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EARTHRINGS  作者: 映画音
邂逅
6/20

六話「静かな開戦」

 戦いとは、戦争とは、いつ始まるものなのだろうか。

 誰かが開始の合図にピストルでも鳴らすのだろうか。

 だとしたら今回の戦争にとってのピストルは天鳴地動だったのだろうか。いいや違う。

 戦争はとっくの昔に始まっていた。

 我々人類が気づかぬうちに。


◆◆◆


 真田らが来てくれたことは、柊たちにとって嬉しい誤算だった。

 得られないと諦めていた武力を手に入れられたのだ、微力ながらでも十分すぎるものである。

 剛野手と写真部映像部が率いる先見体は、もうすでに拠点設営のためにポイントAより三キロ離れた地点に、もう到着している。そして進が率いる本隊はそれの後を追うように先程学校を出た。ちなみに全て極秘でだ。

 少し遅れてやってきた真田と麻流他は柊率いる後発隊の出発時刻の午後五時までの三十分の間、待つことになった。


「それで結局何人集められたの?」


 待機場所である武道場(柊が練習の名目で借りた)で退屈そうにしている真田は目の前に自分と同じで床に座り込む柊に聞く。


「生徒総数六八四人中百四二人です」


 これもまた嬉しい誤算で、進や柊が想定していたよりも集まった。ただ、自衛隊と組めていたらもっと集まっただろうが。


「それで敵にぃ勝てるのかぁ?」


 麻流他のねちっこい喋り方に慣れていない柊は顔をしかめながら、


「勝たなくちゃならないんですよ」


 と答える。


「おぉかっくいぃ」


「……それにしてもよ、良くそんなに集まったわね~。大々的に募集をかけたら他の二勢力にバレてしまうのに、どうやったの?」


 口笛を吹く麻流他に少し目をやってから、真田はそんなことを聞いた。


「進の人望の厚さがなせることです。リーダー会議のメンバーが各々信頼できる生徒に声をかけていったんですよ。戦闘に向いた生徒、手伝いや準備に向いた生徒を」


「へー大分前から計画を進めてたってわけだ」


「ええ、まあ。こういう風になった時のためにって進が集めさせたんです」


「あの子、うちの大将並みに切れ者ね」


「お言葉ですが真田さん、進の方が切れ者ですよ」


 柊は自信あり気に胸を張り、お互い目をあわせて少し笑う。

 そう、進は生徒側が誇る最強のブレインなのだ。


「……それはそうとぉ武器はどうすんだぁ?」


 友達の自慢などどうでもいいと、麻流他は鬱陶しがって耳を掻く。


「一応釘打ち機とか、あとは科学実験室にあった薬品とかを使った爆弾に、サバイバル知識に長けたやつとかサバゲーをやってたやつが作った工作武器です。たぶん拠点で今も作ってると思います」


「爆弾なんてあるのね」


 真田は意外だったのか、柊含めた生徒の議事力に感嘆する。


「ええ。ああそれと、銃を進と後サバゲー経験者に貸してやってほしいんです。無茶なのは承知ですけど最終防衛として……」


「いいけどよぉ、そのサバゲー経験者ってやつにはぁ貸さねぇよぉ」


「どうして、ですか」


「ゲームで銃に慣れたやつがぁ本当の殺しってのに順応できる気がしねぇ。貸すならお前みてぇな野郎だぁ」


「そうね、あなたこの状況でも結構って言うより過ぎるほどに落ち着いているから向いてるかも」


 柊は麻流他から拳銃が手渡された、もとい押し付けられた。両手で持った銃は見た目通りでずっとズッシリとして重い。


「撃つときまではぁ引き金にぃ手をかけるなよぉ」


 つい手をかけようとしてしまった衝動を見透かされたのか、麻流他から忠告を受ける。人差し指を引き金に通さずに添えて片手で持ってみる。


「撃つときはセーフティ、その親指近くのレバーをおろして引き金を引くの。いいわね?」


 無愛想な麻流他に代わって真田が柊に銃の使い方を教えてくれた。

 銃。それは力の塊であり、責任の塊であり、今では力というお金にもなる。


「勝ちましょう」


 自分に言い聞かせるように、柊は声に出した。


「そりゃやるからには勝つに決まってるじゃない。私、二十四才独身なんかで死ぬのなんてごめんよ!」


「同じくぅ」


 真田はともかく、麻流他も口調とは裏腹にやる気に満ちた面持ちだ。殺る気、の方が満ちているようだが。


 柊は、これから始まる戦いに武者震いを禁じ得なかった。


 待機時間の三十分は思っていたよりも早く過ぎた。集中していると時間が経つのが早いとはよく言うが、柊のそれは集中ではなく緊張に近い。気負っているのを自分でも自覚しているので、そっと一つ深呼吸をしてから校外へ出た。


 学校には馬場と他数名のリーダーメンバーを残している。作戦本部という立ち位置で、いくつもの中継地点を設けてトランシーバーで連絡できるようにしてあるのだ。通信設備は生きているため携帯は使えるが、いつ繋がらなくなるかわからないためにトランシーバーにしたのだ。

 拠点には、学校から六キロ先までは徒歩、後は関東遠征時に整頓した道路を使い、車で向かう。後発隊三十名を五台の車に別け、操縦は二台を真田と麻流他、他三台は車免許を取得している者(三年の留年生)一人と、ノウハウを理解したバイク免許を持つ生徒二人で行う。


「何よりも安全運転で頼む」


 柊は運転手と助手席に座るサポーターに念を押す。交通事故で戦線離脱など洒落にならない。

 拠点のある二十キロ先までには一時間と少しかかったが、無事全車到着できた。


◆◆◆


 生徒会室にて。


「柊くん、大丈夫かな……」


「美香、もうそれ十回目だぞ?」


「だ、だって~!」


 後発隊が拠点に到着した頃、馬場は柊の身をあんじていた。

 実のところ、馬場は柊に少し好意を寄せている、自分でも気づかぬほどに微弱だが。

 そのことに気がついていたのは、同じく生徒会室に残っている四ノ宮那月、女子バスケットボール部の部長一人だけである。

 彼女は馬場の良き理解者であり、進が本部に置くべきと判断した切れ者。リーダー会議内でもトップレベルの頭脳を持ち、持ち前の気の強さから発言力もある。


「我々生徒会が誇る三大秀才、進、柊、氷見。それに頭もキレて、ケンカも強い剛野手もいるんだ、これで勝てなきゃ何を心配しても無駄さ、私たちも死ぬ」


 そんな四ノ宮はと言うと、戦地に赴く愛しき人へ思いを馳せる馬場を横目に、これからの学校側の対策を練っていた。

 学校外の問題は進達が今向き合っている。だから、本部からのサポート要請がかかるまでの間に、学校内の問題を少しでも片付けておきたかったのだ。


 その中でも最も四ノ宮の頭を悩ませるのは生徒の中にいる大人側のスパイのこと。恐らく大人側はもう、校外に生徒が出たことを把握しているだろう。


「なにかアクションを起こすはず……よね?」


 何をしてくるのか、何をしてこないのか、さっきから四ノ宮の頭の中ではこれがぐるぐるとループしている。


「ふぅ~」


 一息を吐いて、頭を真っ白にする。

 そうして堂島遠信という男考えた。

 集会で見た人物像、柊らから聞いた印象、ほれらすべてを思い出して、頭の中で整理する。


「あの男は?」


 ーー賢い。


「あの男は?」


 ーー冷酷、だと思う。


「あの男は?」


 ーーこの世界をゲームだと思っている? そんなことを進が言っていた。


「ならあの男は」


 ーー今回は動かないかも、しれない。


 何故、自分がその結論に至ったのかは四ノ宮にはわからなかった。なんとなく、そう思ったのだ。

 そしてその骨だけの結論に、後から肉をつけていく。


「あの男は」


 ーー自分の国を創りたい、んじゃないかな。この壊れた世界で、全てがクラッシュしてリセットされて、色の失った世界を自分色に染め上げたいのかも。それなら今回のことを邪魔はしないはず、何故なら利害が一致するから。彼にとってあの緑の化物は想定内、でも心底嫌なはずよ。せっかく創ろうとしている国を壊そうとするのだもの。


「でもあの男は」


 ーーここから逃げようとはしない。王が城から離れないのと同じ、ここにいることに意味を持たせている。例えば彼は教師だ。教師は学校にいなければ教師ではない、一般人だ。


「だからあの男は」


 ーーここからは逃げない。なら迎え撃つ他ない、けれど加勢はしない。保身が最優先だから。それに大人側の人間を失わせたくはないはず。都合のいい人間の集まりであるはずだから。もっと言えば私たちが勝てると思っているのかもしれない。


「で、あるならばあの男は」


 ーー今回は思考から外していい?


 四ノ宮にとって一つの納得できる考えが浮かぶ。堂島遠信は今回に限り脅威ではないと。生徒にちょっかいをかけられても勝利を持って帰ればそれを奪い返せる。勝利することが前提の考えてだが、第一に勝利できなければ四ノ宮たちに未来は無いに等しい。


「やっぱりここでどれだけ頭を捻っても、あいつらに託すしかないのか……」


 四ノ宮は非力さを仰ぐ。

 ここに残ったのは指示だ。だが、その指示を受けてホッとしてしまったのも事実である。それを四ノ宮自信が許せないでいた。


「無事で帰ってこい」


 四ノ宮もまた、最前線に立つ者たちの身をあんじて、呟いた。


◆◆◆


 校長室にて。

 この場所に、このいかにも高級そうな椅子に腰を下ろしているのは本来、堂島遠信という男ではない。が、あの日から、ここに座るのは彼だ。


「いかがなさいますか?」


 リクライニングチェアに寄りかかり、足を組む遠信に、忠臣である久留和澤は恭しく頭を下げる。その額には汗がにじみ、表情はやや固く、何か焦っているようにもみえる。

 それとは対象的に遠信は実にのびのびと、優雅に背もたれに体を預け、目を閉じている。


「昨日の敵には今日の友。いや、駒か」


 クククっと不気味な笑い声をこぼしながら、遠信はそう呟いた。

 最善最高の形で、自分の思い通りなったのだから浮き足だつのも無理はない。

 端的に言えば四ノ宮の仮説は当たっていた。

 遠信は現在、教師という立場を利用して、生徒の一端を掌握している。そしてその教師という立場が効力を持つのがここなのだ。故に、この学校から出ることは遠信が最も避けたい事態であり、それを脅かす敵の排除は最優先事項であった。

 なのだが、その仕事を生徒自ら請け負い、そのメインメンバーは頭のキレる者ばかり、自衛隊と協力関係にはならず、力の均衡は崩れない。まさに最善である。

 ただ、生徒達が未知の化け物を抑えられるのかは疑問だ。子供の寄せ集め、などと今さら侮りはしない遠信だが、相手はあの、天鳴地動を起こした者たち、普通にやり合って勝てる確率はとてもじゃないが低い。

 故に、あるプランが遠信にはあった。


「加勢も邪魔もするな、監視だけしておけ。それから自衛隊のリーダーにアポイントメントをとってくれ、至急にだ」


「……了解しました」


 驚きの表情を見せた久留和澤だったが、すぐに命令を聞き、もう一度頭を下げてから校長室を後にした。


 ──自衛隊と生徒会はおそらく今回の件で手を組むとこになるだろう。

 久留和澤の報告によれば、自衛隊員が二人、独断で生徒会に協力をしている。しかしそんなことはもやはどうでもいいこと。今は正式か非正式かが問題なのだ。

 ──それが運命ならば、その運命までの道順を組み立てるのは私だ。

 それができるだけのプランが、遠信の頭の中にはある。それはまさしく映画の演出のようなプランが。


 ──今回の件を第一章とするならば、これから私のやることは、第二章への布石となろう。


 遠信は来るべき未来を見据え、ニタリと笑った。 


◆◆◆


 場面は拠点へと到着した柊たちのもとへ戻る。

 拠点は小さめのビル一つを丸々使い、屋上にはテントを建てている。

 作戦会議場は最上階に設けられた。


「──どうだ?」


 作戦会議場にまで上がった柊は、進の姿を見つけるやいなや進捗状況を訪ねる。


「消化器四十個、釘打ち機十台、模擬刀二本、内一本は刃はない。これが主戦力になる」


 進は苦しい顔をする。

 消化器は目くらまし程度には使えるが、そもそも相手が視力を頼りに物を視ているのかが定かではない以上、通用しない可能性もある。釘打ち機は残弾に限りがあること、模擬刀も刃こぼれすれば終わりで、あまり頼りにはできない。


「工作武器は?」


「ほうきやデッキブラシのブラシ部分をとってナイフをくくりつけた簡易槍が五十、ナイフ単体が五十、矢が百二十ある」


 簡易槍は相手が遠距離戦を得意とする種じゃない限り、結構使えるんじゃないかと考えている。

 ナイフは気休め程度だろう。

 矢はアーチェリー部と弓道部から借りた弓を使う。射撃精度は高くないので、これもまた接近しなければならない。


「あと木刀や竹刀、化学実験で使う薬品ぐらいか……」


 柊がため息をつく。


「今化学部に花火の火薬を使って爆弾を作って貰っている。上手くいく保証はないがな」


 進もまた、ため息をつく。


「……そうだ、トランシーバーで伝わっているとは思うけど」


 柊は重い空気を変えようと、後ろの方で待たせていた二人を紹介する。


「真田さん、は会議であってるからわかるよな。そしてこちらが麻流他さん。二人とも独断で協力をしてくれるそうだ」


「よろしくね」


「よろしくぅ」


 柊の紹介に合わせて二人は挨拶をする。それに進も同じように返す。


「よろしくお願いします」


 愛想の悪くみえる麻流他にも嫌な顔は見せず、進は真田から差し出された手を握った。


「早速で悪いんだけどなにか出来ることないかな? みんなが忙しくしている中でなにもやっていないというのはなんだか居心地が悪くて」


 真田はごめんねと頭を掻く。周りを見れば皆、各々の作業に追われている。確かにこの場でなにもしないと言うのは少々以上に居心地は悪かろう。


「ええ、ではお言葉に甘えて。屋上に剛野手という強面の男がいますから、そいつと一緒に見張りをお願いできますか? 剛野手は見た目よりも頭が回るやつなので、見張りを手伝いに来た、と言ってもらえれば指示を出すはずですから」


「ありがとう、任されたわ。こういう時のために単眼鏡、持ってきといてよかったわ」


「頼もしいです」


 社交的な真田の隣で麻流他は早く外に出たそうに、人差し指をトントンと肩からベルトでさげた銃に当てている。


「なら早く行くぞぉ」


 麻流他は急かせかと屋上へと歩いて行く。


「ごめんね、後はがんばって!」


 真田は申し訳なさそうに手を合わせ振り返ると、麻流他の後を追った。


「想定外の戦力。士気も上がるな」


 麻流他の性格はともかく、二人の実力を一目で見定めたような様子の進は期待の目を向ける。


「銃や手榴弾なんかの装備もある。上手く二人を使えれば勝てるぞ」


 二人への期待度は柊も同様だ。が、それにあぐらをかいていては勝てる訳はない。彼らを戦力として有効活用できるかどうかは今から始める作戦会議次第だ。


「柊、氷見、六輔、これから作戦会議を始める」


 今呼ばれた三人はテーブルに広げられた地図を囲むようにして覗く。


「そもそもこちら側から攻めてくるとも限らない。俺達がカバーできる範囲は絞られているぞ」


 柊らと同級生の方見六輔はそもそもの現状に苦言をていする。


「もし、反対方向からの攻撃が確認されても、学校には自衛隊がいる。多少は保つだろう。確かにこの場に陣取っているのは一度敵の姿を確認したから、というだけの理由。要するに博打だ、今さら変えようとは思わない」


 進と六輔は反りの合わない者同士だ。リーダー会議でも幾度となく対立している。それでも尚、進が六輔をこの場に置いたのは自分の意見をより強固なものにしてくれる仲間であるからだ。


「なら本当にこの拠点から半径一キロの範囲に陣形を絞って迎え撃つんだな?」


 柊は一度は賛同はしたものの、六輔の意見も間違っていないと迷い、再確認する。


「ああ。奴らは我々に準備期間を与えるほどの連中だ、殲滅よりも蹂躙を優先するだろう。我々を真正面から叩き潰したいと思っている筈、という願望ありきの作戦だがな」


「でもこれでいいと思う。というよりこれしかないわよ。もし範囲一キロ圏内に入って来なければ陣形を保ったまま移動すればいい。下手に戦力を分散させるよりよっぽどマシだわ」


 氷見は進に賛成する。


「だがあまりにこれでは運頼みすぎる。これを作戦とは呼ばない」


 反論はするものの、代案を立てられないことを悔しく思う六輔の拳に力が籠もる。


「その通りだ……確実に圏内に誘導する方法を考える必要がある」


 難題であるそれに進は頭を抱えた。


「行動原理がわからないのにどうやって……」


 氷見は顎に手をやって、親指と人差し指で唇に触れる。


「……俺、一つだけ考えあるかも」


 大層な案ではないけれど、少なくとも博打が当たる確率を上げることはできる案を柊は思い付いた。ひらめきだ。


「こっちも放送を使えばいいよ」


 されどその提案も、運頼みですらないのだけれど。


◆◆◆


 拠点ビル屋上にて。

 柊が奇天烈な提案をした頃と同刻。


「んでぇ。はっきり言うと俺は化物の容姿すら知らねぇんだけどぉ?」


 周りの引き締まった空気に感化されてか、いつもより語尾が伸びていない麻流他は退屈そうに地べたに座り込んでいる。


「緑の化物よ。大きさは人ぐらいだと思う」


「抽象的だなぁ」


「私も写真でしか見たことないのよ。それにここにいる人のほとんどが見たことがないはずよ」


「さいでぇ」


 麻流他はおもむろに立ち上がり、フェンスの撤去された屋上の縁に片足を上げて遠くに目をやる。


「ここに化物のがねぇ……」


 単眼鏡を胸ポケットから取り出して適当な方向を覗く。

 麻流他の視界は急激に遠くへ引き寄せられ、荒れた道路へと固定される。

 単眼鏡と共に目線を横へとズラして行く。隅が歪み伸びて、視える物が変化してゆく。


「なんにもねぇなぁ」


 特に変わった物は麻流他の視界に写り込まない。


「今、なにかあっては困りますよ」


 二人に指示をあおがれた剛野手は、単眼鏡を覗きながら呑気にぼやつく麻流他にため息を吐く。


「つまらんやつだぁなぁ」


「それで結構です」


 剛野手は殴ってやりたい衝動を噛み殺し、麻流他から離れていく。

 それを横目に単眼鏡を覗き続けていると、レンズの度数を変えて別の場所に向けたところで、麻流他の減らず口はピタリと止んだ。


「……あれか、まじかよ」


 麻流他の額から汗が一瞬で滲む。お得意の語尾伸ばしもここでは出ない。

 様子の変わった麻流他を訝しむ真田は、同じ方向へ自身の単眼鏡を向ける。


「嘘でしょ」


 二人の思考は一旦停止した。

 単眼鏡から覗くのは、柊らが写真で確認した化物と瓜二つの生物。動きは昆虫さながらで足がバラバラに動いている。気持ちが悪い。

 真田は信じていなかったわけではなかったけれど、自分の目で見て確認すると逃れられない実感が湧いてくるのがわかった。


「面白く、なってきやがたぁなぁ」


 麻流他はまるで、自分を鼓舞するように不敵に笑って見せた。

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