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新しい君と  作者: たく
12/45

充の過去 〜悲劇の夜に〜

「はぁ…はぁ…ただいま……」


「充!こんな時間までどこに行ってたの!」


「ごめんなさーー」


「どうして、私の言うことを聞いてくれないの!暗くなると危ないから早く帰って来なさいってあれほど言ってるでしょ!」


「はい…」


僕は、後ろに隠していたプレゼントを渡すことが出来なかった。


「最近の充は危なっかしいわ、ちゃんと時間を守れないなら外に行っちゃダメ!分かった!?」


ここまで怒る母さんは珍しかった。


「そんなに、怒らなくても良いじゃないか……僕はただ喜んで欲しかっただけなのにっ……!」


自分の努力を否定されたような気持ちになり、悔しくなった僕は、手に持っていたプレゼントを床に叩きつけて外へ飛び出した。


「ちょっと、待ちなさいっ!充っ!」


声はすぐに聞こえなくなった。




タイミングが悪く、バケツをひっくり返したような雨が再び降っていた。


僕は、全身ずぶ濡れなりながら夜道を彷徨った。


「何でこんなことに……母さんなんてもう知らない!」


僕も珍しく感情を爆発させていた。


一度そうなると、堰を切ったようにそれが雪崩れ込んできてしまった。


悔しくて、悲しくて、情けなくて、そんな気持ちがぐるぐると駆け巡った。


そんな想いを振り払う様に、僕は再び走り出した。




気づけば知らない土地まで来てしまった。


「ここ、どこだろう……?」


勢いで出て来てしまったが、ここに来て急に不安が押し寄せて来た。


僕はどうなるんだ……?このまま帰れなくなるのか?そうなったらどうすれば良いの?


幼かった僕には、この状況はあまりにも無力だった。


雨に濡れた身体は凍え、帰れるかどうかも分からない場所に来て、身体的にも精神的にも参っていた。


とりあえず、雨宿りできる場所を探そう……


知らない土地を更に彷徨い続けた結果、何とか木陰を見つけることができた。


こんな田舎町では目立った建物もなく、こういった自然の産物しか見つけることが出来なかった。


「お腹すいた……寒い……」


このままじゃ死んでしまう。


意識は朦朧とし、思考がまとまらなくなっていく。


でもそれが気持ちいいような不思議な感覚。


死ぬって、案外苦しくないのかも……なんて馬鹿なことを考えていた。


ここまで追い込まれて、ようやく僕は冷静になった。


「何も飛び出してくることなかったじゃないか……母さんはただ心配してくれてただけなのに」


涙をほんのり浮かべながらも、これからどうするか考えた。


「とにかく、帰らないと。帰って、謝ろう……」


ドロドロになっていく思考をなんとか振り絞って、なんとか決断を出した。


フラフラになりながらも、来た道を引き返すことにした。


とは言え、暗くなってる上に無我夢中で走って来たため、どの道が正しいのか判断出来なかった。


自分の直感を頼りに、僕は歩き続けた。


だが、遂に体力も気力も限界が来てしまった。


僕は道に倒れ込んだ。


「もう、ダメだ。体が動かない……」


声をまともに出すことさえままならなかった。


このまま目を閉じよう。


そうすれば全て忘れて楽になれる……


抗うのを諦めるかのように、僕は静かに目を閉じた。




……が、その時、遠くの方から声が聞こえた。


「……つるー!……こにいるんだー!」


これは、父さんの声か……?


そんなはずはない。


疲れて幻聴が聞こえてるだけだ。


「充ー!どこにいるのー!?いるなら返事してー!!」


……間違いない、今のは母さんの声だ。


まさか、二人ともここまで探しに来てくれたのか?


声を出そうと思ったが、そんな力は残っていなかった。


僕に出来るのは、ただ二人を待つだけだった。


お願いだ、気付いて……!


二人に念を送り続けた。


それが通じたのか、声はだんだんと近付いてきた。


そして、遂に二人は僕に気付いた。


「ん?……おい!あそこに倒れてるの充じゃないか!?」


「ほんとだわ!パパよくやったわ!」


「まあな、息子の姿を見間違える訳ないだろう?」


そう言って、二人は僕の元に駆けつけてきた。


僕との距離は約三十メートル程だった。


助かった……心から安心した。


しかし、僕はまだ二人が向かってくるのとは別に、“ある物体”が交差点の右側から近付いてきてることに気付いていかった。


それに気付いたのは、僕と二人との距離が十五メートル程に差し迫った時だった。


あれは、貨物トラック……?


この田舎町では、この様な大型のトラックが走ってることが多かった。


都会に比べて人口や資源が少ないからこそ、物流を担うトラックの存在は大きかったのだ。


そして、そのトラックが僕たちの目の前を通り過ぎようと、こちらに向かっていた。


……このままじゃ、ぶつかる!


二人の視界からは、トラックの存在は死角になっていて気付くことが出来なかった。


そして、それはトラックの運転手も同じだった。


お互いにまさか人がいるとは思っていない様子で、全速力でこちらに向かってきている。


この状況に気付いてるのは僕一人。


なんとかしないと!


そう思った僕は、あの手この手を使って二人にトラックの存在を知らせようとした。


だが、身体は既に限界を迎えていて声を上げることが出来ず、言葉で伝えることは出来なかった。


どうすれば良い!?


刻一刻とその時が迫ろうとしていた。


……それなら、ジェスチャーだ!


身体を動かすのもかなりしんどいが、何か合図を出せば気付くかもしれない!


そう考えた僕は、地面に伏せていた手を前に突き出し『これ以上来るな!止まれ!』という意思表示をした。


……だが、雨が降り視界が悪くなっている上に、僕を早く助けたいと思ってる二人はそれに気付くことはなかった。


どうしてこんな時に……


雨が降ってなかったり、暗くなければ伝わったはずなのに!


もう時間がない!どうすれば良い!?


次の手段を考えたが、僕の身体は既に限界を迎えていて、これ以上案を出すことが出来なかった。


「充!今そっちに行くからね!」


「待ってろ!すぐに助けてやるから!」


二人が何の迷いもなく、僕の元へ駆けつけて来る。


彼らの視界に、僕以外のものは映っていなかった。


ダメだ、こっちに来ちゃいけない!!お願いだから止まってくれ!


心の中でそう祈り続けたが、二人の足が止まることはなかった……


そしてこの時、僕の時間は止まった。


全てがスローモーションに見えて、今なら二人を助けられる。


そう思ったが、それに反して身体は一ミリも動かなかった。


終わることの無い無間地獄を味わった僕は、数秒先の未来を本能的に察知した。


二人は笑っていた。


きっと、僕を見つけられて心底嬉しかったのだろう。


そんな二人の顔を、僕は頭に焼き付けてしまった。


……そして、次の瞬間。


二人の体は、僕の目の前から一瞬にした姿を消した。




……何が起こったか分からなかった。


いや、嘘だ。


本当は分かっていたはずだ。


だけど、最悪な現実を受け入れることが出来ず、分からないふりをしていた。


しかし、それも長くは持たなかった。


「おいっ!!!大丈夫か!!」


顔色を変えたトラックの運転手が、“かつて僕の両親だった物”に対して声をかけ続けていた。


だが、心の中ではまだ期待していた。


まだ大丈夫、そんなはずはない、これは夢だ。


そう思った。


その確信を得るために、僕は両親の方へ静かに振り向いた。


「ひっ……!!」


人の形を留めていない物体、鼻に付く鉄の匂い、ライトに映し出された赤い海。


……そして、よく見ると僕が渡そうとしていたあの花の冠も一緒にあった。


シロツメクサは真っ赤に染まり、別の花へと生まれ変わっていた……


およそこの世の物とは思えない光景に、僕は思わず悲鳴をあげてしまった。


その声で、トラックの運転手もようやく僕の存在に気付いた。


そして、絶望した様子で僕にこう告げた。


「……坊主。おれは、人を轢き殺してしまったよ。……坊主も見ちまったんだろう……?ごめんな、嫌なものを見せちまって……」


「うそ、でしょ……?」


「……」


運転手は俯いて、何も言わなかった。


「うそだっ……そんなっ……!」


その直後、僕は自分でも聞いたことのない声で叫び続けていた。


……どうしてだろう。


あんなに出せなかった声が、この時だけは簡単に出すことが出来た。

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