記憶喪失少女との出会い
僕は、自分の両親が眠るお墓に向かって手を合わせていた。
こうしていると、あの日の出来事を思い出してしまう。
僕はずっと、あの日の出来事を忘れたいと思っている。
しかし、皮肉にも忘れたいと思えば思うほど忘れることのできないジレンマに陥り、結果的に今もこうして思い出してしまっている。
「こんな記憶、無くなってしまえば良いのに」
そうすれば、どれだけ僕は楽になれるのだろうか?
こんなモヤモヤした気持ちからも解放されて、もっと楽観的な人になれるかもしれない。
そんなことをぼんやりと考えていた。
「またそうやって逃げようとしてるのか、僕は……」
もう帰ろう。
そう思った。
少し歩いたその先に、一人の少女が先ほどの僕と同じようにそれに向かって手を合わせていた。
来た時はいなかったはずだ。
そう思いつつも、後ろを通り過ぎた。
「ねえ、君もお見舞いに来てたの?」
「……僕に聞いてるの?」
「そうだよ、君以外に誰がいるの?」
辺りを見渡しても、僕たち以外に誰もいなかった。
「両親のお見舞いに来ていたんだ」
「そっか、私もお父さんのお見舞いに来てたんだよ」
「そうなんだ、それは奇遇だったね。じゃあ、僕はこれで」
「待って!」
「なに、どうしたの?まだ何かあるの?」
僕は出来るだけこの場所にいたくなかった。
ここに来ると、両親が僕を責めてるような気がして居心地が悪かった。
それでもこうしてお見舞いに来てるのは、僕が罪悪感を感じているからだ。
そう、これはきっと罰なんだ。
それを許してもらうために、わざわざここまで来てしまうのだろう。
「あのね、私の記憶を取り戻す手伝いをして欲しいの」
「……君は何を言ってるの?初めて会った人に言うことじゃないんじゃない?」
「そうかもしれないけど……君は私と似たような境遇だなって思って。そんな君が協力してくれたら嬉しいなって!」
「……境遇って、親を亡くしてるってこと?」
「そうそう。だからきっと、分かり合えることもあると思うんだ」
「確かにそうかもしれないけど……それでも、僕に君を手伝う義理はないよ」
「……そっか、突然ごめんね。今のは気にしないでね」
そう言いつつも、彼女は明らかに落ち込んでいる。
「……義理はないって言ったけど、手伝っても良いよ」
「本当に?あんまり乗り気じゃなさそうだったのに、良いの?」
「うん。確かに僕たちは境遇が似てるかもしれないし、そういう人がいると僕も助かるし」
それに、一つ気になってることがあった。
「君は、どうして記憶を取り戻したいと思ってるの?」
彼女は目を丸くして、少し間を開けてこう言った。
「だって、記憶がないのは気持ち悪いじゃない。まるで自分が欠けちゃってるみたいでさ。無くしてしまった記憶を含めて私だと思うから」
僕はモヤモヤした。
彼女の言葉一つ一つが、僕を責めてる気がした。
彼女は僕の過去を知らない、だからこれは僕の杞憂だ。
そう分かっていても、心に刺さった棘はチクチクと僕を蝕んだ。
「思い出さなくても良いことかもしれないよ?そうじゃなかったとしても、思い出したくなかったって後悔するかもしれないよ?」
「それでもだよ。私は記憶を取り戻したい。例え後悔しても、私は私を取り戻したい」
彼女は僕と正反対だった。
僕は過去の記憶を全て忘れたいと思っている。
彼女は忘れてしまった記憶を取り戻したいと思っている。
彼女の考えに納得できない部分もあったが、どうやらとても強い覚悟があるみたいだった。
それを否定することは、僕には出来なかった。
「……分かったよ、改めて協力させてもらうね」
「ありがとう!本当に助かるよ!」
「でも、手伝うって言っても僕はどうしたら良いの?」
「私と一緒に居てくれれば良いよ」
「それだけ?それなら別に僕じゃなくても良いんじゃないの?」
「私、こっちに引っ越してきたばっかりで友達いないからさ」
「……それだけ?」
僕は繰り返し尋ねてしまった。
「それだけって、そこは大事だよ!それにさっきも言ったように、境遇が近いからさ」
そう言う彼女は、どこか儚い感じがした。
触れれば消えてしまいそうな、そんな危うさを醸し出していた。
「そういうことだから、これからよろしくね!」
「分かったよ、出来るだけ協力させてもらうね」
こうして、僕は彼女の記憶を取り戻すための手伝いをすることになった。