約束
夏休み初日。
僕たち三人は地元の花火大会に来ていた。
あの後、先生は美月に転校前の高校について教えていた。
ひとまず情報を掴めたわけだが、当の本人はすぐには行きたがらなかった。
というよりは、先に夏休みを満喫したいようだった。
そんなわけで、先生がついでに教えてくれた花火大会にこうしてやって来たというわけだ。
浴衣で行こうと言うので、着るのに時間がかかりながらもようやくここまで来たわけだが、女性陣はいつまで経っても待ち合わせ場所に姿を現さなかった。
「お待たせー!」
「……お待たせしました」
ようやく現れた二人は、普段とはまるっきり違った雰囲気をまとっていた。
そんな自分の姿に戸惑っていたのか、紺野さんは美月の背中に隠れるように立っていた。
「ほらほら〜紅葉ちゃん、せっかくの浴衣なんだからもっと堂々としないともったいないよ!」
そう言って、紺野さんの背中を軽く押し、僕の方に突き出して来た。
その際に、ガタガタっと下駄が愉快な音を鳴らした。
慣れない下駄を履いていて足に力が入らなかったのか、彼女はそのまま僕の方に雪崩れ込んできた。
「……」
「……」
まるで、寄りかかられた体制のまま氷漬けにされてしまったように、僕たちの時間は止まってしまった。
……どうして何も言ってくれないのだろう。
このままだとなんだかまずい気がしたので、顔を俯けて寄りかかって来ている少女を身体からそっと引き離した。
「……」
引き離された少女は、それでも何も言わなかった。
何か様子が変だと思い顔を覗いてみると、その頬はりんご飴のように真っ赤に染まっていた。
額にうっすらと汗を浮かべ、瞬きを頻繁に繰り返すその姿は動揺が見て取れた。
「紺野さん、大丈夫……?」
「大丈夫じゃないです……」
彼女の顔は、今にも爆発しそうな勢いだった。
「あ、これはね〜照れてるんだよ〜」
困惑していた僕に向かって、美月が横槍を入れて来た。
「よ、余計なことを言わないでくださいっ!」
「あれ、今日は珍しく認めるんだね〜。いつもなら『照れてないですっ!』って必死に否定するのに〜」
「お願いですから、もう勘弁してください〜……」
美月に意地悪くからかわれた紺野さんは、涙を目に浮かべていて今にも泣き出しそうだった。
「あー……ごめんってば、ちょっと調子乗りすぎちゃった……」
「本当です……いつもそんな風に私のことからかって楽しいんですか……?」
「うーん。……それは楽しいかも!だって紅葉ちゃん反応が可愛いんだもん〜、こんな可愛い子がいたら誰だってからかいたくなっちゃうよ〜」
「またそうやって調子のいいことを言って……その手には乗りませんからね!」
そうは言っていたが、紺野さんもまんざらでもない気がした。
そう思うほど、美月といる時の紺野さんは表情が豊かだった。
僕はふと、初めて出会った時のことを思い出した。
『できれば、秋山君にも来てほしいです』
最初の頃は、僕がいないと何を話していいか分からないって言っていたのに、今ではご覧のありさまだ。
あれからまだ三ヶ月くらいしか経ってないけど、そんな短い間でも人は変わるんだな、と他人事ながら感じていた。
僕も、いつかそんな日が来るのだろうか……
僕は、いつになるか分からない遠くの未来に一人想いを馳せた。
「紺野さん、ほんとに大丈夫?」
「だ、大丈夫ですよ!美月さんとはいつもこんな感じですから……」
まだ顔に赤みを帯びつつ、焦った口調でそう言う紺野さんには全く説得力がなかった。
……まあ、美月の気持ちが分からないわけでもない。
紺野さんはとても真面目だし、頭もキレるし運動も出来る。
その上、他人にも優しいし気遣いを忘れない。
まさに完璧を絵に描いたような人だ。
そして、そんな人がこうして照れていたり狼狽えているのがとても人間らしく見えるのだろう。
要は、ギャップ萌えというやつだ。
それは、普段深く接しているからこそ感じられるものだろう。
そんなギャップを一度目にしてしまうと、美月の言う通り性別関係なく誰でもからかいたくなってしまうのかもしれない。
「と、とりあえず行きましょう。何か食べますか?」
早くこの居心地の悪さから離れたいらしく、彼女は強引に話題をすり替えて来た。
美月がまだからかいたそうにしていたが、これ以上からかわれると紺野さんが持たなそうな気がしたので、僕は気付かないふりをして話に乗っかった。
「たこ焼きとかチョコバナナとか、そういうのが無難だよね」
「たこ焼きいいよね〜。私、粉物好きなんだよね〜」
「じゃあ、それを買いに行きましょう」
無事に食料を確保した僕らは、花火を見るスポットへと移動した。
「ちょっと、どこまで行くの……?」
「こっちだよ〜。あと少しだから頑張って!」
長い道を登り終え、ようやく辿り着いたのは神社だった。
「ここは、どこ?」
「ここは、私と美月さんの秘密の場所です」
「充君も知っちゃったから、秋トリオの秘密の場所だね!」
「その名前、まだ覚えてたんだ」
「当たり前でしょ!」
「お二人とも〜、こっちに来てください〜!」
そう言って、紺野さんは僕たちの方に精一杯手を振っていた。
小柄な彼女が一生懸命に手を振る姿は、なんだが少し健気に思えた。
「ここに座ってください!」
そう言われ、僕たち二人は腰をかけた。
座ったのを確認した紺野さんは、美月の隣にちょこんと座った。
右から僕、美月、紺野さんの順番に座っていた。
そして、瞬く間に空は色鮮やかな花によって埋め尽くされた。
「……この場所にこうして自分以外の人を連れてくるなんて思いませんでした」
「私とは何回か来てたけどね!」
美月は心底嬉しそうにしていた。
「中学の時はいつも一人でした。ここに来る時も、学校でも。友達どころかまともに話してくれる人もほとんどいなくて、私は孤立気味だったんです」
花火に気を惹かれていたのか、紺野さんは自分のことを話してくれた。
「バドミントンをやってる時もそうでした。『あいつとは練習したくない、ダブルス組むのも嫌だ』ってチームの中でずっと拒絶されてました」
紺野さんにそんな過去があったなんて、全く知らなかった。
……確かに、完璧過ぎる彼女の姿は、多感な時期の中学生には刺激が強すぎたのかもしれない。
大きな才能は、時として残酷なほどに人を傷付けてしまう。
そして、それを持つ人は嫉妬や妬み、恨みなどを理不尽にぶつけられてしまうことも多い。
きっと、それを全て受け止めて自分の中で消化してきたのだろう。
彼女がこんなにも強く、優しい理由が少しだけ分かった気がした。
「……でも、今は違います。こうして大切な人が二人も出来ました。私は、本当に幸せです」
彼女の目は潤んでいたが、決してそれを拭うことは無かった。
そして、花火の光に彩られ静かにそれはこぼれ落ちた。
「……私も、二人に出会えて良かったって思うよ。二人がいなかったら、今頃どうなってたか分からないし」
紺野さんにつられたのか、美月も胸に秘めていた想いをさらけ出していた。
これは、僕も何か言った方がいいのだろうか……?
いい機会だったので、たまには僕からも何か話そうと思った。
「僕も一人でいることが多くて、あまりこうして誰かと遊ぶのは好きじゃ無かったけど、こんな日々も悪くないのかもって少し思う。そう思えたのはきっと二人のおかげだと思う。……だから、ありがとう」
僕がそう言うと、美月は小悪魔モードに入ったのか、紺野さんをからかう時のような意地の悪い笑みを浮かべて耳打ちしてきた。
「勝負は私の勝ちかな?」
「……どうだろうね」
僕は、照れ隠しでそう返した。
……本当は楽しかった。
だけど、正直にそれを認めるのはなんだか負けた気がして悔しかった。
あれだけ騒がしかった風景が、突如姿を変えた。
どうやら花火が終わったようだった。
「花火、綺麗でしたね。本音を言うともう少し見たかったですけど……」
「じゃあさ、来年またここに来ようよ!ここで三人集まって花火見よう!」
「そうですね!楽しみが一つ増えました」
「僕も来て平気なの?」
「当たり前じゃん。今更何言ってるの?ここは秋トリオの秘密の場所なんだから、充君が来なかったら成り立たないでしょ?」
「……確かにそうだね」
僕は微笑みながらそう返した。
「じゃあ約束ね!またこの場所で三人一緒に花火を見よう!」
「うん、約束」
「はい、約束です」
誰かと約束を交わすなんていつぶりだろう。
約束は縛られたり、窮屈な物だと感じていた。
だけど、この約束は不思議とそんな風には思わなかった。
むしろ、そんな未来が確約されるのは楽しみだって思っていた。
知らない内に、僕は二人と一緒にいることに居心地の良さを感じ始めているようだった。




