作戦決行
終業式が終わり、一学期が終わった。
世の学生たちはこれから夏休みだ。
遊びの予定を入れる人、そんなことは関係ないと一人帰ってしまう人、旅行に行く予定を立てる人など、様々な人がいた。
こういうところにもその人の性格が現れる。
夏休みなどの長期休暇は、部活動などの予定が入ってない限りはプライベートの時間が大半を占める。
そんな長期間の自由時間をどう過ごすかというのは、その人の考え方が詰まってるのではないだろうか?
そんなことをうっすらと考えていた。
かく言う僕は、プライベートは一人で過ごすことが多い。
読書をしたり、散歩をしたり、ばあちゃんと買い出しに行ったり、そんな平凡な毎日だ。
ただ、今年の夏休みはいつもとは少し違う。
……そしてこの夏休みは、僕にとって永遠に忘れられない出来事となる。
「先生、お話があります」
「ん……?お前ら三人揃ってどうしたんだ?遊びに誘おうって言っても夏休みは空いてないぞ」
そう言って、先生は一人で笑っていた。
なんの部活か忘れたけど、確か運動部の顧問をやってたはずだ。
夏休みの間、先生の時間があまり空いてないのは事実なのだろう。
「そうじゃなくて、ちょっと一緒に来てもらっても良いですか?」
そう言って、美月は先生を強引に職員室から引っ張り出した。
そしてそのままの勢いで、人通りの少ない四階の廊下までやってきた。
普段ここは吹奏楽部が練習に使っていたりするのだが、今日はまだ部員たちが来ていないようだった。
「こんなところまで連れ出して、なんのつもりだ?」
先生は、僕たちを明らかに警戒していた。
無理もないだろう。
誰だって、自分より数の多い人間に連れ出されれば不安になる。
「そんなに時間を取らせませんから大丈夫です」
そんな不安を読み取り、先回りしたように紺野さんが先制した。
「……分かった、とりあえず要件を聞かせてくれないか?」
「単刀直入に言います。私たちに協力して欲しいんです」
「協力?何の話だ」
美月は一瞬、明確に言葉にするのを躊躇ったが、やがて思い切ったように言い放った。
「……先生は、私の記憶のことを知ってますよね?」
「ああ、知ってるよ」
先生はあっさりと認めた。
どうやら、そこまで隠すつもりは無かったらしい。
もっとも、隠してたところで僕たち三人は既に知っていたのだが……
「では、改めて私たちに協力してくれませんか?」
「協力って、何をすれば良いんだ?まさか記憶を取り戻したいとかか?」
「その通りです、事情を分かってくれてるなら話は早いです。私が記憶を取り戻そうとしてることをお母さんに黙っててくれませんか?」
「それはなぁ……」
先生が言い淀んでいた。
そこで、すかさず僕たちが参戦した。
「美月は、お母さんとのことや記憶を取り戻した後のこともしっかり考えています。だからお願いできませんか?」
「先生は生徒の助けになってあげたいとは思いませんか?美月さんは自分で決めて動いています。そんな決意を無駄にしないであげて欲しいんです。……先生は生徒の自主性を重んじてくれる人ですよね?」
僕はあくまで論理的に、紺野さんは感情に訴えかけるような、そんな説得だった。
この辺は性別の違いが現れるのだろうか……?
事前に打ち合わせてたわけでは無かったが、実に効果的な説得な気がした。
「手伝うと言っても、出来ることはそんなにないんだぞ?俺だって詳しく事情を知ってるわけじゃないんだから」
遠足の時と同じで、やはりその後も詳しいことを知れる機会は無かったようだ。
「それについては大丈夫です。先生に協力して欲しいことは主に二つです」
「なんだ?とりあえず話してみろ」
先生は頭ごなしに否定するのではなく、最後まで話を聞こうとしてくれた。
これが大人のあるべき姿、ということなのだろうか?
僕は、どこから目線なのかよく分からないことを考えていた。
「まず一つ目に、お母さんに私たちの行動を秘密にして欲しいということです」
そこで美月は一度言葉を区切り、決意を再び固めたように切り出した。
「……そしてもう一つは、私がどこから来たかを調べて欲しいんです」
「……それは、どういう意味だ?」
「実は、元々いた場所の記憶があまり残ってないんです。記憶がなくなってからすぐこっちに来てしまったもので……それで、元々いた場所に行けば何か手掛かりがあるかもって、ずっと考えてたんです」
「自分が元々どこにいたとか、そういうことも忘れてしまうものなのか?記憶喪失というのは」
「……分かりませんが、私の場合はそのようです」
そこに関しては、僕も紺野さんもずっと引っかかってることだ。
それ以外にも、美月の言葉にはたまに何とも言い難い違和感を感じる。
その正体が何なのか、僕たちにはまだ分からなかった。
「元々いた場所というよりは、私がどこから転校して来たのか、それを教えてくれれば大丈夫です」
「……どこから転校して来たかというのはもちろん知っている」
「それじゃあ……!」
「まあ、待て待て。とりあえず俺の話も聞いてくれ」
落ち着け。というように美月を制止すると、今度は先生が話し始めた。
「お前のお母さんは、俺に様子を見て欲しいって言った。これがどういう意味か分かるか、篠原」
「お母さんは私に記憶を取り戻してほしくないんじゃないんですか……?」
「いや、少し違うな。お前のお母さんはそうは考えてなかったと思う」
「じゃあ、どういうことですか?」
早く教えてください、といった様子で美月は先生に問いかけていた。
「少なくとも俺から見た話だが、お前のお母さんは悩んでいる様子だった。記憶を取り戻すとか戻さないとかそういう話じゃなくて、今後お前とどう過ごしていくべきなのか、そんなことを考えてるように見えた」
僕たち三人は、黙って話を聞き続けた。
そして、その様子を確認した上で更にこう言った。
「記憶云々っていうのは、きっとそこまで大切なことじゃないんだと思う。本質はもっと違うところにある。俺はそう考えている」
「先生は、私に何を言いたいんですか?」
「つまり、お前が記憶を取り戻すことは、お母さんの想いを踏みにじってしまうかもしれないということだ。それでもいいのか?」
それは紺野さんも言っていた。
自分に向けられた厚意を無視して反逆するようなことだと。
そして、それに対する答えは既に決まっている。
「……私は記憶を取り戻したいです。記憶を取り戻して、自分を取り戻したいんです」
「“自分を取り戻す”。ね」
先生はその言葉が気になるようで、自分に深く刷り込んでいるようだった。
「分かった。そこまで言うなら俺も協力してやろう。……いずれこうなるかもしれないとは思っていたからな」
「ありがとうございます!」
僕たち三人は、声を合わせてお礼を言った。
「ただし、少しでも様子が変だと思ったらお母さんに報告するからな」
「分かりました」
こうして、僕たちは無事に先生を味方につけることが出来た。




