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第2章「好きを書かずにいられない」②


それからわたしは、2週間の執筆期間をもらい、自分の小説を見直すことになった。


もちろん、すでに完成している作品を連載用に手直しするだけなので、それほど時間はかからない。



エスペーシア王国の王子と、その従者の笑いあり涙ありの珍道中。


やがてふたりは力を合わせて世界を救う…!



まだ『月刊王室』が刊行されていた頃、エスペーシア城でターメリック王子様と従者のパンデロー君の姿を見ているうちに思いついたものだ。


前半部分、パンデロー君の語りやふたりの出会いのシーンはわたしの想像だけど、後半部分の街並みの描写は正確でなければリアリティが出ない。



なんてったって、このエスペーシア王国の城下町が舞台なのだから。



机に向かっていたわたしは、細かな路地裏の軒先がどうなっていたか思い出せなくなって、少し出かけることにした。



戸締りを確認して、街中へ繰り出す。



パンデロー君がお昼を食べていたであろう南広場の噴水を回って、朝市が有名な通りへと向かう。



もうすぐ日も暮れるから店はあらかた閉まっているかもしれないけれど、とりあえず店構えだけでも頭に入れておかないと。



その道中、細かな路地裏を覗き込むことも忘れなかった。



…なるほどね…


ここは骨董品のお店だとばかり思っていたら、コーヒーも扱ってるんだ…


コーヒー党の穴場かな。



メモ帳を片手に、使えそうな路地裏を地図とともに書き留めていく。



ようやくたどり着いた大通りの市場は、案の定すっかり人気がなかった。


新鮮な野菜を扱うことが多いから、多くは朝早くにはけてしまうのだろう。



賑わってる市場も書きたいな…


今度、早起きして来てみようかな。


…早起き、苦手だけど。



まばらな人並みを観察しながら歩いていると、前からメイド姿の女性が近づいてくるのが見えた。


大きなお団子頭…


『月刊王室』時代にお世話になった友人、クミンちゃんだ!



それとなく、彼女に見えるように手を振ってみる。


人気のないところで大声を出すなんて恥ずかしいこと、わたしにはできない。



クミンちゃんが気づいてくれるよう、念を込めて手を振り続ける。



すると、



「あっ! シーナだぁー! シーナー!」



クミンちゃんの間延びした大声が、通り中に響き渡った。



道行く人の視線を浴びながら、クミンちゃんが近づいてくる。


彼女は、人々の好奇の視線なんて気にならないようだ。



「久しぶりぃ〜! あのときお城で会って以来だから…1ヶ月振り、ぐらいかなぁ? 元気だったぁ?」



クミンちゃんは、買い物帰りか大きなカバンを背負っていた。


中身は見えないが、きっと城内の寮生活で足りなくなった生活用品の買い出しだろう。



わたしはうんうんと頷いて、道行く人の視線を避けるように彼女を壁際に手招きした。


クミンちゃんはクスクス笑いながらもついてきてくれた。



「シーナって、船長さんの原稿受け取ってるんでしょ? もうすぐ最終回っぽいけど、どうなの?」


「あ〜、そうそう。もう最終回の原稿は受け取り終わってて、再来週号に掲載されるはずだよ」


「そっかぁ、やっぱり終わっちゃうんだぁ…。シーナは、船長さんとは仲良くなれた?」



寂しそうなクミンちゃんに、わたしはまた頷いてみせた。


今度は「もちろん」と大きく何度も。



そして、自分の小説を読んでもらったこと、次の『週刊さんぱんち』の連載小説を担当させてもらうことを話すと、



「えっ! それすごいねぇシーナ! もう本当に小説家みたいじゃない!」



クミンちゃんは大きな拍手をして、まるで自分のことのように喜んでくれた。



うーん…


やっぱり道行く人に見られるのは恥ずかしいなぁ…


クミンちゃんは気にしてないみたいだけど…。



「そっかそっかぁ。だからシーナ、そんなに生き生きしてるんだねぇ。なるほどぉ」


「へ?」



生き生きしてる…?



「だってシーナ、ひと月前と全然違うよぉ。毎日が楽しくてたまらないって顔してる」


「ひと月前って…あの日は、仕事が変わるって聞かされてちょっと憂鬱だったから…」


「ううん、それまでのシーナと比べてってことだよぉ。毎日のようにお城に来てたときよりって話」


「え…そう、かな」


「そうだよぉ! …もしかして、船長さんに会うのが楽しいの?」


「………」



クミンちゃんの何気ない質問に、わたしはハッとさせられた。



確かに…


わたしは船長に会うことを楽しんでいる。



わたしの毎日を劇的に塗り替えたのは、船長だ。



気がつけば、船長のことばかり考えている日もあった。



毎日が楽しくてたまらないのは、船長のおかげ…


なのだろう。



沈黙を肯定と受け取ったのか、クミンちゃんは「なるほどねぇ」とひとりで納得したように頷いて、



「その気持ち、大事にしたほうがいいよ。何かあったとき、きっとシーナの味方になってくれるから」



そう言うと、手を振って行ってしまった。



わたしは、ただ呆然とその背中に向かって手を振っていた。



「その気持ち」…


船長に会うのが楽しいって気持ち…


大事にしたほうがいいって、どういうことだろう…?



ぼんやりとしているうちに、空はオレンジ色からすみれ色へと変わっていた。



もう日が暮れてしばらく経つようだ。



息抜きは終わりにして、もう帰らないと。



わたしは、小説の手直しを完成させるために家路を急いだ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



それから2週間後、真夏の太陽が本気を出し始めた頃…。



ついにわたしの小説が『週刊さんぱんち』に掲載された。


全15話のうちの、1話目と2話目である。



まわりの反響はというと…


特になし。



それもそのはず、なんたって特ダネを狙うチャンスがやって来たのだから。



セレアル侯国の貴族様が、エスペーシア王国をお忍びで旅行中…。



情報を集める記者たちと編集長は、香辛出版始まって以来の忙しさに見舞われていた。



必ずしも城下町にいるとは限らないのに…


というか、男性かも女性かもわからないのに、編集長は根も葉もない目撃情報に踊らされている。



「そりゃあ、踊りたくもなるさ! 西の大陸にあるセレアル侯国といえば、7人の侯爵が分割して国を治めていることで有名な国だ。侯爵同士の仲が険悪で輸入品の制限もあったりするらしいが、その侯爵家の方がこの平和しかないエスペーシア王国にいらっしゃっているかもしれないなんて、ワクワクするじゃないか!」



「は、はぁ…」



こんなに楽しそうな編集長を、わたしは初めて見たのだった。



そしてもちろん、それほどまでの特ダネを他社が黙って見ているわけもなく…


ほかのどの雑誌ですら、話題はお忍び旅行。



香辛出版がここで出遅れるわけにはいかないと、編集長は血眼だ。



「わたしの小説、読んでくれました?」なんて聞けないほど忙しそうで…。



これは、騒動が落ち着くまで感想はお預けかな…。



船長も、完結するまでは何も言ってくれないだろうし、しばらくひとりで黙々と書き続けるしかなさそうだ。



…そう思っていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



2話分の小説が掲載された『週刊さんぱんち』が発売されて、2日後。


その日は朝からどんよりと重たい雲が空を覆っていた。



家を出るときにうっかり傘を忘れたわたしは、今日は雑務を片付けて雨が降ってくる前に帰ろうと思っていた。



貴族様目撃情報の真偽判断に追われる編集長に3話目の原稿を渡し、徹夜明けの記者たちに差し入れのお菓子を渡して事務所を出た。



腕時計を見ると、午後2時。



家に帰ってコーヒーを入れて、次回作の構想を練ることにした。



空を見れば、涙を堪えているような曇天が広がっている。


今にも大泣きの本降りになりそうだ。



「シーナ」



急がなくてはと踏み出した先に、見知った仏頂面が立ち塞がった。



「船長が、今すぐ来てほしい、と…」



挨拶すら面倒なのか、仏頂面は単刀直入に切り出してきた。


しかし、いつものような切れ味はなく…。


有無を言わせぬ口調はそのままなのに、何やら言い淀んでいる。



「…あなたの小説のことで…話があるようで…」



エフクレフさんは、口数こそ少ないものの、言いたいことは顔に出やすい。


俯きがちの、ぎゅっと寄せられた眉毛が船長に嫌なことを頼まれたと語っている。



わたしを呼びに来るのが、嫌なこと…?



エフクレフさんの表情は、いつもの不機嫌そうなものとは少し違っている。


…ような気がする。



というか…小説のこと?



完結するまでは何も言わないって、船長は言っていたはずなのに。


もしかして、文脈的におかしなところがあって、今すぐ直したほうがいいとか、そういう話…?



エフクレフさんの顔を覗き込んでみたけれど、よほど言いにくいことなのか、すぐに目を逸らされてしまった。



…仕方ない。



「…わかりました。今すぐ行きます」



わたしが返事をすると、エフクレフさんは安心したような、でも不安そうな表情で頷いた。



そして、わたしを気遣うようにして、いつもよりゆっくりと歩き始めた。



そんなに…?


わたしの小説、そんなにひどいの…?


まあ…いいか。



自分の小説について助言や講評をもらったりしたことのないわたしだけど、何を言われても大丈夫だと軽く考えていた。



船長に文章を直してもらえるなら、わたしの小説が良いものになるなら満足だって思っていた。



自分の心は何があったって平気だ。


と、このときは信じていたのだ。



…何の根拠もないくせに。




つづく

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