色んな顔
時刻は十七時半。
僕たち三人は、スポーツの出来るアミューズメント施設に来ていた。
帰りのバスの中で決めた結果、ここに来ることになったらしい。
僕は二人についてきただけだ。
「二人とも本気……?」
「本気に決まってるでしょ!ね?」
「そうですね〜、私も久し振りに運動したくなっちゃいました!」
この二人のスタミナはどうなってるのだろうか……
ただでさえ遠足の後でバテていたので、僕には二人に付き合うほどの余裕がなかった。
「僕はちょっと一人でふらついてるから、気が済んだら呼んで」
「分かったー、じゃあまた後でね〜」
こうして僕は二人と別れた。
「さてと、どうしようかなー」
とりあえず一人で出来そうな物を探してみた。
しかし、スポーツでそういったものはなかなか見つけられず、気付けばゲームエリアに足を運んでいた。
「これって、あの時の……?」
僕は、幼い時によく目にしていた“ある物”を見つけた。
「……久し振りにやってみようかな」
一人でにそう呟き、僕は“それ”に腰掛けた。
家でやってたのとは全然違うなぁ、やっぱりコントローラーとハンドル操作は勝手が違う。
結局、最後までコツを掴むことが出来ず、ひたすら逃げていく目の前の物体を追い抜くことが出来なかった。
……そう。僕がプレイしたのは、幼い頃に父さんとよく遊んでいた、レースゲームのアーケード版だった。
あの頃から大分時間が経っていたので、グラフィックやらシステムやらが色々変わっていたが、過去を懐かしむには充分過ぎる物だった。
「もう一回やろう」
そう思い、右手の近くにあったボタンをゆっくりと押した。
僕は意外と負けず嫌いな所がある。
そういうところは父親譲りなのだろうか。
その後、一度目のプレイでコツを思い出しつつあった僕はあっさりと勝つことができた。
昔プレイしてたということもあり、思い出してしまえば手馴れたものだった。
「よし、勝った!」
年甲斐もなく、一人でガッツポーズをしてしまった。
誰かに見られていなかっただろうか……
こんな姿を見たら、きっとあの二人は笑うに違いない。
……でも、このゲームをやってる時だけは“あの頃の自分”に戻れてるような、そんな気がした。
「そろそろ二人のところに戻ろうかな。」
僕は階段を降り、二人の元へと戻った。
「えっ……?」
二人の元へ戻った僕が目にしたのは、とんでもない光景だった。
「立ってください、美月さん。まさかこれで終わりではないですよね?」
「はぁ…はぁ…」
何が起こってるんだ……?
状況を理解出来なかった僕だが、外からその様子を見守り続けた。
「私、最初に言いましたよね。バドミントンになったら手加減しないですよって」
「はぁ…はぁ…」
美月は何も喋る事が出来ず、ひたすら肩で息をしているだけだった。
二人がプレイしていたのはバドミントンだった。
あろう事か、美月が紺野さんにボコボコにされていた。
美月の身長は女子の中では高い方だし、運動神経もかなり良いほうだ。
対して、紺野さんの身長はお世辞にも高いとは言えない、むしろ低い方だ。
それなのに、どうしてこんなことになっているのだろうか……?
というか、紺野さんなんか雰囲気変わってない……?
「それじゃあ、いきますよ」
そう言うと、紺野さんはフワッとサーブを打ち上げた。
美月がそれを追い、相手のオープンスペースに打ち返す。
そして、それを再び紺野さんが打ち返す。
これだけ見ると一見なんの変哲もないラリーだっだが、美月の方は完全に体力が尽きていて、シャトルに追い付くので精一杯な様子だった。
「あっ……」
「これで終わりです」
その瞬間、激しい炸裂音がコート中に響き渡った。
美月の緩い返球を、紺野さんが強烈なスマッシュで叩き込んだのだ。
シャトルは、美月のコートに沈み込んでいた。
一瞬の静寂。
そして次の瞬間、僕の周りで再び音が炸裂した。
「あの女の子めちゃめちゃつえー!何者だよ!?」
「ちょっと、俺あの子に挑戦してくるわ!!」
周りにいたギャラリー達は、とてつもない盛り上がりを見せていた。
一方で、そんなギャラリーのことは構ってられないと言った様子で、コートの中から美月が疲れ果てた様子で出てきた。
紺野さんはというと、挑戦を申し込まれたらしい男子と勝負を始めようとしていた。
「お、お疲れ」
「あ……うん、本当に疲れた……」
そう言うと、近くにあったベンチに半ば倒れ込むようにして座ってしまった。
「ちょっと、本当に大丈夫!?」
「大丈夫、大丈夫ー。でも、ごめん、ちょっと飲み物買ってきてくれると助かるかも……」
「分かった」
美月は、今にも死にそうだった。
店内を探し回り、ようやく自動販売機を見つけた。
とりあえず、間違いなさそうなスポーツドリンクとお茶を買っておいた。
「はい、これ」
「ありがとう……」
それだけ言うと、美月は買ってきたスポーツドリンクを一気に飲み干してしまった。
汗は滝のように流れ落ちているし、相当しんどかったのだろう。
……というか、その服装でよくあれだけ動けたな。
などと、余計なことを考えてしまった。
「ちょっと落ち着いた。ホントに助かったよ〜、死ぬかと思った〜」
「あのさ、何があったの……?」
ずっと気になっていたことを聞いてみた。
本当はもっと早く聞きたかったけど、あまりにもバテていたので自重した。
「いやー、バドミントンやろうって言ったらさ、紅葉ちゃんなんかスイッチ入っちゃったみたいで……」
「うん。確かになんか別人みたいだった」
「普段じゃ考えられないよね!ホントびっくりしちゃったよ」
「紺野さんがあんなに運動神経良かったなんて思わなかった」
「いや、それは少し違うよ」
「えっ?」
「紅葉ちゃんがあそこまで強いのはバドミントンだけだよ。他の競技はあんな感じじゃなかったから」
「そ、そうだったんだ……」
「あ、お二人ともお疲れ様です」
そこに、試合を終えた紺野さんが戻ってきた。
情けないことに、僕たち二人はその声にびっくりしてしまった。
仕方がない、あんな物を見てしまった後では……
僕たちの怯えた様子を見て、彼女は困惑したように言った。
「ご、ごめんなさい……!びっくりしますよね、突然あんな風になっちゃって……」
「いやいや!紅葉ちゃんは何も悪くないから!誘ったの私だし!」
美月の声が若干裏返っていた。
「ラケットを持つと、ついスイッチが入っちゃいまして。またやってしまいました……」
「また……?」
「はい。私、中学の時はバドミントン部だったんですけど、その時にもよくあんな風になってしまうことがあったみたいです。それで、試合が終わって初めて我に帰るんです」
「そうだったんだ。いや、とにかくびっくりしたよ、紺野さんにあんな一面があったなんて」
「……やっぱり引きますよね」
「そんなことないよ」
普段通りの大人しい少女に戻った彼女に向かって、美月は優しく声をかけていた。
「確かにびっくりしたしちょっと怖かったけど、誰だって色々な顔があると思う。でも、私は違う紅葉ちゃんを見れて良かったって思うな。だから、そんなに落ち込まないで?」
「美月さん……ありがとうございます」
そう言ってくれて嬉しかったのか、紺野さんは目に涙を浮かべていた。
「もうー、泣かないの。ほら、これで顔拭いて。ついでにその汗も拭いちゃいなよ、風邪引くから」
そう言ってタオルを差し出していた。
そんな二人の姿を見て、ふと思ってしまった。
双子の姉妹のようだなって。
普段は美月が姉っぽく振舞っているけど、たまにその立場が逆転することがある。
そんな二人の関係は、どっちが姉でどっちが妹かなんてことではくくりきれない。
二人で足りない所を補完しあってるような、そんな関係性だなって思った。
……そして、僕は気になっていたもう一つの疑問について尋ねた。
「そういえば、さっきの挑戦者とはどうなったの?」
「もちろん、勝ちましたよ!」
そう言って、彼女は満面の笑みを向けてくれた。
まだ、涙を目に浮かべながら。