充の過去 〜花の冠〜
母さんの誕生日に向けて、僕はプレゼントの準備をしていた。
何を作っているかというと、花の冠だ。
僕はお金を持ってなかったので、自分の手作りでプレゼントをしようと考えた。
その中で母さんが喜びそうなものを吟味した結果、花の冠を作ることにしたのだ。
もちろん、母さんには秘密である。
そのため、僕は出かけるとだけ告げて少しずつ作業を進めていった。
つい熱中してしまい、帰りが遅くなってしまうことがあった。
母さんは、そんな僕にこう言った。
「充、最近帰ってくるのが遅いわよ?この辺は都会と違って暗くなると危ないから、もう少し早く帰って来なさい」
「はーい」
僕は、聞いてるのか聞いてないのか怪しい返事を繰り返した。
その姿に母さんは少し呆れていたが、当初の僕は作業のことで頭がいっぱいで、全く気にしていなかった。
この日も作業を進めるために、公園へとやってきた。
雨の日や天気が悪い日は作業が滞ってしまうので、進められる時に出来る限り進めておきたかった。
公園に着いた僕は、いつも通り手軽なシロツメクサを摘み、着実とその輪を大きくしていった。
「これなら、誕生日に間に合いそうだね」
僕は一人でそう呟いた。
そして、早くも母さんが喜ぶ姿が目に浮かんでいた。
完成の一歩手前という所まで進めて、この日は家に帰ることにした。
……しかし、この判断が全てを狂わすこととなってしまったのだ。
花の冠がもう少しで完成する。
そこまで来たのに、しばらく雨が続いてしまった。
母さんの誕生日は今日だった。
十五時くらいまで雨が降り、その後は晴れるらしい。
雨が止んだらすぐに行くぞ、と意気込んでいた。
「母さん、雨が止んだら出かけようと思うんだけど、いい?」
「ええ、良いわよ〜。ただし帰ってくるの遅くなっちゃダメだからね〜」
「分かった」
「父さんも一緒に行こうかー?」
「すぐ帰ってくるから大丈夫だよ!」
「……そうか、気を付けるんだぞ」
この日、父さんは誕生日を一緒に過ごすために仕事を休んでいた。
家族三人で誕生日会をやって、楽しく過ごす。
……そのはずだった。
ようやくいつもの公園に着いた。
時間にして十六時だった。
作業を始める時間がいつもより遅いが、僕は心配していなかった。
なぜなら、完成間近だからだ。
これならそんなに時間がかからずに完成する。
そう思っていた。
「えっ……?」
僕がいつもシロツメクサを摘んでいる場所は、悲惨な事になっていた。
「どうして、こんなことに……?」
花の茎はポッキリと折れ、まるで何かに押し潰されたかのようにズタズタにされていた。
そこで僕はあることに気付いた。
「雨だ……あの雨のせいだ……!」
ここ最近の連続した雨で、花がダメージを負ってしまったのだ。
小雨ならまだしも、ゲリラ豪雨のような日もあった。
それらを考えると、花がこうなってしまっても不思議ではなかった。
僕はすぐに、同じ公園内でシロツメクサが生えている場所を探した。
だが、結果は同じだった……
この辺一帯のシロツメクサは絶滅していた。
この時点で時刻は十七時。
時間はどんどん遅くなっていた。
しかし、そんな事は関係無かった。
「これを完成させなきゃいけないんだ、それまでは帰れない」
僕は公園を離れ、別の場所に移ることにした。
少し離れた所なら、もしかしたら咲いてるものがあるかもしれない。
そう考えたのだ。
隣町まで来て、同じように花が咲いてそうな公園をひたすら回った。
しかし、どこに行っても花は見当たらなかった。
同じようにズタズタにされていたり、そもそも花が咲いてない公園すらあった。
僕は絶望した。
諦めかけて帰ろうと思った時、僕の視界にある物が目に入った。
花屋だった。
これだ!
考えるよりも先に足が動き出していた。
「すみません!ここにシロツメクサはありますか!?もしあったら僕にくれませんか!?」
「坊っちゃん、そんなに急がなくても花は逃げたりしないから大丈夫だよ……」
「あ……すみません」
僕は一気にまくし立ててしまった。
その様子に、花屋のおばあさんはびっくりしてしまったようだ。
「これで良いのかい?はい、三百円ね」
そう言われて、ようやく我に帰った。
そういえば、お金持ってないんだった……
だからこそ公園でせっせと花を摘んでは作業を進めていたのに、頭に血が上っていた僕はそれを忘れていた。
「ごめんなさい、僕お金持ってないんです。……でもシロツメクサが必要なんです!どうしたらそれをいただけますか?」
お金がないのなら、何か手伝いをしよう。
そうしたら花が手に入るかもしれない。
とにかく僕は必死だった。
「坊っちゃん、お金を持ってないんじゃ花は渡せないよ?」
「何でもしますから!お願いします!」
「そう言われても、困ったねぇ……」
おばあさんは、あからさまに困った素振りをした。
それから、何かに気付いた様子でこう言った。
「仕方ないね……今回は特別にタダであげるよ」
そう言いつつおばあさんは、僕の右手に握られている出来かけの“それ”を見ていた。
「ほんとですか!?ありがとうございます!」
「ちゃんと完成させて喜ばせてあげな」
何も言わなくても、おばあさんは事情を察してくれてるようだった。
そして、僕はその場で花の冠を完成させた。
ようやく完成した。
これで後は渡すだけだった。
「おばあさん、本当にありがとうございました」
「いいってことよ。それより、子供がこんな時間まで外にいて大丈夫かい?早く帰った方が良いんじゃないのかい?」
ハッとして、店内に置いてあった時計を確認した。
時計の針は、二本の足のようになっていた。
早く帰らないと!
「おばあさん、さようなら!」
「はいよ、気を付けて帰るんだよー」
僕はその場を後にして、急いで家に向かった。