたじたとベッドの近くまで歩く。この部屋は、大学生の部屋にしても格別狭く、ベッドが部屋の大部分を占める。そのベッドに、今日はグレゴリが横たわり、ぼーっと窓の外を眺めていた。





「グレゴリぼけっとすなー」




俺が小さい頭を小突くと、グレゴリは鬱陶しそうに振り返る。

なんだか今日は様子がおかしい。




「何、今日変だな。こわいテレビでも観たの?」




何時もなら突っ返すような俺の茶化しにも、首を横に振るだけで、さして反応は無い。俺は少し気になったので、今度は真剣に、訳を訪ねてみることにした。




「マジで、今日様子が変だよ。なんかあった?」



グレゴリは今度は俺の言葉に反応し、窓の外の方に目を向けた。グレゴリの目線の先には、猫が1匹、遠くの方に佇んでいた。野良猫だろうか。




「あの猫。いつもいるんだ。俺、気になっててさ。」




「え、あの猫を気になってるの?」




俺は吹き出しそうになるのを堪え、平然を装いながらグレゴリの顔を見る。しかし表情はいたって真剣だった。これは俺も、真剣に答えなくてはいけないようだ。





「お前、ぬいぐるみにしては珍しく、動けるんだからあっちまで行って名前でも聞けば」





「そんな簡単に言うない。相手は本物の猫やぞ。ほんで俺はヘビ。気持ち悪がられるやろうが」




グレゴリはヘビではなくて、正確に言うとぬいぐるみだし、何故急に関西弁になるのかは甚だ疑問ではあるが、その主張は至極真っ当で、切実になものだった。


うーん、と唸ってしまった俺は、グレゴリに何も気の利いたことを言ってやれなかった。

何故ならば、俺自身も周りの人間の顔色ばかり伺い、本音で語ることを避けてきた人間だからだ。俺がグレゴリの立場でも、どうして良いか分からないだろう。



俺とグレゴリは黙り込んでしまい、とても深刻な時間が流れた。珍しく俺は友達のためにどうしたら良いかを真剣に考えたが、何も思いつかなかった。グレゴリの現在の切実な悩みは、俺の人間関係に、リンクしていないようで、リンクしている。そんな気がして、とても他人事とは思えなかったのだ。

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