一話「受け入れ難い事実」
対話しろ。
◆◆◆
選ばれた、そう言う人もいるようだった。
一橋高校にいた総勢七七八人。それが現在の推定できうる世界の総人口。可笑しいだろ? それも約七十六億人もいた世界人口が消えたのが、五月十日午後二時三十分三十三秒の一瞬の出来事であると考えられるのだから驚きだ。ネットでラジオ生配信をしていた男の声がしなくなった時間から逆算して出た時刻だった。
どうしてなのか無人になったというのにインフラは止まることはなかった。インターネットや電話回線、GPSなんかもだ。
天鳴地動。
一瞬の出来事はそう名付けられた。天が泣き叫ぶかのような悲鳴をあげ、地は悶え苦しむように揺れた。それを誰かが天鳴地動と呼んだのが今では正式名として定着している。
実際のところは机の上の鉛筆が少しも動かず、音楽の授業中に録音されていた合唱のテープには何の音も入っていなかった。自分達が感じた揺れや悲鳴なんてものはなかったのだが、俺達にはそう感じたのだ。
俺は思う、約七十六億人もの人間が七七八人になってしまったこの状況は運がよかったと。二人とか、一人とかじゃなくてよかった。むしろ多いまでもある人数である。
それだけの人数、それしかいない人数。どちらともとれるその数でさえも、俺達は団結することができないんだ。
◆◆◆
「──確かに、多くともあり、少なくともあるこの数でさえ、まとまれていない今の現状は何とも嘆かわしいことではあるな。が、それと同時に仕方がないとも言えるだろう」
六月十四日午後一時、二階南棟四番教室にて。
十七歳の青年、柊助は向かい合って座る眼鏡のスクールカウンセラー兼物理教師の男、原和に対して自分の考えを口にした。
日の光差し込む教室は、いつもとは違う様をみせている。机がすみに寄せられ中央に二組だけを残して向かい合わせ、この二者面談を思い出させる空間は、柊を少しばかり緊張させた。
原和は柊の話を聞き逃すこともなく真剣に聞き、自分の考えを答えてくれる。それが彼の仕事だったのだとしても、仕事そのものの概念がもはやなくなったこの世界で今もこうして、仕事として話を聞いてくれるというのは、柊にとってとても有り難いことだった。
「この状況下で団結しろというのは難しいものがある。混乱し、恐怖した彼らにはね。君や君の仲間、一部の人間が落ち着きすぎているんだよ。普通の人間なら誰かに責任を押し付けたがるものだよ。まぁ君らのおかげでパニックにならずにすんでいるのだがね」
「……ですが、ですが今の現状をいいとは言えないでしょう」
「ああ、確かにいいとは言えないな。この情報の少なすぎる状況も、生き残りが睨み合う三竦みの状況も。これはまあパニックにならずにすんだ代償とでも言えるかな」
「まぁ……」
柊は悔しそうに肩をすくめる。
「……ではそうだな段階を踏んで話していこう。まずは情報に関して、だ。君は前にここに来たときに面白いことを言っていたな。天鳴地動と人が消滅した現象を別々に考えているようなことを」
興味がある、と原和は顎に手をやり微笑んだ。その仕草がすごく不気味に見えるのと同時に、似合ってもいた。
「別々というか……天鳴地動=消滅だと思っている人がほとんどだと思うんですが、俺はそうは思わないんですよ。もしかしたら二つは別々の出来事なのかもしれないじゃなないかって」
原和は一考して、
「そうかもしれないね。実際、天鳴地動と消滅の関係は何一つわかっていない。その時たまたま一緒に起こっていたから、天鳴地動=消滅、なんていう固まった考えができてしまったんだろうね。固定観念、今回の場合はそれでよかったのかもしれない」
原和は軽い笑みを浮かべて来ることのなかった現在を思い浮かべる。
「もし、今の彼らがこの可能性に気づいていれば、もっと派手なパニックになっていただろうし、ストレス量も今の比ではなかっただろう。なんせ突如全世界の人を消し去ることの出来る勢力と、未だ未知数ではあるが、対象に最大震度の地震にさらされる錯覚を味あわせ、もしかしたら本当にそれが錯覚ではなくなるかもしれない力を持つ勢力の、二つの勢力に怯えながら生きなければいけないのだから。私の仕事が増えなくてよかったよ」
忘れることや、現実逃避、思考停止なんていうものは人間にとって必要であり、それは一種の生きるすべである。そのことを再度確認する。
柊の納得した顔を伺って、原和は言葉を重ねた。
「君は恐ろしいほど現実を受け入れる能力が高いらしい。悪く言えば現実のあしらい方をしらないのだろうね。それが君の強みであり弱点でもある。君は人とは違った考え方の持ち主であるが故に、人の考え方との不一致が多々あったって口だろう?」
確かに柊には自分の考え方のせいで人との関係が拗れたことは数えられないほどあったので「はい」と肯定した。
「君のその考え方に理解者はいないのか」
「一人だけいます」
「それは誰? どんな人かな」
「その二つの質問にはこう答えたほうがいいですね、去年一年生にして生徒会長の座についた男、俺のただ一人の理解者と言えるのは新倉進です。原先生を紹介してくれたのも彼ですし」
冷静沈着、眉目秀麗、成績優秀、三拍子が整う完璧な男、それが柊の唯一の理解者だ。
「一人だけかい?」
言い方のせいで少し誤解を生んだので、柊はそれを払拭する。
「理解者は一人だけですけど、それで友達がいないわけではありませんよ。俺にも友達の十何人くらいいます。俺は所謂高校デビューってやつなんですよ。自分の性格のせいというか、その特性のせいで高校までは友達は一人しかいませんでした」
「それが生徒会長かい?」
「いえ、進とは高校からです。その一人だけの友達は理解者ではないんですけどなぜか友達なんですよ」
「そうか、理解者や友達がいるのはいいことだ。大切にしなさい」
「はい」
どこか、すごいスクールカウンセリングという感じの会話をしている気分に柊はなっていたけれど、それも非現実的な話に戻ると終わった。
「話を戻そう。君は天鳴地動や消滅を起こしたものはなんだと思う」
もの、この場合は人などを指す“者”が正解だろう。そうすると、原和は天鳴地動や消滅を起こした原因を人間を含む知性をもつ生命体、もしくはそれに類するなにか、そう考えているのか。
「一番納得しやすい原因はやはり人間ですけど、今の人間に全人類を一瞬で消滅させるなんてことが出来るとは思えません……ですが宇宙人と言うよりかは信憑性は高いんじゃないでしょうか」
残った人間七七八人を納得させるのに宇宙人では半分も納得してくれないだろう。
「宇宙人、私はあながち間違いではないと思うがね」
柊は驚いた。原和という男から「宇宙人」などという存在を肯定されるとは思わなかった。
大した時間、話したわけではなかったけれど、そんなことを信じる人には見えなかったのだ。
「それは少し非現実的でないか、と言いたいだろうが、そもそも天鳴地動や消滅事態が非現実の塊だ、それに一つや二つの非現実が重なったって生き残りは驚きはしないんじゃないかな」
柊の事を現実を受け入れる能力が高い人間、と原和は表現したが、そういう彼はというと現実をあまり重視しないが軽視もしない人なのだと感じた。すべてが中立、客観的にも主観的にも物事をみる人で、空想が現実になってもさほど驚きもしないだろう。
だから、この突飛な非現実的発想を自ら考え、納得できる。それが現実だったとしても彼らは笑顔でその現実を考察することができるのではないかと柊は思った。
「君は事実としての現実を受け入れる能力は長けているのに、確証のない不確実な事実は受け入れられないようだね」
不確実な事実……今の状況は全くその通りだ。自分たちは大人の手を借りて、関東の都道府県すべては回った。そうして人の姿が確認できなかったという小規模な事実と、インターネットの更新がないという確証の得ない事実をもとに、世界中の人間が消えたと言っている。
ほとんどの生き残りはこれを信じている。
原和が信じているのかはわからないが、少なくとも柊は信じてはいない。どこかに生きている人はいると、希望的考えや祈り、懇願ではなく、根拠の無い確信を持ってそう考えているのだ。
そこだけ切り取ればやはり自分は原和の言う通り不確実な事実を受け入れられない人間なのだろうと柊は思う。
では犯人を、実行者を宇宙人として考えた時、その宇宙人はなぜ人間を消さなければならなかったんだろうか。なぜこの一橋高校だけが残ったんだろうか。
第一にすべての人間が消えたと言ってはいるが、それはインターネットやSNSの更新がないといった何故か残っていた環境で観測しえた限定的な情報からの推測でしかない。
もしかしたらここからどこかまでかが隔離されていて、そこから外は今まで通り普通に暮らしているのかもしれない。
そう、この議論で結局のところ最も重要な事とは一橋高校がなぜ消滅から逃れられたのか、本当に人は消えたのか、につきるのだ。
「何故、か……もしかしたら神話にあるノアの方舟のように一度世界を浄化させようとしているのかもね。この神話の神とはずばり宇宙人だったのかもしれない。そして我々一橋高校はノアのように選ばれた」
原和は宇宙人よりも突拍子の無いことをつらつらと呟き始めた。
「いやもしかしたら区画、それかなんらかの単位で区切られていたのかも。それでここが侵してはならない聖域とか……。他にもこの一橋高校敷地内だけが消滅の範囲からなんらかのミスでもれてしまったとか……」
あーそうそうと原和は思考に巡らせていた意識を柊に向け直し、
「君のいった隔離の可能性ある。さっきの範囲という言葉をこの隔離の可能性にも当てはめることができるしね。ただ、ここまで三ヶ月間外からアクションがないことが気になる。うーんやはり私は消え残りは基本私たちだけ、というほうがしっくりくるな」
「確かにそうですね……」
仮にこの辺り、関東遠征で行けたその少し先までが現実と隔絶されているのだとして、三ヶ月も放置の状態だ。隔絶の先にいる連中がなにもアクションを起こさないはずがないのは容易に想像できた。更新されないインターネット、外部からのノーアクション。これら要素が隔離案を否定してくる。仮に隔離されていたとして、設備も技術も人の数も上であろう外部から干渉不能などという条件下で内側からどうこうできるとは柊も原和も思わない。あくまで人間が生き残れる可能性を模索する話を考えることが今柊らがすべきことだ。自らの存在を否定する悲観的な考察をすべきでないと判断した。
──そういえば衛星電話とか国際電話とかやったことないから試してみよう。繋がった上で誰も出なかったら少なくともその地域には人はいない、ないしは人の出られない条件下。繋がった上で誰か出たら他にも生存者、ないしは隔離範囲の外の人間と交信できる。そもそも繋がらなかったら通信設備も隔絶されているか、通信設備が継続されているのはこの辺りのみってことになるかな──
「原さんの仮定だと宇宙人が意図せずここを消滅させなかったということですか?」
「その方が考える時に都合がいいだけさ、意図して、よりも納得しやすいだろ」
「それもそうですね」
原和という男は逃げ道を作るのがうまい。それも話の本筋から大きく逸脱せずに、障害物だけを避けていく。原和自身、それを自覚しており、悪く言えば人を丸め込むのがうまいという能力を最大限使い、人と接している。
これは結局、件の出来事を起こした者に聞いてみない限りはわからないことだと、そういう結論に至り、話は過去の話から現在の話へと切り替わった。
「さて、一段落ついたところで話題を変えよう。三竦みについて話そうじゃないか」
「はい」
「まず一つ、今この生き残った人間の派閥、いや勢力が三つに別れてしまっている現状をどう思う。この生き残った七七八が、生徒、あの日来ていたPTAを含む教師からなる大人たち、あの日特別演習でこの学校に来ていた自衛隊の者とで別れてしまっているこの現状を」
天鳴地動の後、この三勢力の分断状態はすぐに起きた、生徒のストレス緩和のためとして形だけ授業はやっていたが、これは大人側と生徒側の妥協だ。
大人は件の出来事の後、より一層の生徒への干渉、支配を望んだ。それは国が国民をいいように扱いたがるのと同じ発想だろう。無論、生徒側はそれを拒んだ。
最初の一週間程度は生徒と大人のいがみ合いが続き、PTAに親を持つ者たちはその板挟みとなっていた。(一部の生徒だけ親が残っている状況に快く思っていない生徒も多数いる)
とてもリラックスできる状況ではなかった。それをみかねたスクールカウンセラーである原和と、大人と生徒のどちらにも属さない中立な立場を主張する自衛隊側と一部教師をのぞくPTAの親の提案により、いがみ合いや干渉しあいを一時中断とし、生徒のストレス緩和のために少ない時間ではあるけれど、もとの生活に近い授業の時間をもうけることとなった。
他にも部活動があるが、顧問の先生の意向であり、生徒を支配したいという大人側の意見に積極的ではない部活動の顧問は、自らの受け持つ部活動をボランティアとして、その時間をもうけてくれている。柊が所属する剣道部もそのボランティアの対象だった。
「勢力という表現はやはり、数、年功、武力とそれぞれの側で別々の種類の力を持っているから使っているのですよね」
「ああ」
「俺たち生徒側には六八四人という数の力があり、PTA教員含めた大人側には八十一人、これは年功、つまりは生き方を知ってるぶんこういう状況下での順応性と頭の部分ではやはり生徒よりも少し上をいっています。それに自分の息子娘はいつでも勢力に引き込める、ないしは引き込んでいる、という点でも強いと思います」
PTAは子供らのことこそ心配しているが、まだ子供は彼らにとって守る存在。教師たちに委ねるのが一番安全だと思っているのが実情だ。
「そしてただ単純な力なら数こそ十二人と少ないですが、自衛隊が一番でしょう。対人格闘もさることながら彼らには武器があります。うちの学校のあり得ないところでもある、自衛隊の演習のために持って来ていた銃や特別に見せていた戦車なんかもある。いくら人数があるとはいえ、その気になれば大人側と生徒側が協力しても彼らには勝てません。なんせ人を殺す明確な手段を持っているのは彼らだけですから」
「そして私が質問したことは君がそこまで理解できている力の分け方がこの先、あるかないかはさておいた、先という未来にどう影響を与えるのかだ」
原和は断言しない、できないから。することが無責任だと今この世界で最も愚かな行いであることを知っているから。
先があると。
将来があると。
未来があると。
「俺は、いや、俺たち生徒側の意思決定グループである生徒会、そして生徒会長という一人の人間は、この状況を力の分け方を好ましく思ってはいません。かといって大人側の下にも、自衛隊側の下にもつくわけにはいきません。矛盾しているようですが団結とはあくまで協力関係にありたいということで、あくまでも対等な立場で選択権、発言力、欲を言えば主導権を握りたいと思っているんです。この要望が今の現状を招いている理由の一端であることは理解しています。団結できないのが不味いと言っていながらもそれを難しくしているのもまた自分達であることも」
「確かに、君たちが混乱を招かず生徒をまとめ一勢力として君臨することで天鳴地動直後はとても助かった。が、それが今では一つの問題となっているか。主導権、それはとても難しいことだね。私にはこのままではできるとは思えない」
これは柊らと同じ意見。
「柊くん。君は人が、あるいは国が何かの主導権を獲得するとき、どんなことが、どんな条件が揃っていると思う」
「条件ですか……やはり力のバランスが崩れた時じゃないですかね。相手よりも優位に立たないと主導権なんてものは握れません。人間、優位に立つために最も簡単な手段は力で、暴力的手段で勝つことだと理解していると思います。それから弱味を握るというのもありますが、実質人目を気にせずすむ世界になったわけですからよほどのことがないかぎり主導権を得られるほどの弱味は握れるとは思えません」
「同感だ。弱味はこの世界ではあまり機能しない、有効ではないんだ。三勢力のいずれかのトップがもし殺人や今の世界で殺人の次に重くとらえらるであろう性犯罪なんかを犯したとしても、それは相手からしたらトップを切ればいい話だ。グループとしての弱味にはならない。まあ一番の指導者がいなくなるわけだから戦力的には隙が生じるのかもしれないが、さして問題にはならないだろうな。そして暴力的手段だが、これも見込みがあるとは思えない。なんせさっき君が言った通り、暴力的手段を最も得意とし、専門とし、他二勢力と釣り合うための道具としているのが自衛隊だ。彼らを味方につければ考え方は変わるが、あくまで彼らは中立の立場は変えないつもりだろう。自衛隊の鑑だよ、こんな状況になっても正義を、力を片寄らせたりはしないらしい」
ならやはり、他二勢力を黙らせ、妥協案として生徒側にもあらゆる権利を残し、そして立場上優位に立て、ブラフとしても有効なそんな都合のよすぎるものは一つだ。
「……情報ですね」
「その通りだ。件の出来事の前まで情報の変わりとして使えたものはなんだと思う」
「お金、ですかね」
「そうだ。人間を都合よく動かすには金だ、世の中は金で回っているとも言うぐらいだ、前はそれほどの力が金にはあった」
だが、それは世界が一変した五月十日午後二時三十分三十三秒で終わりを迎えた。そうして意味を失った金や弱味、かなわない力を除いたら残る最優の力が情報なのだ。
「君も欲しているように我々生き残りは皆、なによりも情報を求めている。他に生き残りがいないのかという情報を、自分たちはもう安全なのだという情報を、そして天鳴地動や消滅に関する情報を。特に最後のは特大サイズのケーキの様に喉から手が出るほど欲しがっている情報だろうね、君がそうであったように。もしかしたらその情報が、天鳴地動や消滅のことがすべてわかった時こそ、初めて生き残りは自分を戒め、過去と向き合うのかもしれないよ。それほど大きなものなんだよ、今この世界での情報というのは」
自分への戒め、それは今世界が許していることを自ら許さんとすることだろう。そうして初めて人は真の意味で消えた人を弔い、嘆き、悲しむのだ。
「だから主導権を握りたいのなら、天鳴地動や消滅に関するをすべてでなくていい、少しでもいいから手に入れることだ。それができれば、情報を金のように使い、売り買いできるようになる。情報が金になるんだよ」
情報が金になる。ならば暴力的力も同じで金になるのだ。やはり結局のところ、究極的に人間の社会を効率よく、他者と対等に回すには金がいる。技能や才能ももちろんいるが、やはり金なのだ。
技能も独学で猛勉強し身につけるよりも、金を使い猛勉強したほうが身につく確率は高い。
才能は金では買えないが、金持ちの家に生まれることさえもやはり才能なのだろう。
この世は金だと、その時柊は真に理解した。
「件の出来事に関する情報は三勢力すべてがやっきになって集めていますが、まだ何一つない状況です。しかも情報の価値はやはり証拠があってこそです。もし、仮に情報が手にはいったとしても、証言や映像なんかの証拠では完全な情報とは言えない。物的証拠が必要ですね」
「そうだね。見せ、聞かせ、触れさせ、証明する。それが一番いい、仮にどれかが抜けていたとしたらそれは情報としての価値が一回り二回りも下がるね」
要するに完璧な情報とするには、宇宙人が実行者であるなら宇宙人を、神がやったなら神を引きずって連れてこいという、簡単明瞭、simple is bestというわけだ。
「なにか俺たちは突拍子のないことを目指している気がしてしまいましたよ」
「天鳴地動や消滅という出来事事態がもうすでに突拍子のないことだろう」
「それもそうですね」
非日常が日常で、当たり前が突拍子もないことで 、宇宙人なんてものを信じるのが都合のいい世界が柊が暮らす世界なんだと改めて実感する。ここに来てから実感することや理解させられたことが多い、柊はそう思った。
『生徒会所属、柊助さん。至急視聴覚室まで来てください』
学校中にその放送は響いた。それはよほど慌てているのか急いでいるのか、放送の前に入れるチャイムを飛ばし、聞き取りにくいかなりの早口で要件を告げられた。
「呼ばれているみたいだね。声から察するに早く行ってあげたほうがいい」
「……はい」
柊が言葉が濁ったのはもう少しこの男と話していたいと、そう思ったからだ。
「長話もすぎたな、もう一時間以上もしゃべっているじゃあないか。こんな老いぼれの話に付き合ってもらってありがとう柊くん」
「い、いえとんでもない。今日俺は話を聞いてもらうばかりで、気づかされるばかりでした。今日は本当にありがとうございました」
柊は恭しく頭を下げた。
「……実を言うとね、途中からスクールカウンセラーとしてではなく、原和という一個人として君の話を聞き、返し、この一時間と少しの時間を楽しんでいた。だから君にお礼をいわれるほどのことはしていないよ。もし、君が良ければまた来てはくれないかい? この老いぼれと話してくれないか」
その言葉は柊にとって嬉しいものだった。カウンセラーとしての原和ではなく、一個人としての原和と話ができていたことが、柊にとってとても新鮮で嬉しいことだった。それは生徒会長である新倉進以来の自分の理解者の誕生の瞬間であった。
「では、あまり待たせるといけないので俺はこれで」
「ああ、また今度」
「はい、また今度」
◆◆◆
視聴覚室には総勢二十名の生徒会全メンバーが揃っていた。
暗く外光を遮断した室内にはスクリーンに当てられたプロジェクターの放つ光だけが足下を照らす頼りだった。
「どうした、揃いも揃って。放送もかなり急いでいたようだけど」
二十名中半分以上が柊と同じような顔をしているとこからするに、まだ集められた事情は説明されていないのだろう。
プロジェクターに照らされた進の険しい顔がすごく目立った。
それから柊が席につくと進は話し始めた。
「我々生徒側から町に調査班を送っていることは知っているな」
「そんな大層なもんじゃないけどな、写真部と映像部それからバスケ部の合同班なんて」
生徒会は班分けされており、その中の実働担当の柔道部主将三年、剛野手堅は不自然な前降りだと感じたのか訝しむ表情で進を見た。
「その合同班が今朝、三日ぶりに校舎へ帰還した。それも事態をひっくり返しかねない重大な情報を持って帰ってな」
「重大な情報?」
情報という言葉に少し過剰に柊は反応してしまい、無意識に声が大きくなってしまっていた。
「今彼ら班全てのメンバーに事情を聞いている最中だから核心に迫ることは言えんが、まずはこれを見てくれ」
そう言って進はプロジェクターに繋がれたパソコンのエンターキーを叩いた。
「これは……」
一同は同時に息を飲んだ。それは柊も同じだった。それぞれ理解はできていなくとも目の前に出されたスクリーンに写る異形なる物に息を飲んだのだ。そして柊はそれを直感的に悟る。
それが今の今まで原和と話ていたことであると、仮の天鳴地動か消滅を起こし、もしくはどちらも起こした実行者、ないしは関係者として扱われ、話ていたものなのだと、それを理解したとき柊は震えた。恐怖に震えた。
なぜなら先までに話ていたことの全てが真実かもしれないという可能性がでてきたのだ。不確実であった筈の事実が音を立てて崩れ落ち、とってかわって確実的な真実が姿が現れ始める。
「原先生に言わないと……」
そこに写るは緑の異形、人ほどの大きさで頭部が長く足は六本ある。そこまでわかるほどに鮮明に一切のぶれはなく、それが道路を歩く姿が写っていた。
「これは学校から二十キロ先で撮られた写真だ。一応言っておくがこれは合成写真ではない。全てが現実だ」
そこに写っていたのは紛れもなく"宇宙人"のそれだった。
その時初めて柊に受け入れがたい、確実な事実が現れたのだった。