充の過去 〜エピローグ〜
ひとしきり泣き叫んだ後、僕は結局気絶してしまった。
どうやら、例のトラック運転手が病院まで運んでくれた様だった。
そして僕が目覚めた時、三人の影が見えた。
一人は病院の先生。
もう一人はばあちゃん。
……そして、僕の両親を轢いたあのトラック運転手だった。
「あれ、ここは……」
「充ちゃん!目が覚めたのかい!?先生!充ちゃんが目を覚ましました!」
「分かりました。今そちらへ行きます」
そう言って、白衣の先生は僕の目の前までやってきた。
父さんと年齢が近いような、そんな気がした。
まだ意識が朦朧としていた僕は、今が現実なのか夢の中にいるのか分からないような感覚に陥っていた。
「充君、大丈夫ですか?聞こえていたら頷いてください」
その言葉に反応するように、僕は少しだけ顎を下げた。
「はい、結構です。……そうですね、まだ混乱しているようですが、意識はしっかりしています。このまま心のケアをしていきましょう」
「充は大丈夫なんですよね!?」
「それは……ハッキリとは申し上げられません。“あんなこと”があった後ですから……」
……“あんなこと”ってなんだろう?
そう考えていた僕は、徐々に意識が覚醒していった。
そして、あの凄惨な光景を思い出した。
「ねぇ。……父さんと、母さんは……?」
そう発しても、誰も何も言ってくれなかった。
いや、正確には“言えなかった”のだろう。
私が言わなくちゃいけない。と思ったのか、先生は言葉を選んだ様子でこう言った。
「充君。……あなたの両親は、交通事故で亡くなりました」
「……」
分かっていた、けど何にも言えなかった。
感情が、ついてこなかった。
そして、その様子を見ていたトラック運転手が、僕を見かねたようにこう言った。
「坊主……あの二人は、お前の父ちゃんと母ちゃんだったんだな……?本当にすまない。許されるとは思っていない。だけど謝らせてくれ……!」
病室に、ふと静寂が訪れた。
そして、ようやく感情が追いついてきた僕は、その想いを爆発させた。
「……お前があの時あの場所を走ってなければ母さんと父さんが死ぬことは無かったんだ!!なんであの日に限って走ってたんだよ!ふざけんなっ!!」
「すまない……」
トラックの運転手は、頭を下げたまま微動だにしなかった。
「母さんと父さんを返してくれよっ……!それが出来ないなら、お前も死ーー」
「充ちゃんっ!いい加減にしなさいっ!!」
突然のことに、何が起きたのか一瞬理解できなかった。
「例えなにがあったとしても、言って良いことと悪いことがあるでしょう!そんな言葉を人に言ってはいけません!」
ようやく状況を理解できた僕は、ばぁちゃんが本気で叱ってくれていることに気付いた。
ばぁちゃんと一緒にいることは多かったけど、こんなに厳しく叱られたのは初めてだった。
「申し訳ありませんでした」
「良いんです。俺が悪いのに変わりはありませんから……」
ばぁちゃんが、僕の代わりに謝ってくれていた。
「……くそっ!くそっ!!」
僕は自分の布団を殴りつけていた。
どうしても気持ちを抑えきれなかった。
何かにこの想いをぶつけていないと、後悔に押し潰されそうだった。
「……私たちは出ていきますから。二人でゆっくりお過ごし下さい」
先生が、僕たちに気を使ったようにそう言った。
そして、トラックの運転手に手招きをして一緒に出て行った。
それからしばらくしても、僕の気持ちが収まることはなかった。
布団の上で一人暴れた僕は、電池が切れた人形のように力尽きていた。
ばぁちゃんは、そんな僕をずっと見守ってくれていた。
止めるわけでもなく、何かを言うでもなく、ただひたすら黙っていた。
そして、僕が力尽きるのを待っていたかのようにばぁちゃんはこう言った。
「充ちゃん。良かったら、うちに来るかい……?」
ばぁちゃんは、あくまで選択権を僕に与えてくれた。
ばぁちゃんは母方のばぁちゃんなのだ。
つまり母さんの母さんだ。
父方の両親も健在だったので、そちらに引き取られる可能性もあっただろう。
だが、僕は迷わずばあちゃんを選んだ。
「……ばあちゃんと一緒に暮らすよ。いや暮らしたいんだ……」
「……そうかい、分かったよ」
それ以上は何も言わなかった。
その後、落ち着いてきた僕は、先ほどのやり取りを思い出していた。
「僕は、あの運転手になんてことを言おうとしていたんだ……」
冷静になって、自分がどれだけ恐ろしいことを言おうとしていたのかを思い知った。
ばあちゃんに止められてなかったら、もっと後悔していただろう。
……それに、本当は分かっていたんだ。
一番の原因は僕だって。
そもそもあの日、僕が家を飛び出してなければこんなことにはならなかったんだ。
僕があんな行動を起こしたせいで、みんなが不幸になった。
全ての根源は僕なんだ……
トラック運転手にあんなことを言おうとしたのは、ただの八つ当たりだ。
もちろん、世間的に見ればトラック運転手が悪いだろうし、罪を犯したのは事実だろう。
しかし、その事件の背景にある本当の罪人は僕だ。
僕は、そんな罪悪感と後悔を消すためにあんなことを言おうとした。
ただ、今となっては、そんなことを言おうとしていたという事実で、更に罪悪感を感じることになってしまっていた……
僕は最低な人間だ。
こんなことなら、何もしないで家で大人しくしてれば良かった……
僕の思い上がった行動が人を殺めてしまったんだ……!
……もう、自分から馬鹿な行動を起こすのはやめよう。
他人の言う通りに、望んでいることを忠実にこなす方がみんなのためになる。
誰も傷付かないし、不幸にならない。
そう思った。
……そして、こんな悪夢みたいな出来事は全て忘れてしまいたい。
全て無かったことにできれば良いのに……
そんな叶わぬ願いを、心の中で唱え続けた。
こうして“僕”は変わり、現在の“僕”が産まれた。
今から八年前の、まだ九才の頃の話だった。