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グレゴリーペックとじゃれ合っているうちに、いつのまにか眠りについていたようだ。クーラーの風がやけに冷たく感じる。俺はベッドから疲れた体を起こし、エアコンの温度を下げる。

窓から夕方のオレンジ色の光が、部屋の中に差し込んで、目をはっきりと見開くことが出来なかった。隣で寝ている細長いグレゴリを起こさぬよう、夕食を買いに俺はコンビニへと向かう。都心の街中というものは便利なもので、家から少し歩くと、飲食店などが建ち並ぶ。俺の目標であるコンビニも、例外ではない。


結局、家を出てから5分ほどで弁当を買い、帰宅した。それだけでTシャツがベタベタになったので、再び玄関で脱ぎ、着替えながらテーブルに着く。すると、グレゴリはもう既に起き上がり、小さなテレビを観ていた。



「おう、晩飯買いに行ってたのか。なんかテレビで観たけどさ、世間では明日から夏休みらしいぜ。匠、お前は予定とか無いのか?」



「ないよ。友達と一緒にいても疲れるだけだしね。そういう意味では、本当の友達と呼べるのはグレゴリだけかなー」


俺はTシャツに腕を通しながら、言葉を付け足す。



「あ、勿論誘われたよ?だけど頭痛いって言って断った。」



「それも嘘なんだろ?」


グレゴリは、ヘビのくせに、いや、ぬいぐるみのくせに、とても頭が良い。昼間に俺が話した言葉の真意を的確に掴んでいる。確かに、暑さのせいで頭痛もあった事は間違いではないが、それが誘いを断った本当の理由という訳でもない。単純に面倒臭かっただけだ。それを見抜き、俺の心情を読み取ってくれるグレゴリとは、やはりウマが合う。人間にもこんなに気楽に話せる友達がいたらいいのに......。

俺が無視してテレビを眺めていると、じれったくなったのか、グレゴリは核心に切り込み始めた。



「あのな匠な、お前ももう大学生なんだから、遊べるのは今だけだぞ。あと何回もない夏休みを、存分に謳歌したまえよ。」



偉そうに講釈を垂れるグレゴリーペックの言葉は、やけに心に刺さった。その通りだと受け入れれば受け入れるほど、何故か胸の奥底から焦りの気持ちが湧いてくる。

俺が言葉に詰まっていると、沈黙に我慢出来ないグレゴリは、素っ頓狂な提案をする。




「なんなら俺と一緒に海でも行くか?」




「バーカ。海でずぶ濡れのぬいぐるみ持ってる大学生がいたら、変な目で見られる」



即座に返した俺のツッコミに、グレゴリは声をあげて笑う。全く、どこまでも陽気な奴だ。




「まぁとにかく、後悔はしないようにな」



「わかってるよ」


ぶっきらぼうに返事をし、おもむろにテレビのチャンネルをパラパラと回す。雑な返事をしたのは、決して、人間の俺がぬいぐるみなんかにアドバイスされるものか、というような奢り高ぶった考えからくるものではない。単に、鬱陶しかったからだ。これも、相手がグレゴリだからこそできる対応なのだ。


グレゴリとテレビを観ながら談笑していると、あっという間に外は暗くなっていた。都会の夜というのは、虫の鳴き声も少なく、車の音くらいしかきこえてこない。月明かりと街の灯りが部屋を照らし、なんだか落ち着かない。ふとグレゴリの方を見ると、既に細長い体を横にし、ベッドの上で寝入っていた。さっきまでうるさいくらいに喋り続けていたというのに、ぬいぐるみというのは不思議な生き物だ、と思った。

いや、生き物とは言わないのだろうか......。

俺は昼間に、グレゴリに言われたことを思い出し、クーラーをつけようと思ったが、さほど暑さの残らない夜であったため、窓を開けて寝ることにした。


(後悔はしないようにな)(後悔はしないようにな)


(後悔はしないようにな)(後悔はしないようにな)


(後悔はしないようにな)(後悔はしないようにな)


(後悔はしないようにな)(後悔はしないようにな)


(後悔はしないようにな)(後悔はしないようにな)


グレゴリの言葉が、これでもかというくらい脳内を反芻した。何度も何度も、頭の中で繰り返された。

確かに、人生で夏休みはあと何回もない。明日は、ひとりでどこかに出かけよう。


しかしこんなに俺のことをよく理解してくれ、的確なアドバイスをくれるのもグレゴリーペックくらいのものだ。

なんだかんだ言っても、俺の大切な友達。当たり前のように話が出来るこのぬいぐるみは、病気や怪我をしないのだろうか。いつまでもボケないで喋ってくれるのだろうか。そんなことを考えながら、俺の意識は夢の中へと落ちていった。


俺とグレゴリは、布団をかけずに眠りに落ち、昼過ぎまで目覚める事は無かった。

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