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EARTHRINGS  作者: 映画音
邂逅
4/20

四話「くだらない伝説の書き出し」

 伝説とは時代と共に変わるものであり、変わるべき物だ。

 ならばこの伝説も語り継がれてしばらくたてば変化しているのだろう。

 それがいい、その方がいいのだ。なぜならこの物語のこんな伝説なんて残しても、それをそのまま語り継いでも、なんの意味もない、何も生まない物語なのだから。


 ◆◆◆


 アーサー王伝説。


 そう呼ばれる物語の名前くらいは誰もが聞いたこともあるだろう。


 主人公であるアーサー・ペンドラゴンという青年が「これを引き抜いた者は王となるだろう」と書かれた台座に刺さっていた剣を引き抜き、魔法使いマーリンの助けで名君に成長していくという簡単明瞭な導入から始まり。


 アーサーは湖で聖剣である、かの有名なエクスカリバーを手に入れたり、キャメロット城を拠点に様々な冒険を重ね、フランスやイタリアなどを支配する王国をつくる。


 その際に生まれた騎士こそがアーサー王に円卓の席を与えられた「円卓の騎士」なのだ。

 その他にも円卓の崩壊や聖杯伝説、アーサー王アヴァロンへといった話があるがここでは割愛しよう。


 何故こんな解説じみた、紹介じみたことをここに書いたのかと聞かれれば、アーサー王伝説が後の物語に関わってくるだろうからだ。


 ◆◆◆


 僕が中学にあがる頃から毎日、教師になった今なを日記を書き続けている。日課になってしまったのだ。天鳴地動の後に、文量は増えたけれど。


 今日の日記の書き出しはいつもとは大分違う。アーサー王伝説、僕は調べるまでは名前くらいしか知識はなかった。だから先に書いた解説、紹介はネットから得た薄っぺらな知識を自分なりにまとめたに過ぎない。アーサー王伝説を知っている人が読めば鼻で笑うくらいだ。


 まあなんにせよ、今日からの日記にはアーサー王伝説を知らない限りは理解できない部分が多々出てくるであろうと思い、書いたまでだ。堂島先生はよほどアーサー王伝説がお好きならしい。


 先程から語り口調で書いているけれどこれは癖だ。なにも誰かが読むわけではない。


 さて、ようやく本文を書き始めるとしよう。


 境俊樹さかい・としき。二十五歳、既婚、職業一橋高校の新人教師。


 今日五月十六日の日記に最初に書くべきことはやはり、午前十時半から副校舎会議室で開かれた朝礼会議でのことだろう。


 確かその場にいち早く席についたのは僕だった気がする。


 時間に厳しい堂島先生が参加する会議では遅刻者まず見られない。いたとすればこの会議の参加権を剥奪されるだろう。


 堂島先生の側近、久留和澤先生の号令で会議が始まると、すぐに彼女は机を叩いた。


「まずくはないですか? この状況は。彼らのこの動き、隠す気がないぶん我々にとっては生徒側の人間を取るにあたって不利になるのでは!?」


 少々声を荒らげたのは彼女、霜月先生だった。昨日も思ったのだが、彼女は堂島先生のことがいけ好かないらしい。


 まあまあと堂島先生はそれを落ちつかせると、短い息を吐いた。


「予想通りではあるよ霜月先生。言ったろう? 相手も馬鹿じゃないんだ。むしろあれだけ全校生徒の前で喧嘩を売るに等しいことをしたんだ、動かない方が不気味と言えよう。ただ一つ問題点をあげるとすれば、それはやり方だ」


 何か考えるような仕草をとると難しい表情で堂島先生は口を開く。


「何故あれほど大々的にやる。ビラを配り、放送で話し、職員室にまで来て報告してくる……」


 職員室にまで来たのは初耳だった。確かに盛り上げ過ぎなのではと僕も思う。


「あれじゃあ対策をしてくださいと言っているようなものだ。喧嘩を買いました、などと幼稚な意地を張る筈もないだろうからな……なにかよからぬことを考えているやもしれん」


「……っなら!」


 勢い余った霜月先生は身を乗り出す。


「だが!」


 その一言だけで堂島先生は場を征してしまう。


「我々のやることは変わらない。昨日と同じように今日も生徒に言葉を投げ掛ける。幸い今日の放送権は我々大人側にある。感情的に語りかければ幾らかは釣れるだろうさ。数なんてものは所詮は点の集合体でしかない、それも迷える子羊だ、叩けばもろい」


 遠信は手元につまれた勢力転向の届けを嘲笑うようにトントンと叩いた。この勢力転向届けは集会直後に生徒全員に配られたものだ。


 その言葉が切れた時、つい僕は口を開いてしまった。


「そこまで、生徒側と対立しなければいけないのでしょうか……」


 やってしまったと思ったが、その時初めて堂島先生が「続けて」と話す機会をくれたので、僕は少し饒舌になってしまった。


「えっと……僕はなにもそこまでしなくても良いと思うんです。彼らも何も大人側の上に立とうとしている訳ではないでしょう。発言権とある程度の自由があればいいのでは? 彼ら生徒を二分化するのは……その……可哀想です。それにPTAの方々の中にも子供を大人の管理下に置くことに疑問を抱いている人もいます。でもこの状況下で頼れるのが貴方しか、貴方のカリスマ性に引かれるから彼らは堂島先生の意向に今は従ってくれているんです。このままではそんなPTAの人たちですらついていかなくなりますよ。生徒に自主性や独立性を少しは与えてあげては……」


 語彙がないのはわかっていたが、それならそれでもう少しましなことを言っておけばよかったと後から後悔した、がそれはやはり遅かった。


「君は何もわかっちゃいないな、彼らが我々と同列の立場に甘んじることなど断じてありえない。彼らは我々の上を目指すはずさ、嫌な反抗期だよ。同盟の交渉もその証拠であろう? 今までも君の提案程ではないにしてもこちらは歩み寄りの姿勢をみせていた、だが彼らはそれを拒否した。それに自主性に与えてはと言うがね、それで彼らにもしものことがあった時君に責任がとれるのかね? 我々は消えてしまった親御様から彼らを預かっているんだ、その自覚を持ちなさい。PTAがここから抜ける、結構。その者にはこう伝えろ自分の子を見捨てる行為だとな。時に親とは子の敵にならねばいかんのだよ。それに何よりも……」


 あの男の忠告がある。そう言いかけた堂島先生の口が不意に止まったのだ。胸ポケットに入れてあったスマホのバイブでの通知によって。今この世界ではガスや水道だけでなく、電波通信の面でもなんら前の頃とは変わりはないのは便利でもあり恐ろしくももあると僕は思う。


「ふっ、ふはははは!」


 画面に写し出された文字列を読んだ堂島先生は高々と笑った。


「今、会議の様子見をさせていた者からのメールだ。その要件はこうだ、"同盟交渉は失敗に終った"だとさ」


 それを聞いた面々にはざわめきが起きた。

 それもそうだろう。あれだけ啖呵を切るような大きな行動をしておいて、結果を聞けば失敗だったんだ。


「それは本当なんですか? 確証は?」


「ああ、言ってはいなかったな、我々大人側には生徒側に対するスパイがいるんだよ。残念ながら生徒会メンバーとまではいかないが、交渉の結果がわかる程度の生徒がね」


「スパイ……ですか、そんなものがいたら……」


「生徒間で問題が起きかねないかい? 確かにそうかもしれないが、我々の知ったことではない。ここは喜ぶところだ境先生。これで予定よりことがはやく進む、交渉決裂ということはほぼ、生徒側と自衛隊側のラインはないと考えることもできる。後々準備していた生徒側と自衛隊側の仲を引き裂く計画も行わなくてすむ

 、実に喜ばしいことじゃないか」


「で、ですが……」


「君はモルドレットかい?それともランスロットか」


「……え」


「いいや、ランスロットではないな。君は最優の騎士とうたわれる様な人間じゃない。やはりモルドレットか」


「何をおっしゃっているんですか?」


 訝しむ顔で霜月先生は堂島先生を見ていた。僕も一緒だ。


「この会議に参加する者は皆、円卓の騎士たる者なのだよ。アーサー王伝説、私はあれが好きでねこの円卓を囲む格好はまさに円卓の騎士ではないか。それで言うなれば君はモルドレット、キャメロット城でアーサー王不在中に謀反を起こした裏切りものだ。君にはそうなって欲しくはないがね」


 この時僕はまだ、何を言われているのかほとんど理解できていなかった。


「円卓の騎士にモルドレット、ならばそれをまとめる私はアーサー王か……それはまあ悪くはない。交渉が決裂したことは恐らく公開しないだろう。なら、この交渉決裂という情報は岩の台座で、この勢力転向届けは王選定の剣だ。この、人の間引かれた世界の王を決めるね」


 堂島先生はこの時、初めて見せる本心からの笑みを浮かべた。

 背筋がゾッとするような、そんな笑みを。


「この世界の王は一人で充分。三人もいらないんだよ」


 最後の言葉は多分、近くで耳を傾けていた僕にしか聞こえなかっただろう。


 ◆◆◆


 会議の終わり、境は遠信に呼び止められる形で残された。


 境は自分の今日の喋りっぷりに自覚があったので、怒られのだろうと覚悟していた。勿論、会議の参加権を剥奪されることも。


「なんでしょう……」


 境は気が乗らない面持ちで、恐る恐る尋ねる。


「君は今年が教師人生初めての担任担当だったか」


「……は、はい」


 思いもよらぬことを聞かれたので、反応するのに少しの時間を要した。


「君が持っていたのは確か……二年一組だったか」


「……はい」


「どうだ、生徒たちは。いや、どうだった生徒たちはの方が正解なのかな」


 何故そんな質問をするのだろうと境は最初は思った。だが、ふと思い出したのだ。彼の、堂島遠信という誰からも慕われた生徒支援部の教師としての顔を。


「いい子達ばかりだと、僕は思います。僕は新人ですから至らぬ点も多いのですが、彼らはそんな僕をもカバーしてくれる……少し立場が危ういです」


 一ヶ月前まで教卓から見ていた彼らの顔を境は思い出す。あってまだ大した時間も過ごしていないのに気軽に接してくれる生徒の顔を。まるで転校したての子どものような表現の仕方だが、あの空気が境は好きだった。失われたあの空気が。

 だから境は許せない。容認できない。肯定できないのだ。天鳴地動という謎の超現象が起き、怯え苦しむ生徒たちの仲を裂こうとするその行為が。


「私はね、君の言うあの素晴らしい生徒たちを守るために、トップにならなくてはと思うのだよ。彼らにはまだ荷が重い。この世界を背負うには。彼ら生徒はまだまだ伸びるんだ、何か駄目なところに気がつけばそれを直し、直したからこそ浮き彫りになる違う駄目なところをまた直す、これが成長だ。それが素直にできるのは我々大人ではなく、彼ら生徒である子どもだ。確かに、今この状況を楽しんでいる節は私にはある。それは自覚している。この異常な世界の中で、己を己たらしめる簡単な方法がそれだからだ。だが、それと同時にこれは授業だと思ってもいる」


「授業……ですか?」


「ああそうだ。未成年の主張と言えるのかな、環境の大きな変化を体感し、彼らはまた違う問題点に直面した、それを直すために我々と戦っているんじゃないか。越えるべき壁は高ければ高い方がいい。今回の同盟の交渉は我々が先手をとったことに対するカウンターだった。それが最善だと、彼らは大人の力を借りずに自分たちで考えた。だが失敗に終った。この結果から得るものがあれば、壁になるものもあるだろう。こんな歌があるだろう? 一日一歩、三日で三歩、三歩進んで二歩下がる、なんてやつが。人生はそこまで甘くないのだと、今この世界が教科書替わりになっているじゃないか、それを黒板にまとめ、テストにするのは我々大人だろう? まあ、こんなものは後付けの理由に過ぎないがね」

 

 遠信は機嫌良く一節を唱えた。

 どうとらえるかは好きにしたまえと言った遠信の顔はすごく真剣だったと、境の目には写った。


「僕は……今の言葉を聞いて少しわからなくなりました。確かにそうかもしれない、けどやはりこの状況を楽しんでいることは……」


「私はこの世界でまともにあれるほど強くはない」


「───」


「私はトップにならなくてはいけないと言ったが、何も私ではなくてもいいことになってしまうね、今の話では。だが私は、私でなくては駄目なんだよ。それが私のまともじゃないところ。自分と伝説を被せるなんてどうかしているよ。アーサー王伝説は知っているか」


「いえ」


「なら戻ったら検索してみるといい、なぜだかインターネットは生きているからね。私はアーサー王に憧れた。世界に、国に、民に選ばれた彼に。だから天鳴地動が起こった時、私は喜んだ。不謹慎なのはわかっている、だが世界に選ばれたと思えた、私がアーサー王になれるのだと」


 少しわからなくはなかった。あのとき、誰もが恐怖や悲しみの次に思っていただろうことだから。


「君のクラスの川口という女子生徒を覚えているかい?」


「ええ、確か写真部の……」


 生徒会の柊くんの元カノ、だったけか。


「彼女は私をエクスカリバーへと導く湖の妖精だと思っているんだよ」


「それはいったいどういうことですか?」


 境は遠信のことを訝しむ目でみる。


「彼女は天鳴地動を感じていない」


 その言葉は境を絶句させるには充分だった。あれほどの悲鳴と、立つことすら出来なくなる地震の錯覚を感じていないなんてありえないからだ。


「彼女は自分のその異常性に不安を感じ、いち早く我々大人に相談しに来た。勿論、カウンセラーも交えて何度もその相談は続いて今は落ち着いているよ。この世界において人と違うことはさぞや恐ろしいだろうね。このことは生徒側も自衛隊側も知らない情報だ、ある男が言っていてね、情報は金であり力だと。絶対にこの情報は他に漏らす訳にはいかない。彼女は世界の真実の一端に触れている人間であるやもしれん」


「──っ、どうしてそんなことを僕に……会議の時も言いましたよね、僕はモルドレットだって、裏切る可能性だってあるのに……」


 一瞬の間が空く。


「君は私にとてもよく似ている。君に期待しているからだよ」


 どこが似ているのかはわからなかったが、肩にのせられた手には期待の温もりは感じられないことだけはわかった。境はその手にこもる不明な力に押し込まれ、抗うことが出来なかった。けれど、それから4ヶ月が過ぎた今なら、どこが似ているのかも理解し、この温もりのない期待に全身全霊で答えられただろう。


 堂島遠信という男は、伝説を作ろうとした。

 そして境は伝説になろうとした。


 この世界が加速するまで、あと二日。


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