二人の危機
八月に入り、暑さはピークに達していた。
年を追うごとに暑くなり始める時期が早くなっていたり、最高気温が上昇しているような気がした。
僕が死ぬ頃には、毎日が夏の様な気温になってしまうのでは無いか?
そんな、好奇心とも恐怖心とも言えないような複雑な感情を抱いていた。
この日も、いつもの二人と遊びに来ていた。
今日は海に来ていた。
僕たちが住んでる田舎町は海岸沿いのではないため、二時間ほどバスに乗ってやって来た。
「お待たせ」
「遅いよー」
「ごめん。ちょっと混んでて時間かかった」
いつもとは対照的に、僕が一番最後に合流することとなった。
二人は遅いと言いつつも、そこまで待ってたようには見えなかった。
本当に待っていなかったのか、二人で待ってたからそう感じなかったのか。
どちらかは分からなかったが、あまり気にしないことにした。
「じゃあ、早速泳ごうー!」
「……僕さ、ちょっとここにいても良いかな?」
「どうして?……もしかして泳げないとか?」
「違うよ。普段そこまで運動しないから落ち着いていたいんだよ。それに、荷物見てる人いないとまずいでしょ?」
「確かにそうですね。美月さん二人で行きましょう」
「んー……まぁそうだね。じゃあ荷物よろしくね!」
「了解。……その、色々と気を付けてね」
「分かってるって」
そう言うと、二人は上に羽織っていたパーカーを脱ぎ去って、海に走って行ってしまった。
二人がいなくなり、僕は一人になった。
一人になったからなのか、周囲からは様々な声が聞こえた。
家にいるのとは違い、この場所は人に囲まれているような気がして全く落ち着かなかった。
耳をすませば美月たちの声も聞こえるかもしれないと思ったが、そんな努力は虚しく散った。
僕は、予定通り持って来た本を読み始めた。
こんな所に来てまで本を読むのは、おかしいと思う人もいるかもしれない。
だけど、実際問題一人だとやることはないし、何よりここを離れるのはまずいので必然的に出来ることは限られる。
海というのは、案外遊ぶのが難しい場所なんだと思った。
例えば『映画を見に行く』だと、やることは明確になっていて困ることはない。
そして、それは『受動的な遊び』だ。
やることは決まっているが、受動的が故に自分たちが干渉できる幅は狭い。
しかし、何も考えなくても楽しい時間を享受出来るのは贅沢だし、何より楽だ。
それに対して、海で遊ぶというのは『能動的な遊び』だ。
海は遊びの幅が非常に広い。
サーフィンをやってもいいし、泳いでもいい。
ビーチバレーをやってもいいし、砂遊びをしてもいい。
能動的が故に遊べる内容が多く、自由度が高いのだ。
しかし、その中から自分が“何をして遊ぶ”のかを考えて決めなくてはいけない。
人は、自分で決めることを出来るだけ避けたがる生き物だ。
何故ならば、選択には責任が伴う。
その責任を負える人は強い人だ。
だが、大半の人はそれを持ち得ていない。
そんな人たちにとっては、受動的に生きる方が楽なのである。
……僕もきっと、“そっち側”の人間なのだろう。
日常的に受け身で物事を決めてしまう僕には、この場所で遊ぶのは少々ハードルが高かった。
海というのは、まさに“自由”を絵に描いたような場所だ。
何にも縛られてないし、危険なことだったりモラルに反したことをしなければどんな過ごし方をしても良い。
世間一般で言われる“陽キャ”と言われる人々が、何故こういう所に集まるのか少し理解できた気がした。
そんなことをぼんやりと考えていると、かなりの時間が経っていた。
「二人とも遅いな」
確かに、いつ頃帰ってくるとか言ってなかったけど、こういうのって大体一定の時間で戻ってくるものでは無いだろうか?
そんな疑問を抱えていた。
……と、その時。ようやく周囲が騒がしいことに気付いた。
それも、普通の騒がしさとは違う。
まるで何かがあったかのような、そんな不安を煽るような騒がしさだった。
嫌な予感がした。
気付けば、僕はその人混みに飛び込んでいた。
「……あの子達、何か様子がおかしくないか?」
そんな言葉に耳を傾け、僕はとっさに海に目を走らせた。
すると。
二人が溺れかけていた。
その光景に、僕は頭が真っ白になった。
「このままだとあいつら溺れちまうぞ!」
その声に我を取り戻した僕は、何かに突き動かされるように行動を起こしていた。
「すみませんっ!この浮輪借ります!」
僕はその返答をもらう前に、隣にいた人の浮輪をかっさらっていた。
どうしてこんなことに……!
あれだけ気を付けてって言ったのに!
周囲の人たちはその様子をただ見守るだけで、誰一人として助けようとはしなかった。
それは、溺れかけて間もないからなのか、助けるのが怖いからなのか。
どちらか分からなかったが、今の僕にはそれを考えるほどの余裕はなかった。
……もう、あんなことは嫌だ。
ふと、“あの日の出来事”が脳裏をよぎった。
僕の目の前から突然姿を消した両親。
最期の時まで笑顔だった両親。
そんな姿が頭にこびりついてしまい、急に足が止まりそうになる。
しかし、そんな雑念を振り払うかのように、身体に鞭を打って走り続けた。
……そして、ようやく二人の所に辿り着いた。
「美月!紺野さん!この浮輪に捕まって!」
僕は、普段出さないような大声を出して、二人に必死に言葉を伝えようとした。
しかし、聞こえてないのか、聞こえているが返答する余裕がないのか、二人は何も言わなかった。
このままだと、ほんとに二人が溺れてしまう……
どうすればいいか悩んだが、結果的に後先考えずに強引に二人の手を浮輪に掴ませた。
だらだらと考えてる時間はなかった。
とにかく今は、二人の安全確保が最優先だった。
そこで、ようやく二人が声を出した。
「あ、ありがとう。充君……」
「……ごめんなさい、私のせいで……」
「いいから。あんまり喋らないで」
二人は海水を飲んでしまっていたのか、むせながら話していた。
「とりあえず沖まで引っ張るから。二人とも絶対に手を離さないでね」
それだけ言うと、彼女らは静かに頷いた。




