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目を覚ますと、なんだか体に心地良さを感じる。
「おう、やっと目が覚めたか。どうだ、涼しいだろ、16度だぜ。」
「ん、んんんんん」
寝ぼけながら、グレゴリが言っている言葉の意味を一瞬考える。1分くらい考えて初めて、何を言っているのか理解できた。
「16度?!?!?!」
「おう」
さも当たり前のことのように返事をするグレゴリに、俺はしっかりと喝を入れることにした。
「16度って、寒すぎだろ!!ちょ、お前もう勝手にリモコンいじるな!」
「はいはい、で、匠は今日から夏休みだろ?
1人でもいいから、どっかに出かけたら?」
渾身の説教にもまともに取り合わず、グレゴリは昨日の夜、寝る前に俺が考えていたことを提案してきたのだった。さすがは友達だ。息も合う。さらには今日は天気も良かったので、そういった提案をしたくなるのも無理はないだろう。しかし、真夏の快晴というのは、人間にとって、いや、俺にとって、出かけるのに適した天気だとは決して言えなかった。
「それはそうした方が良いのは分かってるんだけどさ、ほら、俺、外で遊ぶの嫌いだろ?
行くとこないんだよねー」
俺はエアコンの温度を20度に戻しながら、何気なくテレビの電源をつける。既に昼のワイドショーが流れていた。普段観ることのない番組をリアルタイムで観るのは、とても新鮮なものだ。そんな俺の行動を、グレゴリはいちいち、確認するようにじっと見つめている。
「いやいや、何も遊ぶことだけが夏休みの醍醐味じゃないぜ。学生の本分は勉強だろ?何もすることないなら図書館にでも行って有意義な時間を過ごしたまえ。」
「おっなるほど、言うこと言うね、ぬいぐるみのくせに」
「ぬいぐるみのくせには余計だよ、だっはっは!」
2人で顔を合わせて笑いあった後、急に我に帰る。そうだ。確かにそうだ。グレゴリーペックの言う通りである。2ヶ月近くある夏休みを勉強に使えば、どのくらい有意義な時間が過ごせるだろうか。どのくらい知識を身につけることが出来るだろうか。俺はグレゴリの案を採用し、
今日は自分が通っている大学の図書館へ足を運ぶことを決断した。
さっさと身支度を済ませ、汗でべたべたになりながら最寄りの改札を通過し、避暑地に逃げ込むように電車に乗り込む。やはり外は暑い。
この時、少しだけ、外出したことを後悔したが、一度決心したことを、ものの10分で覆すほど自分の意思は弱くない。
しばらくして電車から降りると、カンカンと照り続ける日差しから少しでも逃れたい俺は、小走りで大学まで向かうことにした。スタスタと歩くと、それだけ息も切れ、呼吸もあがり、Tシャツもべたつく。しかし俺はそれらの犠牲を出してでも、太陽に当たる時間を短縮させたかった。
大学に着いた俺には、まず最初にやるべきことがあった。それは、図書館の場所を探すことだ。というのも、大学に入学して4ヶ月弱の間、俺は1度も図書館を訪れたことがなかったのだ。
大学の敷地内には、校舎がいくつもあるので、
外から探すか、適当に中に入って大学職員に場所を聞くか、どちらにする迷った。
前者の場合、とにかく暑い。なかなか見つからなかった挙げ句の果てには、駅から大学まで小走りで来た意味がなくなってしまう。
しかし後者の場合、めんどくさい。せっかくの夏休みなのに、わざわざ自分から人と関わりにいくのがとにかく面倒だった。
俺は少しだけ悩んで、後者を選ぶことにした。
適当な校舎の中に入り、適当な職員に声をかける。
「あ、あの、すいません。図書館ってどこにありますか?」
「はい、図書館でしたらこのまま真っ直ぐ歩いた突き当たりにあります。」
幸い、たまたま俺が入った校舎が図書館に繋がっているということだったので、涼しい中を歩くことが出来た。どうやらここでの選択は正しかったようだ。ありがとうございます、と礼をいいながら、その場を後にする。おそらく、あの職員には、夏休みに大学見学に来た受験生だとでも思われただろう。
図書館に到着すると、夏休みだというのに、意外にも中は混んでいた。しかし流石に図書館は静かだ。こんなに人がいても、話し声ひとつ聞こえてこない静寂な環境に、居心地の良さを覚えた。
取り敢えず、俺は法学部なので、法律関係の本を探した。大学の図書館というのは、近所の区立図書館のようなものとはワケが違う。
探しても探しても法律の分野の棚はなかなか見つからず、もうすぐ館内を一周しようかという時に、ようやく見つけることが出来た。そこから何気無く一冊を手に取り、ぱらぱらとページをめくる。勿論、内容が難しくて何が書いてあるのか、よく分からない。しかし、どの本を手に取っても中身は似たようなものだったので、結局最初の本を読むことにした。
これを完璧に理解することが出来れば、俺はまたひとつ賢くなれる。他のみんなが遊んでいる間に、自分は学問に取り組もうとしている。
その状況が、実に気持ち良かった。早速本棚を離れ、空いている席を探すことにした。しかし、混んでいる館内に、空いてる席はなかなか無かった。
奥の方まで行くと、テーブルの端にひとつ、空いている席を見つけたので、そこに近づく。ところが、そのテーブルの向かいに座るのは、見覚えのある人物であった。