夕暮れ時
沖についた僕は、奪い去ってしまった浮輪を返した。
「勝手に借りてしまい、申し訳ございませんでした」
「良いのよ。二人とも助かったのね、良かったわぁ!」
「お兄ちゃんかっこよかった〜!」
「お前さんすごいな!」
色々な方が賛辞を送ってくれた。
別にそんなものが欲しかったわけではなかったのだが、ありがたく受け取っておくことにした。
その後、二人を連れて自分たちの持ち場に戻った。
「気を付けてって、あれほど言ったじゃないか!」
「ごめん……」
「美月さんは悪くないんです!……元はと言えば、私があんなことを言わなければ……」
「ごめん。ちょっと頭に血が上っちゃって……」
そう言うと、美月は何かを察したような視線を送ってきた。
恐らく、僕の過去を知っていたから気を遣ってくれていたんだと思う。
そんな美月の視線を尻目に、僕はさきほどの経緯を尋ねた。
「それで、一体何があったの……?」
「……私が、競争しようと言ったんです。その途中で足がつって動けなくなってしまって、美月さんが助けてくれたんです。でも、思ったより深い場所まで来てしまっていて、溺れかかっていた私に巻き込まれてしまったんです……」
「……そうだったんだ。でも、良かった。二人が無事で……」
「本当にごめんなさいっ……!私のせいでこんな危険な目に合わせちゃって。なんて言ってたらいいのか……」
紺野さんは泣いてしまい、許しを請うかのようにうずくまってしまっていた。
「……助かったんだから、もう大丈夫だよ。ね?」
美月が慰めるように優しく声をかけていた。
「充君もありがとう。危うくミイラ取りがミイラになっちゃう所だったよ……」
苦笑いを浮かべながらお礼を言われた。
紺野さんはというと、ひっくひっくと肩を揺らしながら泣き続けていた。
ここまで本気で泣いてる姿を初めて見た。
普段しっかりしてる彼女がここまで弱っていると、少し困惑してしまう。
どうしたらいいのか分からなかった僕は、彼女が海に行く時に脱ぎ捨てたいったパーカーをそっとかけてあげた。
「もう大丈夫だから。風邪ひかないようにちゃんと身体温めて……」
それでも、彼女は何も言わず泣き続けていた。
「……僕、何か飲み物買ってくるよ。冷たいのと温かいのどっちがいい?」
「私も身体冷えちゃったから、温かいのでお願い」
「分かった。じゃあちょっと待ってて」
そう言って、二人の傍から離れた。
歩きつつ後ろ目で様子を確認すると、美月が紺野さんに寄り添って身体を温め合っていた。
自動販売機で飲み物を買っていると、急に力が入らなくなって腰が抜けてしまいそうになった。
きっと、安心して緊張の糸がほぐれたのだろう。
気を張り詰めていて気付かなかったが、僕の身体はとっくに悲鳴をあげていた。
普段運動をしない上に急に動き出したせいで、想像以上のダメージを負ってしまっていた。
よくよく考えると、僕まで巻き込まれて溺れていたかもしれない。
……よくこんな状態で二人を助けられたものだ。
これが、火事場の馬鹿力というやつなのだろうか……?
何はともあれ、本当に良かった。
「……ごめん。温かいのなかった」
戻った僕は、冷たい水を二人に渡した。
今が真夏だってことすっかり忘れてた。
少し考えればすぐに分かるはずなのに、僕も美月もまだテンパっていたのか、そんなことには全く気付いていなかった。
「大丈夫。二人でくっついてて少しあったまったから」
「私も大丈夫ですよ。わざわざありがとうございます……」
紺野さんは、なんとか立ち直れたようだった。
泣き続けていた目元は少し腫れていて、そんな姿を見られたくなかったのか、こっちをあまり見ようとはしなかった。
そっぽを向いている彼女は少しいじらしいと思ったが、このタイミングでからかったりするのはさすがに可哀想だったので自重しておいた。
そして、それは美月も一緒のようだった。
彼女は天然そうに見えて、意外と空気が読める。
身体に限界が来ていた僕は、出来るだけ負担をかけないようにそっと腰を下ろした。
「これは……しばらく筋肉痛かも」
「普段から運動しないからだよ〜」
「おっしゃる通りです……」
紺野さんは、そんな僕たちの会話を横目でチラチラと確認していた。
「どうかしたの?」
「いえ、あの……」
「ん?」
「改めて、本当にありがとうございました。そして、ごめんなさい……」
「……どういたしまして」
まだ少し恥ずかしそうにしていたが、その言葉を言う時だけはこちらをしっかりと見定めていた。
「まあ、そういう時もあるよ。もしかしたら私が足つってたかもしれないし」
「それは、そうかもしれないですけど……」
「今回はたまたま紅葉ちゃんがそうなっちゃったってだけの話だよ。それに、もし私がそうなってたらきっと紅葉ちゃんは私のこと助けてくれてたでしょ?」
「助けるに決まってます」
「つまりはそういうことだよ。だから、あんまり気にしなくて良いの。みんな無事だから結果オーライってことで!」
「……美月さんは、本当に優しいですね。普通の人だったらもっと責めますよ」
「責めて欲しいなら責めてあげても良いよ〜?」
「やめてください……」
美月は小悪魔モードに入り、例の意地悪い笑顔を浮かべていた。
まあ、この調子なら大丈夫だろう。
結局その後、海で遊ぶのが怖くなった僕たちは自分たちの持ち場で適当に話したり、買った物を食べたりしていた。
そして、気付けば夕暮れ時になっていた。
「私、海でこうやって夕日見たの初めて。すごくロマンチックだね」
「私も、自分の目で見るのは初めてです。写真とかではよく見るんですけど……」
「紺野さん、写真とか見るの?」
「はい。こういう風景画をよく見ます。散歩に行った時に自分で実際に撮ったりすることもあるんですよ。あの神社から見た景色も撮ってあります」
いつになく饒舌だった。
彼女の新たな一面を垣間見た気がした。
僕たち三人は、肩を並べて夕日を眺め続けていた。
夕暮れ時で気温も下がり、程よい風も吹いてきて、そんな環境が眠気を促した。
生温い気温は、疲れた身体にとても心地が良かった。
そして、ついに僕の瞼は重力に逆らえなくなってしまった。
「……充君!?寝ちゃダメだよ!ここで寝たら帰れなくなるよ?」
それは、いつかの日に紺野さんが美月に言っていた言葉だった。
その言葉をを聞いて、僕は心の中で一人笑ってしまった。
「……ごめん。だけど、そろそろ限界かも」
「……丁度良いですし、そろそろ帰りましょうか」
本音を言うとこのまま寝てしまいたかっだが、さすがに帰れなくなるのは嫌だったので、その思いだけで身体を動かした。




